第4話、沈黙の課長

 妖怪アニータが、言った。

「 あ~あ、課長、寝ちゃったわねえ。 今日は、これくらいにしといてくれる? もう、カンバンにするから 」

 ・・ここは、居酒屋か・・?

 勝手に、閉店すんじゃねえよ。 それに、これくらいって、ドノくらいなんだ? どれだけ職務を遂行したと思ってやがんだ、妖怪・・! 宇宙、帰すぞ、コラ。

 僕は、上半身を何とか起こし、死神に言った。

「 死神・・ ! 何とかしろよ・・! 閻魔大王に、札幌出張の件、言ってもいいのか・・? 」

 死神は、ビクッとすると、答えた。

「 よ、よしっ・・! おい、アニータ! え、え~と・・ お前の母ちゃん、出べそ! 」


 ・・・終わった。


 コイツに頼んだのが、間違いだった。 お前の母ちゃん、出べそ? ・・ナニそれ? 小学生だって、ンな事、言わんわ・・・

 僕は、落胆よりも、哀れみの表情で、死神を見つめた。

「 えへっ、言っちゃった! アニータに、言ってやったよ、天野クン! 」

 嬉しそうな、死神。 ・・良かったね。 もう帰れ、お前。 要らんわ。

「 ちょっと、待ったア~ッ! 」

 この声は、サンダス・・! ああ・・ ロクでもないヤツが、どんどん出て来る。 もう勝手にしてくれ。

 サンダスは、僕を抱き起こすと、言った。

「 だ、大丈夫かっ、天野クン!? う、うわっ、な・・ 何て、ひどい・・! 一体、誰が、こんな惨い事を・・! 」


 ・・お前が、やったんだよ。 しかも、1人でな。


 サンダスは、イキナリ叫んだ。

「 我々はァ~ッ! このような不当な弾圧に対してえ~ッ! 断固、対決するう~ッ! 」

 労使交渉のストライキかよ、オッさん。

 サンダスは、頭に『 ベア確保 』と書かれた、手拭いを巻いている。

「 立て、友よ! 共に闘おう! 」

「 わ~、わ~! 」

 死神も、一緒になって、騒いでいる。

「 ちょっと、サンダス様! このような所で、騒いでもらっては、困ります 」

 妖怪アニータが言った。

「 ナニを言うか! 大体、オレの兄貴を、こんなんにしたのは、誰か!」


 ・・・だから、お前だよ。 分からんのか、たわけが。


「 何、騒いどるんかのう? 」

 寝ていた課長が、ひょっこりと起き上がった。

 すかさず、僕は、小窓に飛び付き、言った。

「 課長さん! 僕のコト、ちゃんと調べて下さい! 」

「 ほう、ほう。 じゃ、この申請書に名前と住所、書いてね 」

「 ・・・・・ 」

 僕は、ニコニコしている課長鬼に言った。

「 ・・あの~・・ さっき、書いたんですケド・・? 」


 次の瞬間、課長鬼は、寝ていた。 しかも、鼻提灯は、さっきのより大きい。


 僕は、ブチ切れた。

「 サンダスうぅーッ! 」

「 ヘ~イ、ボ~ス・・・! 」

「 今度こそ1発、目の覚めるヤツを、ズバーンと・・ 」

 その瞬間、僕の顔面に、ズバーンと、サンダスの特大拳が炸裂した。

( やっぱり・・・? )

 一瞬、薄れた意識の中で、サンダスのアホ声が聞こえた。

「 兄貴! 兄貴い~ッ! オレなんか・・・ オレなんか・・・ 兄貴の、ばかやろ~っ! 」

 サンダスの、駆けていく足音が、遠ざかっていく。

 もう、帰って来なくていいぞ~・・・

 鼻血を出し、ピクピクしながら床に転がっている僕に、死神は、尋ねた。

「 だ、ダンナ・・・ 大丈夫ですかい・・・? 」

「 ・・・いっぺん、殺せ。 あの男は・・・! 」


 人事課では、話にならない。

 サンダスと死神は、僕を閻魔大王の所に連れて行った。 ある意味、『 直訴 』である。


 宮殿内をしばらく歩くと、『 閻魔大王 』と、大きな板に書かれた札が掛けてある部屋の前に着いた。 ドアノブは、ドクロである。

「 し、死神・・ オレの襟、曲がってないか? 」

 サンダスが、死神に聞いた。

 アロハ着ているのに、襟の乱れもナニも、無いだろうが。

「 大丈夫だよ。 それより、僕のマント、シワになってない? 」

 ボロボロなんだから、シワもクソも無いだろうが。

「 おう、イカしてるぜ? 大丈夫だ 」

 ドコが、イカしてるんだ? 君らのセンスには、ついて行けんわ・・・


 ・・しかし、あのアホ共が、緊張している。 やはり、閻魔様は、怖いのだろう。

 僕も正直、怖いが、ビビッたら負けだ。 ここはひとつ、度胸を据えて挑まねば・・・!

