チャプター13
エレファントの先端には一際豪華な部屋がある。
配管も通ってなければ、町の騒音も聞こえない。水蒸気の白煙もここまでは来ることが無いため、雨の日以外の景観は文句なしだ。
物静かなその一室にトレインとヴォーグは立っていた。
地面に敷かれている赤い絨毯の感触にヴォーグは少し居心地悪そうだ。
「どちらの条件を飲むか決まったかな?」
機械的な声音、いや、機械音と言っても差し支えない声が部屋に響いた。
鉄と鉄をこすり合わせて出た様な声に、トレインとヴォーグの顏が険しくなる。
「その前に……これってどういうことだよ」
トレインはくしゃくしゃに丸めた紙をガーディアンに投げつけた。
睨みつけた相手は紙を受け取ると、椅子に深く腰掛ける。
「どうとは?」
「ガルマスのエサって部分だ。ヴォーグの家でも聞いたけど……地上人をエサにしているって、なんでこんなことするんだ!」
目じりをつりあげたトレインは怒鳴ると一歩進んだ。
しかし、そこで足に繋がれている鎖が後ろへ引っ張られる。
「それ以上はダメだよトレイン君」
ディーンは悲しげな瞳をしたまま、手に持っている鎖の端を引っ張る。
トレインは後ろに立つディーンを一瞥して、再び前を向く。
「文字通りだ。我々が生きるためにはガルマスが必要なのだよ」
「でも、ガルマスは人間の敵で……地上人の敵でもあるんだぞ!」
「それは分かっておる」
「じゃあどうして……」
トレインが口を閉ざすと、ため息をついたガーディアンは立ち上がった。
窓の方を向いたエレファント最強の人物は、重々しく言う。
「エレファントはガルマスと地上人、この二つの敵を作り出すことで秩序を保っているのだよ」
「敵が……必要だって事か?」
「そう。ガルマスと戦う時、考えが異なる地上人の存在を知った時。つまり敵を知った時に人は一つになれるのだよ」
「それじゃあ、養成所で教わった事って……」
「ふむ……何か不満があるのかね?」
ガーディアンは振り返ると、窓の外からトレインへと顔を向けた。
機械で被われている顔は、何所を見ているのか分からない。しかしその内側の表情を想像することは難しくない。
トレインが言葉を失っていると、そこで足枷をつけたまま飛び出したのがヴォーグだった。
「てめええええ!」
今までじっとしていたため、ディーンも反応できていない。
ヴォーグは拳を振り上げて殴りかかるが、それを予想していたのか、片腕で受け止められた。
「くそっ」
「無駄な行為だな」
「てめえがガルマスを生かしてるのは自分の為だろうが! 昔聞いたことあるぞ……ガーディアンの存在意義が必要だってな」
牙をむき出しにしてヴォーグは言うも、後ろにいるディーンから鎖を引っ張られて下がった。
「ディーンとか言ったな。貴様は悔しくないのかよ!」
足枷の鎖を握るディーンにヴォーグは怒りをぶつける。
「僕は彼女の体を治すためなら何でもやってきた。地上人を裏切ってエレファントに潜り込み、トレイン君達を監視していた。それに……気が付かなかったのかい? 地上人の行動は手に取るように分かってたんだよ」
「なんだと……」
「外のエレファント人と連絡を取る代わりに、治療費を援助してもらう。その変わり僕は地上人の情報を全て受け渡すんだ」
「汚いまねを!」
ヴォーグは叫ぶが、それでもディーンは表情を変えなかった。
ガーディアンはゆっくりと椅子に腰かけてクックックと喉元で笑う。
「エレファントには絶対的な象徴が必要なのだよ。でなければ私の存在する意味が無くなる。見ろこの機械に取りつかれた姿を」
ガーディアンは身体に纏う機械を眺めてしみじみと言う。
「こんな化け物がエレファントに必要なのはガルマスのおかげなのだよ。そして、エサになってくれている地上人のおかげだ。さて、それよりも選択肢はどちらにするか決めたかね?」
本題に戻ったガーディアンは足をくむと、深く腰掛ける。
「エサになるか、仲間を殺して解放されるかだと! 決められるわけないだろ」
ヴォーグはガーディアンを睨みつけて声を大にする。
しかしガーディアンは顎を手でなぞると、ふむ、と一言呟いただけだ。
「そうか、決められぬか。そうか、そうか……」
何回か呟いたガーディアンは。
「スグル博士がとんでもない論文を持ち込んできたせいで、エレファントの中は凄いことになっているのだよ。いわば秩序が乱れているって事だ。私は他のエレファントの影響にならないようにしなければならない」
