第3話チャプター3
予想通りだった。
「マキナアアア、遅かったじゃないか。どこ行ってたんじゃ? ああそうかそうか、発注所じゃったな」
マキナの家に着くなり玄関から飛び出してきたのは父であるスグル博士だ。
タイミングを見計らった様な登場にトレインは面食らったが、普段娘にに銃を持たせるくらいの人物だ、少し納得してしまった。
マキナへの愛を一通り見せつけた博士は続いてトレインに目を向けた。
丸渕眼鏡をくいっと上げて、目を細めてくる。
「こ、こんにちは」
「ふーむ。お主、もしかしてハーレイ・トレインか?」
問われたトレインは無言で肯定する。
クラス名簿では写真つきで生徒達に手渡されるため見当はつくのだろう。
しかもトレインの父ともなれば有名だ。息子は名字だけで判別がつく。
その途端、博士は昇天しそうなほど大声を上げて鬼のような形相になった。
「ええい、何故ここにおる! 出ていけ! 真の人間は我々エレファント人じゃぞ。それなのに……地上人と一緒だと? ふざけるのもいい加減にせええ」
腕を振り回して追い払ってくる博士の前にマキナが立ちはだかった。
「お父様、今日は込み入った事情があるのよ」
「しかしだな、そいつの父は……」
「分かってるわよ。だから彼の考えを改めさせるために呼んだの。お父様の研究結果を知れば、彼も考え方が変わるでしょ」
博士はむむっとしかめっ面を作ると、しばらく考えあぐねた後で、一歩左に避けた。
「分かった。今日だけじゃぞ」
「お、お邪魔します」
横を通り過ぎる時に睨まれたが、それは気が付かなかった事にしよう。
さすがに有名は博士だけあって家はかなり広かった。
一般住宅ならば、エレファント維持機能の役割を果たす配管が通っている。しかしここは違った。
いつも体験している蒸気の白煙や、騒音とは無縁の世界だ。
庭にはバイク置き場まであり、きちんと門が閉められている。
それに壁の落書きや割れた窓ガラスも無い。
「おじさんはいつもあんな感じなのか?」
マキナの後をついて行きながらトレインは尋ねた。
ふわりとした絨毯はどうやら馴染めそうにない。
「ええ、そうよ。でも今日はあんたが来ているから、気をつけなくちゃね」
「は?」
疑問符を頭の上に浮かべた瞬間、マキナはホルスターから銃を取り出すと、振り返らずに銃口を後ろに向けて引き金を引いた。
「お父様、そこから先はマキナの領域よ。入ってきちゃダメっていつも言ってるでしょ」
トレインは慌てて振り返ると、そこには両手を振り上げている博士の姿があった。そして足元には真っ二つに割れた巨大な三角定規が落ちている。
「おおお、お父さんはマキナの事が心配でじゃな」
「だから大丈夫だって。そんなに心配しなくてもいいわよ」
マキナは何事も無かったかのように歩きだし、ひらひらと手を振りながら。
「そうだ、後で研究室行くからちゃんと掃除しておいてよね。さ、行くわよ」
「お、おう」
トレインは後ろで呆然としている博士に一礼をして彼女の後を追った。
部屋に入ると、そこにはベッドと机、椅子、本棚だけのシンプルな内装となっていた。
「もっと可愛いぬいぐるみがあると思った?」
「まあ、その通りだ。少し意外だな」
「そうよね、我ながら何でこんな風に育ったのか気になってるわ」
おそらくあの父親が溺愛しすぎたせいだろう。普通は銃なんか持ち歩かない。
小さい頃はお人形遊びよりも護身術をさせたに違いない。
銃を机の上に置きながら苦笑いをするマキナに、トレインは少し羨ましく思った。
可愛がられた記憶はある。しかしそれもかなり小さい頃だ。トレインに一通りの技を教えた後に消えてしまったため、どんな顔か微かに思い出せる程度に薄れている。
物思いにふけっていると、銃をしまったマキナが声をかけてくる。
「それじゃ、お父様の研究室に行きましょうか」
「あまりいじくるんじゃないぞ。もちろん、マキナは別じゃがな」
にっこりと笑みを浮かべている博士は頬を釣り上げながら言った。
博士の部屋は二つあり、一つは資料用でもう一つは本の執筆用だ。
「分かってるわよ。じゃあアンタはそっちを探してちょうだい」
さっそく父親の言葉を無視するマキナだが、博士の眼の前で触れるはずもない。
トレインは仕方なく探すふりをして、散々している紙資料に目を通していく。
「すごいな、見たことない神話や言い伝えがあるぞ」
呟きが聞こえたのか、博士はトレインの眼の前にある資料を持ち上げた。
「これらは他のエレファントから持ってきた物じゃ。しかし……どの神話にもはやり人間はエレファント人と締めくくられておる」
「地上人から貰った資料は無いんですか?」
「ばっかもん! そんなもの持っておったら発狂してしまうじゃろうが。あ奴らが書いた書物なんぞ見たくも無いわい。お前さんも今の考えを改めた方がええぞ」
「つまり、エレファント人と地上人は絶対に相いれないと?」
博士は少しだけ視線を落として。
「当り前じゃ。そもそも、エレファント人がそれを望んでおらぬ」
ため息交じりに言った博士は、マキナ方に目を移して微笑んだ。
「さて、わしは少しばかり出かけてくる。くれぐれも研究資料は大切に扱うのじゃぞ」
博士はさっきまでの態度を変えてトレインとマキナに念を押すと部屋を出て行った。
