チャプター9
「どこにいるのかしら?」
エンジンを掛けたまま、銃に弾を込めるマキナが呟く。
地中に潜られては手の出しようがない。だが、あの傷ではそう長くは動けないし遠くにも行けない。
こっちも長距離移動で疲れているのだ。こっちの体力が底をつくか、向こうは傷で死ぬか。どちらにしても時間との勝負である。
「このまま何もなければいいんだけどな」
トレインがそう言った瞬間、地面が揺れた。
「来るぞ!」
マキナがエンジンをかけ、トレインはローダーで浮き上がる。
じっと目を細めると、さっきの会話をトレインは思い出した。
「真下だ!」
地中からはこっちの様子を捉えることは出来ない。なのに居場所が分かるのはマキナが言った通りエンジン音に反応しているからだ。
そうなると立ち止まっていてはまずい。
三人がその場を離れた瞬間、地面からガルマスが口をあけて飛び出してきた。
「ああ! 荷物が……どうしてくれんのよ! 昨日買った備品返しなさいよ」
文句を言うマキナはバイクを器用に操りながら、出て来たガルマスへと発砲を続ける。
グルルルルルルルルル。
敵は苦しそうな悲鳴を上げたが、痛みを無視するかのように迫ってきた。
「マキナ、無茶はするな!」
トレインが剣の柄頭を押し込むと、刃の部分が二倍になる。
それから唾にあるスイッチを入れると両刃ではなく片刃になり、背に丸い穴が開いた。
「いっけえええ」
叫ぶと同時にトレインは剣を敵へと投げつける。
すると、空いた穴から蒸気が吹き出し回転と推進力を上げながら敵に迫った。
ブーメランのごとくガルマスに突き刺さったかと思うと、さらに蒸気が吹き出した。
トレインは回転しながら戻ってきた剣を掴むことはない。
目を僅かに見開いて。
柄の部分に手を添えた。
それだけで大剣は軌道を変え、再び移動するガルマスへと向かうのだ。
ガリガリと固い皮膚を削る音が聞こえたかと思うと、ガルマスは大きく身を上へと持ち上げた。
もう進む気力もないのだろう。
至る所から緑色の血が流れだし、呼吸も荒くなっている。
トレインは今が勝機とみると、回転する剣を受け止めた。
そして。
ローダーで真正面から突っ込んで行く。
以前、父から教わった技の一つだ。
たとえ外が固くても中は柔らかい。そこを斬っていけばガルマスは必然と死に向かう。
ガルマスは開けた口を降ろして地面すれすれまで持ってくる。
ローダーの音に反応して、獲物が来ていることを感じ取っているのだろう。
「トレイン! 何してるのよ、今すぐ避けなさい!」
後ろから聞こえてくるマキナの声を無視して、トレインは体を完全に前に倒した。
剣の推進力も使って猛スピードでガルマスの口の中へと突入する。
口の中の牙を通り抜けると、後はなんてことない。
キッチンで肉を斬っている感覚が手に伝わり、目を開けた瞬間には外に出ていた。
「これでどうだ!」
トレインが振り返ると、ガルマスは数秒だけ悶えて、やがて動きを完全に止めた。
遠くからバイクの音が聞こえてきて、マキナ達が青ざめた表情で向かってくる。
「何やってんのよ、自分から口の中に行くなんて正気の沙汰じゃないわ。それに……くっさいわね」
心配しているのかどうか分からないコメントを貰ったトレインは、苦笑いを浮かべるしかなかった。
しかしこれでいい。仲間を守れたのだ。
「さすがの僕もあそこまでの勇気はないかな。それにしてもすごい剣だね、いくつ機能が付いてるんだい?」
「さあ? 親父が使っているのも数回しか見てないからな」
トレインは剣をしまうと、改めて自分の服に目をやった。
緑色の液体がこびり付き、生ごみのような異臭が漂ってくる。
マキナもディーンも鼻を押さえてこっちを見ていた。
「あんたにその格好だからこそのお願いがあるわ」
額に皺を寄せるマキナだが努めて笑顔を作ると。
「ガルマスの中にもう一度入って、荷物を取って来てちょうだい」
「ちょっとまて、確かに死んでるとは言ってもだな……」
