第5話、長い夜

 部屋は、建物の外観からは、想像もつかないくらい、古い作りだった。

 しっくいの壁に、割れた鏡。 ロウソクのキャンドルがある壁には、無数に、かきむしったような、ツメの跡があった。 所々、血が飛び散ったような、シミもある。


 一体、この部屋で、何があったのだろうか・・・?


 ベッドには、鉄のさるぐつわが、ぶら下がり、和式トイレの便器には、赤黒い汚れが、べっとりと付いていた。

 ・・思いっきり、辛気臭い、陰気な部屋だ。

( ホントは、今頃、キレーなお姉さんたちに囲まれて・・・ 豪華なディナーを食っていたハズなのに・・・ )

 僕は、無性に腹が立って来た。 食事を部屋に届けるとの話しだったが、それも一向に来ない。

( どうなってんだよ。 確か、死神は、隣の部屋だったな )

 僕は、部屋を出て、隣の部屋のドアノブを回した。


 ドアは、開いていた。

( 無用心なヤツだな・・・ )

 奥のベッドで、死神が、スヤスヤと寝ている。 人の気も知らずに、ノンキなヤツだ。

 死神のアホ面を見ていると、更に、腹が立って来た。

 辺りを見渡すと、洗面所に、ベコベコにヘコんだ洗面器があった。 それを、死神の顔に被せる。 コフー、コフー、と、呼吸音が聞こえる。

 ベッドの脇には、ナゼか、金属バットが置いてあった。

「 ・・へっ、おあつらえ向きじゃねえか 」

 グリップの感触を確認しつつ、僕は、そう呟くと渾身の力を込め、洗面器めがけて、思いっきり金属バットを振り下ろした。


 ・・・これで、ちょっとスッキリした。

 呼吸音が聞こえないような気がするが、構うもんか。 大体、死神が、死ぬハズなど無い・・・


 部屋に戻ると、みずぼらしい服を着た少女がいた。

 髪は、ボサボサ。 体中、いたる所に、大小のナマ傷がある。 頭に角がないところを見ると、人間の罪人らしい。 歳は、12~3才くらいだろうか。

「 ・・誰? 君 」

 僕が尋ねると、彼女は答えた。

「 閻魔様より、天野様のお世話を言い付かり・・ お食事を運んで参りました 」

 蚊の鳴くような声だ。

 足は素足で、何も履いておらず、鉄の足かせが、はまっている。

「 そりゃ、ご苦労さん。 でも、食事ったって・・・ 人肉じゃないだろうな・・・? 」

 テーブルの上に置いてあったトレイにある食事を見て、僕が言うと、彼女は答えた。

「 天野様は、地獄界の方では無いので、この世界の物は、食べられません。 これは人間界より、取り寄せた物です・・・ 」

 それを聞いて安心した。

 僕は、早速、食事にパク付いた。

 ・・・うまい・・!

「 この肉、牛? いや、ホルモンかな? 何とも、ウマイ一品だね・・! 」

 口一杯に頬張りながら、僕は、彼女に聞いた。

「 それは、牛のキンタマです 」

 ブーッと、僕は、吹き出した。

 ・・しかし、牛のホールデンは、最高級食材だ。 そう滅多に、食せれるモンではない。 閻魔大王の、客人に対する、最高の、もてなしのつもりなのだろう。

 とにかく僕は、出された食事を、全て、たいらげた。


「 う~、満腹・・! ごちそうさん 」

 食器を片付け始めた彼女に、僕は尋ねた。

「 君・・ いつから、この地獄にいるの? 」

 コップに水を注ぎながら、彼女は答えた。

「 いつから居るのか・・・ もう、忘れました 」

 地獄にいるという事は、それなりの罪人のはずだ。 しかし、彼女の仕草や言葉使いは、あのアホ共とは、比べものにならないくらい標準だ。 いや、それ以上だ。 とても罪人とは、思えない。 ・・大体、こんな、いたいけな少女が、どんな罪を犯したと言うのだろうか? 

( もしかしたら、僕と同じように、あのアホが、ミスったのかもしれないな・・! )

 歳が小さいだけに、何も反論出来ず、あのアホの、言うがままのデタラメ供述が通り、そのまま、ここに居着かされているのではないのか・・・?

 僕は、彼女に聞いた。

「 名前は? 」

「 ・・分かりません。 死神様に、連れて来られたきりです 」

 やっぱりだ・・・!

 あの野郎、洗面器どころじゃねえ! ナニが、まぐろ漁船だ。 てめえを乗せてやるぜ・・!

 僕は、再び、隣の部屋へ押し入った。


 死神は、洗面器を被ったまま、気絶していた。

「 起きろっ! 死神! 」

 洗面器を取ると、目ン玉がひっくり返ったアホ面があった。

 僕は、洗面器を再び被せ、もう一度、バットを振り下ろした。

「 ・・ぶはっ! あ~、びっくりした・・ あれ? 天野クン、どうしたの? 」

 気が付き方も、アホだ・・

「 ちょっと、オレの部屋に来い! 」

「 何だ、寂しいの? 子供だなあ、天野クン 」

 もう一度、気絶させてやろうか、コイツ・・・!

