チャプター8

「貴様らの隊に偵察を命令する!」

 依頼発注所の別室に上官の声が響いた。

 ベルトできつく締めた制服が今にもはちきれんばかりに膨らんでいると言うのに、上官は無駄に胸を張っている。あれではボタンがいくつあっても足りないだろう。

 偵察部隊、つまりガルマの出現が多い地域に突入したと言うことだ。

「今より三十分後にエレファントから出よ! 偵察は一泊かけての遠出とする。以上、何か質問はあるか?」

 そんなものあるはずない。初めて行った任務と同じだ。ただ、今回はより遠くまで行くと言うだけのこと。

 そうなると、予備の銃弾に燃料、食料にテントも必要だ。

 トレインがそんなことを考えていると、上官はさっさと切り上げて去って行った。

「なんで私たちなのかしら?」

 頬を膨らませるマキナにディーンが答える。

「戦闘員、いやエレファントの住民のガス抜きなんじゃないかな?」

 顎に手を当てて眉んを寄せるディーン。

「どういう事よ」

「ほら、二人ともある意味で有名になったでしょ。たぶん、みんな少しだけ不安がっていると思うんだ」

 ディーンにしてみれば言いにくい話題だ。

 しかし、おそらく的を得ている。

「地上人と仲良くすべきだと思っているトレイン君一人ならよかったんだよ。隊には博士の娘であるマキナさんがいるしね。そこまで大きな問題じゃなかった」

 しかし問題を起こしたのはそのマキナだ。

 エレファント人説の第一人者である博士の娘までがトレインに感化されていると思われても仕方ない。

 おそらくマキナもそこまでで同じ考えにたどり着いたのか、がっくりと肩を落とす。

 その様子を見たディーンが慌てて、言い訳を探していると。

「まあでも、問題ないわ。私が都市を探し出せば全て解決するんだからね。お父様の研究も、そしてエレファント人説も確かなものになるわ」

「え、ああ。そうだね」

 顔を上げたマキナにディーンは思わず頷く。

 トレインもほっと一息つくと、気を取り直して二人に言った。

「ほら、もういいからさっさと準備するぞ。初の遠征任務だ、気を引き締めないとな」

 マキナには博士の研究を証明する意思がある。ディーンには病院で待っている彼女がいる。

 どちらも大切な仲間で、その仲間にも大切な人がいる。

 トレインはぐっと拳を握ると、何をすべきか自分に言い聞かせた。



 いつもの装備に加えてさらに必要なものが多々ある。リュック一つで収まらないが、マキナのバイクがいい役割を果たしてくれていた。

後部座席にはテントや食料品がロープで縛られており、サイドカーも取り付けている。

「なんかいつもよりハンドルが重いわね」

 そう言いながらもしっかりとハンドルを握って運転する彼女はどこか楽しそうだ。

「僕も今日はすごく楽だよ」

 サイドカーに乗っているディーンがのんびりとした口調で言う。

「そういえば、ディーンの移動手段ってなんなんだ? もしかして持ってない?」

 学校で習う分には貸し出しがあるのだが、卒業して隊に入ると、自分で購入しなければならない。

 彼女の入院費とか考えると、難しいかもしれない。

「ああ、僕って途中から来たって言ったでしょ。だから移動の訓練受けてないんだよ」

「え、それまじか? じゃあ戦闘訓練だけ?」

「うん、取りあえずガルマスと戦うための最低限度の訓練だけ受けたんだ」

 信じがたい話だが、ディーンが嘘をついているようにも見えない。

 武器のナックルだって技術をあまり必要としない武器だ。

 トレインは腕を組むと眉根に皺を寄せた。

「それじゃあ、帰ってから何か練習しなきゃな」

 そう提案するとディーンは笑顔で頷いた。

「あんたが訓練しても特にたいしたことないわね。剣なんて馬鹿が使う物よ」

 しれっと間に入ってきたマキナが言う。

「銃だって弾が切れたら終わりだろ」

 トレインも対抗すると互いににらみ合う。

 バイクに乗っているマキナと、ローダーで滑っているトレインとの距離が徐々に近づき。

「教えるなら剣だ」

「いいえ、銃よ」