何かを決意したように大きなため息をついた。
その途端。
エレファントが大きく揺れ、トレインとヴォーグは思わず床に手をついた。
だが、ガーディアンは逆に椅子から立ちあがる。
「狭いエレファントの中では考えや思想が広まりやすくてな、他のエレファントに広まらないようにするためには、ゼロにするしかないのだよ」
ガタンと大きく揺れ、次はエレファントの進行が止まる。
窓から見えていた景色が動かなくなったかと思うと。
「これって……俺たちが殺したガルマスの親か!」
窓の外でワーム型のガルマスが下から上へと登って行く姿を目の当たりにして、トレインは冷や汗が噴き出すのを感じた。
体をくねらせ無数の足でエレファントに取りついているのだ。
「ガルマス発生地域から抜け出さなくてよかったのう。では私はこれで失礼するとしよう」
ガーディアンは窓ガラスを割ると、そのまま地上へと降りて行った。
唖然としているトレインは奥歯を噛んで呟いた。
「ゼロにするってそう言うことか……地上人と接触して考え方を変えそうな人々を抹殺しようってか」
頬をつりあげたヴォーグはディーンを一瞥した。
「ガルマスが来てガーディアンは逃げた。この状況を見てもその鎖をもってるんかね?」
「……それは」
くちごもるディーンに今度はトレインが畳み掛ける。
「彼女が一番なら、すぐに行って逃げろよ。俺ならそうする」
ディーンはぎゅっと目をつぶり、やがて長い息を吐いた。
「鍵はここに置いておくよ」
持っていた鎖を床に落として、走り出した。
足枷を外した二人は、プラプラと足首を揺らす。
「しかしこれからどうするかね? あんな巨大なガルマスは見たことないぞ」
「エレファントの進行止めるとか普通じゃないしな」
ワーム型のガルマスはエレファントの足に絡まって進行を止めているのだろう。そして、中に住んでいる人々をエサとして捕食する。
ついでに広まってしまいそうな好ましくない思想も考え方も無かったことにするのだ。
これで他のエレファントに博士の考えは広がらない。
結果だけ見れば元々ガーディアンは皆殺しにするつもりだったのだろう。
「それじゃあ、取りあえずヴォーグは地上人の解放をお願いする」
「トレインはどうするんだ?」
「俺か? エレファント人を説得してみる」
「はっはっは。地上人とエレファント人が手を組んでガルマス討伐なんて、ガーディアンが一番嫌がる事だな」
いや、その通りだ。とトレインは心の中で頷く。
地上人とエレファント人が協力してガルマスを討伐するとなるとガーディアンが必要では無くなる。
これこそが最も恐れていた事態なのだ。
だが、どう考えても今の状況で『必要ない』とは言い切れないのである。
二人は部屋を出ると、来た道を戻る。
収容所の入り口には、トレインのローダーや剣が保管されている棚があり、そこから自分の持ち物を取り出す。
「じゃあ、そっちは任せたからな」
そういって奥へと進んだヴォーグに頷くと、すぐさま外への通路を探す。
眼隠しで連れてこられたわけではない為、すぐに通路は見つかった。
階段を駆け上がり扉を押しあけるとトレインはわが目を疑う。
「な、なんだこりゃ……」
大きすぎるガルマスがエレファントの胴体に巻き付いているのだ。しかも異様な光景はそれだけではない。
トレインが呆然としていると、敵は体内に空いている無数の穴から白い楕円形の物を放ってきた。
エレファントに巻き付いているため、集中砲火を食らったように白い物体が叩きつけられる。
そしてトレインの眼の前にも落ちてくると、やがてピキッと音を立てて割れだす。
「これって、もしかして卵か!」
そう言った瞬間、予想通りガルマスの子供がはい出してきた。
大きさ的には並みの人間程度で動きも遅い。戦う分には支障はない。しかし町中の全てとなると、数的に不利だ。
しかも親が真上にいたのでは、子供を殺しても意味が無い。
トレインは思考を巡らせながらも、剣を握りしめて目の前の幼虫を叩き斬った。
やるべき事は一つだ。
ローダーから白煙を上げてトレインは市街地の方へと急いだ。
「うおおおお!」
トレインは剣を握りしめて目の前の幼虫を切ると、視界にとらえた別の個体へと向かう。
緑色の体液が吹き出し、もはや来ている服が一色に染まっている。
街中では戦闘員が奮起し、住民はシェルターに避難していた。
