提示部〈エクスポジション〉第一主題

 枕が濡れていた。毎回そうだ。この曲を聴くのは決まって耐えきれないほどにこころが疲れたときであって、そうでもなければいちいち涙を流したりはしない……はずではあるが。

 女性終止の曲は特に演奏が終わった後の虚脱感が大きい。本当は聞こえているはずの生活雑音も完全に意識の上から失われて、完全な無音が訪れたように感じる。実際の演奏ならもちろん拍手があるのだろうが、録音ではそうもいかないことも多い。ノイズキャンセリングのしっかりしたヘッドフォンはぼくを更なる内省に誘う……はずだったのだが、今回ばかりは事情がちがった。

 ぴこん。

 ウィンドウズ付属の通知音がヘッドフォンを通じて耳に届く。

 さて。突然のことで恐縮だが、ぼくはストーカーを趣味にしている。

 ……何を言っているのか分らないだろうけど、ほんとうのことである。

 と、言っても、後を尾けたり、ポストを除いたり、電話を掛けるタイプのストーカーではない。主にインターネット上で、特定の、もしくは複数の個人の活動にちょっと常識では考えられないくらいに異常に注視して、執着してしまう、というタイプのほんの少しだけ歪んだ趣味のことである。〝ネトスト〟などと呼称されたりもする。ネトストする、という動詞形にもなる。

 十分気持ち悪い、そういった通り一遍のありがたいお言葉は後にしてもらえると助かる。自分でも気持ち悪さは十全に理解しているつもりだからだ。いや、ほんとうは全く理解していないのだろう。その証拠に、いつまで経ってもやめられない。

 今、通知音が鳴ったのはつまり、ぼくが注目している人が SNS か、もしくはブログかなんらかのツールで、投稿にせよコメントにせよ動きを見せたことを表している。この動向監視ツールは自作のプログラムで、自信作である。経済学部のぼくがわざわざ理系の授業にもぐってプログラミングを覚えた甲斐があった。

 これは基本的な手段の一つで、こうすることによってぼくたちは彼ら(ないし彼女ら)被ストーカー者の生活リズムを(ごく一部分ではあるが)把握することができるし、なによりも、誰よりも真っ先に反応することができる、というメリットもある。付け加えるならば、ぼくがストーカーの対象に選ぶような人は、ふつう自らの言動に対して敏感だ。彼らはメンヘラで、自分の発言をしょっちゅう消してしまうため、こまめな監視が必要になる。

 そう。ぼくはメンヘラを専門にネトストをしていた。

 ……また用語の解説が必要だろう。メンヘラとは一体何か?

 端的に言って、精神病患者のことである。ただし、それは語義的な話であって、もちろんあまり正確な理解ではない。

 一般的に精神病という語の与えるイメージとして躁鬱などが挙げられると思うが、こういった躁鬱や統合失調症など、先天的な遺伝やストレスなどの後天的な要因によって、脳内物質に不均衡が生まれるタイプの精神疾患(これをⅠ軸という)が差すものと、メンヘラという語の間にはまだ齟齬がある。

 メンヘラの多くは、こういった脳内物質の不均衡などの問題は抱えていないことが多い。そのため、Ⅰ軸のタイプの患者に施される身体的治療(薬物療法や電気けいれん療法など)は無意味であることが多い。

 では、メンヘラとはどういったタイプの精神疾患を差すのか?

 医学的な用語でいえば、パーソナリティ障害である。パーソナリティとは人格のことであるが、つまり彼らは人格に〝問題〟を抱える人たちのことなのである。これらはⅡ軸に分類される。

 ところで、人格などというものは、こういった疾患を抱えていない人の間でも千差万別であるものだ。と、いうか、パーソナリティ障害というのは、人格が「千差万別」の範疇から大きくはみ出して、社会的生活を送るのに不便が出る、本人が苦しみやつらさを抱えることになってしまっている、という状態を差している、と言い換えることもできる。

