鉄棺


 病院は臨戦態勢となった。古式豊かな石塀がスライドし、内部にあったシェルター・シールドが天に向かって屹立きつりつする。その天辺に並ぶ鋭い突起が陽光を反射して鈍く光った。


 玄関には防弾シャッターが下ろされる。紫外線防護機能付きの重戦闘服に着替えた警備スタッフが、アサルトライフルを抱えて持ち場へ急ぐ足音が廊下にこだます。


 ボクと子供達は病院2階にある大部屋に匿われていた。大半の患者はホテルへ移動中だ。反比例して院内は静かになっていき、残された者の不安を煽る。


 病室には6人分のベッドがあったが、ボク達は自然と1つのベッドに寄り集まるように座っていた。


「メリーちゃん、ぼく達どうなるの?」


 エリクが不安げにボクを見上げる。大人ぶっていたローエルは幼児に戻ったかのようにナタリアにしがみついて離れようとしない。ボクはただ、黙って彼等の頭を撫でることしかできなかった。


 小さな身体を包帯だらけにした彼等は見ていてひどく痛々しい。ナイフでえぐられるようなうずきをさっきから胸の奥に感じていたけれど、この場にいる最年長としてボクに涙は許されなかった。


 どうしてボクはほぼ無傷なのだろう。ボクが貴族の不興を買ったのが原因だというのに。

 だけどそもそもヴェレネお嬢様に惚れられたのも、ラマイカさんから血婚を申し込まれたのも、ボクが望んだことじゃない。決闘に勝ったのだって物の弾みだ。ボクに何ができたっていうんだ? どうすれば満足だったんだ?


 ボクが恥をかかせたとして、それでどうしてこんな小さな子供や、沢山の関係ない人まで巻き込んでしまえるのだ? 貴族にとって平民の命なんて誤差に過ぎないのか?


『でも、人の理性は自然の摂理だって乗り越えられると思わない?』


 弱肉強食の摂理を乗り越えたら、今度は人の摂理で殺し合いだしました、なんて笑い話にもならない。

 そんなのは駄目だ。姉さんが憧れたVKは、もっと素晴らしいところであるべきなんだ。

 それを貴族がけなしめようとするなら、ボクは――。


 ……ボクは、なんだ? ボクに何ができる?


「メリーちゃん、リナ姉ちゃんは?」


 ナタリアがボクの服の裾を引っ張って尋ねる。いつもより控えめな様子は、今置かれた状況によるものではなく、ボクが怖い顔をしていたからだろう。ボクは食いしばった歯を緩め、慌てて笑顔を取り繕った。


「伊久那は別の場所にいるよ。身動きできないからここには来られないけど、ちゃんと生きてるから――」


 その時だった。

 ひゅるる、とロケット花火が上がるような音がした、と思った次の瞬間、イアホンのボリュームが最大のままロックをかけてしまったような衝撃が大気を震わせた。

 バタバタバタ、と武装警備員が移動する音がした。ボクは部屋に1つだけある窓から外を見る。


 病棟とホテルを繋ぐ渡り廊下、その中央付近が毟り取られたようになっていた。

 ロケット、ミサイル――ボクには違いがよくわからないが、そういうものが飛んできたのだろう。それくらいの予想はついた。


「メリーちゃん、何が……」

「来るんじゃない!」


 渡り廊下の周辺には、数多くの屍が開封したばかりのジグソーパズルのようになって転がっている。不幸にもまだ生きていた吸血人が日光に晒され、生きながら焼かれていく様はとても子供に見せていい光景ではなかった。


