第8話 冒険しようぜ

あの日から一週間がたった。

あれから俺は一歩も外に出ず、ずっと部屋に引きこもっている。


なぜ電話がつながらなくなったのか、彼女が自分の名前を言おうとしたから、彼女と俺があの感情を持ってしまったから、理由は何個か想像できたけどそんなことはどうでもよかった。

大事なのは俺は彼女と話す手段を失った、それだけだ。


わかってるんだ、引きこもっててもしょうがないって、前に進まなくちゃいけない、それが俺にずっとあたえられている課題だってさ。

でもさ、そんな簡単にはいかないんだよ、そんなすぐに割り切れたら最初から苦しくなんかないんだ。


結局どうしていいかなんてわからず、俺は引きこもり続けた。


それからまた何日かたって、俺は一つ思い出した。

そんなことをしても意味なんかないとわかっているよ、でも思い出してしまったからには我慢なんてできない。

だから、それを確かめるために電話をかけた。


そいつは電話がかかってきたことに驚いているみたいで、「今まで何してたんだよ」と聞いてきた。

俺はその問いには答えずただ一言だけ言った。

多分これだけで伝わる。

「冒険しようぜ」



「お前、なんで急に掘る気になったんだよ? タイムカプセル。もしかしてお前も櫻子ちゃんのこと気になったのか?」

桐島がおどけたように聞いてきた。

「いいから、掘れよ」

我ながら勝手だなと思う。

桐島があんな風にふざけるのは、俺に気をつかってるからだってわかってる。

俺が気をつかわないように、気をつかってくれてるんだ。


「いや、ごめん……」

俺はそれくらいしか言えなかった。

本当はもっとしっかり事情とかを説明するべきなんだ。

それがこんな夜遅くに付き合ってくれているやつへの礼儀なのに。


「別にいいよ。そもそも俺が言い出したことだしな。でも、夜の学校ってなんかいいよな。なんか、珍しく星もよく見えるし、プラネタリウムみたいだ」

桐島の話ではタイムカプセルは学校に埋まってるということだった。

だけど、うちの高校の警備のゆるさはどうなんだろうか?

こんな簡単に忍びこめるなんて、安全面とかどうなってるんだろうか? 急に心配になった。


「お! あったぞ、これじゃないか?」

タイムカプセルが埋まっているという桜の木の下を掘り続けて一時間くらいたったころ、桐島の声が夜の校庭に響いた。


桐島は手に持った変な形の近未来的な入れ物を掲げた。

桐島に聞くとどうやら、タイムカプセル専門の箱を買っていたらしい。

きっと変に凝り性な人がいたんだろう。


「おい、開けるのか?」

俺が箱を開けようとすると桐島が驚いたように聞いてきた。

桐島の言う通り、本当は他人のタイムカプセルを開けるべきじゃないんだろう。

でも、俺には開けるしかなかった。

箱を開けると、手紙や漫画などいろいろなものが入っていた。

その中に桜の花びらが描かれた手帳があった。

これだ、これが俺が探してたもの。

彼女の日記。


俺は桐島がいるのもかまわずそれを開いていた。

桐島は何か言いたそうだったが、俺を止めはしなかった。


中を見ると予想通り日記のようで、それは2006年の正月からはじまっていた。

最初の方はとりとめのないことが書いてあり、そこを読むのは気が引けたので、電話が初めてつながった日までページをめくった。


4月1日

『今日、未来から電話がかかってきた。エイプリルフールだけど嘘じゃないみたい。とにかく明日いろいろ聞きたいことがいっぱいある。今日は混乱しているのでもう寝ようかな』


4月2日

『彼、話してみるとわりと面白い人だった。美容師さんが好きらしい。だけど、未来と電話がつながってるとは思えないような普通の話してるよね。磯崎先輩のことばれたのは驚いた。私、そんなにわかりやすいかな? でも、私が平気なふりしたの、彼、悔しかったんじゃないかな。まあ、とりあえず「さくらんぼ作戦」頑張ろう。あと、タイムカプセル面白そう。私もやってみたいな。多分埋めるのはこの日記かな。あー、あと「PERFECT HUMAN」覚えとく。なんなんだろう?』


