第6話、非常事態、発生
獄長のオフィスは、宮殿の一番奥にあった。
夜中だというのに、晧々と明かりが点いている。
広い会議室のような部屋に事務机が並べられ、パソコンやファックスなどの事務機器が幾つも設置してあり、スーツ姿や、Yシャツ姿の鬼たちが、忙しそうに動き回っていた。
「 針山地獄から、替えの針は、まだ届かんのか、と言って来てま~す! 」
「 係長! 3番、石臼地獄から電話です! 」
「 だから、言ってんだろ? 人足が、足らねえんだって! ・・ そんなん知るかよ、何とかしろっ! 」
電話も、引っ切り無しで掛かって来ているようだ。
僕は、その様子を見て、サンダスに言った。
「 ・・お前ンとこも、大変なんだな・・・ 」
サンダスは、近くにあった、ファックスからプリントアウトされている書類の束を手に取り、それを見ながら言った。
「 収容する罪人の数が、急増しやがってよ。 てんてこ舞いだよ。 ・・おい、この報告によると、三途の川の水位が、警戒水位、超えてんじゃんよ? 警報は、出したんか? 」
傍らにいた、若い鬼に問いただす、サンダス。
耳に、電話の受話器を当て、どこかに電話を掛けながら、その鬼は答えた。
「 給料未払いで、水防隊がストライキ、起こしてます。 今、予備役に召集をかけているところです 」
「 河川警備隊にも、警報を出せ! 脱獄するヤツは、片っ端から食っちまっていいぞ 」
「 了解っ! 」
ここは、作戦司令室か。 しかも、予備役だの、警備隊だの・・・ もしかしたら、徴兵制度でもあるんと違うか?
突然、天井のスピーカーが、がなり出した。
『 警報! 警報! 防衛ラインを突破し、ミサイルが接近! 管内、全員、対G! 』
何じゃ、そら? ミサイルって、ナニ?
次の瞬間、物凄い衝撃で、建物が揺れた。
「 おわっ・・! 」
僕は、床に倒れた。
すると、廊下側のドアを蹴り開け、武装した鬼ども数人が、室内に、なだれ込んで来た。
「 △~・×=▲∵!! ○◎■+!! 」
ワケ分からない言葉を叫びながら、彼らは、持っていた銃を乱射し始める。
サンダスが叫んだ。
「 パルチザンの襲撃だッ!! 全員、応戦しろッ!! 」
サンダスの声で、職員鬼たちは一斉に、各々の事務机の引出しを開け、中にあった自動小銃( AK―47 )を掴み出すと、会議用テーブルを横倒にし、それを盾に応戦し始めた。
「 機銃はどうした、阻止機銃はッ?! 」
サンダスは、いつの間にか、迷彩服を着ている。
数人の鬼たちが、事務ロッカーの中から、台車付きの銃脚に組まれたブローニング機銃を、ガタゴトと引っ張り出す。
( ナンで、そんなモンが事務ロッカーの中にあるんだ? )
先程の若い鬼が、弾帯を首に巻き、予備弾薬の箱を持って、機銃に取り付いた。
これは、ギャグでは無さそうだ・・! 本当に、実銃を撃ちまくっている。
僕は、ひっくり返された事務机の影に隠れ、成り行きを見守っていた。
「 ちいいっ・・! 夜中に本部を襲うとは、考えやがったな、連中・・! 」
サンダスが、口惜しく言う。
やがて、装填を完了した機銃が火を噴き、突入して来た連中をなぎ倒した。
「 × / / ☆∵=!! 」
残った残党が、敗走して行く。
サンダスが叫んだ。
「 深追いするな! 侵入路を確認しろッ! 被害報告は、各分隊長に報告! 軍曹、あとでまとめて、報告に来い 」
「 了解! 」
先程の、若い鬼が答えた。
コイツは、軍曹かい・・・! それにしても、若い。 てっきり、高卒の、新米サラリーマン鬼かと思ってたぜ・・・
ふと、傍らを見ると、小さな子供鬼までいる。
上半身は、裸。 オムツのようなパンツ1枚だ。 無表情な細い目に、なで肩。 1本角ではあるが、貧弱なヤセた体型で、ツルツル頭。 みっともなく、ハナを垂らしている。
「 あ、ボク・・ ここは危ないからね。 お部屋に戻っていなさい。 ね? 」
僕が、声を掛けると、子供鬼が聞いた。
「 どしたのかな? どしたのかな? 」
その声を聞いたサンダスが、敬礼しながら叫んだ。
「 ・・グ、グレース大佐殿! おケガは、ありませんかッ!? 」
は? 大佐? このモヤシが・・・?
地獄とは、つくづく、分からない所だ。
生前、自分なりに、地獄と言う所はどんな所なのか、想像をした事はあるが、実際、こんなふうだとは、思いもよらなかった。
サンダスの話しでは、襲って来た連中は、辺境の地に住む鬼たちで、いわば、土着民族らしい。
現在、閻魔大王を頂点とする、この宮殿を中心とした経済改革に反抗し、近代化の進む地獄界に、反旗をひるがえしているとの事だ。 マジかよ・・・!
