チャプター10

「もういいのか?」

「ええ、みっともない所を見せてしまったわね」

 そんなことない、とトレインは首を横に振った。

 親父が去った時と同じだ。何故、どうしてと言葉だけが繰り返される。

 文字通り、胸は引き千切れそうで張り裂けそうだったのを覚えている。

 トレインは簡易テントの入り口からそっと外を除く。まだ雨は降り止まない、それどころか遠くで雷も鳴っている。ガルマスに出会わなかったのは幸運だ。

「それよりも、どうして……やっぱりあの本のせいで?」

「ええ。そうだと思うわ、でもお父様が……お父様が発表する根拠となったのはあの本が全てじゃないのよ」

 マキナはそう言いながら持ってきた荷物の中を漁った。

 それから一冊の本を取り出すと、トレインへと渡してくる。

 ページをめくると、トレインは目を細めて思わずそこに張ってあった写真を撫でた。

「オヤジ」

「そうよ。後ろの景色を見て欲しいの」

「これって、あの本に乗っていた場所じゃないか」

 マキナは頷くと。

「私たちが探している都市を貴方のお父さんも発見したんだわ。この本を持っていたから今までの説がお父様の中で揺らいでいたのよ」

 博士が死んでしまった今となっては全て憶測でしかない。しかしながらそう考えると辻褄が合う。

 トレインはじっと、父の後姿が写っている写真を眺めていたかった。

 しかしそんな時間は無い。

 どうしてもここに辿り着かなければいけないのだ。

「絶対見つけ出す」

 唯一の家族を見つけ出すのに理由は無い。

 そして、隣にいる仲間の思いにもこたえたい。まあ目的地は一緒なのだが。

 マキナはトレインの呟きに深く頷いた。

「私も決めたわ。どちらが本当の人間か真実を突き止めるの。そして、お父様が発表しようとしたことが正しいのか、そうでないのか。どちらかはっきりさせるわ」

 強く意を決したマキナがそう言った時。

 ジャリ。

 テントの外の方で土を踏む音が聞こえてきた。

 段々と近づいて来てついにはテントの周りを周回し始める。

 トレインは口に人差し指を当てて、剣を握った。

 こんな場所にいるのは地上人だけだ。エレファント人だとしたら遠くから射撃で撃たれている。

 ごくりと唾を飲みこみ、一気に外へ飛び出そうと、足に力を込める。

「あっれ、このバイクって確か少し前に会ったお嬢ちゃんのじゃないかね?」

「ええ、そうのようですね。いつも頭が回っていないヴォーグにしてはお見事だと言わざるを得ません」

「ひっどいなあ、俺もバイクは少し興味あるんだがね」

「しかし地上人は内功のせいで機械を扱えませんよ。その小さい脳みそに叩き込んでいたと思ってましたが」

 一連の会話を聞いてトレインはゆっくりと外に顔を出した。

 すると、バイクの傍に立っていたヴォーグとネーナが同時に視線を向けてくる。

 ハンドルを握っていたヴォーグはパッと手を放すと。

「やっぱり、あんた達だったか。バイクには何もしてないからな、少し触っただけだ」

 両手を上げて降参のポーズをとるヴォーグに、隣のネーナがあきれ顔をする。

「どうしてここに?」

 トレインが尋ねると、ヴォーグとネーナは顔を見合わせた。

「それはこっちの台詞なんだがね。地上人のテリトリーに何か用か? エレファント人さん」

 語気を強めてヴォーグが尋ねてくる。

 顔を覆い隠しているため表情は読み取れないが、それでもピリッと肌に感じる空気が変わったのは間違いない。

「すまない、あんた達の場所だとは知らなかったんだ。ただ……」

 言葉に詰まるトレインを見てヴォーグは気が抜けたのか、やれやれと首を振る。

「だから言ったでしょう、エレファント人が私たちを襲ってきたのではないと。被害妄想が激しすぎますよ」

「いや、ほんとネーナの言う通りだったな」

 ヴォーグは手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げる。

「それで、一体何があったんだ? 二人だけでこんな所に来るなんて普通じゃないと思うがね」

 ここはやはりすべてを説明するべきだろう。もはやエレファント人だけの問題じゃなくなっている。

 それにヴォーグたちの方が地上には詳しい、もしかしたら都市の場所が分かるかもしれない。

 トレインは二人を招き入れるとエレファントで起った出来事を説明した。

 それから二冊の本を渡すと、自分たちの目的を伝える。

「ここは俺たちには行けない場所なんだがねえ」

 本に挟んである写真に目を落としたヴォーグは、ゆっくりとページを閉じる

「どういう事だ?」

「いや、場所を知らないってわけじゃない。ただ……ガルマスの親玉がいるって話があるんだ」

「ガルマスに親玉……そんなものがいるのか! 初めて聞いたぞ」

 ヴォーグは肩をすくめると、ネーナが代わりに続けた。

「ガルマスの親玉はとある山に繋がれています。しかし強大で近づく事も出来ません。土地勘のある者が数人逃げてきてようやく分かったのです。エレファント人がこの地に行くのなら、おそらく生存率は限りなくゼロに近いと考えた方がいいでしょう」

「俺達地上人も討伐隊を編成したんだがね。見事に返り討ちだったよ、思い出すだけでもぞっとする。その写真を撮れたのはまさに幸運としかいいようがないな」

 ひょうひょうとしているヴォーグだが、右手はズボンの裾を強く握っている。

 話を聞く限りでは、ヴォーグもその場にいたのだろう。

「この話を聞いても行く覚悟はあるか?」

「山に繋がれているって……どういう事だ?」

「文字通りですよ。首輪と、デカい鎖で繋がれていたんです」

 そんな芸当ができるとしたらガーディアンだけだ。しかしそれでも、意味が分からない。ガルマスを繋ぎとめておく理由が何も思いつかないのだ。

 この二人に聞いてもその理由は分からないだろう。

 僅かに沈黙が流れたが、口火を切ったのはマキナだった。

 しっかりとヴォーグの目を見据えて、一言一句を確かめるように言う。

「私は行くわ。何としてでもその都市を見つけてみせる。そして帰って、エレファントの人たちに何が真実なのかを話すわ。それと……お父様を殺した奴を見つけ出してやるんだから」

