第10話、地獄砦の10人

 辺境軍の来襲から数時間後、やっと僕らは、獄長の家に着いた。

 小高い丘の上に立てられた、2階建ての白い洋館である。


 辺りは、一面、美しい緑の牧草地だ。 細く、白い小道が、玄関まで続いている。

 白い蝶が、ヒラヒラと舞い、小鳥のさえずりが聞こえた。

 穏やかな風に乗り、ハーブの香りが、かすかに匂う・・・


 実に静かで、のどかな所だ。


 大きな、木の切り株の上で、リスが木の実をかじっており、その傍らでは、2匹の獰猛なハイエナが、バッファローの腐った死肉を、ガツガツとむさぼっていた・・・


 小道を、洋館に向かって進む、一行。

 一見、カナダかヨーロッパを彷彿させるような、清々しい風景の中、大名駕籠が、ゆく。


 ・・・何とも、ブキミな光景だ。


 どこかのテーマパークで、近未来のセットの前を、裃姿の武士が通り過ぎて行く様を見ているようだ。

 更に、ハイエナ共の弱肉強食の姿も、野生の王国をフラッシュバックさせるようで、見事にミスマッチである。


 豆が、無邪気に、ハイエナの方へと駆けて行く。 ・・よし! そのまま、食われてしまえ。

「 ヘンデル! グレーテル! 」

 ・・は? ペットかよ。 しかし、何ちゅう名前、付けとんじゃ、ワレ。

 豆を見とがめた2匹のハイエナは、食いかけのバッファローの死肉を放り出し、狂犬のように、よだれを垂らしながら豆の方へ突進して来た。

 そのまま、1匹のハイエナが、豆の頭にかぶりつく・・!

「 ははは、グレーテル! 元気、してたか? 」

 にこやかに言う、豆。

 しっかり、くわえ込んだ牙が、みごとに、豆の頭にブッ刺さっている。

 やがて、遅れて来たもう1匹が、今度は、足にかぶりついた。

「 やあ、ヘンデル! 寂しかったんだね? 」

 2匹は、豆の頭と足に噛み付き、グルル、ガルル、と唸りながら、お互いに『 獲物 』を振り回し、奪い合っている。

 豆は、血だらけになりながら言った。

「 こらこら、ははは! やめろったら 」


 ・・・なあ、豆よ。 そいつら、どう見ても、お前を食おうとしてるぞ? いい加減、気が付かんか・・・! にこやかに、血だらけになりながら、話し掛けてんじゃねえよ。


 サンダスが言った。

「 いいなあ~・・・! オレも、ペット、飼おうかな? 」


 ・・・お前のサイズに合わせると、ティラノサウルスになるが、いいか?


 獲物の奪い合いに勝った1匹のハイエナの口の中から、豆が言った。

「 皆さん、先に入って待ってて下さいな。 しばらく、放してくれそうもないから。 ははは 」

 だから、食おうとしてるんだってば・・・! その状況に置かれても、まだ分からんのか? お前。

 ・・多分、お前さんにゃ、二度と会えないだろうな・・・ 色々、有難うよ。 じゃあな。


 豆は、放っておいて、僕は、洋館の入り口の前に立った。

 サンダスが、ノックをしながら言う。

「 特捜部だ、開けろ・・! 」


 ・・ナンじゃ、そら。


 入り口の、左脇の壁に、背中をくっ付けて立ったサンダス。 その横に、Tシャツ鬼が並ぶ。ドアを挟んだ右側の壁には、迷彩服の鬼と、ポロシャツの鬼。


 ・・・またお前ら、ナンか、おっ始めようとしてるな・・・?

 頼むから、フツーでいってれよ、フツーで・・・


 『 突撃体勢 』を構えたサンダスが、そっと、ドアノブを回し、ゆっくりとドアを開く。

 ・・鍵は、開いていた。 中からは、何の応答も無い。

 チラッと室内を見たサンダスが、迷彩服の鬼に、アゴをしゃくる。 迷彩服の鬼は、ひとつ頷くと、室内に突入した。

 途端に、陶器製の花瓶が飛んで来て、彼の顔面に、ヒットする。

 パリーンと、花瓶が割れ、破片が散乱し、迷彩服の鬼は、その場にブッ倒れた。


 ・・ここでは、来客に、花瓶を投げつける風習があるんか・・?


「 ちっ・・・ 野郎・・! 」

 サンダスが呟く。

 その瞬間、サンダスの横に立っていたTシャツ鬼の頭上から、音も無く、植木鉢が落下して来た。

『 パッカーンッ! カラ、カラ、カラン・・ 』

 心地良い衝撃音と共に、彼の脳天にて、粉々に飛び散る植木鉢。

「 か・・ はっ・・・! 」

 妙な、うめき声を上げ、植木鉢の形をした土を頭に乗せたまま、Tシャツ鬼は、ゆっくりと傾き、床に倒れ込んだ。

 閻魔大王と賽姫は、ネクタイを締めた鬼が出してくれたお茶を飲みながら、駕籠の中で、事の成り行きを、固唾を飲んで見守っている。 人質として連れて来た課長も、ミニブックを片手に、囲碁を楽しんでいるようだ。


 ・・・ここは、連中に好きにさせ、様子を見た方が良さそうだ。 花瓶をぶつけられては、たまったモンじゃない。


 僕も、駕籠の所へ行くと、ご相伴にあずかり、茶菓子などつまみながら、しばらく観覧する事にした。


 サンダスは、残ったポロシャツの鬼に、指を2本立てて見せ、室内を指差す。

 頷く、ポロシャツ鬼。

 どうやら、2人同時に突入するつもりらしい。 アホのサンダスにしては、賢い判断だ。 どちらかが、攻撃から逃れられる、という事なのだろう。

 ・・しかし、相手が自動小銃を乱射して来たら、どうするんだ?