だが、この巨体を目にすればシェルターなんぞ何の役にも立たないことは一目瞭然だ。
狙うべきは親であるが、どこから狙えばいいのか見当もつかない。
「くそっ、どんだけ湧いてくるんだよ」
「これじゃあキリがねえぞ」
「ガーディアンはどうしたんだ? こういう時の為にいるんだろ」
慌てふためく声にトレインは眉根を寄せた。
確かにこの状況はガーディアンがいなければ切り抜けることは出来ない。
だからと言って、彼らに真実を伝えることもまた躊躇われる。
ガルマスを育てて、エレファント人の敵を故意に作り出していた。しかも地上人とも対立するように仕向けていたんだ。
こんな説明をして説得できるのかと自分に問う。
「無理だな」
結論はすぐに出た。
だが地上人を解放しているヴォーグのためにも何かしなければならない。
「地上人と共闘するんだ! 彼らだってガルマスを討伐する力を持っている!」
そう叫んだ。
街中に響き渡るにはしかし声量が足りない。と言った次元では無い。
悲鳴と爆音が入り混じるこんな場所で声を上げても誰の耳にも届かないのだ。
それでもやるしかない。
トレイインはローダーで滑りながら声を発した。
「もう少しで地上人が助けに来てくれる! それまで踏ん張るんだ」
目の前のガルマスを一匹倒し、少し遠い場所にいる敵へと剣を投げつける。
どうしようもなく簡単な作業であるが、体力を奪われているのは確かだ。
「ヴォーグが、地上人が援護に来るまで持ちこたえろ」
叫んでは敵を斬り、叫んでは敵を突く。
次第にトレインの声は戦闘員に広まりつつあるが、それでも数日前まで戦っていた敵であることに変わりはない。
「でも地上人って……なあ」
「ああ、俺らの敵だろ?」
力なく言う二人組の戦闘員の横を通りながら、トレインは尚も続ける。
「あいつらは敵じゃない! 味方だ! 一緒に生活して分かった、家族がいて好きな人がいる。俺たちと何にも変わらない!」
どちらが本当の人間だとかは関係ない。エレファント人も地上人もどちらも同じ営みをしているのだ。
ただ場所が違うだけで分かれるはずがない。
その光景をトレインは直に目にしている。
「くっそおお。ヴォーグ早くしろ!」
今度は誰にでもなく叫んだ。
トレインがこの戦場に出て既に一時間は経過している。
囚われている地上人を解放するだけならば三十分もかからないはずだ。それなのに、いまだに援軍は到着しない。
予想はしていた。
おそらく地上人も同じなのだ。数日前の敵と共闘できるはずがないと思っている。
トレインは汗で滑りそうな剣を握りなおして、口を一文字に結ぶ。
ふと頭の中に浮かんだマキナの顏に、ニヤッとすると。
「まだ死ねないな」
そう呟いて辺りを見回した。
すでにエレファントは立っているのが不思議なくらいダメージを負っている。
戦闘員たちはまだ戦っているが疲労の色を露わにしており、もはや風前の灯だ。
なんとかしてあのガルマスを倒さないといけない。
だが、はるかな高みからこちらを見下ろすガルマスに、剣は届かない。マキナの銃を持ってきても無理だろう。
「あの背に乗れたらな」
そう呟いた瞬間。
「だったら、押し上げてやるがね?」
振り返ると、そこには掴まっていた地上人とヴォーグの姿があった。
地上人の全員が納得している顔をしていない。心の中で葛藤が続いているのだろうと安易に予想できた。
それでもこの状況を見るなり、表情はみるみるうちに変わっていく。
「こいつら説得するのに時間かかっちまったな」
「遅すぎるぞ。もう一時間は過ぎてる」
「悪かったって、その分の働きはきっちりとするからよ」
そう言ってヴォーグは後ろに並んだ部下たちに合図を出して、街中へと向かわせた。
いきなり来た地上人の援軍に戦闘員たちは戸惑っていたが、トレインの呼びかけによって大きな混乱は起きていない。どうやら少しは効果があったみたいだ。
「さて、さっき言ってたことだけど、本当に乗る手段があるのか?」
「乗れるのはお前さんで、方法はいたってシンプルだがね」
片目をつぶってウインクしたヴォーグは、それはもう見違えるほどにご機嫌だ。
内功を発揮した地上人は戦闘員から少し離れた場所で戦っている。
しかし、エレファントに乗っている地上人全員が内功を使っているため、やはり機械に影響が出始めていた。
「じゃあ、頼む。多分一発勝負だからな」
トレインはローダーの電源を切ると、目の前にいるヴォーグに頼んだ。