「シャワー用の水も、洗剤も全部入ってるのよ」
そう言われるといかざるを得なくなる。
トレインは死んでいるガルマスを一瞥すると、首を垂れた。
「それは何?」
火を焚いていると、マキナが興味を示したように隣に座ってきた。
ガルマスの体内から荷物を取り出す際に見つけたものだ。厳重に保管されており、まだ消化されていなかったのが幸いだった。
「本だな。まあ臭いはついてないから安心しろ」
「そう。で、どんなことが書いてあるのかしら? 私、他のエレファントにある書物なんてお父様のところ以外では始めて見るわ」
それはそうだろう、エレファントが壊れてしまった時に持ち出すものと言えば食料や衣類だ。本を大事に持っていく人は少ない。
飯も食い終わっており、気分転換には丁度いい。
トレインは興奮を抑えてページを開き、書かれている文字に目を落として絶句した。
頭を抱えているマキナの部屋には神妙な顔をしたトレインとディーンの姿があった。
博士は恐らく隣の部屋で発狂しているに違いない。さっきから声が聞こえてくる。
「あんなの嘘よ。ただの本じゃない、妄想野郎が書いたに決まってるわ」
苦しそうに声を上げるマキナに対して、ディーンが僅かに声音を高くした。
「でもあれは、僕も知ってるほど有名な研究者の本だったよ」
「嬉しそうだな、ディーン」
「そりゃそうだよ! だって地上人とエレファント人の祖先が同じだって見解が出て来たんだよ」
嬉しそうに声を上げるディーンに、トレインも嬉しくなる。
やはり父が言っていた事は間違いではなかったのだ。
地上人とエレファント人は同じ祖先。この結果を皆が知ればきっと分かち合えるはずだ。
「あり得ないわ、そう、きっと何かの間違いよ」
いまだに信じられないと言った声を出すマキナは、ベッドに倒れ込みそうだ。
そこへ追い打ちをかけるようにトレインが言う。
「やっぱり、俺が言ったことは正しかったろ?」
「まだ一冊しか見つかってないのよ」
「でもあの本によればちゃんとした調査も行っていたそうだぞ。調査場所の印も、写真もあったじゃないか」
トレインは興奮を抑えきれずに身を乗り出す。
それから、机の上に広げた地図を見下ろして指さした。
本に書かれていた場所は、トレインたちが目指している場所に近い。
夜間に撮影されていた写真には星も写っており、そこからマキナが場所を推測したのである。
少しぼけていたが都市らしきものが写っており、著者はそこが神話の都市であると書いていた。
もし本当ならば父はそこにいるかもしれない。行方不明になった場所からは離れていないし、匿われている可能性だってある。
トレインは隠すことが出来ない笑みを浮かべて地図を眺める。
「よし、明日にでも上官に相談して遠出の許可を……」
「ああ、そう言うと思ったわ。でもあんた、この場所まで何日かかると思ってるのよ」
「三日くらいか?」
「一週間よ! それも休みなしで全速力で進み続けてね。途中にはガルマス出現地域もあるし、たどり着くのは不可能よ」
マキナはあきれ果てた様に言うと、ディーンも難しい顔をした。
「そうだね。僕も反対だよ。かなり危険な地域だ」
顎に手を立てて考えこむディーンに、それでもトレインは引き下がらない。
「大丈夫だって、問題は……」
「ありすぎよ」
「そうだね。落ち着いた方がいい」
二人からそう言われてトレインは口をつぐんだ。
マキナは大きく息を吐くと。
「私、少しお父様と話してくるわ。少し慎重にならないと」
マキナがそう言って立ち上がった瞬間、博士が部屋に入ってきた。
「これは見逃せん発見じゃ。わしは今から発表の準備をするから、少し空けるぞ」
「でもお父様、もう少し慎重にした方が……まだ、証拠は写真だけよ」
「ああ、そうじゃな。じゃからこれをもとにしてエレファントで向かってもらうように頼むんじゃよ」
顔を輝かせて博士はそう告げると、マキナの声に耳を傾けずに急いで身支度して家を出て行った。
