第37話 理桜(27)穢れなき者の布告
「いよいよ明日ね」
午後九時すぎ、最後のリハーサルを終えたわたしたちに、サコさんが言った。
「正直、怖いんだけど」
優衣が小さく漏らした。それはそうだろう、賑やかな通りの真ん中で、何十、何百という人たちの視線にさらされるのだ。出演はわたしたちだけではないが、出るからには見ている人の心を動かすようなパフォーマンスをしなければならない。
「ファンの人たち、うまく見つけられるかなあ」
わたしが呟くと、サコさんが苦笑した。
「心配することないって。ファンは自分から教えてくれるから。それより初めて見る人たちに、わたしたちの歌とダンスを思いきり見せつけてやろうよ」
そうか、とわたしは思った。やはりこれは避けられない運命なのだ。
誰かを恨んだり、気をもんでみたりしたところで、どうすることもできないのだ。
何かが起きるかもしれないし、何も起きないかもしれない。
「円陣、組もうか」
優衣が言い、わたしは頷いた。わたしはバックの四人に向かって手招きをした。
わたしたち七人は、小さな輪になって決まり文句をコールした。
「王国に愛と正義を!わたしたちはヴィヴィアン・キングダム!大人になんか教えてあげない!」
そう、ヴィヴィアン・キングダムは大人にならないと歌っているが、大人を殺したりはしない。勝利を手にしたいだけだ。
――できれば『御使い』の計画は失敗に終わってほしい。
わたしはポケットに畳んでしまってある、典子さんのファックスをぎゅっと握りしめた。
※
「えー、すごい迫力でした。昨年のヨサコイ大会優勝チーム、北方学院『鬼神乱舞』のパフォーマンスでした。……つづいては、今年結成されたばかりの地下アイドル、『ヴィヴィアン・キングダム』の登場です。何と今回が、地上での初のライブになるそうです」
司会の女性が交差点全体に響く音量で、プログラムの説明をした。わたしたちはいつもとは違う、まばらな歓声に戸惑いながらステージに近づいていった。
スクランブル交差点の中央にはすでに移動可能な特設ステージが据えられており、わたしたちは四方から視線を浴びつつ、階段を上っていった。
「みなさん、可愛らしいですねー。『ヴィヴィアン・キングダム』の皆さんは、H区にある『グランデニア』というライブハウスを中心に活動されているんですね。……それではまず、センターの方から、自己紹介をお願いします」
急にマイクを向けられ、わたしはどぎまぎした。観客席にはスマートフォンのカメラを向けている姿がいくつもあり、わたしは改めて死角のない状況に恐怖を覚えた。
「ええと、一応、センターを務めさせていただいている深水理桜といいます。今日は全力で頑張りますので、みなさん、応援よろしくお願いします」
わたしはとりあえず前の方の観客に向かって深々と頭を下げた。
「はい、深水さん、ありがとうございました。……ええと、次の方は」
司会のマイクがすっとわたしの前から離れた。わたしは目だけを動かし、歩道にあふれている観客を見た。典子さんがいれば必ず見つけられる、そんな自信があった。
メンバーが次々とコメントを口にする中、わたしは典子さんの姿をなかなか見つけられずにいた。こっちの方向にはいないのかもしれない、そう思った時だった。
最前列でカメラを向けているグループの陰に埋もれるように、小柄な女性の姿があった。
――いた!典子さんだ。やはり来てくれたのだ。
「えー、ではみなさんに今日は二曲、歌っていただきましょう。……センターの深水さん、どんな感じの曲を歌っていただけるんですか?」
「あのー、デビュー曲が『大人は救ってあげない』っていうタイトルなんですけど、少女の感性を失いたくないっていうか、大人の常識とか計算とか、そういう物と戦います!っていう決意を歌った歌です」
「そうだったんですか。何だか衣装もこう、戦闘態勢みたいな感じで気合が入ってらっしゃいますよね。……だけど、大人たちを滅ぼしてしまったら、ちょっと困らないですか?」
司会の女性が盛り上げようとしてか、わざと意地の悪い質問を投げかけてきた。
「ええと、わたしたちは少女の正しさをアピールするための戦いをしているので、大人を全滅させるようなことはしないです。だけど、ずるい大人には容赦しませんよ」
「いさましいですね。今日、この交差点を埋めている大人の皆さんも、彼女たちに倒されないよう。気をつけて下さいね。えー、それでは二曲つづけて、どうぞ!」
司会が大声で観客を煽った。もはやわたしたちに中断するという選択肢はなかった。
「では聞いてくださーい!」
スピーカーから一曲目のイントロが大音量で流れ出し、わたしたちは速やかにフォーメーションを取った。わたしはいつものように音源に合わせて口元のマイクに歌い始めた。
一曲目は無我夢中だった。わたしたちは緊張の中、汗だくになりながら狭いステージの上を、前に後ろにとめまぐるしく入れ替わりながら歌い、踊った。奇跡的に誰一人しくじることもないまま、わたしたちは最後の曲『大人は救ってあげない』に入っていった。
――大人になったら 救ってあげない。残り時間はあとわずか
わたしたちはステージの上で『ヴィヴィアン・キングダム』という一つの生き物になっていた。何も考えなくても手足が動くように阿吽の呼吸で位置が入れ替わっていった。前にいても後ろが、後ろにいても前が、どんな表情をしているか手に取るようにわかるのだ。
――私の助けが欲しければ 子供のままでいればいい 時のくびきに背を向けて
よし、間奏だ。バックのメンバーと前後を入れ替えるため、ターンを決めなければならない。二コーラス目のサビを歌いながら、わたしはそのタイミングを待った。歌が終わり、身体をくるりと半回転させた、その時だった。突如首筋に激痛が走り、視界が爆発した。
私は苦痛のあまり、思わず身体を二つ折りにして呻いた。必死で呼吸を整え、顔を上げた瞬間、わたしは目をみはった。交差点を満たしていたむせるような熱気が消え、代わりに異様な静寂があたりを支配していた。さらに、前後に綺麗に別れているはずのメンバーが、中途半端な位置で放心したように立ちつくしていた。
――どうしたの?機械の故障?それとも……
〈第三十八話に続く〉
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