第13話、賽姫奪還作戦

 ゆるやかな丘陵地上空を、ヘリが行く。

 遥か、下の地上に映るヘリの影を、ぼんやりと眺めている、僕。

 ・・・一体、ドコまで連れて行かれるのだろう・・・

 最前線に送られる、補充兵のような心境だ。( 経験は無いが、こんな感じなんだろう )


 僕ら10人は、グレース大佐のヘリに乗って、辺境軍の砦に向かっていた。

 まさに、1個小隊( プラトーン )だ。

 賽姫を拉致した連中の知能指数は、あの手紙の内容で明らかな通り、考える余地も無く極限なまでの、たわけ集団だ。

 しかし、文明( ・・と言うのか? )の恩恵から、かけ離れた生活をしているらしく、かえって、扱い難くそうである。

 どんな状況下に賽姫が置かれているのかが分からず、それが不安に、更なる拍車を掛けていた。

「 ・・・大佐。 どんな救出手段を取るんだ? 」

 僕は、前の座席に座っている、グレース大佐に聞いた。

「 ・・・・・ 」

 無言の、大佐。

 やはり救出作戦は、かなり難しそうだ。

「 とりあえず、近くまで来たら降りて・・ 斥候を出してみたら、どうかな? 」

 前の座席に身を乗り出し、僕は、大佐に提案した。


 ・・・グレース大佐は、熟睡( 爆睡 )していた。 しかも、ヘッドフォンで、シャカシャカと、FM放送を聴きながら。

「 ・・・・・ 」


 コイツは、ダメだ。 やはり、アテにならん。 ここは、やはり、サンダス辺りに聞くか。

 後部座席にいるサンダスを振り返ると、何と閻魔大王以下、全員が熟睡していた・・・

 ハデな塗装をしたヘルメットを被って、ヒゲを生やし、入り口脇に装備された機銃に手を掛けて座っているヘリ搭乗員( ドアガナー )と、目が合う。

『 大変だね、ダンナ・・・ 』

 そんな目だ。

 ため息を尽くと、すぐ脇にいたカパーゾが言った。

「 どうした、眠れねえのか? ルーキー・・・ 」

 何、シリアスなセリフ言ってんだ、コイツ。

 薄笑いを浮かべながら、カパーゾは続けた。

「 最初は、皆そうさ・・・ いいか? むやみに、オートで連射すんじゃねえぞ。 とにかく、頭、下げてろ 」

 いい加減、戦争映画の見過ぎと思える展開を、やめんか。 このまま、ヘリをハイジャックして、天国、直行しても良いんだぞ?

 突然、パイロットが叫んだ。

「 LZ( ランニング・ゾーン : ヘリの着陸地点の事 )到着っ! 機銃掃射しろ、ばらまけっ! 」

 先程のドアガナーが、着陸予定地点に、機銃掃射を加えた。

 弾の装填をうながす為に、機銃横に付けられたCレーション( 携帯食料 )の空き缶が弾帯に当たり、ガンガンと音を立てている。 物凄い数の薬莢が、ヘリ内、至る所に飛び散る。

 キン、キン、と、そこいら中に弾け回る薬莢に驚いて、アパムが飛び起き、言った。

「 ま・・ ママっ! ママぁ~っ! おしっこぉ~・・! 」

 サンダスが怒鳴る。

「 寝ボケてんじゃねえっ! 起きろ、お前ら! 姫を奪還するぞッ! 」

 イキナリ、強行着陸かよ、おいっ! 作戦もナニも、あったモンじゃないな・・! イケイケかよ。

 下を見ると、どうやら辺境軍の陣地のようだ。 ヘリを見て驚き、右往左往している鬼共の姿が見える。

 こんな、ド真中に降りるんか・・・? 冗談だろっ! 奇襲すんなら、爆撃とか掃射とかしてからやれよ! 順序なしは、お前らの腐ったギャグだけで充分だ。

 パイロットが、再び叫んだ。

「 行けえ~ッ! 海兵隊魂、見せたれェ~ッ!! 」

 行くのは、お前じゃないんだぞ? 分かってんのか、コラ! ・・しかも海兵隊って・・ このヘリ、海軍所属かよ? ドコに、海があンだ?