「大丈夫だって、もしエレファントが向かってくれたらマキナさんの計画も実行に移せるだろ」
トレインは調子よく言うが、彼女は首を縦に振らなかった。
「少し嫌な予感がするわ」
「気にしすぎだって、エレファントにあった常識が少し変わるだけさ」
「でも……もし、その常識が意図して作られて広められたら?」
声を低くしてマキナは言う。
「おいおい、お前らしくないぞ。あの地図を見ながら悩んでいたじゃないか、どうすれば目的の場所まで行けるかさ。今がチャンスなんだよ」
トレインは両腕を広げて言うが、神妙な面持ちの二人を見て腕を降ろした。
頭の後ろをかきむしると。
「分かった、分かったよ。俺はもう帰る、明日の発表が楽しみだな」
マキナの部屋を出る。
「あんなに行きたがってたのにな……」
ディーンは彼女の事が心配なのだろうと予想できるが、マキナに至っては何を考えているのか分からない。
ずっと前から行きたがっていた場所に近づくチャンスなのだ。神話の都市を見つけ出す絶好の機会であり、彼女の証明をするには必要不可欠な場所である。
トレインは空を見上げると、どんよりとした雲が広がっていた。
雨が振らないうちに帰った方がよさそうだ。
幸いにも雨が振ってきたのは窓ガラスが届き、業者の者が去って行ったあとだった。
バケツをひっくり返した様な雨は今にもエレファントを押しつぶそうとしているのかもしれない。
エレファントの外縁部についているライトが周りを照らし、行く先を捉えている。
街中と言えばすっかりと闇夜に飲まれ息をひそめていた。
月明かりも差し込まない大地はまるで死後の世界を彷彿とさせる。
若干の不気味さを感じながら窓の外を眺めていると、市街地の方で爆音が轟いた。
「なんだ!」
慌てて外に出ると、聞き覚えのあるエンジン音が周囲に響いていた。
そして、もう一度別の場所で爆発が起こる。
住民たちが慌てて外に駆け出してくるのが見える。誰もかれもがラフな格好で予期せぬ事態を目の当たりにしていた。
「一体何が起こっているんだ」
呆然としたトレインだが、すぐに頭を振って余計な思考を振り払う。
素早く戦闘員の服に着替えると、ローダーの燃料をチェックした。
立て掛けている剣を背負って、いつもの装備で外に出る。
瞬く間にびしょ濡れとなったトレインはゴーグルをはめて視界を確保した。
「おいおい、まじかよ。お前、今度は掃除だけじゃすまないぞ」
ネジを調整して失踪するバイクにピントを合わせると悪態をつく。
「マキナどうしたんんだよ」
スイッチを入れるとすぐさま滑り出して彼女の元へと向かう。
後ろに乗っていたのはおそらくディーンだろう。何があったのかは知らないが、あいつまで引きずり出される状況はもはや異常としか言いようがない。
トレインは人々の間を縫って、商店街の屋根まで飛び上がる。
目視でマキナのバイクを確認すると、すぐさま体を前に傾けた。
約数分にも及ぶ激走をしてようやくマキナの隣に並んだ。
エレファントにいる戦闘員は追ってとなって後方からつめ寄って来ている。この前のように掴まれば追放も覚悟しなければならない。
「俺だ、銃を降ろせ」
トレインは向けられた銃口に叫ぶ。
「遅かったじゃない」
「それよりもこれはどういう事なんだ?」
エレファントの床である鉄板に雨が打ち付け、自然と声が大きくなる。
よく見るとマキナの唇からは血が流れ、目も赤くはらしているようだ。
「お、お父様が……お父様が……殺されたわ」
僅かに俯いたマキナの目には悲しみと怒りの二つが宿っていた。
トレインは理解するまでに数秒要したが、何とか言葉を発した。
「そんな……でも、二時間くらい前まで元気だったじゃないか!」
「でも……帰って来たとき……うっぐ、ひっぐ」
嗚咽を漏らすマキナを見て、トレインは瞳を伏せた。これが追悼の意味なのか、それかマキナの悲しみを受けてなのかは区別がつかない。多分、その両方なのだろう。