どうやらあのとき彼女も動揺してたらしい。

俺だけが負けたわけじゃないみたいで少し安心した。


4月3日

『今日から「さくらんぼ作戦」はじまった。だけど、初日から彼は諦めモードで少しキツイこと言っちゃった。難しくても諦める理由にならないなんて私が言えたことじゃないのに。でも、彼のおかげで私も諦めないでいようかなと思った。今度、お父さんとお母さんに夢のこと言ってみようかなと思う。あと、これから心霊番組やるらしい。怖いけど気になる』


彼女もやっぱりいろいろ悩んでたんだ。

それなのに俺は自分ばっかり彼女に助けられて、俺は彼女に何かしてあげられてたんだろうか?


4月4日

『やってしまった。でも、悪いのは私じゃない。あの番組が悪いんだ。ただ、一応ここで謝っておこうと思う、ごめんなさい』


そこから何日か日記は書かれていなかった。


4月8日

『最近日記をサボってた。今日からはまた書いていこうと思う。日記を書いてなかった理由、どうせこれを見るのは、私だけだから書いておこうかな。正直、最近彼のことばっかり考えてる。私、どうしちゃったんだろう……今更考えてもしかたないか。明後日先輩に告白しようと思う。彼にも明日そう言って、一緒に告白。「さくらんぼ作戦」最終ミッションだ』


4月9日

『明日は告白の日だ。いろいろ考えるのはやめにする。とにかく告白しよう。あと、今からお父さんとお母さんに夢のこと話そうと思う。歌手になりたいって』


読み進めていくたびにつくづく思う、俺は彼女の悩みに一切気づいてあげられなかった。

なにやってるんだ、毎日話してたのに、それなのに俺は自分のことしか考えてなかった。


そんな気持ちを抱えてページをめくると、四月九日がもう一つあった。

そのページはなにかで濡れた跡があった。


4月9日

『十二時過ぎちゃったから新しく書こうと思う。いろいろあった。とにかくいろいろあった。夢のこと話した。無理だって言われた。とびだした。また、彼に迷惑かけちゃった。初めて誰かに歌った。やっぱり、彼には助けられてばっかりだ。彼のおかげでわかった。諦めたくない理由、いっぱいある。初めて歌ったのが彼でよかったと思う。やっぱり私、彼のこと……

どうしたらいいんだろう?』


次のページは白紙で、日記はそこで終わっていた。

結局俺は最後まで最低だった。

俺があのとき余計なことを言わなければ、無責任に自分の気持ちを言わなければ彼女が縛られることはなかった。

彼女があのあとどんな風に生きていったのかはわからない。

でも、もし彼女があのときの俺の言葉に縛られたままだとしたら、それは俺のせいだ。


残りのページに何か書いていないかという一縷の希望をもってめくっていったが、そんな望みも虚しく、そこから先には一文字もなかった。


俺はなにしにここまで来たんだろうか?

結局、より悲しくなっただけだった。

こんな思いをするなら来るんじゃなかった。


「おい! なあ!」

急に身体を揺すられ、現実に引き戻った。

「え……何?」

急な問いかけにうまく言葉が出せなかった。

「なんかよくわかんないけどさ、多分これもお前が探してるものだと思うぞ」

桐島の手には封筒が握られていた。


「どういうこと?」

「これ、お前が持ってる手帳も同じ柄だろ? だから、多分お前のなんじゃないかなと思って」

桐島からその封筒を受け取り、開けるとそこには手紙が入っていた。


未来人さんへ

『こんなの書いてもしょうがないんですけど、もしかしたらあなたに届く機会があるかもしれないから書こうと思います。


最初にあなたに会ったとき、未来から電話をかけているとか言われて、エイプリルフールのいたずら電話だと思ってました。

そんな暇なことするなんてバカな人だなって。

でも、本当に未来から電話をかけているって知って、何が何だかわからなくなりました。


ただ次の日にはそんなことどうでもよくなりました。

さくらんぼ作戦がはじまった日です。

今だから言いますけど、美容師さんのこと話すときのあなた、すごい嬉しそうでしたよ。

あなたがすごい嬉しそうに話すのを聞くの好きでした、あのときは。


そうやってあなたと話しいているうちに、私はあなたに勇気をもらってました。

歌手になりたいって言いましたよね?

