第21話 理桜(16)闇の中のささやき


「辞めた?美装会社の社長が?」


「そう。その人に会ってどうしても聞かなきゃならないことがあったのに。……ねえ、このタイミングで辞めるって、どう考えてもおかしいと思わない?」


「まさかとは思うけどその人が、理桜ちゃんと顔を合わせたくないがために姿を消したとでも?」


 わたしは頷いた。転落事件の実行犯――つまり、ステージに細工を施した人間は、美装会社の人間以外に考えられない。


「一体、なんのために?恨みを買うほどの知り合いでもないんだろう?」


 わたしは力なく頭を振った。そのあたりの究明は、これからだ。


「誰かが彼に依頼したんだと思うわ。センターの子がうまく墜落するような造りにしてくれって。わたしへの恨みか、ヴィヴィアン・キングダムへの恨みかはわからないけど」


「そういうことを依頼しそうな人物に心当たりでもあるのかい」


「ううん。……でも、「裏切り者がいる」っていう告発があったってことは、裏切り者と、裏切り者が誰かを知っている人物とがいるってことでしょ。だとしたら裏切り者が、告発されて自分の正体がばれる前に目的を果たそうとした、ということになるわ」


「うーん、つまりこういうことかな。「告発者」は、「裏切り者」がセンターの子をステージから落とそうとしていることを知った。そしてそのことを「裏切り者」に怪しまれずに君に伝えたかったが、タイミングが合わず、できなかった」


「ええ、たぶんそう。……それで、あの短い告発文になったんだと思う」


「美装会社の人は、かなり前から準備をしていたのかな。その……センターの子を落とす準備を」


「わからない。……とにかくあの日、ステージの上にあったモニタースピーカーの位置が、何者かによって細工されていた。これは間違いないわ。それができるのは、美装会社の社長さんだけなのよ。つまりその人がすべてを知っているんだわ」


 わたしはやるかたない憤懣をぶちまけるように、強い口調で言った。


「で?具体的にステージにはどんな仕掛けがしてあったんだと思う?」


「たぶん、ステージの縁に設置されていた二基のモニタースピーカーの位置が、こっそりずらされていたのよ」


「ずらされていた?」


「つまり実際の縁から、数十センチほど前にはみ出す形で設置されていたってこと」


「そんな風にはみ出していたら、目立つんじゃないか?」


「だから、レールに乗せるか何かして、ライブ中に前に動くようになっていたのよ。ライブが始まるまでは、普通の位置にあったってわけ。真っ暗なフロアの中では、ステージの縁は下の客席と溶けあってしまって、どこが終わりかわからない。わたしたち出演者は黒一色の世界の中で、白いモニタースピーカーだけを目印に、ステージの先端を知るわけ」


「そのスピーカーが、気づかないうちに数十センチ、前にせりだしていたとしたら……」


「わたしたちの演出は、センターがステージの前ぎりぎりの所に立つことになってるの」


「演出の通りに飛び出せば当然、最後の一歩を受け止める床はない。着地しようとした脚は空を切り、そのまま客席の床に真っ逆さま……というわけか」


「で、わたしが落下した後、レールのような物で支えられていたスピーカーは、元の位置に押し戻される。照明が点いた後、状況を見た人は誰しも、出演者が不注意でステージから転落したと思う……ね?そんなことができるのは、美装会社の人だけでしょ?」


「スピーカーは目的を果たした時点で片付けてしまえばいい……か。たしかに、他に適任者はいなさそうだな……しかし、一つ間違えば大怪我をしかねない仕掛けだ。万が一ってことは考えなかったのかな」


「そのあたりは想像してなかったのかもしれないわ。実際の事故現場を目の当たりにして、思った以上に重大なことになったとショックを受けたってことも考えられるわ」


「軽く足をくじく程度だと思っていたら……って感じかな」


「それで恐ろしくなって、姿を消したんだと思うの」


「いずれ君がスピーカーの仕掛けに気づいて、問い質しにくることを予感してたんじゃないかな。幸い軽い怪我だったと聞いてほっとしたものの、もしかしたら明日にでもバックステージに姿を現すかもしれない、そうなる前に自分から姿を消してしまおう……そんなところじゃないか」


「それは自分のため?……それとも依頼者をかばうため?」


 感情が昂ぶり、わたしは思わず声を荒げていた。わたしの知らないところで何かが動いている。顔の見えない何者かが、わたしと『ヴィヴィアン・キングダム』の様子をそっと見つめている……わたしは寒気を覚え、両手で二の腕をかき抱いた。


             〈第二十二話に続く〉

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