 原因も今だに分らない部分の方が多く、治療は身体的治療よりも、カウンセリング療法や、環境改善によってなされることの方が多い。

 ただ、インターネット上で使われるメンヘラというのはこのパーソナリティ障害の中でも、ここからさらに狭義だ。大体は希死念慮を抱えるタイプであったり、厭世観の異常に強いタイプであったり、あとは一番多いタイプがかまってちゃんだ。もしくはこれらを併発しているか。たいてい併発しているが。

 かまってちゃん、という語にも説明が必要だろうか? おそらく周囲にもいると思う。常に自らに気を引いておきたいがために、おもむろに身体の一部をインターネット上にアップロードしたり、睡眠薬を使っていることを公言したり、陰惨な自分語り(たいていは自分〝騙り〟である。作り話だ)をしてしまうタイプの人間たちである。ここに挙げたのは一例で、注目を集めたいがためになんらかの行動を起こしてしまい、それが端から見てある一定のラインを越したとき、かまってちゃんだという認定は下される。

 さて、ぼくがこういったメンヘラをネトストしている、という話である。

 ネットストーカーの中にはもちろん、若い女性(もしくはそのようにインターネット上でふるまう人)の行動を、歪んだ恋愛感情から逐一観察する人もいる。彼らはほんとうに本人のものとも分らない胸元やふともも、唇の画像を手に入れては Exif 情報を調べてこれはいつ撮られたものだ、携帯の機種はなんだ、場合によっては(GPS 機能付きのカメラなどの場合だ)どこで撮られたものだ、などと同定しては悦に浸り、アップロード者に対してオリジナリティの欠片もない美辞麗句を紡ぎ、まぁそのあと何をするのかは知らないがナニをするのだろう。

 ぼくはこういったタイプのネトストとは種類が違って、どちらかというと、ネガティブな、希死念慮に満ち満ちたタイプのかまってちゃんをずっと見ているのが趣味なのだ。

 どうして自分がこんなことをしてしまうのかは分らないが、少しは推測できる。ラヴェルを聴きながら涙したように、ぼくもつらいのだ。

 そして、ネット上のメンヘラもまた、つらいのだ。

 彼らの吐くことばは痛みに呻いている。呪いで補強されている。劣等感の赤色が、法界悋気の緑色が、彼らのことばを染めあげている。あまりにも長い孤独な時間から深みを増し、洗練されたことばは氷の結晶から削りだした一基の彫刻品のように芸術的ですらある。

 リアルタイムな悩みを抱えない者には共感できない芸術をぼくは味わうことができる。同病相憐れむことができる。

 ……というのがまだ綺麗な方の理由。

 たぶん、ぼくは彼らを見下しているのだ。安易にネット上でぼくらのようなひねくれた人間からの慈悲のおこぼれを集めて承認欲求を満たす彼らを。ソープでサービスを受けた後、風俗嬢に説教するタイプの人間とやってることは全く変わらない。

 そして、もっと言えばぼくは彼らを怖れているのだ。ぼくの見えないところでは、ほんとうはつらさなんかまったく抱えていないんじゃないか、つらいのもパフォーマンスのうちなのではないか。

 だからぼくは監視する。少しでもぼくよりしあわせなやつがいないように。少しでもぼくよりしあわせなやつにぼくが見下されないために。見捨てられないために。


 彼ら、とはいっても、今ぼくがストーキングしているのは一人しかいない。

 二一歳の大学二年生、おそらく女性。留年ではなく浪人らしい。住んでいる場所、通っている大学はともに未詳。好きな素数は九七(『九七の逆数を小数表記すれば循環節の長さは九六ケタ。二ケタの整数の中では最も長い循環節を持つ』だそうだ)。生物系の理系。嫌いな人間のタイプは多岐にわたるが、その中でも頭の悪い人間。

 彼女はメンヘラの中でもかなりストイック(という表現もおかしいが)な方で、主に人の悪口ネタや不謹慎ネタを言っている。彼女は人の気を引くために自分の体や生活の一部を切り売りして反応を得るような売春はしないし、こちら側に媚びるような発言も少ない。

 彼女に最初に興味を持ったのはこの大学に入ってすぐのことである。いつものようにネットサーフィンをしながら自意識に深刻な失調をきたしている人を探していたところ、ある短文投稿系の SNS 上で彼女のアカウントを発見したのだ。