「もういい、思い出すな」
「あんな姿で家に帰ってきて、忘れるなって方が無理よ! 誰に撃たれたのかは知らないけど、ここから逃げるように言われたわ」
「それじゃあ博士は?」
「玄関に入ってきたときに少し言葉を交わして、それきりよ……」
アクセルをさらにあけてマキナはスピードを上げる。
ここまでして向かう先が分からないトレインでは無い。
「次は私たちが狙われるわ」
「あの本が原因か……」
心当たりがあるとすればそれだけだが、エレファント人の思想に真っ向から対面する書物だ。しかもちゃんとした写真までついている。
トレインは意見を聞こうと後ろに乗っているディーンを一瞥する。彼は眉根を寄せてマキナの背中を見つめていた。しかし何も口にすることなく、ただナックルをそっとなでる。
バイクはそのまま発射管の入り口までたどり着くと、急停車した。
マキナは銃と、持ってきたバッグをトレインに渡して収納庫への狭い通路を掛ける。
「早くしなさい、置いて行くわよ」
そう言われてもまだ頭の整理が出来ていないトレインはもたついてしまう。
マキナは自分のバイクに荷物をくくりつけ、トレインからも荷物を受け取る。
「地上へ逃げる気だ! 追え、絶対に逃がすな!」
後ろから来ていた戦闘員が叫び、ガチャガチャと何人もの足音が聞こえてくる。予想以上に彼らは迫って来ていた。
トレインは発射管のスイッチを押して、外への出口を作る。
すると、銃弾が顔の横を掠めた。
「貴様ら、どういうつもりだ!」
上官の声が響き、さらに声が被せられる。
「あいつらは地上人とつながっています。こうなる前に処分しておくべきだった」
使命感に囚われた様な発言をしたのはいつも絡んでくる青年だった。
マキナがすぐに応戦し、すぐに収納庫は金属音でいっぱいになる。
思わず耳を塞ぎたくなるが、そのおかげでなんとか彼らの進行を食い止めていた。
その間に発射管は自動で地上へと伸び、完全に道となった。
「トレイン行くわよ」
「ちょっと待て、ディーンはどこにいる?」
慌てて周囲を見渡すとディーンの姿が無かった。
発射管入り口までは一緒だったはずだ。
「分からないわ、それよりも早く! このままじゃ私たちまで殺されるわ」
叫ぶマキナの声に従って、トレインはサイドカーに乗り込んだ。
もう一度室内に目を走らせるが、ディーンの姿はない。
「行くわよ!」
アクセルをふかしてマキナは一気に加速する。
急角度の発射管を猛スピードで駆け抜けて、地上へとたどり着く。
エレファントの外縁部に設置されたライトがトレインたちを照らしたが、それもすぐに距離が届かなくなった。
やがて豪雨がエレファントの姿をかき消し、トレインの耳には雨の音とエンジン音、それに横で泣いているマキナの泣き声が聞こえてくる。
「うう、ひっぐ……う、ふええ」
必死にこらえるマキナの肩にトレインはゆっくりと手を置いた。
瞬間、マキナはハンドルを放して泣き叫びながら飛びついてくる。
「お、おい! うおおっ!」
操縦者を失ったハンドルは右へとスリップして横転すると、そのまま二人を投げ飛ばした。
トレインはしがみ付いているマキナを抱きしめて背中から地面に降りる。
小さな温もりと少し漂う甘い香り、どうしようもない世界に取り残されたみたいで思わず腕に力を込める。
マキナはトレインの胸に顔を埋めたまま、急に声を上げた。
「うわああああああん! お父様、お父様、お父様!」
父が殺されてからここに来るまで、必死に我慢していたに違いない。いくら気が強いと言っても一人の女の子に変わらないのである。こうして泣き叫びたかったに違いない。
声を張り上げて何度も博士の名前を呼ぶマキナに、トレインは何も出来なかった。
ただ、背中に手を回すことで悲しみが少しでも和らげばいいと、そう思うだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます