チャプター12

 開戦して最初の死人は上官だったことを記憶している。

 投げた剣は蒸気を利用して勢いとスピードを増し、やがて指揮をしている上官の胴体を二つにしたのだ。

 そして開戦から一時間が経過した。

 地上人の死者は四十人ほど。比べてエレファント人の戦死者は百を超えていた。

 内功を練っている敵には生半可な技が通じるはずもない。そして弾かれたことに驚いた戦闘員の隙をつくのだ。

 しかし、虚を突いた戦法は長続きしない。一発でダメなら、二発、三発と攻撃を加えられ、地上人の死者も増えていく。

 巻き上がる砂埃と、入り乱れる生と死がこの場を埋め尽くしていた。

 もはやそこには理性など存在することが無く、ただ夢中で、己が信じる敵に刃を向ける。

「てめえだけは許さねえ!」

「久しぶりだな」

 こんな戦場であっても、やはり見知ったものの顔は忘れられない。

 エレファントでトレインにちょっかいを出してきていた青年が刃の切っ先を向けてくる。

「お前たちが逃げなかったら、こんな、こんな事にはならなかった! エレファント人が真の人間だと理解しない奴らがいるから、戦争になるんだ!」

 もはや相手を理解することも忘れている青年に、トレインは憐れみの眼差しを向ける。

 名も知らぬ青年は顔も服も土まみれで、返り血がこびりついている。

ぎょろりと血走った目をトレインへと向け。

「うわああ!」

 青年は剣を振りかぶってきた。

 ローダーを使って勢いをつけた敵だが、トレインは受け止める。

「すまない」

 彼を取り巻いていた仲間の姿は見えない。おそらく、生き残っているのは彼一人なのだ。

 トレインもローダーの勢いを全開にして拮抗状態に保つ。

 鍔迫り合いになった二人は互いを押しだして一度離れる。

 それから並行に滑りながら斬撃を交えた。

 トレインは相手の剣を払い、受け止め、ローダーに緩急をつける。

「はあああ!」

 敵が右から振った剣を飛んで回避し、すぐさま大剣を叩きつけた。

 だが敵はその場で回転して一撃をやり過ごし、地面を斬ったトレインの剣を踏みつける。

「終わりだ!」

 もはや、笑みを浮かべているのか恐怖しているのか分からない青年を見据えてトレインは握っていた剣を離す。

 突きだされた敵の剣を回避すると、右足のローダーを最大限にまで噴射させて。

「終わりだ」

 右足で敵の頭部を蹴った。

 ローダーによって加速された蹴りは見事に命中し、頭がい骨を砕く。

メキッと嫌な音が鳴って青年は数メートル吹き飛んだ。

トレインはただ彼の死体を一瞥すると、今までの思い出を記憶から抹消する。

「もうそろそろ、潮時だからな!」

 ヴォーグが横にくるとそう告げてきた。

 既に戦闘員は地上人との戦いに慣れてきている。

 スピードも力も一対一なら勝っていたかもしれない。だけど数が違いすぎるのである。

 剣と銃を駆使してくる戦闘員だが、疲れればエレファントまで戻って休息をとり、武器の整備をして再び出てくる。

 逆にこちらは内功で体を強靭なものにしていても、休息は一度もない。

 徐々に戦況が悪くなりつつあるのは素人目に見ても明らかだ。

「一度態勢を立て直して……」

 トレインが背中を預けるヴォーグに言おうとしたが。

「なんだありゃ」

 途中からヴォーグの声がかぶさる。

 顔を上に向けると、エレファントの頭がある。そこは展望室であり、索敵室なのだ。

 だが注目すべきはその上に人が立っている事だった。

「正気じゃないなありゃ」

 ヴォーグが感心したように言うが、トレインはすぐに何者なのか把握した。

 そして、戦う地上人全てに向けて大声を上げる。

「撤退だ! 今すぐに逃げろ!」

 仲間たちはトレインの声にすばやく反応し、後退しながら戦う。

 だが。

 エレファントの剣にして盾であるガーディアンが逃してくれるはずも無かった。

 ガーディアンはふわりと飛び上がると、そのまま落下してきた。

 二人の数メートル前に着地し、クレーターを作ると、機械で被われた全身を見せつけてくる。

