第41話 理桜(31)我を欺きし者、その名を伏せよ
――あの教会で見た「非現実」の典子さんも、本人じゃなく偽物だってこと?
――そうです。……最初から説明しましょう。十年前、僕は『御使い』に言われるままに女の子を選びました。戦士を選ぶ時、ぼくはいつも腰の後ろで手を組みます。すると背骨から軽い振動のような物が伝わってきて、手が熱くなるのです。
そうなったら目的の相手を見つめ、静かに息を吐きます。それがウィルスへのゴーサインだと気づいたのは、残念ながらずっと後のことでした。
わたしの脳裏にふと、目を閉じ、後ろで手を組んでいる人物の姿が浮かんだ。
それが実際に見た過去の記憶なのか、わたしが勝手に想像しただけなのか、自分でもよくわからなかった。
――六人目までを『御使い』に伝えたところで『御使い』の具合が急に悪くなりました。そして『御使い』はそのまま死んでしまったのです。ところが、僕が『御使い』の身体を埋めようとした時、頭の中で声が聞こえたのです。自分はまだ生きている。身体は荼毘に付して頭蓋骨だけを残せ、と。
やはりあれは『御使い』の頭蓋骨だったのか……わたしはまどろみの中で見た、ピンポン玉の大きさの骨を思い出した。
――『御使い』が死んで数日後、僕は綺麗に洗った頭蓋骨を何気なく自分の額に当ててみました。すると目の前が突然真っ暗になり、いびきのような音が聞こえてきたのです。
「御使いの意識は眠っているのか」と僕は思いました。しばらくそうしていると今度は、見たことのない街の風景がいきなり目の前に広がりました。
どうやら外国の街のようだ、そう思っていると突然、若い外国人の男が現れて、こう言ったのです「やあ、御使い」と。それがヘンリーでした。
つまり僕は、眠っている『御使い』の意識から漏れ出したヘンリーの記憶を盗み見ていたのです。
――それ、わたしも見たわ。
――ヘンリーと『御使い』のやり取りを見た後、僕は当時の事を色々と調べました。そして「スペイン風邪」に行きついた時、『御使い』の真の狙いがわかったと思いました。
しかし騙されたことに気づいた時、僕はすでに六人もの女の子にウィルスを感染させていました。僕は戦慄すると同時に、これではいけないと思いました。
そして僕が考えたのは……七人目の女の子を『御使い』には戦士にしたと思わせておいて、実際には「調整者」にすることだったのです。
――万が一、ウィルスがばらまかれた時、被害を少なくするため?
――そうです。『御使い』は僕に「七人の少女とは別に、彼女たちの関係を調整する人間が必要だ」と言いました。それが嘘であることを僕は知っていましたが、あえて気づかないふりをしました。
僕は『御使い』の頭蓋骨に「七人目の戦士はあなたが死んだあとに選んだ」と嘘をつき、八人目の「調整者」選びを『御使い』に見せることにしました。
僕はまず、『御使い』の頭蓋骨を拳の中に隠して教会に行きました。そして典子さんの方を見ながら「あの人を「調整者」にするよ」と言って、実際には典子さんの手前で遊んでいたあなたに目の焦点を合わせ、「調整者」ウィルスを放ちました。
――それでわたしが……でも、十年前に一度、わたしたちは病気を流行らせているのよね。たぶん犠牲者も出ている……
――はい、残念ながら。しかしその時はまだ、戦士である女の子たちが幼く、『御使い』が期待したほどの結果には至らなかったのです。
数十名の大人が亡くなりはしましたが、あの時はあちこちでインフルエンザが流行っていたので、あなたたちのせいだとも言い切れません。とにかくその時、僕はこれで『御使い』との関係も終わったのだと思いました。
――でも、頭蓋骨は持ち続けていたのね。
――ええ、なんとなく。目的を果たした『御使い』は、ずっと眠り続けていると思っていたので、まさか十年後に突然、呼びかけられるとは思いもしませんでした。
――それで今度こそ『御使い』を欺こうと、『ヴィヴィアン・キングダム』を作った。
――その通りです。あなたをセンターにすることで、あなたが動かなければ『ヴィヴィアン・キングダム』は機能しない、つまりウィルスもばらまかれない、そういう意識をメンバーの中に植えつけようとしたのです。
――じゃあ「裏切り者」というのは、もしかして……
――そうです。「調整者」であるあなたのことです。
わたしが「裏切り者」だった――。
頭の中でいくつかの疑問が飛び交い、はじけた。
――じゃあ、それを告発したのは誰なの?ステージからわたしが落ちるよう、戸浦さんに細工させたり、絵美ちゃんにクライミングの真似事をするよう依頼したのは、誰なの?
――まだ、わかりませんか。できれはあなた自身に気づいて欲しかったのですが……
――わからないわ。誰?メンバー?サコさん?松館さん?
わたしは混乱した。本当にわたしの知っている人間の中にいるのだろうか?
――告発者は「理桜さん」です。
――「理桜さん」?
予想だにしなかった答えに、わたしの思考は完全に停止した。どういうこと?わたしがわたしを、告発したっていうこと?
――正確に言うと「深水理桜」の姿をした人物が戸浦さんや絵美さんの前に現れ、いくつかのお願いをしたということです。その人物はおそらく、こんな風に訴えたのだと思います。「このままわたしを放ってはおけない、お願いだからわたしを助けて」と。
――わたしがそう言ったというの?……そんなおぼえ、ないわ。
――でしょうね。しかしあなたにさまざまな罠をしかけたのは、まぎれもなく「理桜」なのです。
そんな……「裏切り者」が「わたし」で、「わたし」を告発したのが「理桜」。そして「わたし」にはその記憶がない。この二つの事実を満たす答えは……
わたしは「ない」と思いかけて、ある可能性に気づいた。いや、ひとつだけ、ある。
それは、「わたし」が「深水理桜」ではない、という場合だ。
〈第三十二回に続く〉
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