トレインはマキナの背中を一瞥し再び机の上の資料に目を落とした。
しばらく経ってから声をかけてきたマキナの手に握られているのは丸められた一枚の紙だった。
「これを見てみなさい。あんたのお父さんが帰ってこなくなった時の新聞よ。言った通り、ガルマス討伐の時に行方不明になったらしいわ」
机の上にあった余計な資料を地面に落として新聞を広げるマキナ。
後で元に戻しておこう。
そう思いながら持ってきてくれた新聞をトレインもまじまじと覗き込む。
「おい、これで場所が分からないか?」
トレインが指さしたのは、写真の風景。もっと正確に表すならば背後に移っている星空だ。
星座の位置や親父の身長、カメラまでの距離をある程度見積もり、そこから座標を割り出すことができる。
地上で道に迷った場合、これでエレファントまで帰ってくるのだ。
「本当だわ。ちょっと待ってなさい」
マキナは壁にかかっていた地図を手際よく外すと、机の上に広げる。それから新聞に書かれている情報を元におよその位置を出した。
「ここで合ってるはずよ」
「でもこの場所って」
マキナが出した結果、地図上の右上にある岩山付近であることが分かった。
「この地図ってどうやって書いたの?」
「お父様が星の位置を頼りにして出したのよ。エレファントが数日歩くたびに一泊分の荷物を持って出かけるの。途中の景色を取りながら、地図を書いて行くのよ」
「右端って事は、今までエレファントが言ったことのある領域でも端の方だよな」
「そうなるわね」
腕組みをしたマキナは暫く苦虫をつぶした様な顔をして地図を眺めていた。
トレインも何と言っていいのか分からず、ただ目を落とす。
すると、ふと、赤い点がついているのが見えた。
「これ、なんだ?」
「それがこの前行った神話の都市があるところよ」
よく見ればトレインの父が失踪した場所から少しばかり離れている。
「じゃあこの地図を描いた時にマキナの親父さんは見つけてるはずじゃ」
トレインの言葉にマキナは首を振る。
「いいえ、ここまでは行ったのだけどお父様は何も見なかったって言ってるわ。それに何も話してくれないの」
彼女は首を横に振るがこの地図には確かに書かれている。
地図の製法がもしマキナの言う通りであれば写真の一枚でも残っているはずなのだ。
「本当にがっかりよね。目と鼻の先まで行ったのに、見逃すなんて」
肩をすくめてマキナは地図をもどした。
「でもありがとな。おかげで何も手がかり無かったのに簡単に見つかった」
「いいえ別にいいのだけど…………」
マキナは真剣な面持ちになると近くにあった椅子に腰かけた。
それからトレインを手招きすると、家の中なのに声を潜めて話しだす。
「随分前から印をつけた地域の近くにエレファントが行かないか観察してたのよ。でも一度だって地図の上から半分にはエレファントは足を運ばないの。それどころか、同じところをクルクルと回ってばかりいるわ」
眉根をひそめるマキナにトレインは視線を落とした。
エレファントはガルマスから遠ざかるようになっている。それはガーディアンが行く先を決めているからだ。
市民を守るためには当然の行動だろう。
しかしもし、マキナの観測が正しいとしたら無意味な行動とも読み取れる。
あいつらだってバカでは無い。同じところを人間と言うエサが徘徊していると知れば何度でも襲ってくる。
「もしかすると、あの近くに行ったときに何か起こったのかもしれない」
「なにかって何よ?」
「分かるはずないだろ」
そこまで話していると、トレインの後ろからわざとらしい咳が聞こえてきた。
振り返ると、いつの間に帰って来たのか博士が鬼のような形相で見ていた。
「何をしてるんじゃトレイン君」
慌ててトレインとマキナは離れ、博士から視線を逸らす。
「いえ、別に……何も。ねえマキナさん」
「そうね、隊の打ち合わせをしていたところよ」
マキナもそう言うが、二人の疑惑を払拭するには不十分だったようだ。
博士は大声をだしながら発狂したようにトレインの肩を掴むと、力づくで家の外まで押しだした。
「早く帰るんじゃ! ここはお前さんが来ていい場所では無い。辛くなるだけじゃぞ」
そう言って勢いよく扉を閉めた博士。
トレインはふと二階の窓を見ると、マキナが手を振っているのを確認した。
トレインは背を向けて歩きだすと、すぐに見知った顔がある事に気が付いた。
「ディーンもこの辺りに住んでいるのか?」
依頼発注所をすぐに出て行ったディーンは当りを気にしすぎているため不審者のようだ。
それでも一緒の隊になったからには声を掛けないわけにはいかない。
「うん、まあね。さっき用事を済ませたから帰ってるところなんだよ」
「ほう、彼女か?」
「まあ、そんな感じかな」
羨ましい限りだがディーンの苦笑いを見る限りではあまり触れてほしくなさそうに見える。
ここはすぐに切り上げた方がいいだろう。
「じゃ、俺は帰るからな。明日の朝九時、発注所に集合だろ」
「うん、わかってるよ」
ディーンはさわやかな笑みを浮かべて、トレインと反対方向に歩き出した。
その背中をしばらく見つめてようやくトレインも歩きだす。
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