第2話

紅い夕日の光が馬車の中にまで差し込んでくる。咄嗟に彼女に白布を渡すと、彼女は一瞬驚いた後、微笑んで会釈をした。


「ごっ…ごめんねいきなり…」

「いいえ。」


イタチが、連れてきた遊女にこんな態度をとっていると知ったら、同僚に笑われるだろう。けれどそれほどこの娘には鋭く、冷たい威圧を感じた。


話している時には気付かない、例えばこうして隣に座っていると体に張り付くようにそれが分かる。それでいて、笑うと花が咲くようにあたりが華やかになる。恐らく本人は意識していないだろう。美人とはそういうものである。


私はまじまじと娘の顔を見てみる。

(うっわぁ美人―)

夕日に照らされた肌は透き通るように白い。ふっくらとした唇。流れ落ちるような黒髪は紫がかって見えるほど黒く、艶やかだった。長い睫毛の奥から覗く瞳は光を反射してキラキラと光っていた。

(でも…なんか悲しそう…?)

憂いを帯びている気がした。

私がそうして彼女を観察していると、「光希さん」と声がかけられた。


「あっ何っ?」

少し上擦った声で答えると、彼女は白布を差し出して「光希さん、使いますか?」と言った。気付くと、私の顔は神々しい程に照らされていた。なぜ今まで気付かなかったのだろう。

「平気平気!それよりあなたが使って!」

娘は黙って頷き、白布を被る。その時、少し違和感を感じた。

(なんか、この娘笑顔が、いいや表情一つ一つがぎこちない?)

売られた娘なら無理はないかもしれないが、今まで見てきたそれとは違う。まるで、表情の作り方を知らないような---

(何だろう)

考えていると、御者から声がかかった。

「鼬殿。もう暗くなります。泊まって参りますかい?」

疲労しています!とでも言いたげな掠れた声。罪悪感に苛まれながら「今どの辺?」と聞く。

「丁度、波賀屋の辺りです。」

私は頷くと、「それなら波賀屋に泊まりましょ」と御者に声をかけた。御者はホッとした様子で少し先の波賀屋の隣に馬車を泊めた。



「鈴、と言ったっけ?」

「はい。」

「波賀屋の方に部屋があるか聞いてくるからここで待っていてね」

鈴は黙って頷くと、白布をたたみ直し、ちょこんと座り直した。

馬車を離れて波賀屋に入り、女将に、泊まるのが遊女であること、二部屋貸して欲しいこと、馬小屋を貸して欲しいことを話すと、女将は快く分かったと頷いてくれた。

戻ると御者はもう既に馬車を波賀屋の馬小屋の隣に移動させており、馬の手綱を持って待っていた。余程疲れているのだろう、疲労した顔で地面を見つめていた。

「御者さん!」

声をかけると、御者は人が良さそうな顔で笑って「部屋取れましたか?」と聞いてくる。ちょっとした罪悪感から、精一杯の労いをする。

「お疲れ様でした。ありがとう。馬は私が馬小屋に連れていくので、先に向かって下さい。」

御者は「ありがてぇです。」と笑うとよろよろと波賀屋に入っていった。


馬を馬小屋まで入れると、馬を撫でながら、「よく頑張ったねぇ。ありがとうねぇ。」と労う。私なりの感謝の気持ちだった。すると、隣で見ていた鈴が不思議そうに聞いてくる。

「馬に…お礼するんですか?」

「ええ。だってここまで運んできてくれたんだもの。」

鈴は興味深そうに馬を見ると、恐る恐る近づいて、鼻を撫でた。馬は気持ちよさそうに鼻を鳴らして、娘の手に鼻面を擦り付けた。それがくすぐったかったのか、鈴は笑い出した。

この娘と会ってから初めて見る、あどけない少女の笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朱亜ノ理 ラッコ @Cocoa_Candy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