「おい、ヴォーグ逃げるぞ。全速力だ」

 トレインが彼を見たのはたった一回、ガルマスと戦っている時だ。その一回は今も目に焼き付いており忘れることは出来ない。

 落下してきたガーディアンは全身から蒸気を吹き出し、ゆっくりと近づいてくる。

「ヴォーグ早くしろ、逃げるんだ」

 しかしガーディアンと対面したヴォーグは、トレインの手を振り払った。

「あんな奴がいたら俺たちは一瞬で皆殺しだ。ここで倒して置く必要があるんだがね」

そう言って、一歩を足を退いたヴォーグは全身に内功を巡らせていた。

赤い揺らめきがトレインの目にもはっきりと見える。

周囲を見るとまだ多くの仲間が残っている。どうやら逃げあぐねているようだ。

さらにガーディアンが登場したことで戦闘員の士気が一段と増す。

地上人の撤退まではあと数十分はかかりそうだ。

「そうだな、倒しておく必要がある」

 トレインは知っている限りの剣の絡繰りを操作する。

 刃が二倍になり、噴射口が現れた。

 次に柄を折りたたむようにすると刃が青白く光り出し電気を纏う。

「そんな技があったんだな」

「俺が知っているのはここまでだけどな。いいか、仲間が撤退するまでの時間稼ぎだ」

「分かってるさね。それまでは死なないようにするさ」

 ヴォーグは肩をすくめると、すぐに目を細めた。

「先に行く!」

 ヴォーグは内功を纏って走り出した。

 同時にトレインは剣から蒸気を噴出させて思い切り投げつけ、自信も前へと進む。

「うおおおおおおおお!」

 ヴォーグは渾身の一撃を相手の顔に向けたが、なんとガーディアンは片手で受け止めたのである。

 ちっと舌打ちをするヴォーグはそのまま上に飛び上がって、後方に着地する。

 すると、トレインの投げた剣が敵の腹部にヒットした。

 高圧電流と回転が混ざった攻撃だ。

 くの字に曲がったガーディアンの体がスローに見える。

「どうだ!」

 僅かな希望を抱いた声を上げたが、なんと敵はその場に踏みとどまって剣を受け止めたのである。

 トレインは目を見開くと体を後ろへと倒してブレーキを掛ける。

 剣はまだ蒸気を噴射しており、敵へと向かっている。それに電気が通っている刃も健在。だがそんなものを歯牙にもかけない無い敵は、がっしりと柄を掴んだ。

「やっべ」

 全速力で突撃していたトレインは逆噴射でブレーキをかけるが、間に合いそうにない。

「てめえ、こっちを忘れたら困るからな」

 後ろからヴォーグが殴りかかるが、それさえもあっさりとかわされた。

 しかし、ヴォーグの狙いは攻撃では無かったようだ。

 敵の背後から拳を繰り出したヴォーグはそのまま、トレインの方へと向かってきた。

 それからスピードがゼロにならないトレインの襟をつかんで無理やり急停止させる。

「助かった」

「礼はまだ早いぞ」

 トレインとヴォーグは敵を見据える。

 ガーディアンはトレインの剣を握って肩に担ぐと、二人の方を見た。

「あいつら逃げたかな?」

 トレインが尋ねると、ヴォーグは口の端を釣り上げる。

「お嬢ちゃんの事かい? そうとう遠くに離れたはずだがね。ま、男どもは命令無視して戦っているけどな」

 撤退命令を出したにも関わらず、地上人たちは逞しく戦っていた。しかしあの時素直に引いておくべきだった。

 エレファントの戦闘員は殺戮から捕縛へと作戦を切り替えたようで、次々と地上人を捕まえている。

 司令官の指揮が無くとも、初めから打ち合わせをしていたのだろう。

「お嬢ちゃんの心配なんて、やけに余裕があるな」

「ばっ……そんなんじゃねえよ。ただ、生きててくれたらこの戦いも無意味じゃ無かったなあって思っただけだ」

「なんだそりゃ。まあ、それじゃあ、後は帰るだけだがね」

 トレインはヴォーグの意気込みに頷くと、ローダーの出力を上げる。

 武器は身一つだが、諦めるわけにはいかない。

「いくぞ」

「ああ」

 二人はエレファント最強の戦闘員に再び牙をむいた。




