第3話、懲りない面々

 どうでもいいが、このやかましいBGM、ナンとかならんのか・・・?

 フルボリュームのユーロビート・・ いや、最近はトランス系とか、ヒップホップとか言うらしいが、僕的には、ナニ言ってんだか聞き取れないので、好きではない。

 要は、ラップだ。 歌詞の内容が、エラそうな事ばかり言っていてムカつく。 ダジャレが多いのも、気に入らん・・・

 重低音の振動で、鼓膜が震え、妙にくすぐったい。

 むうぅ・・ 気色悪い。


 地獄タクシーの運転手は、見た目は銀行マンのような真面目な顔立ちだ。 だが、無表情のまま、顔を音楽に合わせ、アゴ先を突き出すようにして『 ノッて 』いる。

 時々、「 んっ 」だの「 ん、あ 」だの、小さな独り言を呟いている。


 僕は、運転手に言った。

「 なあ、もうちょっと音を小さくしてくれよ 」

 瞬間、運転手は後部座席に座っていた僕を、物凄い勢いで振り返り、とてつもなく悲しそうな顔をした。 知人の訃報を聞かされた時のような表情だ。


 ・・・僕、そんな惨いお願い、したのかな?


 助手席に座っていたサンダスが言った。

「 お客人の言う事が聞けねえのか? あ? 」

 運転手は、今度は、『 ムンクの叫び 』のような表情になった。 忙しいヤツである。

 僕は言った。

「 いいよ、もう。 好きにしてくれ。 ナンか・・ 聴覚がマヒしてきて、あまり苦痛じゃなくなってきたよ 」

 横に座っていた死神が、僕に言った。

「 メンソレータム、塗ってあげようか? 」


 ・・・意味分からんわ、お前。 もう、だまっとけ。

 だいたい、ドコに塗るってんだ・・・?


 運転手は、安心したかのように再び無表情になり、車を走らせた( 巡行速度40キロ )。


 僕が連れて行かれたのは、閻魔大王の住む、宮殿だった。

 超、安全運転で、やかましいタクシーを降りた僕ら3人は、その宮殿の前に立った。


 一切の出っ張りが無い、近代的な、美しいグラスウォールの壁面・・・

 シーリングを施された、大きなガラス張りの玄関。 アプローチには、洒落た噴水があり、磨き上げられた大理石の床には、夜間用の足元灯がはめ込まれている。


 自動扉のガラス玄関を入ると、受け付けカウンターに座っていた美しい女性の鬼が、にこやかに出迎えた。 淡いブルーの制服を着ている。

「 あら、サンダス様。 死神様も、ご一緒で・・・ いかがされました? 」

 サンダスが答えた。

「 コイツが、また、しくじりやがってさあ 」

「 あらまあ、また、粗相ですか? いけませんわね、死神様。 この前も、人数、お間違えになって・・・ 閻魔様も、大そう、ご立腹でいらっしゃいましたよ? 」

 死神は、だらしなく、アハアハと笑っている。

 彼女は、僕に気が付いたらしく、サンダスに尋ねた。

「 ・・サンダス様、こちらは? 」

「 ああ、死神が、間違えて連れて来た、客人だ 」

 美人の彼女に、少々、僕は照れた。

 彼女は、にっこり微笑んで、言った。

「 まあ、そうですの。 おいしそう・・・ 」

「 ・・・・・ 」


 淡いグレーの、カーペット敷きの広い廊下を歩きながら、僕は、サンダスに尋ねた。

「 なあ、お前らって・・・ 主食は何だ? 」

 サンダスが、答える。

「 人間だよ 」

「 ・・・・・ 」

 サンダスは、僕の心情を察してか、笑いながら言った。

「 大ぁ~い丈夫だよ。 お前は、食えねえって! オレたちが食えるのは、地獄へ来たヤツだけさ。 天国行きのお前は、渋くて食えたモンじゃねえ 」


 ・・・僕は、渋柿か。


 じゃ、干したら、食えるようになるのだろうか?

