チャプター5

 ガルマスとの戦闘は上官にも伝わっており、雀の涙ほどの給料が出ることが分かった。しかしながら、地上人と関わりを持ったことは一切問いただされず、マキナは戦闘時の負傷と言うことで医務室行となった。

 マキナの寝ているベッドの横で、トレインは眉根を寄せた。

「そんな深刻な顔をしなくてもいいんじゃないかな?」

「とりあえず、地上人に出会った事はおとがめなしなんだな」

「まあ、彼らとは……大きなことは何もなかったからねも」

 そう言ってディーンは病室の窓から外を眺めた。

 トレインは椅子に深々と腰を掛けると、ゆっくりと開口する。

「問題は、マキナが起きたらどう説明するかだな」

「ははは、普通に言えばいいんじゃないかな」

 笑うディーンだが、マキナは簡単に銃口を向けてくる。しかも父親にも放つのだ。もっとも確かな腕がなせる技だが。

「多分大暴れするだろうな」

「それは言えてるよね。もしかして窓から飛び降りて地上人探しに行くかもよ?」

「ディーン中々言うな。でも案外当たってるかもな」

 トレインとディーンは苦笑していると、室内の温度が一気に低下したように感じた。

「あんた達、好き放題いってくれるわね」

 なんとマキナがゆっくりと上体を起こし、口の端を釣り上げたのだ。

 その目に宿る殺気をひしひしと肌に感じながらトレインとディーンは椅子から僅かに立ち上がる。

「そんなに気にしなくていいのよ」

 マキナはそう言いながら、いつの間にか枕の下に隠した銃の弾数を数えはじめた。

「いや、ちょっとした冗談だって」

「そうだよ。あまり辛気臭いのはいやだからさ。あ、そう言えば僕用事があったんだ。トレイン君、後は頼んだよ」

「いや、俺も用事を思い出した。すまないなマキナ、また来るよ」

 二人が我先にと病室から出て行こうとしたその時。

 壁に数発の弾がのめり込み、トレインは開けようとした扉から手を放す。

 ゆっくりと振り返ると、そこにはベッドに座ったままのマキナが銃をなでていた。

「あまり調子がよくないみたいね、外しちゃったわ。あんた達、もう少しだけ的になってくれる?」

 にこっと微笑んだマキナはだんだんと目じりを釣り上げ、頬がひきつっていく。

 ここが我慢の限界らしい。

「あんた達、私が地獄に送ってやるわ!」

 マキナはそう言うなり躊躇わず引き金を引いてきた。




「そう、それで私を運んできたのね。一応礼は言っておくわ」

 銃の手入れをしながらマキナはトレインを一瞥した。

 彼女が気絶してからの事を全て打ち明けた後は暴れるかと用心していたが、意外にも落ち着いた態度だっため拍子抜けしてしまった。

「でもやっぱり、この手で始末しておくべきだったわ。地上人が人間の子孫であるわけがないし、しかも変な……なんだっけ?」

「内功な」

「そうそれ。内功なんて元々人間にはないわよ」

 苛立ちを隠さないマキナの横でトレインは芝居がかったように大きくなずく。

 ディーンは本当に用事があるらしく、帰ってしまい今は病室に二人きりだ。おかげで身代わりがいない。

「あーもう、イライラするわね。そう言えば私を殴ったあの女の名前なんだっけ?」

「えーっと、確かネーナだな」

「よく覚えているわね」

 じとっとした目で見られるが、トレインにとっては忘れられるはずもない。

 あんな馬鹿げた質問をした相手だ。嫌でも顔が浮かんできてしまう。

 マキナは銃の手入れを終えたのか、近くにあったベッドテーブルにそれを置く。

「お父様には何て言ったの?」

「ああ、上官が『ガルマスとの戦闘で負傷した』と伝えたらしいぞ」

「なっ! 私は地上人にやられたのよ。何で隠すの? あいつらは絶対に生かしておけないわ、依頼発注所に地上人討伐の依頼が張り出されないかしら? それが無理なら一人で……」

