第8話、くたばれ! 人事課
僕と、賽姫の食事を人間用の食事に代えてもらい、朝食を済ませた僕たちは、みんなで、人事課へ行く事になった。
「 賽姫殿、こちらの御召し物に、お着替えを・・・ 」
ドコから持って来たのか、セーラー服を賽姫に手渡す、サンダス。 目が、いやらしく笑っている。
「 ・・・変わった洋服なのですね。 初めて、拝見します 」
「 高貴なお方の、幼年期の礼服でございまする 」
デタラメ吹き込むんじゃねえ、サンダス・・!
「 この、異様に長い足袋は、どうやって履くのでしょうか? 私、出来れば、もう少し、短いものの方が・・・ 」
「 それは、ルーソー、と申しましてな。 以前、人間界の幼子の間で流行っておりました。 わざと、ダブダブに履くのが、粋とされておりましてな。 ・・まあ、今は、紺色のハイソックス・・ コンハイと略しますが、こちらをお召しになられた方が良いですな 」
両太もも辺りに、校章らしき紋章が刺繍されている紺色のハイソックスを出し、賽姫に手渡しながら、サンダスは答えた。
「 そうなのですか。 サンダス殿は、何でも、よくご存知なのですね 」
「 ははは、何の。 もったいのうございます、賽姫殿 」
「 この、ひらひらの袴は? 」
「 それは、スカートと申しましてな。 本来なら、膝上25センチくらいのマイクロミニと言う・・ ぐほうっ・・?! 」
僕は、それ以上の進言を阻止する為に、サンダスのわき腹に、ボディブローを叩き込んだ。
「 その、天国行きの便ってのは、いつ頃、出るんだい? 」
人事課へ向かう道すがら、僕は、閻魔大王に尋ねた。
「 この前、出たのは・・・ 120年前ですか。 やはり、死神クンが、粗相をしましてねえ。 天国便は、その都度、不定期に出してます。 まあ、死神クンも、忙しい人ですからね。 たまには、ミスもしますよ 」
優しいね、大ちゃん・・・
でも、甘々よ? あんたが、現世の会社の社長だったら、絶対その会社、ツブれてるわ・・・
閻魔大王が続けた。
「 でも、おかしいですね。 天国便は、すぐに出さなければいけない決まりに、なっているはずなんです。 こちらのミスですからね。 天国の方たちにも、ご迷惑が掛かりますし・・・ 人事課の方々が、そんな重要な事を1日伸ばしにするなんて、普通じゃ、考えられません。 何か、事情があったんでしょうかねえ 」
僕から見れば、どう考えても、人事課の連中は、怪しい。
ここが、いくらアホの巣窟だからと言っても、あそこまで露骨に職務を放棄するのは、何らかの、意図があっての事だと推察される。
まあ、今日は、職務が始まったばかりだから、何とかなるだろう。 どれだけ時間が掛かっても、絶対、天国行きの切符を手に入れやる・・・!
サンダスが、通り掛った倉庫の中から、江戸時代の武家で使われていたような大名駕籠を引っ張り出して来た。 映画スタジオの大道具室じゃあるまいし、何で、そんなモンがあるんだ?
「 姫、これに・・・ 」
遠慮する賽姫を押し込め、そこいらを歩いていた、若い鬼を4・5人、とっ捕まえる。
「 お前ら、どこのモンだ? 」
腕っぷしや、足の筋肉を確認しつつ、サンダスが聞く。
「 庶務2課です 」
ネクタイに、Yシャツ姿の鬼が答えた。
「 私は、民用課 」
ポロシャツ姿の鬼が言った。
民用課? ここは、大学の事務室か?
「 ・・私は、施設大隊 」
Tシャツに、アーミーズボンを履いた鬼だ。
「 工兵科っス 」
迷彩服姿の鬼。
「 よし、お前ら、今から、賽姫直属のお側御用隊に、召集転身だ。 手続きは、オレがやっとく。 しっかり職務を遂行せんと、辺境戦線行きだからな? オレは、賽姫お側御用隊、隊長のサンダスだ 」
お前、老中お目付け役じゃ、なかったっけか・・・?