 その問いは、聞くのはヤメた。 実験台にされたら、たまったモンじゃない。 コイツらなら、やりかねん。


 廊下をすれ違う、他の鬼たちを見ながら、僕は、話題を変えた。

「 なあ、アタマの角が、1本のと2本のがいるケド・・・ 何か、違いがあんのか? 」

 サンダスは、ニヤリと笑いながら、答えた。

「 階級が違うんだよ。 1本のヤツの方が、上なのさ・・! 」

 そう言って、サンダスは、被っていたハットを取り、自分の角を見せた。

 見事な、1本角だ。

「 それ・・ 見せびらかせてるつもり? 」

「 バ~カ、威張ってんだよ 」

 ・・・一緒だろが、たわけ。


 廊下の向こうから、ネクタイをしたスーツ姿の若い鬼が、やって来る。

 死神を見とがめると、こちらに来て、言った。

「 死神さん。 先週の出張経費なんだけど、確か、札幌だったよね? 」

「 そうだよ? 」

 死神が答えると、若い鬼は、持っていたファイルをパラパラとめくり、じろりと死神を見て、言った。

「 ・・何で、恐山の宿泊明細が、あんのかなあ・・? 」

 死神が、慌てて答える。

「 そ、それ・・ 違うよ! 間違って出しちゃったんだ 」

「 ・・まさか、低級霊に行かせて、自分は、恐山で温泉入ってたんじゃないだろうね? 」

「 な、なな・・ ナニ言ってんの・・! ヤだなあ~、君ィ~・・・ そんな、グッドアイデア・・ いや、不真面目な事、するワケないじゃんよ~! 」

 若い鬼は、続けて問いただす。

「 しかも、この宿泊明細・・・ ビデオ代まで入ってんよ? あんた、エロビデオまで見てんの? 」

「 うっ・・! 」

「 うっ、じゃないよ、あんた。 そのうち、経理課長から事情聴取あるから、覚悟しといてよ? 」

 若い鬼は、そう言うと、さっさと立ち去っていった。

 死神は、しょぼんとしている。

 サンダスが言った。

「 お前なあ・・・ もちょっと、ウマくやれよ。 バレバレじゃん? 」

「 そういうお前だって、閻魔様の前に連れて来る前の人間、テキトーに抜いて、針山でタダ働きさせてたそうじゃないか 」

「 バ~カ。 ありゃ、施設課の連中との合意よ。 いわば、口利きってヤツだな 」

「 じゃ、賽の河原で、子供殴ったのは? 」

「 ・・ありゃ、クソ生意気な、ガキだったもんで、つい・・・ 」

「 ダメなんだぞ? 子供、殴ったら。 幼児虐待だぞ? 」

「 うるせえな~! USJ限定のメダル、持ってるガキがいてよ、ちょっと見せろって言ったら、イヤだ、っつ~モンだからよ、思っきし、ほっぺた、つねってやっただけだよ! 」


 コイツら・・ 強力なアホだ、やっぱし・・・!

 こんなヤツらに、任せておいていいのだろうか? いつになったら天国に行けるか、分かったモンじゃない。

 僕は、果てしなく広がる不安を、心に感じずには、いられなかった。


 サンダスと死神は、とある受付のカウンターらしき所へ、僕を連れて行った。

「 ここに、名前と住所を書けや。 人事課に問い合わせしてやるから 」

 サンダスは、そう言うと、申請書用紙を僕に手渡した。

「 人事課・・? ここは、求人票も出すんかよ 」

 ブツブツ言いながらも、用紙に記入する。

 目の前の小さなガラス窓が開き、先ほどの受付で見た、美しい女性鬼とは、月とスッポンの違いの、究極に見苦しいオバチャン鬼が、顔を見せた。

 ドコでかけたら、そうなるのかと感心するほどの、チリチリのパーマの彼女は、僕を見ると、鼻で笑った。

「 あ~ら、ボク。 ここは、あんたのような、子供の来るトコじゃないわよ? 」


 ・・・じゃ、アンタみたいな、妖怪なら来れるんか?


