チャプター7

 ディーンが現れたのは依頼を正式に受けてからだった。本来ならば三人で話し合って決めるべきなのだが、先に決めてしまったのである。

「ありがとう、いいよ僕の事は気にしなくて。依頼を取ってくれたんだから文句は言えないよ」

 ディーンはトレインから依頼内容の書かれた紙を見ると、足早に発注所を出て行った。

 その様子を見ていたトレインとマキナは顔を見合わせる。

「これでよかったのか?」

「私に聞かないでよ。でもディーンがああ言うなら、別に問題ないんじゃないかしら?」

 そう結論付けたマキナは歩き出した。

 トレインも、仕方ないか、と呟く。

 仲間であれ一人一人事情があるのだ。あまり深く詮索するのはディーンに失礼だろう。

 そう自分に言い聞かせてトレインも依頼所を出て行った。


「あの犬私を噛んだのよ! 見た? 一発撃っておけばよかったわ」

「それじゃあ、飼い主に何て説明するんだよ」

「不慮の事故って言っておけばいいのよ」

 マキナは人差し指に巻いた包帯をトレインに見せつけながら愚痴をこぼした。

「ほらほら、病院についたからちゃんと検査してもらえよ。狂犬病予防してないって言ってただろ」

 犬を探していた依頼主の発言を思い出してトレインは言う。

「ほんとあり得ないわ。後で病院代も請求しましょう」

 そう言いながら目の前の清潔な建物に入って行くマキナ。

 人差し指が使えない彼女に変わってかわりに名前を書くと、ロビーの開いている席へと腰かける。

 行きかう患者を見ながらマキナは呟いた。

「そういえば、最近も戦闘員で死者が出たらしいわね」

「ああ、らしいな。珍しい事じゃないだろ、相手がガルマスなら死は覚悟しておかなくちゃな」

 トレインがそう言うとマキナは頷いた。

 簡単に答えてしまったが、次に災いが降りかかるのはトレインたちかもしれないのだ。

 大丈夫だ、守って見せる。

 そう心に誓って口を一文字に結ぶと、マキナが看護師に呼ばれた。

「じゃあ言って来るわ」

 彼女はひらひらと手を振って席を立つ。

 それから物の数分で検査が終わり解放されることになった。

「問題なしよ。この傷もあと数日で癒えるしね」

 病院を出て外の新鮮な空気を吸ったマキナが背伸びをしながら言う。

すると彼女は視線を前に固定したままトレインの服を引っ張ってきた。

「どうした?」

「あれ、ディーンじゃない?」

 マキナが指さす先には確かにディーンの姿があった。

 しかし一人では無い。誰かと一緒だ。

「あれが噂の彼女か」

「別に噂してないわよ。それよりも彼がすぐにいなくなる理由が分かったわね」

 どうやらディーンの彼女は足が悪いらしく松葉づえをついていた。

「少しからかっていくか」

 トレインは意気揚々と歩き出してディーンの元へと向かう。

「ちょっと、待ちなさいよ」

 後から追ってくるマキナも横に並ぶと、二人は病院の花壇を見ているディーンに声を掛けた。

「まさかディーンにこんな可愛い彼女がいたなんてな」

 振り返ったディーンは僅かに目を見開くと、トレインとマキナを交互に見た。

 それから照れたようにはにかむと。

「そっか、確かマキナさん犬に噛まれてたもんね。でもまさかここに来るなんて思わなかったよ」

 ディーンは今回の依頼で顔を出さなかった。まあ、簡単な内容だったためトレインとマキナは承諾したのだが、まさかこれが理由だったとは思いもしなかった。

 前置きを言うとディーンはわざとらしく咳払いをして続けた。

「僕の彼女でシャーレイだ」

 頬を赤く染めてディーンはシャーレイの背中に手を回す。

「こんにちは、私シャーレイって言います。トレインとは付き合って二年くらいです」

 ぺこりとお辞儀をした彼女は、ディーンと同じような銀髪を手でかき上げた。

 カップルは似た者同士というが、兄妹と間違えてもおかしくないほど顔形がそっくりだ。

 トレインは休日には一日中シャーレイの病室に滞在しており、連休の時は止っているそうだ。それに将来の夢がもう既に決まっており、『二人の家をもつことかなあ』と照れくさそうに言って来る。

 シャーレイとトレインののろけ話をさんざん聞かされると、途中でマキナの頬がみるみる赤くなっていく。

 どうやらこの手の話には少し弱いようで、見たことない表情にトレインは思わず凝視した。

 しばらく耐えていたマキナだが、とうとう我慢の限界が来たのだろう。

「もう行くわよ」

「え、行くってどこ……ごっふ」

 トレインがみなまで言う前にマキナが肘で脇を突いてくる。

「さあ、行くわよ。まったく、二人の時間を邪魔するんじゃないわよ」

「あ、おい。分かった、分かったから少し待て」

 トレインは横腹を抑えながらディーンに別れを告げ、マキナに連れて行かれた。

 


