第9話、僕は、戦場へ行った

「 しかし、黒幕が、獄長だったとはな・・・! 」

 サンダスが、駕籠の中で寝てしまった賽姫に、ゆっくりとウチワで風を送りながら言った。

 三文芝居と戦場サスペンスに興味が無かったらしい閻魔大王も、賽姫の膝の上で、スヤスヤと寝入っている。

「 ・・か、可愛い姫ですねええ~・・! サンダス様・・・! 」

 初めて賽姫を見た若鬼の1人が、駕籠の中をのぞき込み、言った。

「 だろ? すんげえ~高貴な、お方なんだからな・・・! 食うなよ? お前ら 」

「 でも、何で、セーラー服、着てるんですか? 」

 ネクタイを締めた鬼が、尋ねる。

「 余計な詮索、すんじゃねえ・・! ほら、あまり近寄るな! 姫が、お前らのクセえ体臭で、起きちまうだろうが・・! 」

 僕は、サンダスに言った。

「 獄長に会いに行くぞ。 案内してくれ、サンダス! 」

「 いいけど・・・ 課長は、どうする? 喋っちまったんだから、ほっとけば、消されちまうぜ? 」

 失神から目覚めていた課長は、必死で、僕に嘆願した。

「 ・・置いてかないでくれ! 頼むよ、天野クン・・・! 」

 大げさな・・・ ここは、戦場か?

 まあ、1本角の、上級エリート官僚だ。 いざとなれば、役に立つかもしれない。 ついでに、連れていくか。

「 一緒に、来てもらおうか・・・ 獄長は、今、どこにいるんだ? 」

 少し、安堵したような表情で、課長は、答えた。

「 昨日、夜勤だったから、今日は、代休で、自分の自宅にいると思うがね 」

 シフト制かよ。

「 そりゃ、遠いのか? 」

「 逆落とし谷の向こうだよ。 歩いて、半日かな? 」

 んなトコから、出勤してるのかよ・・・! 交通費、カットしてやがるな? ここは。

「 タクシーは? あの、例の・・ 地獄タクシーとかいう、イカれた、タクシーを呼べよ 」

「 車検に出てますがな 」

 そんなモン、通るか! バンバンの違法改造車だぞ? ちい~とは、考えて行動せえ、お前ら。 大体、あんな車で、営業させる方にも、問題は、あるがな・・・!

「 何でも、ハンドルを切ると、タイヤがフェンダーに当たるとかで、整備不良らしいんですわ・・・ 」

 それ見ろ! 言わんこっちゃない。

 野郎~、大人しい顔しやがって・・・ 板バネ( 懐かしい )まで、切っとったんか! やりたい放題じゃねえか。

 課長は続けた。

「 もう1台、あったんですが・・ 車内のチンチラと、フルスモークが、イカんらしくて・・ 行政指導、受けてます 」

 当ったり前だろが、そんなん!

「 あと、リヤパネルに、ぎっしり詰めてあった、UFOキャッチャーの縫いぐるみも、ダメだって・・・ 」

「 ・・・・・ 」

 何ちゅうセンスしとんじゃ、ここの運転手は・・・!

 砂利運搬のトラックや、ヤンママの軽自動車じゃ、ないんだぞ? とても、二種の営業車を運転する神経とは、思えん・・・! やはりここは、アホの巣窟だ。

 僕は、額に手をやり、ため息を尽きながら言った。

「 ・・もう、いい・・・! もう喋るな、アンタ。 歩いて行くぞ・・・! 」

 サンダスが言った。

「 コックは、どうします? 」

 ・・は? コックだと?

 見ると、駕籠の中に、あの豆が、ちょこんと座っている。


 ・・・ナゼ、お前が、ここにいる?


 駕籠の中から、僕が、コックをつまみあげると、彼は足をバタつかせ、言った。

「 行く、行く、行くのぉ~っ! 」

 僕は、これから天国行きを賭けて、大事な話を、しに行くのだ。 ピクニックに行くのではない。 アホは、少ないに限る。 特に、このスカンク豆は、よろしくない。

 僕は、豆を、ひょい、と空中に放り投げると、金属バットで、スパーンとノックした。

 ゆるやかな放物線を描き、豆は、遥か彼方へと飛んで行った。

 額に手をかざしたサンダスが、叫ぶ。

「 ファ――っ! 」

 失礼な。 ナイスショットと、言わんか。

 金属バットをサンダスに返し、ふと、駕籠の中を見ると、そこにコックがいた。

「 ・・・・・ 」

 豆。 そんなに、死にたいか・・・? 煮るぞ。

 サンダスが言った。

「 天野クン。 こいつ、獄長のアニキなんスよ。 人質として、連れてった方が、良かねえっスかね? 」

 この煮豆が、獄長の兄貴? むうう・・・ 獄長、本人の想像がつかん・・・!

