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 はじめにとっては、二年前のユリのことが頭に浮かんでくる。一緒に楽しく遊んだ記憶が蘇ってきた。どういうわけか、彼女の顔だけがぼやけ、どうしても浮かんでこない。

 館のことが気になりコミヤの家に行った。館の様子を訊こうと向かう。しかし、母親に門前払いされてしまい、仕方なく、その日は諦めた。

 数日が過ぎ、もう一度コミヤの家に行く。どうしても屋敷の事を直接彼から訊いておきたかった。家に差し掛かったとき、ちょうど彼が玄関から出てきた。

「コミヤ、ひさしぶりだな。ちょっと時間、空いてるか?」

「はじめか……少しくらいなら」

 はじめは、コミヤを近くの公園へ誘った。

 彼はブランコに腰を下ろすと、うな垂れた様子で見た。

「館のことだけど……話せるか?」

「ああ……やっぱりそうか。気になるよな」

 あんなにLINE内で、威勢のいい書き込みをしていたが、今のコミヤは、魂が抜けたように生気を失っている様子だと、はじめは思った。

 コミヤはゆっくりと口を開くと、唇をかみ締めながら喋り始めた。

 よほど恐ろしい目に遭ったのだろうと、コミヤの話を真剣に聞く。途中、怯える表情を見せた。彼が助かったのは中国のお札が守ってくれたらしい。念のために持っていったという。

 通販で買った怪しげなグッズが、こんな形で役に立つとはと驚きだったとコミヤは苦笑いを浮かべる。

「……オレは真相をみんなに話そうと考えていたが、あんなあり得ないことは、受け入れてもらえないし、笑いものにされると思う。だから、館から出た後、タカと相談したんだ!」

 『タカ』というのは、柿谷のことだろう。

「学校のみんなにはどうやって説明するんだ?」

「それについては、タカに任せてある! あいつは怖がっているが、頭はいいやつだ。案外、不思議とピンチでも、生き残れるタイプかもな」

「生き残れる、ね……」

 危険を察知できると言う面では、柿谷の能力は優れている。一種の予知能力のような、動物的本能と言うべきなのか、直感力にひいでていると感じていた。

「はじめ、あの館には近づかないほうがいい。行ったが最後、少女の幽霊のあやかしに引っかかって行方不明になるのがオチだ!」

「『少女の幽霊』だと?」

 気になることを呟いた。

「それと……少女の幽霊はと呟いたんだ……」

「おとこの、子……」

 この言葉にはじめは胸が苦しくなる。昔遊んでいたあの……?

「まさか!?」

「コミヤ、その少女は……赤い髪の色、だったか?」

「はじめ、お前なんでそれを……?」

「オレが……きっとオレなんだ! 少女の探している『男の子』っていうのは……」

「おい、マジかよ……」

 やはり、どうしても行かなければならないとはじめは、思った。

 

 方々をまわり柿谷を探した。

 柿谷の行動ははじめにはわかっていた。彼の行動パターンは、大概、市立図書館にいることがある。

 はじめは何気なく周囲を見渡した。壁掛けのカレンダーで今日の日付が七月二十日だということに気づく。なんだろうか、今日が特別で重要なように感じている。



 柿谷が目立つ場所にノートを広げ黙々と勉強をしている。

 柿谷に近づいた。経験者である彼を連れて行き、有利に動けるのではないかと考えたからである。

「いやだよ! どうしてオレが行かなきゃならないんだ! 怖いのダメだ、ってこと、はじめが一番知っているだろ! それに今日は塾があるんだから」

コミヤに―――無理やり館に―――連れて行かれたのには理由がある。柿谷の弱みを握っていたためだった。はじめはそのことを密かにコミヤから聞いていた。

 柿谷の真正面に座ったはじめは、彼の傍にあった本『解明 超常現象』『探偵 ガリレオ』が目に付いた。

「そのわりには、この本はオカルト関係の本だよな?」 

 とっさに『解明 超常現象』を指差した。

「これは、科学で証明されていない現象に興味があったから……勉強のかたわらで」

「館の噂話だって、科学で証明されていない現象かもしれないだろ?」

 はじめは真剣だった。館に行った経験者が居たほうが心強いし、何よりも安心できる。柿谷はコミヤの言うように危険を即座に察知できるかもしれないからだ。

「ひとりで行けばいいだろ! 現にコミヤだって登校できなくなって……」

「だけど、噂の真相に興味があって、お前も館に入ったンだろ? 案内して欲しいんだ! 俺には案内人が必要なんだよ! 頼む!」

 俯きながら、柿谷は黙り考え込んでいるようだった。

 もう一押しすれば協力してくれるのではないかと、『少女の幽霊』のこと、自身の過去のことを、正直に話し始める。

「頼むよ! だから、オレは館に行かなきゃ行けない理由ができたんだ。お前はまだあの館の噂の真相を知りたいだろ?」

「コミヤに聞いたんだな?」

「全部な」

 全て聞き終わった柿谷は、腕を組み考え込んでいた。深いため息を吐き、ノートを閉じた。

「わかったよ。2年間いっしょだった、腐れ縁の仲だもんな!」

 はじめの表情に笑みがみえる。

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