 ヴォーグは暫く黙っていたが、やがて大声を上げて笑い出す。

 それから息が苦しくなってきたのか、今まで一度も外すことのなかったゴーグルとマスクを取った。

 銀髪の髪に、赤い瞳をした青年だ。

 鼻筋が通っており、綺麗な唇がゆっくりと動く。

「気に入ったよお嬢ちゃん。でもな、案内するだけでもこっちは命取りなんだ。俺たちに何かメリットはあるんかな?」

 口の端を釣り上げてヴォーグは嫌な笑みを浮かべる。

 しかしそこで言葉を発したのはネーナだった。

「私も行きたいです。そして討伐隊の、仲間の仇をとります」

「おいおい、ネーナそれは無いだろ。その言葉は俺が言おうとしてたんだぞ。ここら一体に住む地上人の長としては今回はめったにないチャンスなんだからな」

「それじゃあ」

「ああ、案内してやる。だがまずは仲間が必要だ。それに銃なら弾も必要だろ。持っている分だけだと半日と持たないからな」

 ヴォーグが人差し指を立てると、マキナが顔を輝かせる。

 まさか、ガルマスを共通の敵として認識する日が来るとは思わなかった。いや、元々人間を襲うガルマスはエレファント人と地上人の共通の敵なのだ。

「しかし、エレファント人二人では皆を説得できませんよ。せめて百人くらいは欲しいですね」

 そう言ったネーナは眉根に皺を寄せる。

 確かにそうだ。

 地上人と共闘するのだから、彼らの説得は必至。だけど申し出た地上人が二人では『エレファント人の危害を少なくするため』と捉えられてもおかしくはない。

 トレインとマキナは顔を見合わせると二人でため息をついた。

 どちらも逃げ出してきたばかりだ。戻れるはずがない。

「ここに居てもらちが明かないな。取りあえず村まで来い」

 ヴォーグは立ち上がるとそう提案してきた。

「心の狭いヴォーグにしては随分と寛大な提案ですね」

「そうか? 俺の心は広いぞ」

 毒舌を吐くネーナに対して軽く受け流すヴォーグ。

 この前会った時と比べて何も変わっていない。

 トレインはその関係を少し羨ましく思いながら、マキナを一瞥する。

「ほら、そうと決まればさっさとテントを畳むわよ」

 トレインの心境など気にも留めないマキナは、立ち上がるとテントの外に出る。

「はいはい」

 トレインも僅かな希望を胸にして身支度を始めることにした。




「こいつら、本当について来てるのかよ」

 いまだに目の前の光景が信じられないトレインは、思わず尋ねる。

「内功だとこのくらいは当たり前なんだがね」

 ヴォーグはバイクと並走しながら肩をすくめた。

 後方では凄まじい土煙が巻き起こり、サイドカーに乗っているトレインは思わずミラーで背後を確認する。

「マキナ、今何キロ出てるんだ?」

「……八十キロよ」

 タコメーターを眺めて一瞬間を置くマキナ。しかし彼女の反応も当然だ。

 バイクと一緒に走っている人間が居れば誰もが同じような顔をするだろう。

 雨は降り止んだが、おかげで地面はぬかるみバイクの速度は中々あがらないようだ。

 しばらくヴォーグの指示に従いながら走っていると、遠くの方に家々が見えてきた。

 だがそれは村と呼ぶにはあまりにも大きい。

「これが、地上人の町か」

「私、始めて見たわ。学校でもあまり教えてくれないもの」

 二人はそう言いながらも、視線は眼前にある村に釘つけになる。