 大体、今まで、想像通りだったコトはない。 もしかしたら、巨人のようなヤツかもしれない。 だとしたら、サンダスのプロデュースは、一考の余地があるだろう。

 僕は、サンダスに尋ねた。

「 その、獄長ってのは・・ 一体、どんなヤツなんだ? 」

「 フツーだよ? 」

「 ・・・・・ 」

 答えに、なっとらんぞ、お前。 大体、コイツのフツーは、アテにならん。 これは、覚悟しておいた方が良さそうだ。

「 よし。 おい、コック! 一緒に連れて行ってやる。 ただし、お前は歩け。 いいな? ついでに、道案内もしろや 」

「 わあ~い、わあぁ~い! ね、ね、カマゆで地獄、寄って行こうよ、カマゆで地獄! 」

 嬉しそうに、飛び跳ねながら言う、豆。

 ・・・ついでに、ソコで、煮てやろうか? お前。 塩味なんか、どうだ?

「 だめですよ、コックさん。 天野様は、お急ぎになられて、おられるんですから 」

 閻魔大王が、豆をたしなめる。

 大ちゃん・・! さすがだ。 よく、分かっていらっしゃる。

「 帰りにしましょうね? 針山に、道の駅も出来ましたから、そこに寄りましょう。 足湯もありますよ? 」


 ・・・ドライブ、行くんじゃねえぞ、おい。

 みやげなんぞ、買う気か? お前ら・・・!


 不安を胸に、僕は、アホどもを従え、獄長の自宅へと向かった。


 閻魔大王の宮殿を出て、数時間ほど、歩いただろうか。 さすがに、疲れて来た。

 時折、駕籠を開けて、賽姫が言う。

「 天野様。 こちらにお乗り下さいませ。 私、歩きますから 」

 その度に、駕籠を担いでいる鬼共から、一斉に冷たい視線が、僕に突き刺さる。 『 乗るんかよ、テメー 』という目だ。

 閻魔大王の客人に向かって、いい度胸である。 お前ら、帰ったら全部、リストラしてやる。

「 大丈夫だよ。 ・・・おい、サンダス。 ちょっと、休もうか 」

 一行は、峠を登りきった所で、小休止した。

 サンダスは、駕籠の後ろに装備してあった、スコップを取り出し、他の鬼共と、何やら地面を掘り出した。

「 ナニしてんの? 」

 僕が聞くと、サンダスは言った。

「 塹壕に決まってんじゃん。 ホレ、新入りも、掘りな・・! 」

 野営すんじゃねえぞ、おい! そんなモン、掘るな。 しかも、新入りって、ダレ?

 Tシャツの鬼が、迷彩服の鬼に言う。

「 よ~、チャーリー。 おメー、除隊まで何日だ? 300何日よ? お? 」

 迷彩服の鬼が、答えた。

「 362日だ 」

「 へ~っへっへっへ! オレは、あと、10日だぜ・・! ま、気長にやれや。 ところで、何で、ここに来た? 」

「 志願したんだ 」

「 志願? 」

「 ああ、大学、辞めてね。 自分1人の力を、試してみたかったのさ 」

「 おメー、バカか? ンな事、考える事自体が、金持ちの証拠だ。 大体、この戦争も、金持ちが始めやがったんだ。 最前線は、いつもオレら、貧乏人よ 」

 Tシャツの鬼は、短くなったタバコを、親指と人差し指で、挟んで吸いながら言った。

「 昔から決まってんだよ。 オレら、貧乏人は、金持ちにゃ勝てねえってな・・! 」

 ・・・お前ら、プラトーンの見過ぎ。

 峠のガケでは、ポロシャツ姿の鬼が、ズボンを降ろして、立ちションベンをしている。

 遠くで、ヘリ( 米国 ベル社製、イロコイス )の音が聞こえていた。


 突然、シュルシュルという、妙な音が、上の方から聞こえて来る。

「 ? 」

 上空を見上げようとした途端、大音響と共に、爆弾のようなものが、近くで破裂した。

「 なっ・・ 何だっ? 」

 もうもうと立ち込める、土埃。

 パパパパ、パン、と、乾いた銃声が聞こえ、耳元を銃弾が、かすめて行く。

「 敵襲~ッ! 姫を守れェッ!! 頭、上げんなよォ! 伏せろォ! 」

 サンダスが叫ぶ。

 僕は、慌てて、その場に伏せた。 どうやら、昨日、地獄本部を襲って来た連中の、仲間らしい。 僕らを、襲撃して来たのだ・・・!。

 ネクタイにYシャツ姿の鬼と、ポロシャツ姿の鬼が、すぐ横で、重機銃を撃ち始めた。

 物凄い勢いで、薬莢が廃莢される。

 ドコから出て来たんだ? そのM―60・・・!

