脅迫


 病院の地下1階にある会議室に、ボクとラマイカさんは通された。

 ロの字に配置された長机の下座に腰を落とす。上座にはでっぷりと太った壮年の男と性格のキツそうな眼鏡の女性――院長と副院長が並ぶ。他の出席者は伊久那の手術を担当したヴィリーヴィノ医師と、病院に隣接するホテルの支配人とその秘書、そしてもう1人、医者らしからぬ頑強な肉体をした強面の男がいた。ちなみにボク以外はみな吸血人だ。


分遅くにすみません。では始めましょう」


 院長が促すと、副院長が立ち上がって話し出した。


「午前0時38分、当病院に脅迫電話がありました。内容はレコーダーに記録されています。お聞きください」


 副院長がレコーダーのスイッチを入れた。


――はい、私立チェダーフィールド病院です。どのようなご用件でしょうか?

――移民児童養護施設ノ関係者ヲ収容シタハズダ。


 ボイスチェンジャーを使ったのだろう、電話をかけてきた相手の声はひどく聞き取りづらかった。応対した事務員の声に警戒心が滲む。


――失礼ですが、どちら様でしょうか?

――彼等ヘノ治療ヲ行ウナ。

――どちら様ですか?


 そこで通話は切れた。自動録音が終了し、機械音声が日付と時刻を告げる。


「もう手術を始めてましたよ、その時間だと。『行動が素早くていらっしゃるこのノロマめ』と言ってやるべきでしたな」


 医師が冗談めかしていったが、誰1人として愛想笑いさえ浮かべなかった。

 副院長が続ける。


「応対した事務員から事務部長を経由して、この話が院長と私に伝えられました。そこで院長は次の連絡があれば我々にすぐ回すようにと指示しました。そして午前1時、次の通話がありました」


――はい、私立チェダーフィールド病院です。どのようなご用件でしょうか?

――移民児童養護施設ノ関係者ヲ治療スルナト言ッタガ、守ラレテイルカ?

――担当の者にお繋ぎ致します。


――院長です。なかなか特殊なご用件のようですね。

――院長カ。移民児童養護施設ノ関係者ヲ収容シタハズダ。治療ハ、シナイデモラオウ。

――お断り致します。治療が必要な者に治療を施すのが我々の仕事ですので。

――彼等ガ罪人デモカ。

――ええ、もちろんです。たとえ悪魔でもね。

――治療ガ終ワルノハ、イツダ?

――同じ手術でも様々で一概には申し上げられませんな。たとえわかってもあなたに話すつもりはありませんが。

――5時間モアレバ充分ダロウ。午前6時、奴等ヲ正面入口カラ表ニ出セ。マトメテ1度ニダ。

――お断りします。

――要求ガ聞キ入レラレナイ場合、我々ハ実力デ彼等ヲ排除スル。

――もしもし? それは脅迫と捉えてよろしいか?

――ソウナレバ、病院、ヒイテハ他ノ患者モ危険ニ晒サレル事ニナル。ヨク考エルンダナ。



 通話はここで向こうから切られていた。

 院長の目がこちらに向けられる。


「……心当たりは?」

「……ありません」


 病院の人達には悪いが、ラマイカさんが敵かも知れない以上、ボクが因果関係にどれだけ気づいているかは彼女の前で言わない方がいいと思った。それに貴族とのいさかいを話したからって、具体的な相手の名や、どんな手を使ってくるかはどのみちわからないのだ。


「言っておきますが院長」


 医師が挙手して言った。


「患者の1人は絶対安静ですよ。動かせません」

「わかっています。彼等に患者を渡すつもりはありません」

「院長、私は反対です。他の患者達が危険にさらされるおそれがあります!」

「副院長。あなたの心配はもっともですが、それは患者を見捨てることに他なりません。医師としての誇りと、患者達からの信頼を失うことになります」


 うんうんとラマイカさんが頷く。実益より誇りを優先するというのは確かに彼女の好きそうな選択である。仇討ちであれば殺人さえ手放しで賞賛するほどなのだし。

 ボクからすれば院長の判断は間違っていると思う。1人の犠牲で他が助かるなら仕方のないことじゃないだろうか。


「あの」


 ボクは手を挙げた。


「ボクなら出て行きます。ただ、他の子達だけは置いてやってください」

「安心したまえ、当病院の警備スタッフは優秀だ。そうだな警備部長?」


 警備部長と呼ばれた強面の男はニヤリと笑った。


「わけのわからない連中の脅しに、戦いもせずに屈されては我々の存在意義がないというものです」


 VKの病院は銀行以上に強盗から襲われやすい場所でもある。金だけでなく、輸血用血液たべものもあるからだ。そういうわけで、病院は防衛用としてある程度までの武装が許可されている。だいたいは傭兵だが、チェダーフィールドほどの大病院であればそれ専門のスタッフを常時抱え込んでいた。