 ネット上で、彼女の顔ともいえるアイコンはおそらく意図的にかなり解像度を下げた、モノクロの喜多川歌麿の美人画。プロフィール欄には一言、

「孤児院で親子丼を作るアルバイトをしています」

 とだけ。

 一発でくらっときてしまった。こんな意地の悪いフレーズ、余程性格が悪くないと思いつかないだろう。

 ぼくはその瞬間からそのアカウントの発言の購読を始めた。

 彼女の発言は種々に及ぶ。周囲に流され、恋に焦がれて恋をする人を見下し、複数人でつるまなければなにもできない人を嘲り、馴れ合いを見れば人間のコミュニケーション中毒を揶揄し、なによりも、偽善と詭弁に対しては舌鋒鋭く批判を浴びせかけた。そしてこれらの発言は特定の個人に向けられるのではなく、そういった性向を持つ人間すべてに向けて宛てられるのである。とんでもなく趣味の悪いあるあるトークだ。

 主に発言する時間帯は昼休みのころと、帰宅してから、ということであろう、夜の八時ころから日付を越すか越さないかのあたりまで。といってもそれ以外の時間は何もしていないのかというと、他人の発言をお気に入りに登録するなどの行動は夕方や午前中でも普通に行っているらしいので、実際に SNS を利用している時間はもう少し広範囲にわたると思われる。

 メンヘラにはとてつもない深夜まで起きている人間も多い。夜明けの空が白み、ディスプレイの放つ明るさと、外界の明るさがほぼ同じくらいになった朝の五時に、しにたいつらいといった発言が画面上に並ぶのはいっそ壮観で、ある種の神聖さを思わせる。が、彼女はもう少しまともな生活を送っていて(一限には出ているらしい)、このような深夜の四時前には普通現れない。それが、今日に限ってどうしたことだろう? もちろん、ぼくも毎日こんな時間に起きているわけではないので、朝目覚めてからぼくが彼女の発言をチェックする前に彼女がこまめに発言を消していたというなら話は別であるが、そういった可能性も低いだろう。

 と、いうわけで珍しい時間帯に彼女が出没した。ぼくの意識はラヴェルのことなんかさっぱり忘れてディスプレイに向かう。

 深夜というのは基本的にどんな人間も心が緩む。迂遠に迂遠に、そして迂闊にも、主語と目的語の欠落した本音を言っていたり、とそういうことが多いのだ。端的に言って、ポエムが増える。こういったポエムは朝になると消えてることが多いので深夜に起きているときはかかさずチェックするようにしている。

 しかしながら、今回の彼女の発言はそういった種類のポエムではなかった。いや、ある意味でより一層詩的ではあった。

 なんのコメントも付加されずにアップロードされたその写真を開いたとき(どうせ飯テロとかだろう、まさか目元やらふとももやらではあるまい、とかなんとか考えながら)、そもそも何の画像なのか一瞬分らなかった。

 まず目に映ったのは深みのある、新鮮そうな赤色。

 花柄のハンカチの上に横たえられた左腕、散らされた血痕、写真周辺部から中央に視線を移すと、手首の中央にえぐれたような傷跡。白い肌と鮮血のコントラストは、ありきたりなモチーフではありながら、先ほどのラヴェルの第二カデンツァにも似たファナティックな宗教的興奮を彼にもたらした。

 リストカット跡である。

 予想は外れたことになる。体の一部分を彼女はアップロードしていた。

 しかし、なぜ? 彼女は今までも一切こんなことをしてこなかったはずなのに。こんな安直な手段で人からの承認を得るなんてことは彼女が一番唾棄していたことのはず。

 そんなことを思っていたら唐突に画像は削除される。アップロードされていた時間はわずかに一分ほどだったろうか。

 動悸が激しくなっていることに気付いた。寝巻の胸のあたりをつかみながら、おぼつかなくマウスを操作する。

 今の画像はなんだったのだろうか。とっさにブラウザのキャッシュからクロールして、Exif 情報を調べる。撮影年月日はアップロードされる数分前、撮影機種は割と最近に出たスマートフォンだ。GPS 情報の付加はなし。もちろん偽装工作がなされてる可能性もあるが、今撮ったばかりのものという可能性の方が高いだろう。

 ネットで拾ってきたリスカ跡の画像に適当にコメントをつけてありきたりな希死念慮と承認欲求を勘違いしたメンヘラを揶揄しようとしたのか? それとも本当に自分の手首を切って、なんらかの手違いでアップロードしてしまったのか?