 降下したって・・ 陣地の見取りすら分からん。 だいたい、指揮は誰がやるんだよ! 司令官のグレース大佐は、まだ寝とるし。

 サンダスが、パイロットに向かって叫んだ。

「 姫が、どこに拉致されているのか、分からん! 勝手に爆撃するんじゃねえぞ。いいな! 」

「 もう、落としましたァ! 」

「 たわけ! 」

 ヘリの、機首に付けられたグレネードから、ランチャーが発射されている。

 シュルシュルと白煙の尾を引きながら、ロケット弾は、砦の見張りやぐらに吸い込まれて行く。 轟音と共に、火柱が上が上がった。 やぐらは、木っ端微塵に吹き飛び、鬼共の混乱は、更に混迷を極めた。

 コ・パイ( 副操縦士 )が、叫ぶ。

「 馬車が、逃走しま~す! 11時の方向! 」

 見ると、砦の裏側の門から、1台の馬車が走り出している。

 双眼鏡で、確認したサンダスが言った。

「 食料馬車だ! 構わん、フッ飛ばせッ! 」

 パイロットが応答する。

「 了解! ターゲット、ロックオン! 」

 ・・・ロックオンだと? 何で、赤外線式追尾システムを搭載してんだよ、このヘリ。 ジェット戦闘機並だな。 だいたい、目標は馬車だぞ? ドコに、熱源があるんだ?

 パイロットは、ご機嫌に続けた。

「 バンカーバスター、発射! ロックンロール! 」

 バンカーバスターだと? ここは、イラク戦争時代のバグダットか? 巡航ミサイルなんか、ドコに積んであんだよ! このヘリより、デカイんだぞ? そのうち、デイジーカッターでも、出してくるんじゃないだろうな? どっかに、ICBM( 大陸間弾道ミサイル )の基地があったりして・・・

 やがて、本体に『 祝 ばんかあばすたあ 1号 』と書かれた、普通のバズーカ無反動砲が、ヘリ内部から発射された。

 ・・お前ら、メチャクチャだ。 そんなモン、こんなところから発砲すんな!

 バヒョッ、という発射音。 もうもうたる白煙が、ヘリ内部に立ち込める。

 バズーカ砲は、見事に目標に着弾し、馬車は跡形も無く、吹き飛んだ。

「 命中、命中! 目標、四散しましたあっ! 生存者の姿、無し! 」

 カパーゾが報告する。

 地上からは、時折、数本の矢が飛んで来たが、別段、被害はなかった。

「 弾を持って来い! おい、お前! そこの箱だ! 」

 ドアガナーが、アパムに向かって叫ぶ。

 コイツは、弾補給、専門だな。 いつも弾を持って、走り回っとるだけのような気がするが・・・?

  獄長が、課長に向かって言った。

「 あたしたちも、手伝うのよッ! 」

 反対側のドアにあった機銃に取り付く、獄長。

 課長は、置いてあったNATO( 北大西洋条約機構 おそらく、沖縄駐留軍のもの )の印字がしてある弾薬箱を持って獄長の所へ行き、機銃に弾帯を装填する。

「 3時、ガトリング銃の銃脚が見えます! 」

 ウエイドが叫ぶ。

「 なぎ払え、獄長! 」

 サンダスが言う。

「 イエッサーッ! 」

「 パイロット! ホバリングするな。 旋回しろ! 」

「 了解! 2時方向、投石器を準備している様子! 」

「 カパーゾ、ジャクソン! 手榴弾、投げ込め! 」

 言われたカパーゾたちが、木箱の中にあった大量の手榴弾の信管を片っ端から抜き、箱ごと、下へブチまける。

 ・・加減を考えてやらんか、アホ共が。 下の連中が、可哀想になるわ。

 ジャクソンが叫んだ。

「 7時方向、グレネードを構えているヤツが、いまあ~す! 」

「 獄長! 掃射せえ! 」

「 了解ッ! 」

「 グレース大佐の頭に、弓矢が刺さってまぁ~す! 」

「 そんなモン、放っとけ! 」

 ・・・そんなモン・・・

「 2本も、です! 」

 ついでに、下に放り投げて、捨てた方が良くないか? そいつ。

 僕は、グレース大佐の頭に刺さっていた矢を抜き、開いた穴を、ガムテープで塞ぐと、言った。

「 応急処置、完了だ! 作戦を続行しろっ! 降りれるんかっ? 」

 ジャクソンが叫ぶ。

「 社長さん! ( 発音 : シャチョサン ) ヤツら、逃げて行きます! 広場に、降りられます! 」

 社長って、ダレの事よ? 韓国、東大門市場の露天商か、お前は。

 カパーゾが言う。

「 大将! 」

 オレは、焼き鳥屋の大将じゃねえ。

「 カチ込みやしょうっ! 1番乗りでいっ! 」

 ナニ張り切っとるんだ、てめえは。 たまには、いつもの職務にも、そのくらいの意気込みを見せんか。 だいたい、1番乗りったって・・ オレらしか、いねーじゃん。

 ウエイドが叫んだ。

「 マスター! 」

 今度は、マスターかよ。 西麻布のスナック経営者か、オレは。

「 危険手当は、付くんでしょうねっ? 」

 そんなモン、知るか。 自衛隊じゃねえんだぞ。 だいたい、兵卒のお前らには、班長手当ても付かんわ。

 とりあえず僕は、手近にあったM―16と、マガジンの入ったポーチ付きのベルトを手にした。 傍らにころがっていた、迷彩ヘルメット( マジックで、スペードのマークが描いてある )を被る。