 鉄やプラスチックではできていない。全てがレンガ作りの家で、屋根には板を使っている。

 村を囲う策は無く、どこからでも自由に出入り可能なようだ。

 トレイン達が近づくと、数人の男が村から出て来た。

 皆一様にフードを深く被り、口にはマスクや包帯をしている。さながらエレファントでいう、店の前に座り込んでいる不良少年に似ていた。

「止まれ! 貴様、バイクを操れると言うことはエレファント人か」

 マキナはエンジンを止めて、やってきた男の問いに頷く。

 すると横にいるヴォーグとネーナが進み出て、軽く手を挙げた。

「そうだけどね、今日は僕のお客さんという扱いになっているんだがね?」

 隣にいたヴォーグが歩み寄ると、男はすぐさま頭を垂れた。

「ヴォーグさん、そうでしたか申し訳ありません」

「別にいいから顔を上げなよ。まあ、『今日は』なんて言ったけど実際はどの位になるか分からないからね」

 男は身を引いてその横をトレインたちは通り過ぎる。

 しかし学校で習った通り、地上人はエレファント人を快く思っていないようだ。まあ、その逆もまたしかりなので、お互い様なのであるが。

 物珍しい音と姿のトレインたちを一目見ようと町の住人が押し寄せてくる。

 道の両脇に並び、ものすごい眼光を飛ばしてくるのが分かる。

「もしかして、俺らってお呼びじゃなかった?」

「当たり前でしょ。エレファント人と地上人は長年いがみ合っていたのよ」

 どちらが真の人間か、その論争は絶えず行われてきたが未だに決着はついていない。

 だがそんな一つの話題だけでここまで睨まれるのかと思うと、トレインは内心で恐怖していた。しかし、ふと、エレファントにいた時の事を思い出すとどこか納得できるものある。

「あまり気にしないで下さい。大地と暮らす私たちにとって真の人間である意味は大きいんですよ。まあ、でも本当は……いえ、後から話しましょう」

 ネーナは少し額に皺を作ると、それから何も言わなくなった。

 しばらく進むと、他の家よりも少しばかり立派な建物にたどり着く。庭も広く、片隅には丸太がいくつも置かれている。

 やはりレンガ作りで屋根は強度が無さそうな板で出来ていた。

「さあ、入ってくれ。少し手狭だけどね」

 マキナはバイクを止めて、トレインがサイドカーから降りる。

 言われるがまま中へ入った瞬間。

「動くな!」

 なんとナイフを持った数人の男がトレインとマキナを囲んだのである。

 唖然とするトレインとマキナだが、すぐにヴォーグへ問う。

「どういう事だ?」

 ヴォーグは振り返ると顔を覆っていた布を床へと落とした。

「どういうって。もちろん君たちが来た本当の理由を教えてもらうためだよ。あの写真は嘘なんだろう?」

「なんでそんなことをしなくちゃならない」

「エレファント人に俺たちの居場所を教える為にきたんだろ? ガルマスの親を倒すとかそそのかして、本当は捕えにきたんじゃないかね?」

 ヴォーグの言っている意味が理解できないトレインは必死に頭を回転させる。

 すると、横からマキナが口を開いた。

「でも、あなた達を捉えても何の意味もないわ。内功のせいで機械が使えないんじゃ、エレファントにいる意味はないのよ」

 その通りだ。エレファント内では日常的に機械を使う場面が多い。それにエレファント自体が機械なのだ。内功と相反するならば、彼らをの大量に乗せた時点で機能停止してしまう恐れがある。