 ベッドのシーツを掴んで悔しそうな表情をするマキナに、トレインは優しく話しかけた。

「少し落ち着けよ。ヴォーグたちは敵対意識を持ってなかっただろ」

「でも正当な人間は自分達だって言ったんでしょう?」

「それはそうだけど……でも違ったからって戦わなくても」

「ダメよ。あいつらは殺すべきだわ。私の銃で頭をぶち抜いてやるんだから」

 そう意気込んだマキナに、トレインはどんな顔をすればいいか分からず窓の外を眺めた。

 立ち上る煙に、金属の配管が至る所を通っている。町では大小様々な機械部品や食料が売られており、自分たちがかなりの高さに住んでいることを忘れている。

 ガルマスと戦うための武器もあるし、移動手段だって豊富だ。

 しかし地上人は違った。

 ヴォーグとネーナは何も持たず、自分の足だけでガルマスを追ってきた。そんなこと到底できそうにないが、彼らはいつも繰り返しているのだろう。

「あいつら今頃どこまで移動しているのかしら?」

「さあな、移動しながら生活していることを考えるともう遠くに行ってるんじゃないのか?」

 彼らとてガルマスのエサになる気は無いだろうし、エレファントが近くにいると知れば遠くに移動するだろう。

「そういえば、あいつら、私たちの事を臆病者とか言っていたわね!」

 まだマキナの怒りは収まる事を知らない。

 そんな発言を聞いた覚えはないが、彼女が言うからには本当の事なのだろう。

 臆病者。なるほど、エレファントに住んでいる人々にとってはピッタリな言葉だ。

「トレイン、あんたはここまで言われてまだ仲良くできると思ってるわけ?」

 見つめてきたマキナと視線を合わせる。

 しばし考え込んだトレインは、呪いをかけた父を少し憎んでしまう。

 地上人とエレファント人の考えを知った今であれば、無理だろうと思うのが自然なことだ。

 マキナの考えに触発された部分もあるのかもしれない。

 トレインは拳を強く握りしめて、緩めた。

「まだ、決まったわけじゃないだろ。どちらからか歩み寄ればいいんだ」

「無理よ。このエレファントでそう思っているのはあんたくらいよ」

 あきれ気味に言うマキナにトレインは苦笑いを返した。

 確固たる信念があるわけでもない。何かがトレインを動かしている訳でもない。ただ、どうしても父の言葉が忘れられないのである。

 だが滑稽なものだ。声を大にして言うことも出来ず、ただそれを信じているだけなのだから。

「そうだろうな。でも少し羨ましいよ」

「何がよ?」

「俺はマキナみたいに熱くなれないからさ。ただオヤジの言葉を信じてるだけなんだ」

 ずっと他者との接触が無かったからだろうか。どうせなら自分も確固たる信念をもちたい。

「私のは復讐よ。それに、お父様の考えを正しいと証明して見せたいだけなの。ていうか、あんたは自分のお父様を探すことに熱を注いでいるんでしょ?」

「それは、まあそうだけどな。もっと身近に何かないかなってね」

 父を探すことに妥協はしない。だが、それとは別に自分の中に宝物と呼べる何かが欲しいのも事実だ。

 学校に通っていたころから、何所かぽっかりといつの間にか出来た穴は、卒業しても残っている。

 同じ隊の仲間が出来ても、まだ半分くらいは埋まっていない。

「へんな奴ね。そんなに欲張ると後で痛い目を見るわよ」

 くすりと笑ったマキナをトレインは数秒見つめると、目を逸らした。

「それはお前も同じだろ」




 結局のところ、ガルマスがトレインたちの合図を待たずに進みだした理由は分からなかった。

 ガーディアンに直接聞ければいいのだが、エレファントで最上位の実力を持つ彼に会うことは容易ではない。

 なぜ遠くまで行くことを止めたのか、それにこの場所を周回しているには何の意味があるのかまだ分かっていない。

 あの上官に行ってもいいのだが、下っ端の意見など一蹴されて終わるだろう。

 トレインはそんな事を考えながら、エレファントの市街地を歩いていた。

「さあさあ、今日もまた人間の天敵ガルマスの討伐が始まるよ!」

 そう聞こえてきた声の方へ目を向けると、青年が号外新聞を配っていた。

 周りには人が群がり、唯一の情報収集手段である新聞を手に取って行く。

 この頃値上がりしている野菜や果物の話は誰もしていない。

 ガルマス討伐は基本的に一つの隊が行う。

 人件費があるわけでもないし、敵の強さも分からない。逃げるべき強敵の前に戦闘員を大量に送り込んでしまえば、それはもう自殺となんら変わらないのである。

 まあ最初の隊は毒見役だ。

 町の人々が何分で討伐できるのか賭けを始めたころ、トレインは足早に群衆を抜けた。

 一度来たことのある住宅街にたどり着くと、一際大きな家のチャイムをならす。

「誰じゃ、娘がこんな時に訪ねてくる奴は……おや?」

「どうも」

 トレインが会釈をすると、博士は顔を真っ赤にして掴みかかってきた。