 牢に入れられる感覚は二回目だとしても慣れない。しかも今回は依然と違って待遇が悪すぎる。

 配管の通る部屋はうるさいし、じめっとしていて居心地も最悪だ。

 天井につるされた豆電球だけが、頼りなく輝いて部屋を照らし出している。

「生きてるか?」

 トレインは隣の牢獄にいるヴォーグへと話しかけた。

「朝昼夜の飯つきだぞ、生きてるに決まってるだろ」

「そうだな」

 鼻で笑ったトレインは鉄格子にしがみ付いて外を眺める。

 コンクリートと牢屋で作られた部屋がいくつもあり、錆の臭いと湿気が充満している廊下は歩きたくもない。

「三日たったけど、エレファントはどの辺りに居るんだ?」

 ヴォーグが尋ねてくると、トレインは肩をすくめた。

「さあな。外が見えないから分からないな」

「ガルマス出現地域なら早く出て欲しいんだがね」

 呑気な声を上げるヴォーグは、大きなため息をついて続けた。

「この前ワーム型のガルマスの死骸を見つけたんだけど、それを親ガルマスが見つけて怒り狂ってるんだよな」

「ワーム型? もしかして、腹の部分が切れて無かったか?」

 トレインは数週間前に討伐したガルマスを思い出した。

 確か本を見つけたのもあの胃袋の中だったのだ。

「そうそう、何で知って……もしかして殺したのお前さん達かね?」

「ああ、そうだけど」

「勘弁してくれよ。そのせいで俺とネーナの索敵範囲が広がったんだからな」

 壁をこつこつと叩きながらヴォーグは言う。

「知るか。こっちは死にそうだったんだぞ」

「だろうな」

 ヴォーグと話していると、遠くから床を叩く音が聞こえてきた。

 ゆっくりとこちらへ近づいてくるのを察知すると、トレインとヴォーグは会話を中断した。

「あれ誰だ?」

「もしかしてディーンか?」

 鉄格子の隙間から顔だけ出したトレインが震える声で呟く。

 マキナの後ろに乗っていたはずのディーンがどこへ行っていたのか分からなかったが、やはりエレファントに残っていたのか。

 ディーンの顏が暗がりから出てくると、トレインは身を乗り出す。

「助けてくれ、お前もあの戦い見たんだろ?」

「そうだね。でも助けることは出来ないよ。だって……君たちと地上人の居場所を教えたのは僕だからね」

 目を細めて悲しげな表情を作ったディーンは、手に持っていた紙をトレインに突き出した。

「なっ!」

 絶句するトレインは受け取る事も出来ずに、紙はひらりと床に落ちる。

「今日の夜、ガーディアンから話しがあるよ。トレイン君と、そっちの地上人もね」

 ヴォーグを一瞥したディーンは眉根に皺を寄せて、床に落ちている紙をトレインの牢の中に入れた。

「しょうがなかったんだ。妹の治療費のかわりに君たちを見張らなくちゃいけなかったんだよ」

「な、なんで……どういうこと…………だよ」

「地上だと、医療設備が整っていなくてね。仕方ない事なんだ。詳しくは、また話すから。その紙に目を通して置いてくれよ」

 トレインは鉄格子を握っている手の力が抜けるのを感じなかった。

しかしいつの間にか床に膝をついており、声も出ない。

どうしてだ? 何が起こった?

疑問ばかりが渦巻いている。

すると、ヴォーグが声を荒げて。

「地上人か! 貴様、仲間を売って恥ずかしくないのか!」

「そんなものはないよ。僕が一番守りたかった人はもう守れたからね」

「ふざけるな、そのせいでネーナが危険な目に合うところだったんだぞ」

「ほらね、君も逆の立場ならそうしたさ。選択肢は一つしかなかったんだ」

 苦虫を噛んだ様な顔をヴォーグに、ディーンは憐れみの眼差しを向けた。

 数秒だけディーンはヴォーグと目を合わせると、そのまま去っていく。

「どうして、何故だ? 同じ隊のはずだろ。ガルマスだって倒したし、依頼もこなしてきたのに」

 目まぐるしく思い出される記憶に奔流されながらも、トレインは手に触れた紙を見た。

 そこに書かれていたのは、最悪な選択肢のだった。

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