「任せとけ、今までで一番内功を発揮してやるからな」
そう言ったヴォーグの体は炎の中にいる様な状態になっている。
功が体内から溢れだし、体を覆っている、それもガーディアンと戦った時とは比べ物にならない。
「それでガーディアン倒せたんじゃないか?」
「あの時俺は八割の力で戦ってたんだが、それでも普通に負けたからな」
嫌なこと思い出させるな。とヴォーグがいう。
トレインは、はいはい、と軽く手を振るとヴォーグの前に立った。
視線を上に向けて、剣を肩に担ぐ。
「準備は良いか?」
「ああ。いつでもどうぞ」
そう答えるとトレインは僅かに体を前に向けて踵を地面から放した。
瞬間。
「いけええええ!」
ヴォーグはその隙間に自分の足を滑り込ませ、トレインを打ち上げたのである。
猛スピードで直進するトレインはすぐにローダーのスイッチを入れ、続いて剣にも水蒸気を放出させる
放たれた矢のごとく飛び出したトレインは、ガルマスの顏と同じ高さまで飛翔する。
「やっと同じ目線だな」
口の端を釣り上げると、目の前に飛んできた小さな人間にガルマスが反応した。
「ガルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル!」
山をも丸呑み出来そうな口には子供をと同じように無数の歯が並んでいる。
そして、トレインを食らおうと初めて動きを見せた。
突っ込んでくるガルマスをトレインはローダーの噴射でかわす。
それから真横を通る敵の胴に剣を突き刺した。
だが、止まる事のない敵の体に引っ張られて、そのまま下へと急降下する。
「こんのやろお」
トレインが剣を抜くと、その間にガルマスの体は自然と下方へ流れていく。
おかげで体の上に乗る事ができ、再び剣を突き立てる。もちろん、電流は流してある。
そして、剣を刺したままトレインはローダーの白煙を上げた。
剣とトレインは一体となってガルマスの体に切り傷をつけていく。
「はあああああ!」
声を上げ、あらん限りの力を手に込める。
「ガルルルルルルルルルルルルルルルル!」
ガルマスは長い胴体をエレファントからほどいて、あまりの痛みに地中へ潜ろうとしていた。
だがこの機を逃すはずがないヴォーグが、エレファントよりも下になったことを目視して部下に指示を出す。
「皆、エレファントから飛び降りてガルマスの背に乗れ! 集中砲火だ」
合図が出ると、まってました、と言わんばかりに地上人はエレファントの外縁部からとびおりる。
ガルマスの体に乗るなり、内功で体の表面にある土かきをもいでいく。
だがそれだけではない。
「地上人に後れを取るな! エレファントは俺たちの居場所だ」
戦闘員もエレファントから飛び出してきたのだ。
のた打ち回るガルマスに必死にしがみつき、皆がそれぞれの武器で攻撃を開始する。
トレインも無我夢中で切り付けていたが、ふと顔を上げると辺りは静まり返っていた。
黒い体面をしていたガルマスは己の血で緑色に塗り替えられており、ピクリとも動かない。
「死んだのか?」
誰かがそう言った。
それから数秒の間があり、完全に敵が沈黙したのを確認すると。
「「「やったあああああああ!」」」」
ガルマスに乗っている全員が歓喜の声を上げた。
泣き崩れ、互いに抱き合う者が多数だ。
そこにはもはやエレファント人、地上人と言う区別は存在しなかった。
「ここまでの大仕事は初めてだな。まあ、今まで見てきたガルマスの中でも一番大きかったからな」
トレインの隣に来たヴォーグはため息をつきながら、敵の死体を眺める。
「これが、ガルマスの親玉か?」
以前ヴォーグが言っていたことを思い出して尋ねる。
もしそうなら、こいつよりも強いガルマスは存在しない。
だがトレインの質問にヴォーグは首を横に振った。
「これはただデカいだけだ。だけど、あいつは違う。思い出すだけでも寒気がするぜ。まあ、今はそんなことよりもこれからどうするか決めるか」
「最初にやる事は決まってるけどな」
「お嬢ちゃんを連れ戻すなら協力するよ」
「ネーナさんもそこにいるからな」
トレインは負けじと言い返してみせた。
ヴォーグは、さてなんのことやら、と明後日の方へと目を向けた。
移動要塞エレファント 桜松カエデ @aktukiyozora
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