「マキナはどうした! 容態は? やつれてないか? 飯は食っているんじゃろうな?」

 まくしたててくる博士にトレインは唖然としたが、すぐに宥めた。

「落ち着いてください。マキナは大丈夫ですよ。それに昨日は銃を撃ってましたから、体にも問題はないかと」

「本当に、本当なんじゃな?」

 こくこくとトレインは大きく頷くと、博士はようやくほっとため息をついた。

 相変わらずの親ばかだ。

 トレインの肩から手を放して、家へと上がるように促される。

 研究室に通されて適当な場所に座ると、博士は神妙な面持ちで向かい合った場所に腰かけた。

「マキナをガルマスから助けてくれたこと、礼を言う」

「いえ、同じ隊ですから」

「ありがとう。それで、どうじゃった? 外に出て、ガルマスとの戦闘でマキナに変わった事は無いじゃろうな?」

 どこか懇願するような口調で博士は尋ねてきた。

 トレインはなるべく刺激せずに、起きたことを話した。

 もちろん地上人と接触したことも詳しく話す必要があった。

「そうか、やはりマキナは地上人を憎んでいたのじゃな。相いれないと思うだけならばまだしも……いや、これも全て私が悪いんじゃがな」

「マキナさんは、地上人にお母さんを殺されたって言ってました。だから……彼らに銃を」

 博士はそこまで聞くと、額に手を当てて深いため息をついた。眼鏡を外して鼻頭をつまむと、天井を見上げて目を細める。

「そうじゃったか…………同じ隊の君は言わねばならんかもしれんの」

「何をです?」

 トレインが身を乗り出すと、博士はゆっくりと話し始じめた。

「あれが実の母親を失った理由を教えたのはわしなんじゃよ。マキナがまだ物心つく前のできごとでな。その頃のわしも相当地上人を憎んだが、死はわしの妻が選んだんじゃよ」

「それって、どういう事ですか?」

「エレファントから出て二日目、わし等はガルマスに出会ってしまってのう。その時に地上人も助けに来てくれたのじゃが、手も足も出んかった。そこで撤退しようとしたのじゃが」

「マキナの御母さんが犠牲になっったと?」

「ああ、バイクに乗って敵の気を引いてな。おかげで助かったんじゃが、わしは地上人も憎んだんじゃ。研究を知っているなら大体分かるじゃろ?」

 トレインは室内を見渡して頷いた。

 考古学者で主に神話を研究している。特にエレファント人を真の人間と主張する代表者だ。

「母がいないマキナはわしの背中を見て育った。まあ、言わなくても分かる事じゃろ。つまるところ、地上人との敵対意識を植え付けたのもわしなんじゃよ」

 博士はそこで一息つくと再び話を続けた。

「だから、お主の父の見解を聞いた時は怒りを覚えたんじゃよ。こんな考え方があってたまるかってな。でも主の父はそれを全く変えなんだ」

「そういえば、マキナさんは近頃博士の考えが変わってきてると言ってました」

 トレインが言うと、博士は無言でうなずいた。

「長年の怒りが薄まっているのか分からんが、お主の父に賛同してもいいと考え始めたんじゃ。マキナは小さい頃から考えを貫いていたからな、おそらく変化にはすぐに気が付いたじゃろうな」

 博士は自嘲気味に笑うと、自分に言い聞かせるように言った。

「滑稽じゃろ? 今まで娘には自分の考えを押し付けてきたのに、今になって誤りだと思い出すんじゃ。そしてマキナは外でガルマスと戦って怪我をしておる。マキナを作ったのも、外へ放り出したのも全てわしのせいじゃよ」

 博士は自分が書いた研究資料を忌々しそうに見つめて椅子から立ち上がった。

「あんな風に育てたわしはマキナの病室には行けん。すまんが、トレイン君頼んだよ。それと、なるべくなら、母親の死には触れないでほしい」

「……分かりました」

 ここに来た役割を果たし、思いがけないことまで分かったが、トレインは聞きたいことがいくつかあった。

 しかし、疲弊しきっている博士を見ればそんな余裕がないことは一目瞭然だった。

 少し落ち着いた頃にまた尋ねた方がいいだろう。

「マキナさんは俺にとっても大事な仲間です。任せてください」

 博士は頷き、トレインは部屋から出て行った。

 玄関を出ると、口を小さく開いて呟く。

「仲間」

 今まで一度も行ったことない単語が今日だけで数回も飛び出した。

 隊のように決められた構成では無い。もっと心から信頼できる、そして頼れる存在。そんな気がした。

「仲間、仲間、仲間」

 何度も呟き、思わずにやけそうになる。

 そうだ、父を追いかけるためだけじゃない。仲間のために戦ってもいいのだ。戦闘員になったからではない、それ以前に大切なものとして大事にしておくべき人たちだ。

 心の中に空いていた穴が塞がったような気がしたのは間違いなかった。


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