第6話 夜の街にて逃飛行
「あれ、おーい!」
後ろから望んだ声が聞こえたので振り返った。
「やっぱり、君だ。奇遇だね」
美咲さんは少し息を切らして、俺の方まで走ってきた。
告白決行日、彼女のレクチャーの通りストーカーギリギリの『美容室の前で待ち伏せ作戦』を実行した。
結果、見事成功し、今、俺の隣には美咲さんがいる。
「今、帰りですか?」
わかってるくせに、白々しく聞いてみた。
なかなかの演技力だと思うよ。
彼女が歌手を目指すなら俺は役者にでもなろうかな。
うん、わりといける気がする。
「そーだよ。君は?」
「俺は、そこのコンビニまでちょっと。でも大変ですね、こんな遅くまで」
今はもう夜の十時くらいだろうか、学生からしてみればこんな時間まで仕事なのは遅いと感じる。
「うん、店が閉まっても練習とかいろいろあるからね。でも、好きなことやってるんだから、不満はないよ」
「いいですねそういうの。俺は自分がやりたいこととか全然わからないんで」
彼女にしても俺と同じ歳でもう歌手になるという夢がある。
美咲さんだって美容師という夢を叶えている。
それに比べたら俺は、何がしたいかと決まらずにふわふわ生きてるだけだ。
急にそんな自分が嫌になってきた。
「そんなのこれから決めればいいんだよ。まだ時間はいっぱいあるんだからさ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだよ」
あっさりそんな風に言われると、余計自分の将来が不安になるんだけど。
でも、今はそれより大事なことがあった。
それから、他愛もない話をしながら少し歩いて、別れ道に差し掛かった。
「じゃあ、私こっちだから。バイバイ」
「あのっ!」
その時が近づいてきた。
前に進む時間が。
「どうしたの?」
美咲さんはキョトンとした顔で振り向いた。
「ええと……」
なかなか続く言葉が口から出ない。
俺は何を戸惑っているんだろうか。
彼女のことを思い出せば勇気が出る、彼女の声は背中を押してくれる。
はずだった。
それなのに、彼女のことを思い出せば出すほど言葉を出せずにいる。
結局、俺が前に進むことはなかった。
「あの、お仕事頑張ってください。俺の髪を切ってくれる人がいなくなると困るんで」
言いたかった言葉を飲み込むと、適当な言葉が代わりに口からでる。
「うん、ありがと。任せといてよ、君の髪はいつでも私がかっこよくしてあげるからさ」
眩しい笑顔が俺に向けられた。
俺は、その顔を見ることができなかった。
「ありがとうございます、それじゃあ」
「バイバイ」
それだけ言うと俺は美咲さんと別れた。
いや、逃げた。
あてもなく逃げた。
昨日とは違い、今日の夜の街は俺を否定しているような気がした。
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