チャプター6

意気揚々と帰宅し、窓ガラスの発注を終えると扉がノックされた。

 帰ってきたばかりでゆっくりしたいが、ディーンの焦る声が聞こえてきたためにすぐに出る。

「どうしたんだこんな夜中に?」

 汗だくになっているディーンはさっきまで全速力で走っていたみたいだ。

 肩で息をする彼は、深呼吸をするとまっすぐトレインを見て言った。

「マキナさんが病院から逃げた」

「え、それってどういう……」

「しかも銃を使って病院のカギを壊したみたいなんだ。今、上官や戦闘員全員で探しているんだよ。もしかしたらここに居るのかと思ったけど」

「いや、来てない。ちょっと待ってろ」

 急いで服を着替えると、数分で外に出る。

 ディーンと一緒にマキナが行きそうな所を探しながらトレインは尋ねた。

「いつごろ分かったんだ?」

「ほんの三十分くらい前だよ。巡回していた看護師さんから連絡が入ったんだ」

 銃を扱う店やバイク部品の店などに足を運んでみるが、夜中の十二時ともなれば開いている店は無い。

 数人の戦闘員がトレインを見るなり訝しげな表情を出してきたが、それでも今はマキナを見つける為に情報を提供してくれた。

 どうやら家には帰っていないようだが。

「まさか逃げ出しただけで大騒ぎになるなんてな」

「博士の娘だしね。それに問題としては銃でカギを壊した事なんじゃないかな」

「それは間違いないな」

 トレインも同意せざるを得なかった。

 銃を持ち歩くこと自体は禁止されていない。しかし病院のカギを壊してまで逃げたとなると違ってくる。

 やはり、一刻も早く見つけて事情を聞かなければならない。

 三時間ほど街中を捜索したトレインとディーンだが、マキナの姿形は何所にも無かった。

 二人は汗を袖で拭いながらも、周囲に視線を走らせる。

「どこにもいねえな」

「うん、あらかた探したはずなのにね」

 他にも学校周りなんか探している人たちもいるはずだが、彼らからも連絡は入ってこない。

「皆見つけきれないのか」

「怪我してたからそう遠くには行けないはずだと思うんだけどなあ」

「そう遠くには行けない……そう、遠くには……」

 ディーンの言葉をどこかで言った事を思い出したトレインは、ハッとして顔を上げた。

「分かった。バイクの収納庫だ! たぶん、地上人を探しに行くつもりなんだ!」

 叫ぶ様に言うと、一目散に走り出す。

 基本的に戦闘員がもっているローダーやバイクは自分で管理する。そのため、家に置いておくことは珍しくない。

 しかしエレファントの外に出すとなれば別だ。

 バイクみたいに大きな移動機器は、すぐに出られるような場所に置いてある。

 二人が走っていると、大きな物音が響き渡った。

「これって、発射管の音だよね?」

「ああ、間違いない!」

 エレファントの腹部から地上へ向けて伸びる発射管を通してバイクは外に出る。

 この独特の物音は聞き間違えるはずがない。

 いそいで二人はエレファントの内部に入り、それから豆電球がぶら下がっているだけの狭い通路を掛ける。

 両脇に走る太いパイプ達が邪魔で全速力疾走できないのがもどかしい。

 数分も走ると、バイクのエンジン音が聞こえてきた。

 通路の角を曲がると、そこには何台ものバイクがきちんと列をなして置いてあり、すぐにでも外へ出られるようにしてある。

「マキナ、辞めるんだ!」

 トレインが大声で叫ぶと、バイクにまたがるマキナが声を上げた。

「何言ってるのよ! 早くしないと地上人たちが遠くに行ってしまうわ」

 トレインはまだ降り切っていない発射管を一瞥し。

「ディーン、発射管を止めてくれ!」

「分かった!」

 ディーンは駆けだして、収納庫の隅にあるスイッチに向かう。

 しかし。

「やめなさい!」

 マキナは懐から銃を取り出して威嚇してきたのだ。

 トレインは息を飲んだが、やはりここで行かせるわけにはいかなかった。十分な装備も無しに、居場所が分からない地上人を見つけ出せるはずがない。

 ガルマスは夜も動いているし視界が悪すぎる。

 それに、なんでそんなに悲しい顔をしているんだ?