 しかしマキナの言葉をヴォーグは一蹴して、とんでもないことを言った。

「ガルマスのエサにするためじゃないんかね?」

 すうっと目を細めてトレインを見据えるヴォーグ。その言葉に嘘は含まれていなさそうだが、理解できるわけが無かった。

 ガルマスのエサにしても意味はない。それどころか、あの気味悪い生き物のエサの事なんか考えた事も無いのだ。

 突拍子もない発言にトレインは数回瞬きをすると、マキナと顔を合わせた。

「どうかね? その通りだろう?」

「いや、あの、ヴォーグが何を言っているのか全く分からないんだが……そもそもエサにして何の得があるんだ? ガルマスは死んでくれた方がいいだろ」

 まっとうな意見を言ったつもりだが、ヴォーグは視線を床に落として何やら考え込んだ。

 腕を組んで人差し指をリズミカルに動かすこと数分。

「本当に何も知らないのかね?」

「さっきからそう言っている」

 トレインはそれだけしか言えなかった。

 ヴォーグはネーナとしきりに目を合わせてその場をグルグルと周り始める。

 しかし考えが纏まらないのか、二人を取り囲む男たちに。

「連れて行け」

 とだけ言う。

 男たちはマキナとトレインを半ば無理やり家の奥へと引っ張っていき、鉄格子の中へと放り込んだ。

「痛いわね、もう少し優しく扱いなさいよ。それと外のバイクに何かしたらただじゃ済まさないわよ」

 マキナが鉄棒を握って言うが、男たちは無言でその場を離れた。

「地下に連れて行かれるかと思ってたけど、普通の部屋に牢屋があるんだな」

「常に移動する地上人にとってはこれが一番簡単な方法なのよ」

 マキナは握りしめていた鉄棒を離してその場に座った。

 部屋の中は窓も何もなく、ただレンガの壁に数個のロウソクが設置されているだけだった。

 外からの声も聞こえず、しんと静まり返っている。

「なあ、やっぱりヴォーグたちも俺らを嫌っていると思うか?」

「この状況みて好きだって思えるのかしら?」

「いえ、全く思いません」

「ヴォーグもネーナもこの町のリーダーなんでしょ? だったら、こうすることが当たり前よ。エレファント人を野放しにしておくはずないわ」

 そう言われてしまえば反論は出来ないが、それではあの写真を見せても説得できなかったということだ。

 ここから抜け出すにはどうにかしてヴォーグ達を説得しなければならないが、可能性は限りなくゼロに近い。

 エレファントから逃げてきたのに、掴まってしまうとは思いもよらなかった。

「そうだよな。でも持ってきた資料とか全部没収されたんだろ」

「ええ、おそらくバッグの中身を漁っているでしょうね。おかげで説明も何も出来ないわ」

 二人が話していると、部屋の鍵が開いた。

 入ってきたネーナは盆にパンと水だけを乗せて、それを鉄格子の前に置く。

「ヴォーグはかなり悩んでいるようですが、私はまだあなた達を信用しきれていません」

「それはやっぱり、エレファント人だからか?」

 トレインの質問にネーナはすぐさま首を横に振った。

「それもありますし、仲間はガルマスのエサにされた人々のことがありますので」

「そのことなんだけど、どういう事か聞いていいか? ガルマスのエサについて今日初めて聞いたんだ。何がどうなっているのか訳が分からねえ」

 声を少し荒げてトレインは訴えるが、おそらくそれさえも信じられないのだろう。

 ネーナは浅いため息をつくと部屋を出て行ってしまった。

「くそっ! ガルマスのエサだって? どういう意味だよ。あいつらを生かしても意味ないだろ」

「でも、もし彼らの言うことが本当なら、敵を生かすことで何らかの利益を上げている奴がいるって事よ」

 マキナはネーナが持ってきたパンを千切りながら言う。

 トレインも盆の上にあった物を口に含むと視線を落とした。

 もう何も考えたくない。エレファントにも地上にも一場所はないのだ。誰が何と言おうと二つの人種は相いれない。

 膝を抱えて顔を埋めると、今日一日の疲労がどっと押し寄せてきた。

 トレインは睡魔に負けると、そのまま寝息を立てた。

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