第40話 理桜(30)少女は闇の御子を欺く
気が付くと、わたしの前に白いワンピースを着た一人の少女が立っていた。それは、「非現実」の廃病院で、死者のキャンドルサービスから私を救ってくれた少女だった。
――こういう姿でしか現れることができなくてすみません。僕は椅嵩利平です。
――ダカさん?……じゃあ、病院で会ったのも、ダカさんだったの?なぜ?
矢継ぎ早に問うと少女はふっと顔を伏せ、そして場違いなほどゆっくりと語り始めた。
――これは僕が五歳の時の姿です。
――五歳の時の?……だって、どこから見ても、女の子……
――そうです。このぐらいの年まで、僕は女の子の格好をしていたんです。ある種の「魔除け」として……
――魔除け?女の子の格好をすることが?
――そうです。僕の姉が五歳の時、悪性の風邪にかかって亡くなったのですが、それ以来、両親はしばらくの間、僕に女の子の格好をさせていたのです。
疫病などで子供がなくなりやすい土地などでは、女の子より身体が弱い男の子を早く死なせないために、女装をさせることがよくあるのだそうです。
――そうだったの。でもどうして今の姿じゃなくて、そんな昔の姿で現れたんです?
――それは……『御使い』を欺くためです。非現実の世界であなたに干渉するには、僕とばれてはいけないのです。
――『御使い』を?……なぜ?
――『御使い』を幸福に死なせてあげるためです。『御使い』は肉体が滅びた後も、意識だけの存在となって生き延びました。『御使い』の意識に、百年前に果たせなかった願いが叶ったと思いこんでもらいたかったのです。
――百年前の、願い……それってヘンリー・ダーガーさんと一緒に叶えようとした願いのこと?
――そうです。百年前、『御使い』は願いをかなえるために必要な「妄想者」としてダーガーさんを選びました。ダーガーさんは極めて優れた妄想力の持ち主でしたが、些細なトラブルで『御使い』の計画はとん挫しました。百年後、『御使い』は僕に強い妄想力があると見込み、かつて失敗した計画のやり直しをしようと目論んだのです。
――「妄想者」って……つまりウィルスの「宿主」のことね?
――そうです。よく気が付きましたね。強い妄想力を持ち、『御使い』から託されたウィルスを、目的の性質を持つ変異体になるまで身体の中で培養する人間のことです。
――あなたも、そうなの?
――そうです。そのことを僕は最近まで知りませんでした。『御使い』は、初めて会った時、僕にこう言ったのです「私の一族は少女や子供の生命エネルギーを養分にして、生きている。だが今、一族は力を失い、種の寿命がつきかけている。もう一度、思いきり少女のエネルギーを吸収してみたいのだ」と。
そのためには「妄想者」、つまり強い妄想力を持つ人間の選んだ少女たちを、非現実で包みこんで大量の生命エネルギーを集める必要があるというのです。しかしそれは嘘でした。『御使い』の本当の目的は、少女を使って大人だけを殺す特殊なウィルスをばらまくことだったのです。
――それが『ヴィヴィアン・キングダム』なのね。わたしたち七人は夢を届ける選ばれたアイドルじゃなく、ウィルスをばらまく感染者だったのね。
――その通りです。『御使い』は体内のウィルスの求めに応じて、より快適な環境を得るために大人だけを殺すウィルスをばらまこうとしたのです。百年前もそうでした。少女と子供だけの王国を夢見るヘンリーを利用して、『御使い』は、少女たちにウィルスをばらまかせたのです。
――でも、その時は予想を超えて多くの犠牲者が出てしまい、うまくいかなかった。
――ええ。少女たちの感染力を適度に抑える役割の人間もいたのですが、ハプニングが起きて抑止力が機能しなかったのです。
僕も十年前、『御使い』に騙されて女の子たちにウィルスを感染させました。ですがそれもヘンリーの時と同様、うまくいかなかったのです。『御使い』のたくらみに気づいた僕は、『御使い』の計画を止める秘策を練りました。
『御使い』の計画通りであれば今日のイベント中、ステージの上からウィルスがばらまかれるはずでした。でもそうは行かないでしょう。
――「調整者」が……典子さんが、わたしたちを止めてくれるから?
――いいえ。彼女は「調整者」ではありません。
予想外の言葉に、わたしは愕然とした。典子さんが「調整者」じゃない?
あんなに力強い言葉でわたしを安心させてくれた典子さんが?
――典子さんが「調整者」でないのなら、いったい「調整者」は、誰なの?
――「調整者」は、あなたです。
――わたしが「調整者」ですって?
ダカさんの言葉は落雷のように私を直撃した。いったい、どういうこと?
――だって……だってわたしはウィルスをばらまく側の人間でしょ?わたしが「調整者」なら、『ヴィヴィアン・キングダム』の七人目は誰なの?
わたしの問いかけに目の前の「少女」はいっとき、ためらうように目を伏せた。
――存在しません。『ヴィヴィアン・キングダム』は、最初から六人のグループなのです。先ほど言いましたね。あなたは『ヴィヴィアン・キングダム』の戦士ではないと。
わたしはめまいを覚えた。『ヴィヴィアン・キングダム』は、最初から六人だった?
――じゃあなぜ、典子さんは「大丈夫、あなたが恐れているようなことは、起こらない」なんて言ったの?
――あれは……僕がこしらえた偽の典子さんです。ファックスを送ったのも、僕です。本当の彼女は、自分が「調整者」の役をさせられたことも、『御使い』の計画も何も知らないのです。
わたしが「調整者」……典子さんが偽物……矢継ぎ早に明かされる意外な真実に、わたしの頭は爆発寸前だった。
〈第四十一回に続く〉
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