「まあまあ、二人とも落ち着いてよ。僕は格闘が好きなんだよ」

 ディーンの言葉にトレインとマキナは落ち着くと、互いに顔をそむけた。

 一同はそのまましばらく進むといったん立ち止まる。

 トレインがゴーグルを装着して周りを見た。

「特に問題ないな。この前みたいに地面から出てこなければだけど」

「最後の一言は余計よ。あ、もう少し進んだら野営予定地だわ。意外と早かったわね」

 マキナはぼやきながら地図を取り出して現在地を調べる。

 トレインは上に輝く太陽を眺め、荒れ果てた荒野に再び目を向けた。

 その時。

「おい、今何か光らなかったか?」

 ゴーグルの遠近調節で確かめると、一本の鉄塔が地面に突き刺さっているのが見える。

 マキナとディーンもそれに気が付いたのか声を上げた。

「あれは……エレファントの残骸かしら?」

「砂に埋もれてるって事はかなり前のだな。少し見てくる」

 トレインはローダ―のスイッチを入れて飛び出した。

 この荒野ではままある事で特に気にする必要はないのだが、エレファントの障害になる様であれば報告する義務がある。

「待ちなさいよ! 何のための隊なのよ」

 後ろから来たマキナの声が聞こえる。

 トレインはスピードを落とすと彼女が来るのを待った。

「トレイン君は早とちりしすぎだよ」

「本当に困るんだから」

 バイクで飛び出そうとしていたマキナに言われたくないが、そんなことは口が裂けても言えない。

 三人は警戒しつつ鉄塔の元まで行く。

「思ったよりも大きいな」

「私たちのエレファントでは見たことないわね」

「僕が前にいたエレファントでも見なかったな」

 トレイン、マキナ、ディーンが呟く。

 三人は周囲をぐるりと見て周るとトレインが地面を触った。

「ここ焚火の後があるぞ。少し前だな」

「てことは地上人ね」

 忌々しい声音でマキナは言うとトレインの横で膝を曲げる。

「もっと早く来ておけば……いえ、何でもないわ」

 トレインの視線を感じたのか、マキナは途中で言葉を切った。

「でもどっちの方向に行ったんだろうね? このままじゃエレファントと遭遇するかもしれないよ」

 呟いたディーンは心配そうに周りを見渡した。

 マキナは立ち上がると、きょとんとした声でディーンに訪ねた。

「遭遇したら何かあるの?」

「え、い、いや、例えばエレファントに踏みつぶされたりしたら困るでしょ」

「いいアイデアね」

 何故か肯定的に受け取ったマキナに、ディーンは肩を落とす。

 トレインは立ち上がると再びローダーのスイッチを入れる。

「何も無さそうだし、出発しよう。野営地はもう目の前だし」

 この炎天下の中に長時間いることは望ましくない。バイクに積んだテントを組み立てて日陰に入ったほうが良さそうだ。

「そうね。ディーン、バイクの燃料入れてくれる?」

「分かったよ」

 マキナがそう言った時を見計らって、トレインは彼女に近づいた。

 声を潜めてずっと気になっていたことを尋ねる。

「なあ、ここって今どの辺りだと思う?」

「さっき地図見せたじゃない」

「あれじゃなくて、マキナさんの家にあった地図だよ。あれだと、どの辺にいるのかってこと」

 同じ場所を周回しているエレファントからかなりの距離を取った。自分たちが目的地としている場所までどの位離れ、一日位にどれだけ進めるのか気になったのだ。

 そう言われてマキナは腕を組んだ。

 しばらくの間、うーん、と唸り、支給された地図を取り出して目を落とす。

「たぶん、現在地だと地図の半分よりも少し上の方ね。まだあの土地には遠いみたい」

「そうか……」

「あんたのお父様は英雄なんだから、少しは希望を持ちなさい」

 そう言われてトレインは力強く頷いた。

 あの日、父はガルマスを軽くあしらっていた。この目に焼き付くくらいに優勢だった。

そんな彼が易々と倒れるはずがない。どこかのエレファントで生きているはずだ。

「マキナさん、燃料入れたよ」

 少し離れた所からディーンが声をかけてきた。