「 いいから、来いって! 」

「 分かったよ、今、行くって・・・ あれ? 何で、ボク、鼻血出してんの? 」

 話しの内容次第じゃ、もっと沢山の鼻血、出させてやるからな、テメー。

 用が済んだら、永久に気絶させておくのも、良い。 その方が、日本のGNPも向上するだろう。


 部屋に入り、少女を見とがめた死神は、言った。

「 ・・何だ、召使。 お世話が済んだら、さっさと行かんか。 天野様は、閻魔様より受け賜わった、大事な、お客人なんだぞ? 」

 偉そうに言うな。 ナニが客人だ。 てめーが、勝手にオレを、ココに連れて来たんじゃないか。

 僕は、持って来た金属バットで、死神の胸ぐらを小突きながら言った。

「 おい、この子の罪状は、何だ? 」

「 罪状・・? め、召使の罪状なんか、いちいち覚えていないよ 」

 僕は、バットを横に持ち、死神の首を、壁にカチ上げながら言った。

「 テメー! オレと一緒で、この子も間違えて、連れて来たんだろっ? この子の頭には、角が無い・・・! ってコトは、人間だ。 人間なら、ここにいるのは、全て、罪人だ・・! この子の、ドコが罪人ってか? ああっ? 」

「 ・・じ、じらないよう~・・ 人事課が、ずれでごいっでぇ~・・! 」

 死神は、手足をバタバタさせながら答えた。

「 また、人事課か・・! 」

 バットを放すと、死神はムセながら言った。

「 ごほっ、ごほっ・・! この子、食べたいの? 天野クン 」

 瞬間、金属バットが、死神の脳天に炸裂する。

 再び、目ン玉をひっくり返し、床に倒れこんだ死神を横目に、僕は、彼女の両肩を掴んで言った。

「 君は、このベッドで寝てるんだよ? いいね? ドコにも行っちゃ、いけないよ? 」

 彼女は、少し、怯えたような表情で言った。

「 いけません・・! このお部屋は、天野様のお部屋です。 その、お部屋のベッドで、私が休むなんて・・! 」

「 これは、僕の希望だ・・! 君は、僕の世話を言い付かってるんだろ? その僕が、ここで寝てろってんだから、指示どうりにするんだ。 いいね? 」

 しばらく、思案していた彼女は、やがて答えた。

「 ・・かしこまりました。 ここで、天野様をお待ちしております 」

「 いい子だ・・! 」

 僕は部屋を出ると、サンダスの部屋へと向かった。


 サンダスの部屋は、廊下の突き当たりだ。

 ノックをしてみたが、何の返事も無い。 ドアノブを回してみる。

 すると、イキナリ上から、金属製のタライが、ゴワ~ンと、僕の頭の上に落ちて来た。

「 どぐががっ、ぼっ・・! 」

 結構、痛い。

 ゴワン、ゴワン、ゴワゴワゴワ・・・ と、ころがる、金タライの横で、しばし僕は、頭を押さえ、うずくまっていた。

「 ・・畜っ生~・・・! シャレたトラップ、仕掛けやがって・・・! 」

 ドアを蹴り開け、僕は、叫んだ。

「 サンダ・・ 」

 今度は、いきなりモップの柄が、僕の顔面にヒットする。

「 ぶふっ・・! 」

 ドアを開けると、モップの柄が、侵入者を直撃するよう、細工してあったらしい。

 鼻血を出しながら、僕は、スローモーションのように、後ろに倒れ込んだ。 後頭部を、先程の金タライに激突させ、僕は、気が遠くなりかけた。

 薄れた視界に、天井から、何か黒い物体が、落下して来るのが映る。 ・・何と、もう1つの金タライが、落ちて来たのだ。 底に、2号機と書いてある。


 ・・ミシッ・・・


 頭蓋骨が、きしむ音が聞こえた。

 金タライの衝撃音は、僕的には、聞こえなかった。 それほど、強烈な衝撃だったのだろう。

 思わず僕は、何か、歌を歌いたくなるような衝動に駆られた。

「 ・・イカン! 今、一瞬・・ 昔の記憶が、映像のように脳裏を横切ったぞ・・! 」

 こんなトコで、くたばってたまるか。 しかも、金タライで・・・!

 ・・でも、ここで死んだら、ドコに行くのだろうか?

 野暮な疑問は、考えないでおこう。 虚しくなるだけだ。 僕の希望は、ただ1つ。 天国へ行く事だけだ・・・!


 起き上がった僕は、サンダスの室内をうかがった。

 ベッドの中で、サンダスが、高イビキをかいて、寝ている。

 この騒ぎの中で、目を覚まさないとは、見上げた野郎だ。 単なる、アホだとも思うが・・・

( ・・コイツには、かなりヤラれてたな・・・! )

 僕は、現在、この上ないチャンスを掴んでいる事を認識した。


 散々、無意味なパンチを繰り出したアホの張本人が、全く無警戒で、目の前に寝ている・・・!