「私も院長と警備部長に賛成する」


 ラマイカさんが挙手して言った。


「1000人を守るために100人を差し出して目下の危機を乗り越えたとしても、往々にしてそれでは終わらない。次は200人、300人と要求が上がっていくだけです。そうしている間に差し出す方も麻痺していって、今までの犠牲が無駄になるからと、死んだ命よりずっと大切な今生きている命、これから生まれる命をまきにする。そこにはかつて苦渋と共に100人を送り出した人間の姿はなく、人命を捨て去る醜悪な人形のルーティンワークがあるだけ。そしていつしか、気づけば1000人全員が暖炉の中に投げ込まれている。そういうものです」


 全員で死ぬつもりがないなら最初の一手から抗うべきだ、と彼女は言った。


「そういうわけだ、ふくれっ面をしてないでいつも通り私の補佐をしてくれないかな、副院長?」


 院長に言われ、副院長はしぶしぶといった表情で頷く。


「――では、動かせない者を除いて患者は全員ホテル内に避難させます。よろしいですか」

「まあ、うちのホテルはそういう場所でもありますからな。しかし大袈裟ではないですか?」


 ホテルの支配人は肩をすくめた。


「いいえ。こちらの武装があると見越して攻撃予告をしてきたのですから、相手は相当の戦力を持つとみるべきです。近所の店舗にも警戒を呼びかけるべきでしょう。警察にも連絡を――」


「私にも手伝えることはないだろうか」


 ラマイカさんが左手を挙げた。


「さっきから気になっていたのだが、あなたは……?」

「ラマイカ・ヴァンデリョス。VK陸軍特務少尉だ。右腕は使えないが、左腕1本でも相応の戦働いくさばたらきはやってみせよう」


「ラマイカ・ヴァンデリョス……!?」


 警備部長が興奮したように立ち上がった。


「あの『太陽の魔王』なのですか!?」

「……そういう呼び名もあったな。あまり気に入っている2つ名ではないのだが」

「太陽の……なんです?」

「知らないのか? 第2次世界大戦においてWGで戦車・戦闘機合わせて121機撃墜したエースだよ!」

「……ま、まあ昔の話はいいじゃないか」


 耳まで真っ赤になりながらも、ラマイカさんは平静を装って言った。

 今更ながら彼女の実年齢を思い出す。ボクにとって歴史の教科書の記述でしかない世界大戦にも、彼女は参加していたのだ。そう考えると、目の前にいる彼女がひどく遠い存在に思えてくる。


「すごいんですね、ラマイカさん」

「……すごくなんかないよ」


 ラマイカさんは小声で応えた。嫌そうに。


「――公式記録でもVK3位だし、撃墜数だけならドイツにいくらでも上がいる。なにより魔王ってなんだ、女子につける仇名じゃないだろう」


「カシワザキ君」


 院長が言った。ボクは反射的に身を固くする。


「君は院内のシェルターに避難してください。見舞客の中に敵の手の者が紛れ込んでいるかもしれない以上、ホテルに避難するのは危険だから」

「わか――」

「いいえ」


 拒絶したのはボクではない。ラマイカさんだった。


「カリヴァ君には、戦力として待機してもらいます」

「何を仰っておいでなのですか、ミズ・ヴァンデリョス?」

「タンクローリーの事件の後、ここに来る前にも彼は犯人の一味と思わしき一団から攻撃を受けました。WGで、です」


 病院の人達に緊張が走る。


「WG……? まさか、戦争じゃあるまいし」

「武装警備員の仮想敵はせいぜい強盗団、それも対人戦が限度でしょう。WGや戦車に出てこられたらひとたまりもないはずです」

「……それはそうだが、カシワザキ君が戦力になるというのはどういうことですかな?」

「私は、WGを1台持ってきています。そしてこれはオフレコにしてもらいたいのですが、カリヴァ君には操縦実績があります。片腕の私よりは上手く戦えるでしょう」


 いやいや、と院長は頭を振った。


「あなたは子供を戦場に送り出すのかね!?」

「彼は戦えます。戦える者に老若男女は関係ありません。それに」


 ラマイカさんは何故呼吸をするのかを問われたように――なんでそんなことを訊くのかわかんない、という顔でボク達を見回して言った。


「……戦場で敵の首級くびを上げることこそ、男児の本懐であり、本分でしょう?」

「…………」


 いつの時代のどこの常識だよ――と、ラマイカさんを除く全員が絶句した。大戦の英雄と出会って浮かれていた警備部長でさえ、若干引いていた。


 とにかく、と院長が咳払いして言った。


「ミズ・ヴァンデリョスの協力はありがたくお受けしますが、カシワザキ君には避難してもらいます。相手も白昼堂々街中でWGを使ってこないでしょう」

「お言葉ですが、対策を放棄する方向での楽観視は愚行です」

「警備部長、ミズ・ヴァンデリョスを連れて戦闘準備に取りかかってください」


 副院長に命じられ、警備部長はラマイカさんを半ば強引に引っ張って退出した。


「ヴィリーヴィノ先生、カシワザキ君を避難所に」

「はい。行こうか、カシワザキ君」

「あの、みなさん。……ボクの所為で、申し訳ありません」

「こういう時は『よろしくお願いします』で充分だよ」


 頭を下げたボクに、支配人が優しい声で言った。

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