第2話、死神、現る・・・!

 しばらくすると、辺りが少し、暗くなって来た。

 生暖かい風も出始め、何か、異様な雰囲気だ・・・!

 カラスが鳴くような声が、どこからか聞こえ、立ち込めていた霧が、徐々に晴れていく・・・

 僕は、改めて、辺りを見渡した。


 ・・・そこには、辺り一面、草が生い茂る、荒地の風景が広がっていた。

 遠くには、枯れ木があり、大きなカラスらしき、黒い鳥が、何羽も止まっている。

 何となく、不気味な雰囲気だ・・・!

「 ・・なんだよ・・ 何か、不気味な感じになって来たじゃないか・・・! 」

 僕が言うと、サンダスが答えた。

「 そりゃそうさ、地獄だもん 」


 突然、不気味な笑い声が荒野に響き、僕は、ビクッとした。

 ふと見ると、小高い丘の上にある枯れ木の下に、男が立っている。

「 やっと、来やがったか・・・ 」

 男を見据え、呟きながら、ゆっくりと立ち上がるサンダス。

 身長は、170くらいだろうか。 フードの付いた、ボロボロの黒いマントを着込み、手には、長いカマを持っている。 毛の抜けたドクロが、フードの中で、歯をカタカタ言わせながら、笑っていた・・・

「 ・・あいつが、死神・・! 」

 想像と、全然、違う。

 はっきり言って、怖い。 えらい臨場感がある。 これが、地獄なのか・・・!

「 へっ・・! やっと、地獄らしくなって来やがったぜ・・! 」

 僕は、空威張りをしながら、内心、ビクビクで言った。

 やがて、死神は、おもむろにフードを取ると、ドクロの『 お面 』を取った。

 その下から、思いっきりアホ面が、姿を表わす。


 ・・・僕は、自分の顔が、引きつる感覚を覚えた。


「 やあっ、待たせてごめんね! 僕、死神だよっ、宜しくね! 」

 そばかすだらけの頬、セットしていない、ボサボサのクセ毛ヘアー・・・

 少し、離れた目を細め、だらしなく笑いながら、死神は言った。


 ・・・威厳もナニも、あったモンじゃない。 ホントにコイツ、死神か・・・?  そこいらで、自転車を乗り回している中学生じゃないの?


 落胆と、妙な安堵感が入り乱れ、張り詰めていた気が抜けた僕は、両手と両膝を地面に付き、がっくりとうなだれた。

 死神は、愉快そうに言った。

「 いやあ~、ウンコしたくなっちゃってさあ~ いっぱい出ちゃった。 参った、参った、はっはっは! 」

 突然、サンダスが死神の方へ突進し、フライング・ニードロップを、お見舞いする。

 死神は、3メートルくらい、フッ飛んだ。

「 てめえ~っ、1日に、何回クソすりゃ、気が済むんだ! タレ流しかいっ? ああッ? 」

 死神は、バツ悪そうに、むっくり起き上がると、言った。

「 今日は、まだ2回だって~・・・ 昨日なんか、4回も行ったんだよ? もう、お尻、熱くってさあ・・・ 」

 瞬間、今度は、サンダスの太もものような腕が、死神の首に、ヒットする。 強烈な、ラリアットだ。

 キュッという声と共に、再び、死神が3メートル、飛ぶ。

「 パンパースでも、履くかぁ~? こないだ、購買で、ギャザー付きのが売ってたぞ? 客人の前で、汚ねえ話し、すんじゃねえよ! 」

 中指を立てながら、サンダスが、死神に向かって言った。

 死神は、仰向けで、大の字に倒れたまま鼻血を出し、ピクピクしながら答えた。

「 ・・そ・・ それ・・ 介護用・・? 」

 ここは、購買まであるらしい・・・

 サンダスが言った。

「 コッチの客人、どうも天国行きらしいんだが・・ 三途のトコで、ウロウロしてたんだよ。 お前、また、間違えてねえか? 」

 死神は、むっくりと起き上がりながら、僕に尋ねた。

「 そんなはず、ないと思うケド・・ お宅、何て名前? 」

「 天野 進だよ 」

 死神は、マントの中から、電子手帳を出すと、何やら調べ始めた。

「 ・・・はう 」

 電子手帳を見ていた、死神の顔色が、すう~っと、青くなる。


 ・・何? 何? 何なの? その・・ 気の抜けた、ため息のような声。 スッゲ、嫌な予感するんだけど・・・?