「分かったわ、早速出発しましょう。ほら、トレインも行くわよ」

「ああ、分かってるよ」

 ディーンが再びサイドカーに乗り込み、マキナがアクセルをあける。

 トレインもローダーのスイッチを入れて、辺りにエンジン音を響かせた。

 一同が出発しようとしたその時。

 なんとさっきまで突き出ていた鉄塔が地面の中に沈んで行く。

 何かに引かれるようにして消えていく鉄塔を目の当たりにしてトレインが叫ぶ。

「ここから離れろ! 全速力だ」

「言われなくても!」

 三人は素早くその場を離れると、目的地の方へと急ぐ。

 しかし。

グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル。

地の底から響いてきた音にトレインは思わず後ろを振り返った。

目を見開き、自分の不運を呪ってしまう。

「ガルマスだ! あいつ鉄塔の下にいやがった」

「でも地上人の焚火があったよね。てことは彼らには反応しなかったのかな?」

 後ろを見つめるディーンが冷静に言う。

 しかしそんなはずはない。ヴォーグやネーナもガルマスと戦っているのだ。

「ガルマスが反応したのは多分俺たちが地上人にない何かを持っていたからだろうな」

「そんなの決まってるじゃない。バイクもローダーも地上人は持ってないわ。てことはエンジン音で起こしたのよ」

「は、簡単な事だったな」

 トレインは軽口を叩いて見せるが、今回の敵は前回と全く違う。

 大きさも速度も比べ物にならない。

 ワーム型のガルマスは地面に身体を縫うようにして追ってくる。

 口は三層に分かれており、円形の口内には無数の牙がうごめいていた。体には無数の土かきがびっしり生えて、上下左右にうごめいてる。

「なんなのよあのキモさは! 無理無理、早くあんたの剣で切りなさいよ!」

 そう騒ぎ立てるマキナはミラーに映っているガルマスを手で被った。いつにも増して顔を引きつらせている。

 あの姿は女子受けしなさそうだ。

「二手に分かれよう。追われた方が囮な」

 トレインはそう告げると左に旋回した。

 同時にマキナ達は右へと進路を進め、yの字型に分かれる。

「さあ、どっちに来る?」

 冷や汗を流しながらトレインが見守っていると、敵は数秒だけ止って、マキナ達の方へと向かった。

「こんのキモい姿してんじゃないわよ」

 マキナは自分が追われていると知ると、運転をディーンに任せて引き金を引いていた。

 発砲音が周囲に響き渡り、薬きょうが飛び散る。

 撃たれたガルマスは奇声を発しながらも、その口を使って上から飲みこもうと試みているようだ。

「右から来るわよ!」

「大丈夫、ちゃんと見えてるよ」

 ディーンがハンドルを操り、なんとか敵の一撃をしのぐ。

 トレインは背中の体剣を抜くと、ガルマスと並行して進んだ。

 そして。

「うおおお」

 右に並走しているガルマスの体に深々と剣を突き立てる。

 体を後ろに倒して急ブレーキを掛けると、ガルマスは自ら剣に斬られる。

 手にあらん限りの力を込めて持って行かれないようにするトレイン。

 ローダーの噴射を最大限使ってその場にとどまるが、ガルマスが地中へ逃げて行くため、トレインは思わず剣を引き抜いた。

 止めを刺せなかったことに愚痴をこぼしたくなるが、その前に二人がやってきた。

「逃しちゃったけど、多分また来るかもね。ローダーの燃料は足りそう?」

「問題ないよ。」

「この世界で食糧確保よりも難しいことはないわ」

「それは名言だな」

 一同は神経をすり減らしながら野営予定地まで走り続けたが、敵は姿を見せなかった。

「ディーン、ここで荷物だけ降ろすわ。あとはずっとバイクに乗ってなさい」

「そうだね」

 テキパキとバイクの荷台に乗せていた荷物を野営予定地に降ろす。

 しかしここも何もない場所に変わりはない。

 小屋があるわけでも弾薬があるわけでもないのだ。いつ襲われてもおかしくない。

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