第7話、グッドモーニング 地獄

 翌朝、サンダスの唸り声で、僕は、目が覚めた。

「 死神ィ~ッ! てめえ、また寝ションベン、しやがったなあァ~ッ! 服が、濡れちまったじゃねえかよォ! 」

 死神が描いた世界地図の中に、サンダスはいた。

「 いやあ~、今朝はまた、特別デカいなあ~ 参った、参った。 はっはっは! 」

 テレくさそうに、笑いながら答える死神。

 ・・コイツは、気絶したまま、寝小便をタレるのだろうか?  摩訶不思議な、生き物である。

 サンダスの、腹の上で寝ていたグレース大佐も起き、言った。

「 ごはん、ごはんだよ。 お腹減ったよ、ボク。 カレーライスがいいな、いいな 」

 朝っぱらから、カレーライスかよ、豆。 イチローのつもりか?

 お前さん、大佐なんだろ? メシばっかり食ってんじゃねえよ。

 少女も目を覚まし、起き上がると、言った。

「 おはようございます、皆様。 すぐ、朝食をご用意致します・・! 」

 慌てて、部屋を出ようとした少女を、僕は引き止めた。

「 いいよ、そんなの。 食堂か何か、あるんだろ? ソッチ行くよ 」

 死神が、偉そうに言う。

「 貴賓室に用意しろ。 いいな? ワイン付きだぞ! マルタンの62年な 」

 要らん、ちゅ~に! 何が、マルタンだ。 お前は、バルタン星人とでも、遊んどれ。

 僕は、右手の人差し指と中指を、死神の鼻の穴に突っ込み、酒瓶を肩に担ぐように、死神を吊るし上げると、少女に言った。

「 酒は、要らん。 ご飯と味噌汁、あとは、漬モンだけでいい。 それと、閻魔大王を呼んでくれ! 」


 貴賓室は、閻魔大王の執務室の隣にあった。

 白いクロスが掛かった、大きなテーブルに、キャンドル。 壁には、貴賓室にふさわしく、ブッ太い鎖の付いた足かせが掛けてあり、特大のナタ包丁、トゲがいっぱい出た、錆びた鉄球などがブラ下がっている。

 足元には、小骨や頭蓋骨が散らかり、擦り付けたような血の手形も、窓際の壁にあった。

 ・・拷問室か、処刑室のような雰囲気をかもし出しており、思いっきり怨念が漂っていそうな部屋である。


 テーブルの、お誕生日席に、昨日と同じ、真っ白なスーツに身を包んだ閻魔大王が座って待っており、僕に声を掛けた。

「 やあ! 天野様、すがすがしい朝ですね 」

 部屋に窓は無く、地下室のような部屋だ。 外の天気を、計り知る事は出来ない。 閻魔大王の言った『 すがすがしい朝 』とは、一体、何を基準としているのだろう・・・?

 ロウソクの明かりに揺れる、自分の影。

 テーブルに付きながら、僕は足元の骨を、つま先で避けつつ、答えた。

「 そうだね。 さりげな~く、ドクロなんか落ちてて・・・ 」

 サンダスと死神も、席に付く。

 突然、甲冑を着込んだ、大柄な鬼が、僕の後ろに立った。 身長は、サンダスより大きい。

 ギラギラと目を血走らせ、額には、意味不明の脂汗を光らせている。 荒い息使いをしており、今にも、暴れ出しそうな雰囲気だ。 しっかり、殺気も伝わって来る。

「 ・・・・・ 」

 不安げな僕に、閻魔大王が、にこやかに尋ねた。

「 ボーイさんが、どうかしましたか? 」

 何で、ボーイが、甲冑なんぞ着てるんだよ・・! オレを、食いそうな勢いじゃねえか、コイツ。 その、意味のねえ汗、何とかならんか。

「 い、いや・・・ コレがボーイなら、コックは、どんなんかな~って、思ってね・・・? 」

 僕が答えると、イキナリ傍らから、昨日のグレース大佐のような、もやし豆が出て来て言った。

「 コックです 」

「 ・・・・・ 」

 コック豆は、恥ずかしそうに、下を向いてモジモジすると、ぷうっ、と屁をたれた。


 ・・・ここでは、挨拶代わりに、屁をコクのか? 豆よ。


 しかも、かなりクサイぞ? おりゃ、鬼の屁は、初めて嗅いだわ。 未体験ゾーンを有難うよ。 もういいから、アッチ行け。 だいたい、頼みもしないのに、勝手に出て来て、自己紹介すんじゃねえよ。