 ドクロに付いている、太い鉄の輪をゴンゴンと鳴らし、サンダスが、扉を開ける。


 そこは、部屋と言うよりは、洞窟風呂のような所だった・・・


 あちこちにゴツゴツした奇岩があり、至る所にロウソクが立ててある。 岩の間には散乱しているのは、人骨のようだ・・・!

 正面の奇怪な岩の前に、巨大な執務机があり、その机の上の両脇には、頭にロウソクを乗せた、ドクロが置いてあった。

 机の向こうに、小さな子供が立っている。 おそらく、執務係りか、閻魔大王のお側人なのだろう。

 こんな小さな子供でも、地獄に落ちる者は、いるのか・・・ このまま、永遠に、ここで働かされるのだろう。 何だか、切ない気持ちになる。

 子供が言った。

「 やあ、こんにちは! 閻魔大王です 」


 ・・・は? 今、何と・・・?


 僕は、耳を疑った。

 テレビCMに出てくる、子供役者のような顔立ち。 クリクリとした、愛らしい、つぶらな瞳。 さらっとした、清潔感あふれる髪には、天使の輪すら、出来ている。

「 あの・・ 閻魔大王・・・ ですか? 」

 にわかには、信じ難く、僕は、彼に聞いた。

「 そうです! 地獄に、ようこそっ! 当地獄では、お越し頂いた罪人の方のご希望に合わせ、針山・カマゆで・逆落とし谷・股裂きなど、アメニティー豊かな施設において、究極の苦しみをご堪能頂けるよう、従業員一同、誠心誠意の真心サービスをモットーとしておりますっ! 」

「 ・・・・・ 」


 1つ、質問して、いい? 従業員って、ナニ・・・?


 真っ白なスーツを着込み、黒い蝶ネクタイをした可愛らしい閻魔大王は、にこやかに、そして、ハキハキと、そう言った。

 プリティ閻魔大王は、続ける。

「 先週オープンした、切り刻み水車など、いかがですか? 香り芳しい、ヒノキの水車に縛り付けられ、サビた5寸クギ10本で切り裂かれる、究極の拷問です。 更に、水は塩水。 キズに、よくしみて、極上の苦痛ですよ? 」

 閻魔大王は、写真付きの真新しいパンフレットを見せながら、僕に説明した。

「 今なら、オープン記念で、回数券が付きます 」


 ・・要らんわっ、そんなモン!