 画面に食らいつくようにして次の発言を待つ。もし前者であればコメントを付け直して再投稿するか、なにか訂正の発言があるか。

 しかし、一向に発言がない。もしや、ほんとうに手首を切った?

 理由が分らない。彼女はどうしても耐え切れない、つらいことがあって手首を切ったのだろうか? それで、ネット上で構ってもらおうとしたのだろうか? それなら、わずか一分で画像を削除した説明が付かない、が、構ってもらう意図がなければなぜ写真を撮ったのか? ミスでアップロードしてしまう状況としては、他の SNS と間違えたとかが考えられるが、他の SNS での彼女のアカウントは何にも更新されていないのでその可能性も薄い。彼女がぼくの知らないところで他のサービスに手を出していたら分らないが。

 可能性の高い仮説としては、メールで送ろうとして添付する際に誤ってこちらに流れてきた、という可能性である。先ほどの SNS にはメールから発言を投稿するサービスもあるため、十分に考えられることであった。どこからの投稿であるかは発言を消される前に確認することはできなかったのだが。さて、メールでリスカ跡を送りつけるとして、そこまで親密な仲の相手として一番考えられるのはどういった立場の人間だ? 嫌な予感が胸をよぎる。

 だいたい、彼女をリストカットにまで追いやった原因はなんなのだ? そこまでしなければ拭い去れないつらいことでもあったのだろうか、そんな様子は昨日の発言からは見受けられなかったし、そもそも彼女自身がメンヘラの中でも自分のつらさよりは人のつらさをあげつらうタイプだったので、彼女自身がつらい、と発言しているのはあまり見たことがない。

 ぼく自身と言えば、リストカット跡、それも生半な細い直線が平行、交差しているだけのものではなく、カッターないしはさみで抉りこんだかのような巨大なそれを実際に目の当たりにすることでかなり動揺していた。

 ぼくだってそこそこ毎日つらいつもりなのに、手首を切ろうなどと考えたことは一度もない。ぼおっ、と自分の手首を眺めてみる。腱の外側に見える太い静脈。これを、切る? やっぱり無理だ。……急に彼女が遠い存在に思えてきた、そのことが不安なんだと分った。

 854*480 ピクセルの小さなキャンパスに大写しになったなまっちろい手首はよく見ればエロティックで、それなのにそこから流れ出る血は単純な光景だけにグロテスク極まりない。

 痛かっただろう、いや、撮影された時間からして、今でも痛いだろう。どういう風に痛むのだろうか? おそらく左手はまだ使えないはずだ、右手だけでアップロード作業を行ったに違いない。そういえば利き手はどちらなんだろうか。そんなことすらも知らない。彼女はひょっとして今泣いているんだろうか。それともメンヘラに特有の、光を失った目でドヤ顔をしているのだろうか。

 あぁ、ダメだ。つらさの質が違う、つらさですらぼくは人に勝てない。ぼくよりもっとつらい人からしたらぼくなんか取るに取らない存在でしかないんだ。彼女とぼくは、似た人間なんかじゃ全然なかったらしい。

 ――鳩の血色の深くて暗い溝は、同様にぼくと彼女の間に横たわる溝でもあった。


 まんじりともせずモニターに張り付いたが、その甲斐もなく、新しい情報は一つも与えられず、無情にも太陽が昇ってきた。

 まぁ、こういう日も当然ある。情報が、とにかくなんでもいいから情報が欲しいのに相手はなにも言ってくれない、というときだ。

 だが、人にはそれぞれ理由があるということを理解できないからこんなことをしてしまうわけであって、それでもどうしようもないときにぼくらがどういう行動を取るかというと、不貞寝である。