 閻魔大王が言った。

「 天野様。 昨日、私の秘書に天野様の経歴を調べさせましたが、全面的に、死神クンの間違いですね。 大変、ご迷惑をお掛けしました。 早速、天国便の手配を致しますので、今しばらく、お待ち下さい 」

「 そりゃ、助かるな! 宜しく頼むよ 」

「 コックです 」

 ・・・出て来んじゃねえよ、豆! あっち、行ってろ!

 閻魔大王が、腕組みをしながら言った。

「 しかし・・・ 人事課の連中にも、困ったものですねえ。 お客様である、天野様への対応にしても、少々、問題がありますねえ・・・ 」


 ・・少々どころか、思いっきり、問題があると思うが?


 僕は、閻魔大王に聞いた。

「 あの課長、アルツハイマーか? 」

「 来年、定年ですが・・・ 優秀な方なんですがねえ 」

「 どう見ても、ワザとやってるとしか、思えん。 あの、アニータ、ってヤツもな 」

 サンダスが、間に入って、言った。

「 先週、オレ、デートをドタキャンしちまってよ・・・ すねてんだよ。 可愛いヤツさ 」


 ・・・お前の美的感覚は、ゼロか。


 共に手を取り、宇宙、帰れ。 そして、二度と戻って来るな。

「 コックです 」

 出て来んな、っつってんだろっ!? 煮物にするぞ、てめえ!

 ・・・しかも、また屁をコイたな? メタン系の異臭が・・・!

 死神が、閻魔大王に言った。

「 閻魔様、天野クンが、召使いの素性について、お尋ねなんスけど・・・? 」

「 召使い? あの子が、粗相でもしましたか? 」

 閻魔大王が、僕に聞いた。

「 あ、いや・・・ とても罪人には見えなくてね 」

 先程の、凶暴そうなボーイが、ウチワを貸してくれた。 豆の屁を、これで散らせ、という事らしい。 なかなか、気が利くじゃねえか、お前。

「 何か、ワケあり? 」

 頭痛に、パンシロン G、と書かれたウチワをパタパタさせながら、僕は、閻魔大王に尋ねる。

 閻魔大王は、しばらく、記憶を思い出すように思案すると、答えた。

「 人事課から、人間界の間引きで連れて来たから使ってくれ、って聞いてましたけど? 確か、邪馬台国の卑弥呼の、双子の妹だとか、言ってましたねえ 」


 はあ? ナンじゃ、そら?!

 卑弥呼は、そんな複雑な家族構成だったんかよ?


「 王位継承争いが起きて、国が荒廃し、大陸の帝国に占領されて、大量虐殺が起き、獄内が、罪人でパンクするから、って話しでしたよ? 」

 すっげ~話しだわ・・・ 歴史の教科書が、一変するわ、そりゃ・・・!

「 でも、罪人じゃないんだろ? 扱いが、ひど過ぎやしないか? せめて、もうちょっとマトモな服、着させろよ 」

「 そんなに、ヒドイんですか? 私、死神クンに預けて・・・ 1750年ほど、会っていませんが? 」

「 ・・・・・ 」

 僕は、じろり、と死神を見た。

 彼は、妙に焦っている。

 閻魔大王は言った。

「 確か、彼女の養育費・・・ 毎月、請求してますよね? 死神クン? 」

 死神・・・ お前、速攻、墓穴掘ってないか?

 アホパワー、フルスロットル全開、ってカンジだろ? ・・・ 違うか?