サンダスは、ポカ~ンとしたままの、若い鬼たちに向かって続けた。
「 これを担げ! 駕籠の中には、我らが麗しき賽姫様が、お乗りあそばしている。 無礼な担ぎ方、すんじゃねえぞ! 賽姫様は、閻魔様の腰元なんだからな・・! お前ら・・ 賽姫様の、お駕籠を担げるなんて、最高の名誉なんだぞ? 」
若い鬼たちは、ナニがどうなったのか理解出来ないまま、とりあえず、駕籠を担いだ。 とにかく、逆らわない方が良いと判断したようだ。 ある意味、利口である。 永遠に駕籠を担ぐ事になるだろうが、そうしているだけで、とりあえずは、安泰だ。 閻魔大王の、側近部下になったようなものでもある。
「 コイツらの着物も、揃えなくちゃな・・・! こんな、てんでバラバラじゃ、みっともねえ。 賽姫様の、沽券に関わる 」
ナンで、コイツは、こういう事に関しては、俊敏・的確なのだろう? その配慮を、もっと他の事にも還元して欲しいものだ。
次にサンダスは、僕を指差すと、若い鬼たちに向かって言った。
「 この、人間のお方は、閻魔様のお客人で、天野様だ。 ・・お前ら、食うなよ? 」
・・・いいレクチャーだ。
ついでに、補足だが・・・ 賽姫も、食うなよ?
人事課に着いた。
例の小窓を開けると、机に頬杖をつき、鼻クソをほじっているアニータがいた。
「 失礼ねえ、アンタ。 開ける時くらい、ノックしなさいよ! 」
指先で、こね回した鼻クソを、ピイ~ンと、どこかに弾きながら、アニータがほざく。
・・・お前の、その顔と勤務態度自体、失礼だとは、思わんのか・・・?
「 課長、いるかい? 昨日の続きをしに来た 」
僕がそう言うと、アニータは、奥に向かって言った。
「 昨日の、クソ生意気な、ガキが来たよ? 」
態度の悪い、喫茶店のアルバイトウエイトレスみたいだな、お前。 挨拶も無ければ、しばらくお待ち下さい、の一言も言えんのか? ああ?
やがて、課長鬼が窓口に出て来た。
額には、明らかに先程、アニータが飛ばした、鼻クソがくっ付いている。
「 ほあ? ナンの用かのう? 」
あのな・・・ 昨日、あれだけ騒がしておいて、すっトボけるたあ、いい度胸、してんじゃんよ。 それとも、本格的に、ボケ全開ってか? オッさん。
急速にムカついて来た僕が、拳を握り締め、プルプルしていると、閻魔大王が課長に言った。
「 やあ、おはよう、課長! 昨日の報告は、ちょっと作為的だったんじゃないかな? 」
途端に、課長は熟睡モードに入った。
アニータが言う。
「 あらあら、課長ったら・・・ 今日は、もうカンバンにするわね? 課長、疲れてるみたいだし 」
なっ・・! そう来るんかよ! もうカンバンって・・ さっき、始業したばかりだろうが、妖怪! お前んトコの、部署の労働時間は、5分か? おい!
「 そのようですね。 また、明日、改めますね。 課長に、宜しくお伝え下さい 」
・・・大ちゃん。
アンタ、この状況見て、そう解釈すんの?
「 兄貴、これを・・・! 」
サンダスが、例の金属バットを、僕に差し出す。
「 おう、用意がいいじゃねえか、サンダス 」
「 兄貴のバット、最高っスから・・・! 」
・・・意味が、ヒワイに聞こえるぞ、お前。
凶器を得た僕は、強気に出た。
金属バットの先端を、アニータの胸ぐらに突き立て、脅すように言う。
「 今すぐ、課長を起こせ! でないと、このバットで、テメーの鼻クソ、ほじったるぞ? ああ? 」
アニータは、怯えたように、サンダスに向かって言った。
「 サ、サンダス様・・・・! このような、ご無体を・・・ 」
サンダスは、フッ、と横を向くと、履き捨てるように言った。
「 ・・もう、おメーは、要らねえんだよ・・・ 分からんのか? 無知な女だ。 疲れるぜ、まったくよ・・・! 」
お前、そのセリフ、サスペンス・ドラマの見過ぎ。
「 そ、そんな・・ ヒドイ・・・! 」
ヒドイのは、お前の顔だ。
脅しといてから、疑問に思ったんだが・・ ホントに、バットで鼻、ほじれるんじゃないのか?
