第20話 偉大なる父親
全速力で店まで辿りつくと、エンジンのかかった車が止まっていた。
「父さん?」
「こいつを持って走る気か? 割れたらどうする。さっさと乗れ」
「さんきゅ」
俺は車に乗り込む。アクセルが踏まれて加速する。
その間に息を整え、落ち着かせる。
「それで状況はどうだ?」
「どうだろうな……。まぁ、なんとかするよ」
「ぉ、一人でやる気か?」
「あー、なら一つ訊いていい?」
父さんは口元を緩ませていた。
普段、頼ることをしないからか、こういう状況を不謹慎にも喜んでいるようだ。
「失敗したジェノワーズがあるんだけど……、混ぜ過ぎでだいぶ固い奴な」
「あちゃー、やっちゃったのか」
「それを活用しようと思うんだ。俺の中では、フレンチトーストみたいにしたいんだけど、それって可能?」
「難しいな。元々固くなったパンを使うもんだからな。いくら固いとはいえ、そこまでじゃないだろう?」
「あぁ、バターケーキよりかは固いけど……厳しいか」
「それにパンと違って元々の甘さもある」
「あ……」
俺は牛乳に砂糖を入れさせたことを後悔する。
「あーらら、お前もミスった感じか?」
「うるせー……、あーくそっ」
俺は口に出して、悔しさを露わにする。
「で、どうする? 諦めるか?」
「んなわけあるか……、代案を立てる」
「といっても、残念時間切れだ。もう着くぞ」
さすが車。
あっという間に、見慣れた通学路を通り過ぎて行く。
本来なら喜ぶべきなのに、俺は焦っていた。
「まぁ、なんだ。生地に液を漬け込む必要はない。さっと潜らせるだけで充分だ」
せっかくの助言に俺はムッとするも、素直に聞き入れる。
「大量に焼くならオーブンがいいが……失敗のリスクを考慮するとフライパンで焼くのがいいな。充分に甘さがあるから、有塩バターで焼くといい。勿論、カラメリゼまでな」
さすがプロ。
俺の代案を活かしたまま、アドバイスをしてくれる。
「あとはそうだな。バナナなんかも一緒にソテーして添えてやると豪華に見えるかもな」
「あればやってみるよ」
「安心しろ。サービスだ」
校舎まで車を入れ、停止。俺だけじゃなく、父さんまで車から降りて荷物を取りだす。
「ほら、卵とバナナとアイスクリーム」
「は? アイス?」
「温かいと冷たいのコラボレーション。加工するとはいえ失敗作を出すんだ。これくらいはつけてやらないとな」
卵五〇、業務用のバナナとアイスの重さが、ずっしりと俺の腕に伝わる。
「甘さ控えめのコーヒーアイスだから、きっと合うぞ」
にやりと笑う父さん。
「日本人の場合、ケーキと言えばショートケーキだからな。そこで失敗なんて、ジェノワーズ以外ありえん」
つまり……なんだ。
「一〇台も仕込む気でいたところから、そこそこの自信はあったんだろう。それなのに全部しくったとなると、考えられる要因は生地を纏めて作ろうとしたくらいだ。そして、大量の生地を扱う際に一番多い失敗は混ぜすぎ」
あの電話だけで失敗の内容から、俺の考えまで読んでいたのか?
「それで出来上がるのは、固くて膨らみの悪いジェノワーズ。俺の教育上、廃棄の選択肢はない。とはいえ、お前の知識じゃ取れる手段は限られている」
意地悪な表情で、父さんはわざわざ説明しやがった。
「父さんだったら、どうしてた?」
「俺ならタルト生地に散らすか、パンプディングを作る」
完全に盲点だった。
共に、ジェノワーズの原型をなくす使い方。
前者は削り、後者はミキサーにかける……んなの、あの状況で思いつくか!
「……ありがとう。あとで清算するよ」
「おぅ、わかってると思うが――ちゃんとしたもん出せよ?」
手を上げて応えようとするも、両手が塞がっていてできなかった。
だから俺は、
「あぁ!」
と叫んだ。
注目を浴びていたが、恥ずかしいとは微塵も思わなかった。
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