「 あ・・ えっと・・ あっ、いけね! 急用、思い出した! 行って来まあっす・・! 」

 死神は、慌てて、貴賓室を飛び出して行った。

「 忙しい人ですね、彼は 」

 にこやかに笑う、閻魔ぼっちゃま。

 ・・アンタ、自分の部下を、信頼し過ぎ。 コイツら、究極のアホよ? おそらく、宇宙最高峰のアホと違うだろうか。 全部、リストラせえ。

「 ひみこ・・・? って、エライのか? 」

 サンダスが、僕に聞いた。

 お前も、究極のアホ、全開だな、相変わらず・・・

 僕は、サンダスに説明した。

「 偉いって言うか・・・ まあ、歴史的有名人だな。 日本人なら、大抵の人が、知ってるぜ。 お前、歴史、好きだったんじゃないのか? 」

「 オレ、近代史、専門だから 」

 ・・・ホントかよ。

「 その・・ やまたいこく、ってのは、いつ頃の話し? 江戸時代? 」

「 もっと前だよ 」

「 安土・桃山? 」

「 もっと・・! 」

「 え~ッ!? 戦国時代? 」

 たわけが・・! いっぺん、義務教育から、やり直せ。

「 違うよ。 人間が、土器を作って生活していた頃だよ 」

「 何とッ・・! そんな昔の、王家の姫君だと言われるのか・・! それは、是非一度、ご尊顔を拝謁賜り、お側にお仕えしなくては・・・! 」


 ・・・昨日、会っただろうが、お前。


 古けりゃ、何でもイイ、っていう、安易な発想が、泣けるぜ。

 ・・でも、丁度いい。 コイツを洗脳させておけば、彼女も、辛い仕事をしなくてもよさそうだ。

 僕は、閻魔大王に提案した。

「 大王。 彼女は、立派な王家の血筋を引く者です。 大王の側用人としても、格式もあり、常識もわきまえております。 いかがでしょうか? このサンダスを、彼女のSPとし、2人を、大王の腰元に置かれては? 」

 すかさず、サンダスが言った。

「 おおお~う! 何という大儀・・! 身に余る光栄に存じますぞ、天野殿! 」

 ・・・お前、時代劇の見過ぎ。 まあ、この際、アロハから、裃に替えろ。

 いかん・・・ 大刀と脇差しを所持するようになって、危険かも・・?

「 まあ、別にいいですよ? 私も、秘書だけでは、心もとないと思ってましたから 」

 閻魔大王は、すんなりと、受け入れた。

 僕は、サンダスの肩を叩き、誇らしげに言った。

「 良かったな、サンダス! あの、いい加減な死神から、姫を取り戻し、常に、お側に仕えるんだぞ! なんてったって、姫は、邪馬台国の血を引く、王女なんだからな? お前、魏志倭人伝、読んだコトあるか? 中国の、古い王朝時代の書物だ。 それには、ちゃんと、邪馬台国の事が書いてある。 彼女は、その王女の血筋なんだ。 その彼女に仕えるって事は・・ これは、物凄く名誉な事なんだぞ・・! 」

「 御意っ! 身命に代えましても、姫を、お守り致し申そう! ・・して、姫の名は、何と? 」

 う・・・ 困った。

 地獄姫じゃ、何とも格好が悪い。 しかし、名無しでは、サンダスを洗脳するのに、イマイチ完成度が落ちる。

「 賽姫だ。 子供だからな。 賽の河原に、庵を建立するのを、許して遣わす・・! 」

「 ははァ~ッ! 」

 何だか、僕も、染まって来てしまった。 ここも、やり方次第では、結構、楽しいかも。

「 よろしいですか? 大王 」

「 構いませんよ。 職務、励んで下さいね 」

 相変わらず、ニコニコ顔の閻魔大王であった。


 やがて、食事が運ばれて来た。 昨日の、あの少女が、運んでいる。

「 いけませんッ! 賽姫・・! 姫たる者が、そのような雑務、とんでもない事でございますッ! 」

 イスを蹴倒して、サンダスが立ち上がり、彼女が持っていた盆を取り上げる。

 我ながら、見事なまでの洗脳だ。

「 ・・サンダス様? 」

 彼女は、ぽかんとしている。

「 今日から、私めの事は、サンダスとお呼び下され。 あなた様は、姫となられたのです。 賽の河原を取り仕切る、賽姫なのです・・! そして私めは、賽姫殿に忠誠を誓った、老中お目付け役、サンダスでございます 」