 のど元まで、出かけた言葉を制し、僕は、言った。

「 好きで来たんじゃないよ、オバちゃん 」

 『 オバちゃん 』と言う言葉に、彼女は、ムッとした表情で答える。

「 失っ礼ねえぇ~っ! あたし、まだ、8千21歳よっ! 」


 ・・・充分、仙人の域だって。 中石器時代だぞ? 後氷河期だから・・・ 地質年代だと、沖積世じゃねえか。 クロマニョン人が、うろついていた時代だ。 古代オリエント文明だって、3千年前だぞ? はよ、宇宙、帰れや・・・


「 よう、アニータ。 課長、いるかい? 死神が、また、ヘマしちまってさあ 」

 サンダスが言うと、妖怪アニータは、答えた。

「 まあ、サンダス様、いらしてたんですか? 気が付きませんで・・・ 少々、お待ち下さい。 課長? 課長ォ~? 」

 しばらくすると、メガネを掛けた、ハゲ頭の老人鬼が、窓口に出て来た。 サンダスと同じ、1本角だ。

「 よう、課長。 この少年のプロファイリング、頼むわ 」

「 ほお? 」

「 ほお、じゃねえって。 死神が、ドジ踏みやがったんだ。 早いトコ、頼むぜ 」

「 ほお 」

 課長と呼ばれた老人鬼は、僕の書いた申請書を、一通り目を通すと、僕を見て言った。

「 ・・天野 進、とな? 」

「 はい、そうです 」

 僕が答えると、課長鬼は、再び申請書を見ながら呟く。

「 ふむ、天野・・ か 」

 課長鬼は、先ほどの、妖怪アニータに書類を渡しながら言った。

「 カマゆで地獄に、お連れして 」

 ・・おいっ! 何で、そうなるんだよっ!

「 いいなあ~、カマゆで地獄、面白いんだよ~? 」

 死神が、ノンキに言う。

 見てる方は、イイだろうが、コッチは、入れられる方なんだぞ、たわけが!

 僕は、無責任な発言をした、死神の胸ぐらを掴んで、凄んだ。

「 ・・フザけんなよ、お前? あ? 」

「 わ、分かった・・ ゴメン。 課長、ちゃんと、調べてやってよ。 ねえ、課長ったら! 」

 死神が、そう言って課長の方を見る。


 ・・・課長は、爆睡していた。


 わずか、10秒も経っていないのに、事務イスの上で、超、熟睡している。 しかも、鼻提灯を下げて。

「 ・・・・・ 」

 ナメている。 明らかに、僕を、ナメているとしか思えない。

 僕は、サンダスに言った。

「 ・・・おい。 1発、キツ~イのを、お見舞いしてやれや・・・! 」

「 オ~ケ~、ボ~ス・・! 」

 指を、ポキポキ鳴らしながら、サンダスが、不敵に笑う。

 次の瞬間、サンダスの渾身のパンチが、ナゼか、僕の顔面にヒットした。

「 う・・ うわあぁ~ッ! あ、兄貴! 兄貴ぃ~ッ! 」

 ワケの分からないセリフを、陶酔して言いながら、サンダスは、そのブッ太い腕を、僕の首に回し、チョークスリーパーを掛けている。 僕は、意識が遠のいていった。

 やがて、サンダスは、僕を離し、涙しながら、言った。

「 ・・オ、オレなんか・・ オレなんか・・ 兄貴の、ばかやろ~っ! 」

 1人、理解不能な自己の世界に浸り、サンダスは、涙ながらに、ドコかへと駆けていった。


 ・・アイツが、ここまでアホだとは、思わなかった。

 果たして、ヤツには、脳ミソが付いているのだろうか? 多分、付いていたとしても、大豆くらいの大きさしか、ないのかもしれない。 もしかして、芽が、出ていたりして・・・


 受付前の床に倒れ込み、僕は、絶望的な心境になった。

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