 しばらく歩くと、マキナはため息交じりに言ってきた。

「あまりからかうんじゃないわよ。隊の活動に支障が出たら困るでしょ」

「少しくらいはいいだろ」

 青春時代にこういう体験をしたかったのだが、そうはいかなかったため興味があるのだ。

 トレインは口を尖らせて抗議すると、マキナは首を左右に振った。

「気持ちは分かるけど私たちはガルマスと戦うことだってあるのよ。波風立てる原因は少しでもない方がいいわ」

「はあ、そんなこと言って、本当は気になるんだろ?」

「何言ってるのよ、わ、わた、私なんて五回もこく、こくこく告白されたんだから!」

 ふふんと鼻を鳴らすマキナは腕を組んで小さな胸を張った。

 トレインはちらっとマキナに目をやると、口の端を釣り上げた。

「あんまり信じられないなあ~。いつも銃持ってるし、あまり色気ないし、ペッタンだし。まあ部屋は綺麗だったけどさ。てか昨日と少し臭い違うな、シャンプーとか変えた?」

「な、なんでそれを知ってるのよ!」

 マキナは自分の髪をわしゃわしゃと触って、顔を赤くする。

 その慌てようがおかしくてトレインは思わず吹き出しそうになった。

「いつも近くにいるからな、その位は分かるぞ」

「そ、そ、そんなにベッタリ引っ付かないでよ! 別に、別に付き合ってるわけじゃないし」

 一歩離れたマキナを見てトレインは内心でがっくりと肩を落とした。

 ならば、さらに攻め続けてみるか。

「えー、じゃあ告白すればいいのか?」

「……んな!」

 驚きに目を見開いて口をあけたまま固まるマキナ。

 だが冗談に決まっている。彼女は確かにドストレートだが、根本的な所ですれ違っているのだ。

 数秒の間をおいてからからと笑うトレインは。

「冗談だって、本気にするなよ」

そう言ったが、ただならぬ雰囲気を感じて、ぎょっとした。

 マキナの髪が逆立っているのは目の錯覚だろう。

「こんの、馬鹿トレイン!」

 マキナが銃を取り出そうとしたところで、トレインは素早く彼女の手を抑えた。

 予想できたことだ、何てことはない対処。

 しかしその時、耳に入れたくない声が聞こえてきた。

「おいおい、あぶれ者どうしてデートかい? 依頼を受けなくていいのか?」

 慌ててその方校に目を向けると、いつも絡んでくる団体がいた。

「困るんだよな、思想が違う奴と何を仕出かすか分からないやつがイチャイチャしてるとさ。ほら、ここってエレファントの中だろ、変な思想を持ったままバイクでひき殺されるかもな」

 喉の奥で押し殺したような笑いをする青年は頬をつりあげて嘲笑してくる。

 トレインは抑えていたマキナの手を放すと、依然言われた言葉を思い出した。

「臆病者って誰の事だよ」

「マキナの前だからってかっこつけてんのか? それよりも家の前の落書きは消えたのかよ、それに窓ガラスはどうした?」

「あれやったのお前らか!」

「ご想像にお任せするさ。まあ、君たち問題児に何があっても誰も気にしないだろうけどね。それにスグル博士の評判はガタ落ちらしいぞ」

 マキナはそう言われると、視線を地面に落とした。

「お前ら、本人の前でよくそんなことが言えるな」

「事実を言ったまでさ。それにエレファントの住民は皆怯えている。地上人と手を組んでいないかってね」

 トレインは拳を握ると相手を殴りそうになったが、マキナが裾を引っ張ってきた。

「情報料はいらないよ。せめてこれ以上問題を起こしてくれなければそれでいいんだからさ。じゃ、俺たちはまたガルマス討伐の予定があるんでね」

 言いたいことだけを発した青年は、後ろの集団を引き連れて発注所へと歩いて行った。

 トレインはさっきまでの威勢の良さを失ったマキナに目を向けると、優しく言う。

「あんな奴が言った事なんか気にするなよ」

「でも……私のせいでお父様が何か言われるなんて」

「だったら、マキナが証明するしかないだろ。博士の研究が全面的に正しいってさ。そして神話の都市を発見したら有名人だぞ。博士を超えるかもな」

「そ、そんなこと分かってるわよ。そして絶対あんたの考えを変えてやるんだから」

 マキナはぐいっと目元を拭うと、自分に言い聞かせるように言った。

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