 勝手に、老中なんて肩書き付けおって・・・ ちゃっかり、してやがる。

「 おい、ボーイ! 賽姫殿に、お食事を用意せんか! ・・ささ、姫・・ こちらへ 」

 先程、死神が座っていた席に、彼女を座らす、サンダス。

 彼女・・ いや、賽姫は、不安顔で、僕に聞いた。

「 あの・・ 天野様、これは、どういう事なのでしょうか? 」

 僕は、笑いながら、答えた。

「 まあ、サンダスの言う通り、ってコトだよ。 これは、大王の許可もとってある。 賽の河原の、幼児虐待に、目を光らせておいてくれ 」

 すかさず、サンダスが言った。

「 姫。 そんな不届き、かつ、卑劣な輩は、このサンダスが許しませぬ。 共に、賽の河原の治安維持に、勤めましょうぞ! 」

 ・・・お前が、その不届き者だろうが。

 賽姫の身なりを見て、閻魔大王が言った。

「 これは・・ 天野様が、おっしゃる通り、かなりヒドイですねえ。 服と言うより、『 おこも 』ですね。 早速、着替えさせましょう。 賽姫、どんな服がよろしいですか? 」

「 服など・・ 何でも結構です、私 」

 賽姫が言うと、サンダスが間に入って、閻魔大王に言った。

「 セーラー服が、よろしいかと存じます 」

 ・・おいっ! お前の趣味を、提案すんじゃねえよ!

「 なるほど。 初々しくて、いいですね。 そうしましょう 」

 ・・って、おいっ!

 コスプレしてんじゃねえぞ、こら。 真面目に考えろ! たまには、吟味せんか。

 サンダスは、閻魔大王の耳元に寄り、小さな声で、更に進言した。

「 ・・出来れば、有名私学の、名門女子校の制服の方が、見た目にも楽しいかと・・・! 」

 お前が、楽しいだけだろが、変態!

 地獄に、セーラー服、登場させて、どうすんだよ。 しかも、賽の河原だぞ? 想像するだけで、アンビリバボーだわ。 見ただけで、現世に引き返す罪人が続出するかもしれんぞ・・・?

 閻魔大王が言った。

「 なるほど。 地獄に来た方の、心理的緊張をほぐすのにも、いいかもしれませんね! 」

 ・・・大ちゃん。

 その、ノー天気な思考回路、何とかならんか? 威厳もナニも、あったモンじゃないよ・・・? 元々、威厳、無いケド・・・

 大体、地獄に来たヤツの心理的緊張ほぐして、どうすんだよ。 ニコニコして、カマゆでされろってか? ここは、テーマパークかよ。


 やがて、目の前のテーブルに、上部に取っ手の付いた、大きな銀製のお椀を伏せた食事が運ばれて来た。 朝から、えらいボリュームだ。

 各自の前にも、同じような食事が、運ばれて来た。

 先程のバイオレンス・ボーイが、カヒュー、カヒュー、と荒い息をしながら、目の前に置かれた、お椀の、上部の取ってを掴み、伏せてあった銀製のお椀をパカッと開ける。


 ・・・皿の上には、罪人の生首が乗っていた。 しかも、コッチを向いて。


「 ! ・・・! 」

 くるりと上を向いたままの両目。

 開けられた口からは、デロリと、赤い舌が飛び出している。

 僕は、気絶しそうになった。

 デンジャラス・ボーイが、最新式の医療用レーザーナイフを手に、皿に乗っている生首の額から、くるっと、頭を1周させた。 チ~ッ、という音と共に、頭蓋骨の頂点が、蓋のように切れる。 髪を掴んで、その蓋をパカッ、と開け、言った。

「 暖かいうちに、お召し上がり下さい 」

 僕は、再び、気が遠くなりかけた。

 さすが、地獄だ。 やるコトが、違うぜ・・・

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