「 ご不満ですか・・・? なるほど! まだ、お若い方ですしね! もっと、豪快なヤツの方が良いワケですか。 ・・それなら、コレです。 石臼地獄! 」

 何じゃ、そら・・・? 何となく、想像がつくが・・・

「 直径、10メートル、重さ15トンの石臼の中に入って、少しづつ、皮を、めくられていくんです! 」

 そりゃ、エゲツないわ・・・

「 時々、上から塩をかけますので、その苦痛と言ったら・・ たまりませんよ? 」

 そりゃ、たまらんわな・・・

「 特に、体の一部が挟まれたら、そこから段々と磨り潰されていきますから、そりゃあもう、あなた・・ 気が狂わんばかりの激痛を、体験出来ますよ? 」

 まさに、地獄だねえ・・・

「 オプションで、焼けた火箸を投げ込む、スペシャルコースもあります 」

 そりゃ、至れり尽せりで、結構な事で・・・

「 いかがですか? 」

「 ヤメとく 」

「 ・・・・・ 」

 閻魔大王は、しばらく、僕の顔をじっと見ていたが、やがて、サンダスに言った。

「 カマゆで地獄に、お連れして 」

 ・・おいっ! 結局、スタンダードコースかいっ! ・・って、クレーム、入れとる場合じゃない。 僕は、天国行きなのだ。 カマゆでされる覚えは、無い。


 僕は、訴えるような目で、サンダスを見た。

 今回、さすがのサンダスも、ギャグ無しで、閻魔大王に進言する。

「 閻魔様、実は、この客人・・・ 天国行きでしてな。 コレにいる死神が、ちい~と、粗相をやらかしまして・・・ 」

 サンダスに言われて、申し訳なさそうに頭をかく、死神。

 それを聞いた閻魔大王が、言った。

「 ここに、人事課から、天野さんに関するレポートが届いておりますが・・・? 」

 そう言って、机の上にあった書類を手にする、閻魔大王。

 何だ、人事課の連中・・ 邪険にしながらも、ちゃんと調書を提出しているじゃないか。

 僕は、ホッとした。


 閻魔大王が、レポートを読み上げる。

「 天野 進。 17歳。 学校からの帰宅途中、トラック( 三菱ふそう 10トン 保冷車 デコトラ )に轢かれそうになった5歳の女幼児を助けようと、路上に踏み込み・・・ 」

 ふむ、ふむ・・・

「 その、女幼児の服を剥ぎ取り、路上にて強姦・・ 」

 なっ・・! おいっ!

「 ・・その後、自分だけが跳ねられ、即死 」

 何、テキトー、書いてんだよ、人事課ァ~ッ!

「 死んでも、女幼児のパンツを、離そうとはしなかった、マル 」

 オチまで、あんのかよ! しかも、サイテー。

 サンダスと死神の、冷た~い視線が、僕を見ている。

「 フザけんなッ! デタラメじゃんよ! ・・あ~ンの、人事課連中・・ ブッ殺してやる! 」

 扉の方へ駆け寄る僕の腕を、サンダスが掴んで言った。

「 まあまあ、ダンナ。 落ち着いて・・! 」

「 これが、落ち着いていられるかっ! よりによって、幼女強姦だとうっ!? あ~ンの、エロじじい・・ ある事ない事、見て来たように、イケしゃあしゃあと・・! もう~、あったま来た・・! 妖怪アニータと共に、スマキにして、房総沖に沈めてやるッ! 」

 死神が言った。

「 ダンナ、ダンナ・・ 保険かけて、まぐろ漁船に乗せた方が、イイでっせ・・! 1000万くらいので、どうでっか? 」

「 ・・お、おう・・! それ、イイな。 いけ! 」

「 アニータは、どうします? 」

「 サーカスに、売れ! 」

「 剥製にして、びっくり館に売った方が、話題性ありまっせ? 」

「 やるな、死神・・ 」

「 お代官様こそ・・ へっへっへ・・・! 」

 いつの間にか、死神は、ちょんまげ姿になっている。

「 お礼の方は、これに・・・! 」

 死神は、紫の絹に包まれた小判を、僕に見せた。


 ええいっ! やめんか!

 くだらんギャグ、かましてる場合じゃない。 それに、このノリだと、アイツ( サンダス )が・・・


 そう思った瞬間、どこからともなく飛んで来た風車が、サクッと、死神の額に刺さった。

「 ・・・私利欲望に走る、てめえらにゃ、まっとうな裁きは、要らねえ・・・! 」

 ああ・・ やっぱり、出て来た・・・! しかも、着物姿。 袴を履いてるのはイイが、そのサングラスは、どう見ても、よろしくない。 昭和時代初頭の、ヤクザじゃないか。

 しかし、例によって陶酔しているサンダスは、お構いなしのようである。 自称、仕掛け人のつもりらしい。

「 この、桜吹雪が、目に入らねえかっ!? 刺客、勤めさせてもらう・・! 」

 ・・お前、メッチャクチャだ。 TV番組の古い時代劇が、3つくらい入ってるぞ?

 死神が言った。

「 ちゃん! ボンカレー! 」

 ・・・お前も、ナニ言ってんだ? しかも、そのCM、昭和4~50年代だぞ・・?

「 おお、そうであった。 3分間、待つのだぞ? 」

 答えるなよ、サンダス。 ・・ちなみに、猫舌の僕は、2分で良い。


 その後、ギャグの応酬に乗せられた僕は、くだらん展開へと突入し、退屈なのか、閻魔大王は、執務机の上で寝てしまった。

 何で、地獄の連中は、こうもよく寝るのだろう? しかも、大事な時に限って・・・


 地獄人事課の、デタラメな調書の件は、何とか、閻魔大王に理解してもらい、詳しい調べは、翌日となった。


 僕は、閻魔大王の宮殿の一室をあてがわれ、そこで1夜を過ごす事となった。

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