 ・・学生服にヘルメット。 これで、手拭いマスクでもしたら、全学連( 懐かしい )だ。

 ヘリが、強行着陸し、サンダスが叫んだ。

「 降りたら、遮蔽物に隠れろッ! 行け、行け、行け、行け!! 」

 物凄い土埃。

 ヘリから降り、ローターの風圧に飛ばされないように、腰をかがめて、小走りをする。

 近くにあった掘っ立て小屋のような、木造の建物の壁に、みんな集まった。

「 ジャクソン、来ました! 」

「 カパーゾ、来ました! 」

 各自、サンダスに報告する。

「 閻魔様は、いかがした? 」

 サンダスの質問に、ウエイドが答えた。

「 ヘリの中で、薬莢つなげて、遊んでおられたご様子です 」

 ・・・いいから、大ちゃんは、そっとしとけ。 はよ、賽姫探して、帰るぞ。


 機銃掃射を、ばら撒きながら、ヘリが離陸して行く。 獄長たちは、頭上から援護するつもりらしい。 テキトーに狙撃して、コッチを撃つなよ・・・!

 サンダスが言った。

「 親衛隊の連中を探せ・・・! 近くに、必ず、ブッチ将軍がいるはずだ。 賽姫殿もな! 」

 僕は、M―16のコッキングレバーを引き、装填すると、セーフティーレバーを解除した。

 高校生で、実銃を撃てるとは、夢にも思わなかったが、感動よりも、現実を直視した方が良さそうだ。 ヘタしたら、戦死する事になる。

 地獄の戦死広報って、あるのかな・・・? 2階級特進だったりして。


 僕は、今、いるメンバーを確認した。

 アパム・カパーゾ・ジャクソン・ウエイド・サンダス・・・ それと、僕の6人。

「 ・・・・・ 」

 豆が、いない。

 まあ、いない方が良い。 それとも、矢に射抜かれて、地上に落ちたか?

 そう思った僕の目の前を、凧揚げをしながら無邪気に走っていく、豆がいた。


 ・・・また、頭痛がして来た。 気のせいか、吐き気までする。


 豆は、僕の苦悩などお構いもなく無邪気に走り回っていたが、やがて、ピタリと立ち止まると、無表情でコッチを向いた。

「 ・・・? 」

 じっと僕の方を見たまま、ぷう~ぅ~うう~う~っと、長い屁をたれる。

 充分に放屁をし終わると、豆は、再び、元気に走り出した。

「 ・・・・・ 」

 いちいち、僕に、放屁許可をせんでもいい。 どうせ、許可せんでも、たれ流しだろが、お前。 『 屁、コイていい? 』じゃなくて、『 聞いて、聞いて 』みたいな雰囲気だったぞ?

 うおっ・・! 匂って来た・・! 野郎、風上で放屁しやがったな・・!

 隣にいたウエイドが、胸をかきむしっている。 たっぷりとメルカプタンを含んだ、硫化水素の匂いである。 鼻が、ツーンと来る、まさに激臭だ。 ナニ食ったら、こんなの出るんだ・・・!

 カパーゾが、涙を出しながら、必死に防毒マスクを探している。 放屁1発で、味方をここまで窮地に追い込むとは、大したヤツだ。 あとで、煮てやる。(ブイヨンベースの、じっくり味 )


 豆は、何事も無かったように、無邪気に走り回っていた。

 ・・・そのまま、永久に走っとれ、お前。 2千年くらいな・・・! ほれ、凧が落ちるぞ? もっと走らんか。 そうそう・・ アッチに向かってな。 そのまま、鬼共に食われてしまえ。

 サンダスが、辺りを見渡しながら言った。

「 ・・やけに静かじゃねえか。 みんな逃げ出したのか・・・? 」

 ヘリの立てた埃が収まり、気が付くと、辺りは不気味に静まり返っていた。 物音、ひとつしない。 遠くで警戒しているヘリのローター音のみである。


 太い丸太で組まれた、砦の囲いの中・・・


 あちこちに、木造の粗末な小屋が建てられ、屋根は、カヤで葺いてある。

 入り口脇にあるザルの中には、モミのようなものが入っており、どうやら、農耕民族のようである。 鬼が人を食わず、穀物を食っているとは、驚きだ。 ・・とすれば、賽姫を、イキナリ取って食おうという発想は、無さそうだ。

 サンダスも、モミに気付いたらしく、言った。

「 肉に、まぶして食うと、うめ~んだよな、アレ・・・! 」

 ・・・あっそう・・・

 いわゆる『 ふりかけ 』らしい。 そんな食文化が地獄界にあるとは、知らなんだ・・・

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