アニータは、おぞましい哀れみの表情と共に、あきらめたように下を向くと、やがて、クックックッ・・・と、笑い出した。
「 あ~っはっはっはっは! アンタたち・・ それで、あたしに勝ったつもりっ?! 」
・・ナニ、言ってんの? この妖怪。
「 上等よ! 欲しければ、抱きなさいよっ! 」
いや、あの・・ 死んでも、抱きたくないし。 ってゆ~か、視界から、消えて欲しいよ~な気も・・・?
「 美人って、損ね・・・ いつだってそう。 どうして普通の生活を送らせてくれないの? 」
ムカつくわ。 やめんか、妖怪。
突然、サンダスが叫んだ。
「 アニータ!! オレは・・ オレは・・・ 実は、お前の事、ホンキで愛していたんだァ~ッ! 」
ええい、やめいっ! また、三文芝居してる場合か! 今日は、オレの天国行きが・・・
「 ウソ! ウソよ、そんなの・・ 信じらんないっ・・! 」
・・・お構いなしか? お前ら。
「 アニータ! 今すぐ、逃げよう! 2人で、暮らすんだ。 どこか、誰も知らない遠くで・・・! 」
北海道の山林なら、いいんじゃないか?
山里に下りて来るんじゃねえぞ。 冬眠して、そのまま腐ってけや。
「 もう遅い・・! 遅いのよッ! 」
確かに、昨日からの展開は、遅い。
「 大丈夫だよ、アニータ! 夜の来ない朝は、無いんだ・・・! 」
それ、反対。 ねえ、分かってる? しかも、間には、昼があるの。
「 あたしは・・・ あたしは、この国の女じゃないのっ! 」
M78星雲から、来たんだよね? へあぁっ! って。
「 オレだって、めっちゃくちゃ足、クサいんだ・・! 」
・・・どういう意味があんだよ。
「 あたしなんか・・・ 美し過ぎて、お見合いを断るの、苦労するんだから・・! 」
どうして、そういう展開に持って行こうとする?
少々、気になったが、そのお見合いの相手って、ヒマラヤのサスカッチ? それとも、ロッキー山脈のビッグフット?
ふと、気付くと、駕籠を担いでいた鬼たちも、ゴザを敷いた客座に皆、座り込み、茶などすすりながら、芝居を楽しんでいる。
・・・もう、アカン。
しばらくは、終わりそうも無い。
僕は、鬼たちの所へ行き、一緒に座り込んだ。
「 だんな、どうぞ 」
迷彩服の鬼が、湯飲みに茶を入れ、持って来てくれた。
「 あ、すまんね。 頂こうか・・・ 」
「 現世では、学生だったんっスか? 」
「 うん、高校2年だよ 」
「 ウチの子も、来年、受験でさァね 」
「 大変だね。 公立? 」
「 女房は、私立に行かせたいらしいんですけど・・・ 何つ~ても、金が掛かりますからねえ・・・ ま、オレのサラリーじゃ、私立は無理っしょ 」
Tシャツを着た鬼が、言った。
「 あ、ほら・・ 女が、刺しましたよ? 悲劇的なストーリーですねえ、この脚本 」
Yシャツを着た鬼が、間に入って来て、言う。
「 多分、女も自害するんじゃないかな? ・・・あ、ほら、やっぱり 」
ポロシャツの鬼が言った。
「 ダメだよ、ストーリーを先仮定しちゃあ・・・ 」
「 だって、先、見えちゃうもんねえ~? 」
「 そう、そう。ワンパターンだよ 」
迷彩とTシャツ鬼が、声を揃えて批評する。
僕は、言った。
「 女優が、もっと魅力的だと、脚本のマズさは、気にならないモンだけどねえ・・! 」
「 言えてる、言えてる! 」
「 はははははっ! 」
・・やめえぇ~いッ!
ナンで、茶を飲みながら、世間話しや、試写会もどきの会話、せにゃならんのだ! しかも、ゴザの上に車座になって、和やかに・・・!