「マキナ!」

 トレインは足に力を込めると、駆け出していた。

 初めてできた仲間を失いたくはない。その一心で、走りだした。

「来ないで!」

 トレインの方へと銃口が向けられたが足を止めることは出来ない。

 マキナは目をつぶって引き金を引き、一発の銃声が収納庫へと響いた。



 エレファントの外縁部でデッキブラシを動かしていると、マキナが落ち込んだ様子で近づいてきた。

「ごめんなさい」

「それは昨日も聞いたよ。かすり傷で済んだんだから気にしないでいいんだぞ」

 そう言ってトレインは右腕を見せた。

 包帯が巻いてある場所を銃弾がかすめたのだが、今となっては痛みはあまりない。

 しかしそれでもマキナは落ち込んでいる。

「罰も外縁部の掃除だけだったし、大したことないって」

「うん、そうだよ。依頼の方も明後日には受けられるようになるからさ」

 デッキブラシの先端をバケツにつけながらディーンも笑みを浮かべる。

 あの後は上官にこっぴどく叱られたが、新米隊員と言うことで減給や除隊にはならなかった。

 住民には『マキナは逃がしたガルマスを追うために出て行こうとした』と伝えてある。おかげで、そこまで悪評が広がる事は無かった。

「でも……なんで、どうして銃を向けたのに走ってきたのよ」

 この前の事を思い出しているのだろう、目に涙をためてマキナが問うてくる。

 トレインはディーンと目を合わせてから、彼女へと視線を移した。

「俺の初めての仲間だからな」

「仲間?」

「ああ。今まで学校で一人だっただろ、だから友達も出来たことないしな。でも卒業して同じ隊に誘われて、結構嬉しかったんだぜ。もちろん初めはうるさいやつだなって思ってたけどな。それでも……仲間なんだって思ったんだよ。だからあそこでマキナを失いたくなかった」

「最後の場面だけ聞くと告白に見えるね」

 ディーンがからかうように言ってきたので、トレインは目を細めた。

「イケメンのお前にはそう聞こえるかもしれないな」

「いーや、僕以外が聞いても同じことを思ったはずだよ。」

 笑うディーンは、腕時計を一瞥すると、そこで話を切り上げた。

「ごめん、僕用事あるから後は任せてもいいかな?」

「最近……っていうか結構多いよな」

 嫌味で言ったつもりは無いが、ディーンは少しばかり気にした表情を作った。

「ごめんね。でもどうしても外せないんだ」

「しょうがないな。後は任せておけって」

「ありがとう」

 ディーンはトレインにデッキブラシを渡すと、軽く手を挙げて去って行った。

「さて、もう一仕事するか」

「私も手伝うわ」

 マキナはトレインの手から掃除道具を取ると、無言で床を磨きだした。

 エレファント外縁部の掃除はかなり大変だった。

 どれだけ洗っても汚れは落ちることなく、しかも擦るたびに鉄さびや金メッキがはがれてしまう。

全ての作業を終えて、疲れの残る体を無理やり動かしながらトレインは依頼発注所に向かった。

マキナが少し早く終えて、で依頼を取って来てくれているはずだ。

「なんかいいのあったか?」

 先に来ていたマキナを見つけると、後ろから尋ねてみる。

 すると、何故か顔を伏せてだんまりとしていた。

 トレインは何があったのか尋ねようとしたが、その原因はすぐ近くに存在していた。

「お前らはデッキブラシ掃除の依頼がお似合いだろうよ」

 トレインを蔑んでいたあの一団が真横にいたのである。

 どうやら今回のターゲットはマキナに変わっているらしい。

「俺たちはもう既にガルマス三体も倒したんだぜ、楽勝だったよな?」

 リーダー格らしき青年は後ろを振り返って自分の仲間に賛同を求めた。

 ニヤついた顔がそっくりな新米戦闘員たちが一斉に頷く。

「ほんとだよ、あれだったらまだ人間を相手にした方が張り合いあるぜ」

「今度は地上人と戦ってみるか?」

「そんな可哀そうな事いうなよ、トレインの仲間なんだぜ」

 言いたい放題な彼らにトレインは一歩踏み出した。

 二対六。どう考えても不利だが、マキナにこんな顔をさせる奴らを許せるはずがない。

「お前たちに何が分かるんだ?」

「なんだやるのか?」

 顔がくっ付きそうなほど近づいてきた青年とにらみ合う。

 マキナの過去を知らない集団に、これ以上仲間が馬鹿にされるのは腹立たしい。

 すると、後ろの方でマキナから服を引っ張られた。

「私の事はいいから、はやく依頼探すわよ」

 口調は以前みたいな感じだが、それでもやはり覇気が薄れている。

 確かにまた問題を起こしたらどんな処分が待っているか見当もつかない。

 トレインは踵を返すと少し離れた場所にある掲示板へと移動した。

「おい、殴ってこないのか? この臆病者が!」

 後ろから聞こえてくる声を無視して、マキナと一緒に久々の依頼を探すことに専念した。

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