 僕は、先程のモップを握り締め、薄ら笑いを浮かべながらサンダスに近付くと、有無を言わさず、その小憎たらしいアホ面に、モップを振り下ろした。

「 う~ん、もう、お腹一杯・・・ 」

 そう言って、サンダスは、寝返りを打った。 モップは、ベッドに、めり込んでいる。

「 ・・へっ、野郎・・・ 運のいいヤツだぜ・・・! 」

 僕は、今度は、モップを槍のようにして構えると、醜く笑いながら、サンダスの横顔めがけて突き下ろした。

「 それだ、ロン! タンヤオ、親、ドラドラ、1万8000点~! 」

 再び、寝返りを打つサンダス。 しかも今度は、寝ボケて、僕に、蹴りまで入れやがった。

 像のような足で蹴られた僕は、再び、部屋の入り口まで吹っ飛んだ。 モップの柄は、ベッドを突き破っている。

「 ・・こ、この野郎・・! ホントは、起きてんのと違うか・・? 」

 しかし、相変わらずサンダスは、ゴーゴーと、イビキをかいている。

 どうやら、本当に寝ているらしい。 かと言って、安易に近付くのは、かなりの危険を伴うようだ。

 僕は、部屋の中を見渡した。

 机の上に、サバイバルナイフが刺さっている。

 サンダスの寝ている上には、ロープで吊った荷物棚があり、そこには、ブリキ缶や角に鉄製の飾り止めをはめ込んだ、重そうな木の箱が乗せてあった。 鉛筆削りや、野球盤ゲーム、戦車のプラモデルに、リカちゃん人形・・ ナゼか、硯や文鎮まである。

 僕は、サバイバルナイフを抜き、それを持ってベッドのそばへ行くと、吊り棚のロープにナイフを当て、言った。

「 あばよ・・! 」

 ロープは、簡単に切れ、全てのガラクタが、ホコリと唸りを上げながら、サンダスに襲い掛かる。

「 ギャオおうぅ~っ! お母ちゃあ~んっ! うわご、ぎゃっ・・・! 」

 怪獣のような叫び声を上げ、カラン、コロコロ・・ と、ガラクタのころがる音が収まると、鼻の穴に、文鎮が刺さり、頭の上にリカちゃん人形を乗せたサンダスが、むっくりと起き上がった。

「 あれ? 天野クン、どうしたの? 」

「 お前なァ、もうち~と、整理しろよな? 何だよ、このガラクタ 」

 僕は、トボけて言った。

「 ありゃ、落ちて来ちまったか・・! これは、ボクの宝モンなんだ。 いいでしょ、これ? 」

 そう言って、サンダスは、口の中に入っていたビー玉を出して、僕に見せた。

「 入り口の、セキュリティーシステムは、いつもやってんのか? お前 」

 僕が尋ねると、サンダスは、ガラクタを片付けながら言った。

「 ん? ああ、あれね・・ 死神のヤツが、オネショすると、いつも泣きながらオレんトコ、来るから、うっとおしくてさ。 ああしとくと、朝までソコに寝てるから、丁度イイのさ 」

 ・・・死神は、大抵、ソコで寝て( ノビて )いるらしい。

( 週に、何回、気を失ってんだ? アイツは・・・ )

 大体、いつも同じ手に引っ掛かるのも、信じ難い。 ヤツには、学習機能が、付いてないのだろう。

 そのトラップに引っ掛かった事は伏せ、僕は、サンダスに尋ねた。

「 寝ていたところ、申し訳ないんだけどさ・・・ ちょっと、聞きたいコトあってよ。 いいか? 」

「 何だい? 」

「 オレの、世話係になった女の子の事なんだけど、どういった素性で、この地獄へ来たんだ? とても罪人にゃ、見えんぞ? 」

 リカちゃん人形の髪を、専用のクシでとかしながら、サンダスは言った。

「 リカ、サンダスさんと、遊びたいの~ はっはっは、困ったヤツだ。 大人しくしてなさい。 あとで、遊んだげるから。 ね? いや~ん、今、遊ぶのォ~! やれやれ、わがままちゃんだなあ~。 ほ~れ、高い高い~ 」


 ・・・人の話を聞け、マウンテンゴリラ・・!

 怪しげな自分の世界に、陶酔してんじゃねえよ。


 僕は、声のトーンを落とし、脅すような口調で、ボソッと言った。

「 ・・閻魔大王に聞いても、良いんだがよ・・・? 」

「 世話係? ああ、召使いか・・・ さあ、知らないねえ 」

 真顔に戻り、答える、サンダス。

「 死神の話しじゃ、人事課に言われて、連れて来たそうだ。 あの連中のやる事は、信用出来ん。 何か、ミスって・・ そのまんまじゃないのか? 」

「 う~ん・・ 獄長に聞いてみようか? 今日、夜勤だから、事務局にいると思うよ。 行く? 」

 死神は、僕の部屋でノビたままだ。 アホは、少ない方がいい。


 僕は、サンダスに案内をさせ、その獄長とやらに、会いに行った。

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