舞台では( 勝手に出来ている )、大量の紙吹雪( ダレが、降らしているのだろう? )が舞い落ちる中、緞帳( 中新町商工会寄贈の、金文字刺繍入り。 ドコ? )が降りて来た。
やっと、終わったらしい。
「 ・・さて、満足したか? 妖怪共が。 しばらく、出て来るなよ 」
僕は、立ち上がると、若い鬼たちに言った。
「 おい、お前ら! 課長を、しょっ引いて来い! 」
「 合点でいっ! 」
鬼たちは、僕の命ずるままに、熟睡モードの課長を、事務イスごと、引っ張り出して来た。
課長の前に立った僕は、腕組みをしながら言った。
「 さて、課長・・・ あんまり、我々の手を、わずらわせて欲しくないねえ・・・? 」
迷彩服の鬼が、トカレフの拳銃を取り出し、シャキンと、コッキングする。
・・・ナンで、共産圏の銃がある? お前、ナンかの映画の見過ぎだ。 しまわんか、それ。
やがて、目を覚ました課長が、辺りを見渡した。
・・・薄暗い、粗末な木造の取調室。
つい立てで、ひさしを上げただけの、ガラスの無い窓からは、熱帯植物の葉が見える。
回りには、無言で、じっと課長を見つめる、数人の男たち・・・
蒸し暑い部屋の天井には、サーキュラーが、キイキイと音を立てて回っている。
課長は、ぼそっと、言った。
「 ・・・に・・ 認識番号、713061・・ 」
回りの男たちは、微動だにせず、無言。
再び、課長が言った。
「 認識番号、7130・・・ 」
「 よしよし・・ 分かった、分かったよ・・・ 」
課長の、正面にいた1人が、ガバメントを出し、安全装置を外すと、銃口を課長の口に押し込んだ。
「 ・・どっちみち、脳みそブチまけて、死ぬんだぞ? 少しでも吐けば、考えてみても良いが・・・ どうする? お前 」
課長の額からは、脂汗が噴き出して来た。 歯が、銃口に当たり、カタカタと音を立てる。
男は、薄ら笑いをしながら、言った。
「 そう震わすなよ。 この銃、引き金が軽いんだからよ・・・! 」
僕は、座っていたイスから立ち上がると、課長の顔に詰め寄り、じっと課長を冷ややかに見つめた。
銃口をくわえたまま、荒い息をし、恐怖に血走った目だけを、僕の方に向ける課長。
僕は、静かに言った。
「 ・・・大王の話しによると、君は、優秀らしいじゃないか。 ん? そんな君が、あんなフザケた態度を取るとは、我々には、到底、考えられない。 ・・誰かに、脅された・・・ そうなんだろ? 誰だい? そいつは 」
ガバメントを構えていた男は、課長の口から銃口を抜くと、いきなり、マカジン部で、課長のこめかみを殴った。
ガタガタッと、イスごと床に倒れこむ課長。 机の上から、アルミ製の灰皿が落ち、ハデな音を立てる。
左右にいた男たちが、倒れた課長を、ただちに引き起こし、元の位置に座らせた。
カラカラ、カラ・・・ と、灰皿の音が止まる。
じっと、僕は、傘の付いた裸電球の横から、課長を見下ろす。
チラッと、正面の男に目をやると、男は僕の視線に反応し、『 分かった 』と言うような表情をして、課長の左手を、机の上に引き出した。 手の甲に銃口を押し当て、じっと、課長を見つめる。 にや~っと、醜く笑った男に、課長は叫んだ。
「 ごっ、獄長だよっ! 獄長の指示でやったんだ! ウソじゃないッ! 信じてくれッ・・・! 」
「 ・・・獄長~? デタラメじゃないだろうな? 」
「 断じて、ウソじゃない・・! 」
僕は、銃を構えている男に、目で合図した。
男は、小さく頷くと、引き金に力を入れた。
「 ・・わああ~っ、待て待て! 撃つな! ホントなんだってば! やめえぇ~っ! 」
1発の銃声が響き、薬莢が、木の床にころがる。
立ち込める、硝煙の匂い。
男は、言った。
「 マルシンのガバメントは、ジャムが多くってイカン。 でも、コイツはイイね! 」
「 廃莢の際に、キャップ火薬のヘリが、引っ掛かるんだよ 」
傍らにいた、Tシャツ鬼が言う。
「 昔、CGCのショップで買ったM-16があんだけどさ。 今でも快調だよ?
ただし、紙火薬だから、装填するのに、40分くらい掛かっちゃってさあ~ フルオートにすると、わずか4秒! でも、イイ感じよ? 」
「 そう言えば、お前、ルガー、どうした? 」
「 ガンメタに塗装したよ。 アイサイトも、削り出してさ。 今、木ストに変えようと、思ってんだ 」
マニアックな、モデルガンマニアの会話。
実銃だと思っていた課長は、失神していた。
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