まさに動乱の地獄期に、僕は、来てしまったらしい。
「 パルチザンが、的確に本部を襲って来たってコトは、内部に、内通者がいるな・・・! 」
アホのサンダスにしては、かなり、シリアスなセリフだ。
コイツは、戦闘となると、人格・・ いや、鬼格が変わる。
敵襲で、獄長に会うどころの騒ぎでは無くなった為、僕は、サンダスと、グレース大佐と共に、部屋に戻った。
相変わらず、死神は、気絶したままだった。
「 天野様・・! ご無事でいらしたのですね? ああ、良かった・・・ 」
待っていた少女は、胸を撫で下ろし、僕に言った。
「 えらいドンパチに巻き込まれちゃってね 」
「 大変な騒ぎだったようで・・・ おケガは、ありませんでしたか? 」
「 ああ、僕は、何ともないよ。 ・・あ、そうだ、紹介するよ。 これ・・ いや、このガキ・・ いや、グレース大佐だ 」
少女は、僕の傍らにいた、豆・・ いや、グレース大佐を見るなり、慌てて、床に、ひれ伏した。
「 グ、グレース大佐様・・!! 」
・・コイツのドコが、そんなに偉いのだろうか? 僕から見れば、ただのクソガキだ。 しかも、いつの間にか、チュッパチャップスをなめているし。
僕は、ふと、グレース大佐の、ツルツル頭の後頭部に、あるモノを見つけた。
「 ・・これは・・・! 」
グレース大佐の後頭部に、小指の太さくらいの穴が開いている。
よく見ると、左の耳の上辺りにも、同じ大きさの穴が開いている。
「 ・・・・・ 」
間違いない。 機銃弾が、貫通しているのだ・・・!
僕は、恐る恐る、彼に聞いた。
「 これ・・ イタく無い・・・ ? 」
「 ちょっと、イタい 」
・・ちょっとかよ? フツー、即死だぞ、おい。
グレース大佐は、自分の頭を撫でながら、言った。
「 先週、階段から落っこちて、もげちゃったんだ。 昨日、生え変わったばっかりいなのに、もう、キズ付いちゃった 」
・・・トカゲか、お前。
頭、ちぎれても、また、生え変わって来るんかよ・・! メッチャクチャな、生体機能しとるな。
「 なあ、グレース大佐よ・・ オレ、ホントは、天国行きだったんたんだよ。
そこに寝てる死神のおかげで、間違って、ココに連れて来られてさあ。 ナンとか、ならんのか? 人事課の連中・・ ど~もナンか、うさんくさいんだよな。 真面目に調べてくれないんだ 」
ベッドに腰掛け、僕がそう言うと、グレース大佐は、なめていたチュッパチャップスを、僕に差し出し、言った。
「 欲しい? 」
「 ・・要らん 」
会話のキャッチボールをせえよ、お前。 いつ、チュッパチャップスをくれと言った・・・?
グレース大佐は言った。
「 天国ね。 確か、1800年前に、行ったキリだなあ・・・ ミカエル君、元気にしてるかなあ 」
・・・そりゃ、スゲえわ。 良かったね。
話に答えないグレース大佐に、少々、ムカつきながらも、逆上する気持ちを押さえつつ、僕は、質問を続けた。
「 あと、この子の罪状なんだケド・・・ 知らない? 」
ベッド脇に立っている少女を指し、振り向くと、少女が、困ったような顔をしている。
「 ? 」
よく見ると、サンダスが、少女の首筋を、猫じゃらしで、くすぐっている。
変態か、コイツは! しかも、その猫じゃらし・・ どっから持って来た!?
先程、死神をイカせた金属バットを掴むと、僕は、電光石火の勢いで、サンダスの額に強烈な、突きを入れた。
「 突きいい~イィ~ィアァ――おおう~ッ!! 」
中学の時に、剣道部に所属していた経験が役に立ち、奇声と共に、金属バットの先端は、吸い込まれるように、サンダスの額に炸裂した。
「 ぱうっ・・! 」
マヌケな叫び声と共に、仰向けに倒れこむ、サンダス。
そこには、例の金タライがあった。
ゴスッ、という、鈍い衝撃音。
「 ・・うぎゃ、ぶっ・・!! 」
結構、イタイだろ? それ・・・ オレも、泣こうかと思ったんだぜ?
大の字に寝たまま、サンダスは、ブツブツ言い出した。
「 みごとだ、流・・・! みんな、向こうへ行け。 下衆どもの顔を見るのは、もう、ウンサリだ・・・ 」
・・・そんな、古いコミックのセリフ、誰も分からんわ!
オレも知らんし。 サンデーファンだった、筆者が知っとるだけだ。
グレース大佐が、倒れているサンダスに近寄り、言った。
「 神竜・・・! 」
・・ナゼ、お前が、知っとる・・!?
さすが、1800年前に、大天使ミカエルと遊んだ男・・・!
グレース大佐、恐るべし。
結局、詳細は、分からずじまいだった。
疑問と不信は、膨れ上がっていくばかりで、何1つ、解決されない。
大事なトコに辿り着くと、必ず、くだらんギャグの応酬が始まり、真相が明かせないのだ。
コイツらの、腐ったギャグ、何とかならんものか・・・?
僕は、少女をベッドに寝かせ、毛布に包まって、一夜を明かした。
グレース大佐は、サンダスのデカい腹の上で寝た。
死神は・・・ そのままにしておいた。
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