実はあれ、あなたに会う前に半分あきらめかけてたんです、どうせ私には無理だって。

でも、あなたと話してもう少し頑張ってみたいと思ったんです。


両親に話そうと思ったのも、あなたのおかげなんですよ。

それで、お父さんとお母さんに話したら、そんなのは無理だって言われちゃいました。

それが悲しくてどうしようもなくて、そんなときあなたのことが頭に浮かんだんです。

本当、迷惑ですよね、何回も夜遅くに電話しちゃって。


でも、そんな私をあなたは受け止めてくれました。

話を聞いてくれて、歌を聴いてくれて、本当に嬉しかったです。

あなたのおかげで私はまた夢をみれた。

あなたが私を助けてくれた。

本当にありがとうございます。


あの電話では言えなかったこと、ここでなら言っていいですよね。

どんなにダメだってわかってても、むくわれないってわかってても、それでもやっぱり私は、


あなたが好きです。


たとえもう二度と話せなくても、ずっと会えなくても、それでも好きです。

ただただ好きです。


でも、あなたは私のこと忘れてください。

私のことは気にしないで、美容師さんと……

ただ、桜が咲いているときくらいは、私のこと思いだしてもらっていいですか?

それだけ、一つワガママ。

覚えておいてください私の名前は——


彼女の名前で手紙は締めくくられていた。

涙で視界が霞んでいたけど、それでもしっかり見えた。


彼女の気持ちは伝わった。

俺はどうしたらいいんだ?

自分がどうしたらいいのかわからない。


「おい!」

横から大きな声が聞こえた。

「行けよ!」

「……え?」

「だから、行けよ! なんかよくわかんないけどさ、行かなきゃいけないんだろ? だったら、行くべきだ」

桐島の言葉は正しいんだ、なにもわかってないくせに、全部わかってる。

でも、その正しさが今の俺にはたえられなかった。


「でも、もしここで会いに行って、それがもっと傷つけるかもしれない、傷つくかもしれない、それなら……」

「お前はどうしたいんだよ?」

「…………」

「行きたいんだろ、だったらなにも考えないで行けばいい、ここのことは俺にまかせて行けばいい、そうだろ?」

「どうして……どうしてそこまでしてくれるんだ?」

わざわざ一回断ったタイムカプセル掘りに付き合ってくれて、背中を押してくれる。

いいやつだってわかってたけど、でもここまでなんで?


「俺のさ、留年が決まったとき、みんな表面では『大丈夫、大丈夫』みたいなこと言ってくれたけど、それでも、どこか一歩引いてる感じがあった。まあ、二ヶ月も学校休んだ俺が悪いんだけどな。でも、お前だけは違った。お前だけはいつも通り、普通に俺に接してくれたろ?

そのとき思ったんだ、こいつはすごいやつだって」

そんなことで、ただそれだけで……

「だからさ、そんなお前なら大丈夫だ。絶対になんとかなる、いや、お前ならなんとかするだろ? それが俺の知ってる葛木 渉だ。だから、行ってこい!」


また、目がにじんできた。

俺はいつからこんなに感情豊かになったんだ?

彼女に影響を受けすぎたかもな。

でも、桐島の言葉それくらい胸にしみた、背中を押してくれた。


「わかった、ありがとう」

そうだ、自分の気持ちに正直になればいい。

俺は会いたい、彼女に会いたいんだ。

だから行くんだ。

「おう!」


桐島の返事を背に、俺はもう走っていた。

ただ、ひたすら走った。

場所はなんとなくわかる、あそこしかない。

もし、あそこにいなかったらまた探せばいい。

いまならどこまででも、いくらでも走れる気がした。

多分これが映画とかだったら、うしろにはあの曲が流れてるんだろうな。


俺は走った。

すぐそばにいた、でも一番遠かった、そんな大事な人に会うために。

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