第20話 理桜(15)みつめられるもの


「さて、絵コンテは全員に行き渡ったかな?出番の多い少ないに関係なく、ちゃんと目を通しておくこと。いいね?」


 松館は整列したわたしたちを前にそう言うと、タブレットの画面に触れた。つい先日、録音したばかりのデビュー曲『大人は救ってあげない』が、会議室に流れだした。


「松舘さん、このMVの撮影順ですけど」


 優衣が手を上げ、質問をした。


「うん?」


「前半の工場のシーンが後で、後半の教会のシーンが先だっておっしゃってましたよね?」


「ああ。そうだけど」


「本物の教会で撮影するんですか?」


「そうさ。ここから歩いて五分くらいのところに、小さな教会があるんだ。北聖教会って言って、僕も何度か尋ねたことがある場所だ。そこで来週の土曜、撮影する予定だよ」


 教会の名を耳にした瞬間、わたしは思わず声を上げかけていた。まさにその場所は、わたしが学童保育で通っていた教会だったからだ。


「かなり古い教会だから、この辺に土地勘のある子なら、近くを通ったことくらいはあるんじゃないか?……ちなみに撮影を許されているのは日中の時間帯だけだから、少ないテイクで済ませるためにも、できるだけNGは出さないでくれよ」


 一瞬、松舘の目線がこちらをかすめた気がして、わたしはげんなりした気分になった。センターということは当然、映る回数も多いに違いない。わたしのNGは即、撮影時間の超過につながるというわけだ。


 わたしは配られた絵コンテをぱらぱらとめくった。どこかの地下工場で、子供たちが働かされている。そのうち七人の少女たちが脱走、大人たちの目をかいくぐって地上を目指す。長い階段を上って出た場所は、なぜかミサ中の教会だった。


 教会を出て、子供たちだけの街に戻ろうとする少女たちを、うつろな目をした大人たちが追ってくる、というストーリーだった。わたしは眩暈に似た感覚に襲われ、絵コンテを閉じた。


 これはまるで、ダーガーが描いた世界じゃないか!それに大人たちが追ってくる場面はわたしが紛れ込んだ「非現実」の病院だ。


「あのう、こんなアクション映画みたいな事、本当にやるんですかあ?」


 陽乃がおずおずと尋ねた。松舘は腕組みをしたまま、ふむと唸ると

「まあ、大丈夫だろう」と言った。


「エキストラは演技のプロだし、君たちはまあ、鬼ごっこでもしているつもりで逃げまどってくれれば、それでいい」


 松舘のどこか他人事のような受け答えは、わたしたちのざわつきを一層大きくした。


「私、ここの教会、行った事ありますよ、たぶん」


 優衣が言った。同じことを言おうか、ためらっていたわたしはどきりとした。


「ふうん、そうなんだ。……まあ、地元の子なら行ったことくらいあってもおかしくないだろうな」


「結構、古めかしい感じが好きで、小さい頃に何度か友達と行ったことがあるんですけど、たしか一度、病気か何かが流行った時に立ち入り禁止になっちゃったんですよね。……で、子供だったし、それでなんとなく足が遠のいちゃったんですよ。……もう十年くらい、経つのかなあ」


 わたしは胸のざわつきを抑えるのに必死だった。典子さんから聞いた話と妙に一致する内容だった。もしロケの時、教会に典子さんがいたら、その辺のことを聞けるだろうか?


「まあ、十年も経っていれば病気の菌もいないだろうさ。久しぶりに訪ねてみるのも悪くないんじゃないか?……ということで、くれぐれも当日は遅刻しないように。いいね?」


 松舘は絵コンテの表紙を指でぽんと叩くと、ソファから立ち上がった。わたしたちは松館が会議室から姿を消すまで、背筋を伸ばし続けた。一応、プロのアイドルだという自覚が、無意識にそうさせるのだった。


「MVかあ。演技の経験もないのに出演していいのかなあ」


 バックのメンバーの間から、そんなささやきが漏れ聞こえた。


「なに、言ってんの。最初はみんな素人に決まってるでしょ。それに初MVは一度しかないのよ。当たって砕けろで挑んだらいいのよ」


 サコさんが笑いながら檄を飛ばした。あまりにもっともな物言いに、わたしたちは苦笑せざるを得なかった。


「サコさん、……ちょっと聞きたいんですが。創芸美装の戸浦さん、この一週間ほど見ないですよね?わたしがステージから落ちた時、自分のせいだって言って、すごく恐縮されてたんです。それが逆に申し訳なくて、ずっと「ご迷惑おかけしました」って言いたかったんですけど」


 わたしが問うと、サコさんの目に一瞬、困惑気な色が浮かんだ。


「そうね、その気持ちは良くわかるけど、実はもう創芸美装さんは、うちのステージ設営から退却しちゃったのよ。正確に言うとあの転落事故の翌日、戸浦さんから電話があって「申し訳ないけれど、今回限りでステージ設営の仕事から外してほしい」っていう希望を聞かされていたの」


「……やめちゃったんですか?本当に?」


 わたしは思わず声を上げた。なんでまた、それほど急にやめてしまったのだろう。


「わたしもびっくりしたわ。……いい業者さんだったんだけど、こればっかりはね」


 頭がくらくらした。やっと転落事故の全容が見え始めてきたところだというのに……


 いや、とわたしは戸浦さんの立場になって考えた。逆にわたしが事故の真相に気づきそうだと察したから、ステージの仕事を外れた?


 会議室を次々と去ってゆく仲間たちを見ながら、わたしはどうにかして胸の嵐をおさめようと必死になっていた。


 ――この中に、裏切り者がいる。


 わたしは口の中で、ライブの前に見た警告文を呟いた。戸浦さんが姿を消したとしても、彼に依頼をした人物はまだ、近くにいるかもしれないのだ。


 教えて、戸浦さん。「裏切り者」は、誰? いったい誰があなたに「センターの子がうまく落下するように、ステージに細工をして」と依頼したの?


              〈第二十一話に続く〉

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