 そう、ぼくは起きている限りその間中ずっと彼女のことを考えているし、考えることをやめられないのだ。寝ているときくらいしか逃れることはできない。ストーカーしてるんだか、されてるんだか分ったもんじゃない。

 心臓が不整脈ぎみになる。たとえば彼女が一日中なんの動きを見せないときとかには、同じように胸が苦しくなって何もできないときがある。仕方がない、財布からロヒプノールを取り出して、一錠を無理やり水なしで飲み込んだ。ぼくは“そういう”タイプのメンヘラでは全くないので普段から使ったりとかはしないのだが、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を飲んでから襲ってくる、とてもじゃないが耐え切れないほどの眠気を、それでもと我慢すると(そして、その状態で本を読んだり、嬰へ短調の曲などを聴いたりするとなお最高だ)、認識能力が落ちた状態で捉える世界が見たことのないものになり、とても気持ちがいい。そのため、翌日が休日だったりするとついついやってしまう。前はマイスリーでやっていたのだが、効き目が薄いのと、すぐに体が慣れてしまったために今はロヒプノールの 2mg でやっている。

 もちろん、正規の処方を受けているわけではなく、ネットで購入している状態なので、そもそも今すぐにでもやめないと薬代で生活を持ち崩す可能性すらあるのだが。親からの仕送りと奨学金を薬に費やすのはまた心苦しい。

 いつもの眠気に、今回は抗わずにそのまま布団に倒れ伏した。失いかけの意識の中でヘッドフォンを外しながら。


 起きた時には案の定、完全に日が暮れていた。時計を見ると夕刻の八時。昨晩……といっても半分徹夜したようなものだから曖昧だが、あの画像を見るまでは、今日はゲーセンにでも行こうか、と思っていたのだけれど。完全に夏休みを一日寝潰してしまった。

 まぁ、かまわないだろう。起きていて、夏休みなのに何もしないぼくを客観的に内省してしまうよりは、ベンゾに身をゆだねていた方がよほど有意義だったと言える。

 それよりも、とぼくはまだ少しもやのかかった頭で考える。寝ている間に彼女は何か発言していないだろうか。

 基本的に、目を覚ましたら真っ先に考えるのはそのことである。

 電源をつけっぱなしにしてしまっていた、枕元にあるノートパソコンを覗き込む。特に新着発言はなし。まぁそれもそうかもしれない。何か発言するとしたらこれくらいの時間帯だろう。今頃なにをしているのだろうか。お気に入り欄を見て、彼女が結局一度も現れていないらしいことを知る。

 なにをしているのだろうか。このように、しばらく彼女の発言がないと考えてしまう。

 よく考えたら、彼女のテストももうすでに終了しているはず。学校に行く用事がないとすれば、なぜ現れないのか? バイトはしていないはず。無職をネタにするような発言が何度かあった。いや、ネタにしただけでほんとうは働いている可能性は十分あるし、夏休み中に短期バイトを入れるという可能性も十分考えられるだろう。

 それとも。サークル活動でもやっているのだろうか? 今まで一度たりともサークル活動やそれにまつわる発言をしないので、彼女がサークル活動をしているのかどうか、というのは実は全然つかめていない。特定の曜日だけ帰りが遅い、というようなこともないので、入っていないのではないか? というのが予測ではあるが。

 彼女の趣味は発言からはなかなか読み取れない。生物系に興味があるのはもちろん専攻からも明らかなのだが、趣味といわれると、そういった個人的なことはなかなか流れてこない。

 たまに海外古典文学の引用などが出てくるから、割と筋金入りの読書家ではあるらしい? が、あくまでも教養をネタにしているといった感じで、趣味なのだろうか。スポーツはおそらくやっていないだろう。スポーツマン独特の空気やノリを忌避する発言は一時期かなりの頻度で見受けられた。

 ただし、クラシック音楽にはもしかしてぼくと同じで興味があるんじゃないか、そう思える節はあった。今聞いてる曲として、ヘンデルのオラトリオとか、ハイドンの弦楽四重奏とか、そんなものを挙げていたことが何度かあった。