 傍らで、弾帯をサポートしているポロシャツ姿の鬼は、ズボンを下げたままだ。

 やがて、重機を撃っていたYシャツの鬼が、銃身の上を手で叩きながら、サンダスに言った。

「 中尉! 詰まりましたァッ・・! 」

 いつの間にか、中尉に昇進しとる。

 サンダスは、地面に伏せたまま、無線機の受話器( それも、どっから出て来たのかな? )を掴んで叫んだ。

「 砲兵隊! こちら、ブラボー2! ゲリラの、待ち伏せを受けた! 阻止砲火を要請するッ! 方位、1020・・ 」

 迷彩服の鬼が、わめき出す。

「 ・・バッバ・・! バッバを助けなくちゃ・・! 」

 こんな時に、フォレストガンプのパロディ、やってんじゃねえよ!

 Tシャツの鬼が言った。

「 頭、下げてろバカ! 動くんじゃねえよ、カパーゾ・・! 」

 カパーゾ? それ、プラーベート・ライアン? コイツ、さっき、チャーリーじゃなかったっけ・・・?


 発砲して来た連中は、ガケの向こう側の山腹から撃って来る。

 木の間から白煙が上がり、ロケットランチャーが発射された。 こちらに向かって来る。

 サンダスが叫んだ。

「 RPGだッ! 伏せろッ! 」

 ナンで、旧ソ連の兵器が飛んで来るんだよ! 連中は、ベトコンか?

 ガケ下に着弾し、猛烈な土煙が上がる。 バラバラと、土片が落ちて来た。

 ・・こんなトコで、くだばってたまるか。 僕は、天国に行くのだ・・! キレーな姉ちゃんたちと一緒に、優雅に茶など・・・

 頭上に、ジェット機の轟音が響いて来た。

 上空を見上げると、数機の飛行機が、こちらに向かって飛んで来る。 斜め下を向いた水平尾翼が、確認出来た。 3機編隊のファントムだ。 懐かしい!

「 いいぞ! 焼き払えッ! 」

 サンダスが叫ぶ。

 お前、さっき、砲撃支援を要請したんじゃないのか? ナンで、航空支援機が来るんだよ!

 ・・まあ、この際、どっちでもいい。 連中に、何とかしてもらおう。

 無線機に、連絡が入る。

『 ブラボー2。 こちら、エンジェルリーダー。 お待たせした。 ナパームを投下する。 着弾修正願う、オーバー 』

 空対地で、着弾修正もクソもないだろが。 ちゃんと、狙って落とせよ! 大丈夫か? コイツら・・・!

 サンダスが、無線に答えた。

「 エンジェル、了解した。 帰ったら、1杯、おごれよ? 」

 ・・おごるのは、お前の方だろが! 意味、分かって言ってんのか? お前。


 上空を旋回し、3機のファントムは、攻撃態勢に入った。

 向こうの山腹では、空襲に気付き、木々の間から、逃げ惑う姿が確認出来る。 今頃、逃げていても、もう遅いだろう。 やがて、超低空飛行に入った攻撃機から続けざまに、数発のナパーム弾が投下された。 轟音と共に、真っ赤な、巨大な火柱が、直線状に、次々と立ち上がる。

「 ラリホ~! くたばれ、ホーチミン! 」

 サンダスが、雄叫びを上げた。 他の鬼たちも、奇声を上げたり、口笛を鳴らしたりしている。

 敵陣は、一撃で沈黙した。

「 おい、サンダス! ここは一体、どうなってんだよ。 こんなんじゃ、この先、いくつ命があっても足りないじゃんかよ! 」

 体に付いたホコリを、手で払いながら、僕は言った。

 ポケットから出した、ラッキーストイライクに火を付けながら、サンダスは答えた。

 ・・お前、確か、マイセン吸ってんじゃ、なかったっけか?

「 北ベトナム軍、第136師団が、どこかにいる・・・! 」

 ・・何、シリアスなセリフ、言ってんだよ。 質問に答えんか。

 実弾が、飛んで来たんだぞ? コッチには、幼い賽姫だっているんだ。 可哀想に、きっと、怯えて・・・

 駕籠の方を振り返ると、賽姫と閻魔大王が、楽しそうにトランプをしていた。

「 ・・・・・ 」

 コックが言う。

「 お腹減ったね! ご飯にしようよ、ご飯! 飯盒炊飯も、たまには、イイいよ? 楽しいし! 」

 楽しいのか? お前・・・

 40ミリのロケットランチャーが飛んで来る、こんなトコで、メシにしろってか?

 ふと見ると、若い鬼たちが、石を組んで、炉の準備をしていた。

 傍らには、ラジカセがあり、ビーチボーイズの『 サーフィン・USA 』が、掛かっている。

 コールマンのフィールドテーブルには、パラソルが立ち、冷えたビールも用意されていた。


 ・・・もう、好きにせえ。

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