 一際大きな破砕音。シェルター・シールドに亀裂が走る。厚さ20センチにも及ぶ鉛の塀を砕いて出てきたのは、人ではなかった。


「WGだ!?」


 誰かが叫んだ。


 円柱を繋げたような無骨な人型。胸や脚の前面に匍匐ほふく前進用キャタピラを配した、カーキ色の鋼鉄巨人。

 一面防弾ガラスに覆われた卵型の頭部、その奥にある全方位オムニディレクショナルカメラのレンズが引きつった表情の武装警備員達を睥睨へいげいする。


 ラマイカさんの予想は当たってしまった。敵は白昼堂々WG――しかも3機――で攻撃をかけてきたのだった。


 ボクは窓から飛び退くように身を離す。WGのカメラなら、この距離でもボクの顔をはっきり見分けられるだろう。


 その時――また、姉の声が聞こえた。


「どうしたの……?」


 周囲を見回すボクを見て、子供達が不安げな声を出す。


「ナタリア。悪いけど、ちょっとトイレに行ってきてもいいかな。窓には近づかないように」


 返事を聞かずにボクは部屋を出た。


「いるの、姉さん?」


 廊下にはボク以外誰もいない。姉さえも。だが風に乗って彼女の声が聞こえてくる。


――かりばちゃん、こっちよ。


 ボクは声を追いかける。


「姉さんは、ボクを助けてくれてるんだよね? 孤児院でボクを呼んだのは、そうなんでしょ?」


――かりばちゃん、こっち。


 姉はイエスともノーとも言わず、ただボクを呼ぶだけだった。


「それとも姉さんはボクが憎いの? 自分だけVKでやっていってるから? だからボクを苦しめるために生き長らえさせてるの?」


――こっち。


 階段に辿り着く。姉の声は下からするが、覗き込んでも影すら見えない。


――かりばちゃん、おりていらっしゃい。


「どっちでもいいんだ。ボクだけじゃなくて皆も助けてよ。嫌なんだ、ボクだけ無傷で生き残るとか!」


――かりばちゃん、こっちよ。


 姉はただボクの名を呼ぶだけだ。呼ばれるままに、ボクは進む。


――こっち。


 病院の裏口、防弾シャッターの向こうから姉が呼ぶ。ボクは姉の指示に従い電子ロックを解除。シャッターに開いた小窓から外に這い出る。


 だが、姉の姿はやはり無い。


「どこなんだよ、姉さん! ボクが憎いならとり殺してくれてかまわないから、関係ない人達は助けてよ!」

「……君、何してるの?」

「!」


 振り向く。そこに立っていたのは姉ではなかった。宇宙服を着た何者か。背丈からして姉ではありえない。

 宇宙服のヘルメット、暗いバイザーの向こうは全く見通せない。声からすると若い印象だが。


「あ……あの、その、き、君、もしかしてカリヴァ・カシワザキ……かい?」

「そうですけど……? どうしてボクの名前を?」

「レディ・ラマイカから聞いたんだ。い、いやあ、パイロットを寄越すって言うからどんなゴリラが来るんだろうって不安だったけど、こ、こんな可愛い女の子だったなんて。あ――、君、日本人だよね? あの、その、アニメとか特撮とか、き、興味ある?」


 宇宙服はもじもじと身体をくねらせる。


「……すみません、ボク女の子じゃなく男の子です」

「男の……だと……!?」


 今度はがっくりとうなだれる宇宙服。なにか意思疎通に齟齬そごがあるような気がしたが、かまっていられない。


「あなたこそ誰です?」

「……僕はロルフトン・マドラス。ラマイカ・ヴァンデリョスのパシリみたいなものさ」

「そういや、部下を呼んだって言ってたな……。にしてもなんですか、その格好?」

「紫外線防護服を見るのは初めてかい? そんなことより」


 マドラスと名乗った男は親指で自分の背後を指差す。その指の先、病院裏手の駐車場にはラマイカさんの乗っていたWG輸送車キャリアが停まっていた。コの字に開いた荷台側面から、WGがクレーンとコンベアで引きずり出されてくるところだった。


「乗るつもりで来たんだよね、こいつに?」


 1度乗り込んだ機体だが、明るい場所でその姿を見るのは初めてだ。新型機なのだろう、『WG名鑑』や『月刊VKミリタリィ』などでは見たことがない形状の機体だった。


 主力WGとして使用されている『レオノーラ改』や『ヴーディカ』の無骨だが頑丈そうなデザインとは対照的に、繊細で今にも折れてしまいそうなスリムなボディ。

 頭部の大半を覆う淡いブルーの透過バイザーの奥から、全方位カメラのレンズがこちらを見下ろしている。

 大きめの肩装甲に積まれている、ミキサー車のようなタンクには何が入っているのだろう。その後ろから突き出している箱状のパーツはミサイルポッドだろうか?


 装甲の隙間からは赤紫色のグロテスクな肉塊が覗いている。これまでの機械式人工筋肉に代わり、第4世代WGから採用された生体式人工筋肉。紫色の血管を脈打たせ放熱している――これから始まる戦いに胸を躍らせているかのように。


 ……いや、各部の詳細などどうでもいい。最も特徴的で目を引くのはカラーリングだ。

 装甲はラマイカさんのサンライト・ヘアーを連想させる、輝くばかりの山吹色で塗られていた。狙ってくださいとでも言わんばかりの派手派手しさである。これが彼女自身の趣味なら、自己顕示欲の高さはたいしたものだ。ボクはゲンナリさせられる。


「……すごい」

「そうだろう、わかるかい? 第5世代駆動騎棺WG『ヴルフォード』1番機、コードネームは『陽光の誉れ』サンライト・グローリー! 我がエネルギー開発省が軍と提携して開発した最新鋭機だ! 頭頂高5メートル、重量――」


 ボクがすごいと言ったのは機体色に対してで、かつ皮肉だったのだが、マドラスさんは機体そのものを褒められたと思ったらしい。聞いてもいないのにすごい勢いで語り始めた。機密じゃないのか?


「……おっと」


 早口すぎてあらかた聞き取れなかったが、自分が余計なことを話しすぎたと気づいた彼はヘルメットの上から口に手を当てた。


「……で、どうするの? 乗るの? 一応忠告しておくと、レディ・ラマイカに何を吹き込まれたかは知らないが、彼女の言うことを真に受けてたら長生きできないよ。彼女は武家だからね、それもかなり血の気が多い部類の。先祖にヴァイキングの血が流れてるって噂だ」

「……乗ります」


 マドラスさんはやれやれというように首を振った。

 濃いバイザーからは表情を窺い知ることはできないが、呆れているのはわかった。


自爆特攻カミカゼなんかやる民族だから気が合うのかね?」

「いいえ。姉さんが乗れといったからです」

「……は?」


 ここに導いてくれたのは姉さんだ。


『ふたりはいつまでも仲良く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』

『これだけは忘れないでいてください。わたしは、あなたが生きて、幸せになってほしいと願っていることを』


 姉さんもシスターもひどい。何が幸せなのかは教えてくれないくせに、ただ幸せになれとボクに言う。

 そんなこと言われたって困る。ボクは自分自身が何を喜び、何を幸せと感じるのかさえ、実際のところよくわかっていないのに。


 だけど幸福についてただ1つわかっていることがある。

 それは、自分1人だけが生き残ったって幸せにはなれないってことだ。


 伊久那を、子供達を守らなければ。


 姉さんがそれを後押ししてくれたのがわかって、その日ボクはやっと、心の底から笑うことができた。


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