 まあ、最初が、花瓶なのだから、それは無いだろう。 次は、植木鉢だったし。

 せいぜい、ホウキか、モップくらいなモンだ。


 ・・ん? モップ・・・?


「 ま、待てっ! サンダス・・! 」

 ・・・遅かった。

 昨晩、僕が、サンダスの部屋で食らったように、室内に突入しようとした彼らの顔面を、モップが直撃した。 しかも1本ではなく、2本同時だ。 敵ながら、見事である。

 2人とも、仰向けに倒れたが、サンダスは鼻血を出しながらも、むっくりと起き上がった。 側に転がっているモップを掴み、シャキっと立ち上がる。

「 ハアァッ! 」

 少林寺拳法の使い手のように、モップを両手で、前に捧げるように水平に持ち、掛け声を出す。 ・・タフな野郎だ。

「 うおおおおォ~ッ!! 」

 そのまま、入り口に、猛烈な勢いで突進する。


 ・・・サンダス。 勇猛果敢なのは良いが、そのままじゃ、入り口の両側に当たって、入れんぞ? 分かってんのか? おいっ・・!


 ・・・やはり、モップの柄が、入り口に当たった。


 そのまま、反動で押し戻され、モップを水平に持ったまま、玄関アプローチの柱( 石柱 )に後頭部を強打する。

『 ドゴゴンッ! 』

「 うげばっ・・! 」

 モップを放り出し、後頭部を両腕で抱えて、うずくまるサンダス。

 ・・やっぱり、アホだ。

「 お・・ おンのれェ~ッ!! 」


 誰に向かって、悔しがっているんだ? お前は。


 サンダスは、モップを剣道の上段の構えに変更すると、再び、入り口に突進した。

「 天誅うぅ~ッ!! 」

 今度は、モップの柄の上部が、入り口の上部に、激しく激突。

 ・・ちょっと考えれば、分かりそうなモンだが、そこは、アホの性。 見ている者に、哀愁すら誘う。

 衝突の衝撃で、玄関の巨大なシャンデリアがサンダスの頭上に落下し、粉々に砕け散った。

「 ぐぎゃおぉ~う!! 」

 恐竜のような、叫び声。

 ヘタなコメディーを見ているより、はるかに面白い。

 演出ではなく、マジになってやっている結果であるところが、ある意味、感動する。 アホならではの、ノンフィクションだ。 ヤツは、無形文化財か、人間国宝に、指定しておくべきかもしれない・・・


 フレームだけになったシャンデリアを、首に掛けたまま、それでもサンダスは、立っていた。 無数のガラス片が刺さった額をプルプルさせ、ゆっくりと室内を見渡す。

 ・・・どうやら、誰もいないようである。 2階へ逃げたか・・・?

 サンダスは、入り口脇の壁に掛けてあった、ヌンチャクを手に取った。 玄関脇に、ネンチャクなんぞ装備してあるとは、さすが、獄長の家である。

 サンダスは、準備体操よろしく、はっ、ほっ、と、ヌンチャクを振り回し始めた。

 左脇の下から左肩の上、右脇の下から右肩の上、左右わき腹を振り、再び、右肩の上から右脇の下へ。 なかなか、やる。

 最後に、左脇の下にヌンチャクを挟み、キメのポーズ。

 ・・を、取ろうとしたらしいが、勢い余ってヌンチャクは、脇の下を通り過ぎ、背中を回って、後頭部を直撃した。

「 いぎィっ・・!! 」

 ゴスッという、鈍い音。 それを見ていた閻魔大王と賽姫は、痛そうな顔をしながら、びくっと肩をすくめた。

 ・・これは、相当、痛いだろう。 普通だったら、頭蓋骨陥没だ。

 ヌンチャクを床に放り出し、サンダスは、頭を抱えてうずくまっている。


 ・・・アホが。 余計なコト、せんでも良いものを・・・!


 ヒック、ヒックと、泣きじゃくりながらも、玄関脇の階段を2階へと上るサンダス。 階段上の様子をうかがいながら、再び、握り締めたヌンチャクを小さく振り回し始めた。


 ・・・おい、やめとけって・・・! それを、むやみに振り回すな。 おとなしく、持ってるだけにしといた方が・・


 そう思った途端、階段の手摺に当たって、跳ね返ったヌンチャクが、サンダスの額を直撃する。

「 がほっ・・!! 」

 叫び声と共に、上り始めた階段を落下する、サンダス。

 バカが・・・! 言わんこっちゃない。 余計な事、するなっちゅ~の。 身の程をわきまえんか。


 はあ、はあ、言いながら、再び、ヌンチャクを手にしたサンダス。

 しばらく、それをじっと見つめて、何やら思案していたが、床にころがっていたモップを見つけると、手に取った。


 ・・・うむ、それが良いだろう。 さすがに、学習したな。


 しかし、サンダスは、どうしてもヌンチャクに未練があるらしく、ズボンの後ろポケットに、ヌンチャクをねじ込んだ。


 馬鹿の、ひとつ覚えとは、この事か・・・・

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