 そうだ。どうせなら、もっと本気で彼女がどういった人間なのか探ってやろう。

 今だに彼女から新たになにか情報の発信はない。なにをしているのか悶々とするくらいなら、積極的に彼女の過去の発言をしらみつぶしに見ていく方が気がまぎれるかもしれない。

 ざっくりと切られた手首を見て以来、彼女に対する意識が明らかに変わっている気がする。客観できていない。端的に言えばストーカーするのに不必要なほど感情を入れ込んでしまっている。……これを恋に例えるのは失礼だろうか? 真っ当に人を好きになったことがないから分らない。

 彼女の発言はあるウェブ上のサービスに、去年の八月ころからのものはすべて保存されているようだった。およそ一年分。不甲斐ないことに、実は今まですべてに目を通すということはしてこなかった。彼女を最初に見つけた四月の時点からは余すことなく見ているのだが。

 腕まくりをして、カップ麺にお湯を注いで準備完了。ぼくは彼女の過去を余すことなく見つめる作業に入った。

 彼女がこの SNS に加入したのが昨年の五月らしいから、ほとんど取りこぼしなく記録されていることになる。ウェブ上のサービスに保存されている発言数と、総発言数を差し引きした感じ、最初の三か月は大した量活動はしていないように見えるが、始めたばかりのタイミングこそ自らの在籍などの個人情報を明らかにしてしまいがちなものだ。惜しいことをした。

 めげずにとりあえず保存されているところから、発言に目を通し始める。最初期は、今のようにネタに走るというよりも、きちんとコミュニケーションに使っていたらしい。全体に話しかける文体よりも、個人に宛てた発言の方が多い。

 過去の発言をさかのぼるのは、文脈がないため非常に難しいが、それでもなにか個人的な情報につながりそうなものは片っ端からメモを取っていく。

――「食堂はこの期間、午後四時で閉まってしまうらしい。最悪」

――「リードを買った。はじめてアンファイルドに手を出すが、やはりわたしには向いていないかもしれない」

――「図書館と学生棟の間にあるスペースで昼下がり、頭のねじが飛んだカップルが集まって昼食をする。そのあまりにも統計学的な光景! ダンテですら描写を諦めて筆を折るだろう悪魔的な光景である」

――「大山数Ⅱの試験範囲は以下の通りらしい」

――「荏原中延、コンビニを出たところで道に迷う」

――「トルヴェールの『惑星』を演ってきた。客ウケはいい。当然か」

 以下云々。

 今の彼女からは考えられないほどの日常的な発言の数々。

 ……、もしかして、非常に特定は容易なのではなかろうか。

 グーグルで検索してみれば、その日、荏原中延市民会館で演奏会をやった団体は一つしかない。そのサークルに彼女が所属していると仮定して、そのサークルの所属する学校は、なんとぼくが受験に失敗した大学のそれであった。いきなり劣等感が刺激される。まぁ、生物系の発言からも相当以上に頭脳が優秀であるらしいことはわかっていたが。にしても、よりによって。

 大学をそこと仮定して調べれば、食堂の閉鎖時間もつじつまが合うし、構内マップを見た限り、図書館と学生棟の間には食事を取れそうなスペースがある。数学Ⅱを担当する大山という教官の名前もシラバスから確認できたし、そこから所属するクラスを一つに特定はできなかったが、三つ程度までは絞ることができた。

 リードを買ったということは木管楽器奏者、トルヴェールということはサックス奏者、公式サイトで調べたところ、彼女の所属するサークルは室内楽サークルであるらしい。今でも彼女が所属しているかどうかはわからないが、どうやらこのサークル、土日の昼に練習しているらしいので、彼女がコンスタントに夜間でも発言をしていることと矛盾はしない。

 インカレサークルだ。木管五重奏のホルンが慢性的に欠員状態らしい。

 ……その晩、ぼくは金の無心以外でひさびさに実家に連絡を取った。高校時代に買ったアレキサンダーはまだまだ錆びついてはいないはずだ。

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