第2話 理桜(2)オーディション
わたしは
北の地方都市、
成績は中の上でおそらく理系向き。一か月前までバレー部に所属していた。
自分について語れるのはそんなところ。平凡だという自覚もないくらい、平凡な女の子だ。だが、周りの友達は言う。それは去年までだよね、と。
わたしの中では変わったという意識はないが、たしかにひとつだけ、去年までと違う部分がある。今のわたしは『ヴィヴィアンズ・キングダム』という地下アイドルグループの一員なのだった。
音楽は好きだがアイドルには全く関心がなかったわたしがなぜ、アイドルグループの一員をやっているかというと、わたしたちのプロデューサー、
その日わたしは、小さな自主コンサートに出演していた。幼なじみがギター、わたしがヴォーカルの「ファイヴハンドレッツ」というユニットで始めた路上ライブが好評で、地元の音楽グループから誘われたのだ。
演奏を終えたわたし達に、見知らぬ男性がいきなり声をかけてきた。それが松館だった。
「魅力的な声ですね。思わず聞き入ってしまいました」
わたしがどう返そうか考えあぐねていると、男性はいきなりこちらの返事もまたずに喋り始めた。
「あ、突然、声をかけたりしてすみません。驚かれたでしょう。実は僕、刹幌を中心に音楽プロデュース業を手掛けている松館といいます」
松館と名乗る三十代くらいの男性は、いきなり立て板に水と話しかけてきた。歌が歌える十三~十七歳くらいの少女を探している。目星がついたら七人の地下アイドルユニットを結成させたい、と。
「どうです?興味ないとおっしゃるかもしれませんが、いい経験になるかもしれませんよ。思いきって一度飛び込んでみませんか?」
松館の口調は熱を帯びていた。わたしは面食らいながら、気になっていたことを尋ねた。
「あのう、地下アイドルって何ですか」
「メディアにほとんど出ずにライブの集客力で活動するアイドルのことです。実は東区に今度、知人が大きなビルを建てる予定なんです。地下がライブハウスになる予定で、そこの顔となるアイドルを期間限定で立ち上げようっていうことになったんです」
「期間限定、ですか。ふうん」
「深水さん、でしたっけ?声の質が、僕が思い描くグループのイメージにぴったりなんです。オーディションだけでも、うけてみませんか?」
「オーディションだけってことは、受かってもお断りして構わないってことですか?」
「…………」
それが、わたしの高校生活を一変させた最初の会話だった。
※
わたしは結局、物珍しさも手伝って深く考えずにオーディションを受けた。書類選考はぼんやりしているうちに通過し、気づくとオーディションも難なく終えていた。
できたばかりのビルの会議室で、さほど多いとも言えない応募者に混じってわたしは物まねを一つか二つ、披露した。地下アイドルという響きも怪しかったし、あまり乗り気でもなかったのだ。
数日後、合格通知が来た時も、最初に思ったことは「バレーの地区予選があるから辞退しなきゃ」ということだった。
電話で松館にありのままを告げると、「その辺はこっちも融通できると思うからさ、まずは顔合わせに来てみてよ、この前のオーディションと同じビルで、金曜日に」
松館は早口でそうまくしたてると、電話を切った。やれやれ、合格より辞退の方が大変そうだとわたしは思った。
金曜日、わたしは刹幌駅から北に数キロの場所にある真新しいビルへと向かった。
「メディカルビル」という名のその建物は、要するに病院や薬局をありったけ詰めこんだ健康のデパートみたいな存在だった。
わたしは地下鉄を降りると、松館に指示された通りにビルの地下に向かった。
狭い階段を降りてゆくと、突然、広い廊下が現れてわたしを面食らわせた。廊下のつきあたりに大きな観音開きの扉があり、「ライブハウス・グランデニア」と刻印されていた。わたしは意を決すると、扉を押し開けた。
目の前に現れたのは、赤と黒で統一されたホールのような空間だった。教室と体育館の中間くらいといったらいいだろうか。奥のほうにステージらしき高所があり、そこにオーディションの時に見た少女たちと、松館がいた。駆け足でステージに向かうと、松館がわたしに気づいて片手を上げた。
「よし、これで全員、揃ったな」
松館は、わたしがステージにたどり着くのを待って、言い放った。
「ヴィヴィアン・キングダムの諸君。ようこそ、グランデニアへ。今日からここが、君たちのホームだ。これから君たちは月に数回、ここでライブをすることになる。まず――」
わたしは松館がすべて言い終えないうちに「あのう」と言葉を挟んだ。
「わたし、部活もまだやっていて結構、忙しいので……」
辞退したいのですが、と続けるはずのわたしの言葉は、そこで途切れた。
「大丈夫。みんな忙しいんだ。僕だって忙しい。本業があるからね。……でもそこはみんなで極力融通しあって何とかしたいと思う。そういう絆が、この王国を盤石なものにするんだよ。わかるね?」
わたしは口を半開きにしたまま、唸った。
「それじゃあ、せっかくの結成記念日だし、円陣でも組もうか」
松館にうながされ、会ったばかりのわたしたちはぎこちなく円陣を組んだ。
「王国に勝利を!」
わたしたちは言われるまま、よくわからないコールをした。
「一応、こういう感じで六月までやってもらう。そんなわけで急な話だが、当面のフロントメンバーを今、決めようと思う。
はい、と声がして、背の高い少女ががすっと前に進み出た。
「それから、
また、はいと声が上がり、小柄な美少女が横に並んで立った。
「そして……深水理桜。この三名が、最初のフロントメンバーだ。センターは……まあ、暫定的にだけれど、深水。いいね」
――フロントメンバー?……センターですって?
わたしは松館の言葉を頭の中で反芻した。わたしが、前列だって?
頭が真っ白になった。アイドルに詳しくないわたしでも、フロントとかセンターとか呼ばれる人たちが「ステージの前の方で目立つ人たち」くらいのことは理解できた。
優衣を見ると、毅然とした態度で松館の次の言葉を待っていた。これほど度胸の座った子であれば、前列もふさわしいだろう。見た目もきれいだし。
ふりかえってわたしはといえば、事態の大きさに怯えているだけの子供だった。
「レッスンのスケジュールはそれぞれのメールボックスに送信する。基本はヴォイトレとダンスレッスン。場所はここの会議室やジムを使用する。以上。……何か質問は、あるか?」
わたしはおずおずと手を上げた。視線が集中するのがわかったが、かまうものか。
「……ん?深水さん、なんだい」
「前で踊って振り付けを間違ったら、誰が教えてくれるんでしょうか」
松館はわたしの問いに答える仮に、苦笑しながら頭を振った。
まずい、本格的にまずい……わたしはオーディションの時以上に混乱していた。アイドルになった実感もないというのに、まさか自分がセンターを命じられるとは。
わたしは「アイドルも面白いかな」と呑気に構えていたことを本気で後悔し始めていた。
〈第三回に続く〉
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