 ただ事ではなさそうな死神の様子に、サンダスが、聞いた。

「 ・・・どうした? 」

 死神は、電子手帳をマントの中にしまうと、慌てて、サンダスの胸ぐらを掴み、うろたえるように、言った。

「 やっ・・ やっちまった! やっちまっただ、茂作よう~ッ! 」

「 ダレが、茂作じゃ 」

 死神のマントが、いきなり、ツギハギだらけの粗末な着物に変わり、頭には、薄汚れた手拭いが、頭巾のように巻かれている。

 どうやら、農民一揆で、悪徳代官を殺害した、小作人のギャグのつもりらしい。


 ・・・コイツも、悲しくなるくらい、アホだ。


 僕は、死神に聞いた。

「 どういう事なんだよ・・? 説明しろよ! 」

 死神は、着物をマントに戻し、アハ、アハと、笑いながら答えた。

「 いやあ~、僕ね・・ 地獄へ行くヤツと、間違って、君をここへ連れて来ちゃったみたいなんだよ。 なんせ、ウンコ、漏れそうだったからさあ~・・ ゴメンね? 」

「 ・・・・・ 」

 死神は続ける。

「 現世では、ドタマの吹っ飛んだ男が、死なへん、ちゅ~て、エライ騒ぎになっとるわ。 参ったね! はっはっは! 」

 サンダスの胸の辺りを、手の甲で軽~く叩きながら、死神は、愉快そうに言った。

 ・・さすがのサンダスも、事の重大さを認知したらしく、死神の笑いには同調せず、ワナワナと、腕を振るわせながら、ぼそっと、答えた。

「 お前・・ メッちゃんこ、やっとるな・・・! 」


 やはり、僕は、天国行きだったのだ・・・!

 それが、このボケナスのおかげで、何と、地獄の1丁目( パン屋と、遊園地あり )に連れて来られてしまっているのだ・・・!


 僕の怒りは沸騰し、ゴム管を通って、隣のビーカーに水を垂らすほどだった。

「 ゴメンで、済む問題じゃないよな・・・? ああ・・? ナシ、つけてくれるんだよな? え? オイ 」

 僕は、チンピラが中年サラリーマンを脅す時のような口調で、死神の肩を抱きながら、彼に言った。

「 も、もちろんじゃないか、君ィ~・・・! これから、すぐに本部へ行こうじゃないか。 ねっ? 」

 そう言うと、死神は携帯( スマホではない )を出し、どこかにダイタルした。

「 ・・あ、死神です。 すんません、大至急、1台、お願いします。 1丁目っス 」


 この男は、一体、ナニを要請したのであろうか・・・? まさか、タクシー?

 しかも、今の頼み方は・・ どこぞのピンサロか、場末の居酒屋の従業員かと思わせるようなリアル感があったぞ? 羽振りの良い、親戚の叔父貴に連れて行かれた時の記憶を彷彿とさせるわ。


 やがて、ドロドロドロ・・ という、大口径マフラーの音が、遠くから聞こえ始めた。

 枯れ木の向こう側に、車らしき影が、生い茂る草の間から、見え隠れする。 近付いて来るにつれ、車内で掛けている大音響のユーロビートの振動が、ドンツク、ドンツクと聞こえて来た。

 やって来たのは、『 地獄タクシー 』という標灯を付けた、昭和48年型のマークⅡ クーペ。 ハードトップで、色はマルーン。 竹ヤリ・デッパは無いが、オーバーフェンダーを装着し、ロンシャンのホイール( 推定 24万 3千円 )に、225/55のグッドイヤーを噛ましており、明らかに、族仕様である。 ラジエターグリルからは、ホースが飛び出し、多分、イエローコードだろう。 折り曲げられたナンバーには、横浜とあった。

 メガネを掛けた、真面目そうな顔の運転手が、窓越しに聞いた。

「 お客さん、どちらまで? 」

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