第18話 仲間になりたそうにこちらを見ている

 正直な話、俺は非日常に想いを馳せている。

 だからこそ、目の前で苛めみたいなのが行われていれば、期待して首を突っ込んでいく。

 ただ、今回に限っては、絡まれている相手が見知った顔だったのが大きい。

 

 ――文化祭まで、一週間を切った放課後。

 

 芳野の件が少し気になった俺は、あいつの教室へと足を運んでいた。

 といっても、クラスがわからなかったので、一つ一つの教室を覗いていく。

 すると、不審に思われたのか、楽器を抱えた女子グループに声をかけられた。


「いや……芳野って奴いる?」

 素直に訊ねると、


「よしのって、どのよしの?」

 当然の返し。珍


 しくもない苗字だけあって、該当者は複数いるようだ。


「男で変なの」


「あー……」

 四人の声が重なり、


「アキト君か」

 一人が、親しみのこもった口調で呟いた。


「アキト君は五組よ。たぶん、いないと思うけど」

 

 そう告げると、ひらひらと手を振って去っていった。

 彼女のあとを追うように、他の三人が続く。ご丁寧に、俺に頭を下げて通り過ぎる。


「アキト君って?」

「ほら、最近音楽室でピアノ弾いてる」

「うっそ、あのイケメン?」

「ちょっ、あんた知り合いなの?」

「紹介しろ、こら!」

「てか、他所で弾いて貰えるよう頼めない? アレは自信なくすわ」

「あー、わかる」「レベルが違い過ぎるよね」

「神童って呼ばれてたからね」

 

 そしてすぐに、甲高い声が上がった。

 賑やかで、楽しそうな話し声。

 俺は彼女たちが見えなくなるまで視線を送ってみるも、誰も振り返りはしなかった。

 

 特別でも、なんでもないのだ。

 

 文化祭のこの時期、見知らぬ誰かに声をかけるのも、かけられるのも。

それに対して、答えるのも、答えられるのも……皆にとっては、当たり前なんだ。

 今までは、すぐに帰っていたから気づきもしなかった。

 

 もしかしたら、俺でも……なんて思うも、振り払う。

 

 盗み聞きした限り、芳野は音楽室にいるようだが……あそこは駄目だ。

 あの校舎には、調理室もある。

 最悪を考慮すると、近づくわけにはいかない。


「はぁ……」

 

 なんとなくこのまま帰るのが嫌で、俺は一応芳野のクラスに顔を出してみる。

 彼女の言う通り、あいつはなかった。

 

 けど、代わりに無理な買出しを頼まれているねここを発見した。

 

 教室には他にも生徒がいるが、誰も止めようとしない。

 むしろ、遠巻きに見て楽しんでいるふしさえ感じられた。


「……いやっすよ」

 

 そんな状況でありながらも、ねここは断っていた。

 声は震え、毅然とは言えないが、はっきりとした拒絶の意思を示している。

 

 その途端、頼んでいた男二人は声を荒げだした。

「てめー、暇だろうが? クラスの役にたってねぇんだから、そんぐらい行けよ!」

「芳野といいお前といい、クラスのために少しは協力しろよな。皆困ってんだよ」


「都合のいい時だけ、頭数に入れないで欲しいっす」

 強がっているだけなのは一目瞭然。

 

 だからこそ、男たちは更に脅しつけようとしてか、手を振り上げ――


「つまんねー真似してんじゃねぇよ」

 

 俺は助けに入る。

 漫画的に考えれば、男二人は脇役でやられ役。どうして、自らその位置に立とうとするのだろうか理解に苦しむ。


「なんだ、てめーは?」

 

 そして、いつも口から。二人揃って、キャンキャン騒いでいる。

 強そうな言葉を吐くだけで、一向に動こうとしない。

 二対一。

 当然、俺は不利なので先に攻撃を仕掛ける。

 相手の顔を睨みつけ、視線が合わなかったほうの鳩尾へと蹴りを入れた。


「な! てめー、なにしやがんだ!」

 

 それでもなお、荒げるのは口だけ。

 つまらない。ジジの時みたいには……いかない。


「黙れ、殺すぞ?」

 

 吐き捨てる男には手も触れず、床に平伏せさせたほうの頭を踏みつける。

 ただの見せつけで、力はほとんど込めていないのだが、効果覿面。勝手に残虐だと勘違いしてくれた。


「さすが、勇者っすね!」

 

 ねここはやけに甲高い、かすれた声で褒め称える。

 やはり見た目的にこいつは普通だ。きょろきょろと、周りの視線や言葉を気にしている。

 

 俺もこのまま晒されるのは辛かったので、場所を変える。

 

 なにも言わないで歩き出したのだが、ねここはついてきた。

 けど、何処を歩いていても喧騒が耳に入る。賑やかな、響き。文化祭に向け、皆は本当に楽しそうだ。

 その音色に追いやられるように、俺たちは昇降口まで行く羽目になった。

 ねここはまだ帰らないのか、靴に履き替えはしなかった。

 仕方なく、俺はここで問いかける。


「なんで、お前は芳野やジジと一緒にいるんだ?」

 

 ――きつくないか? 

 その言葉は呑みこんだ。

 おそらく、言わなくても伝わるだろう。


「――仲間になりたそうにこちらを見ている」

 

 開口一番意味不明。

 どこかで聞いたことのあるようなフレーズだが……?


「閣下が……芳野がおれに言ってきた台詞です。それも一番最初。それまで話したことすらなかったのに、いきなりそんな風に声をかけられた」


「……まじか?」


「昼休みになるとジジーー十文字が来て、芳野は凄く楽しそうで。おれはそれを見てた。今までみたいに、ただ見ていた。いつもなら気づかれないで終わってたのに、芳野は気づいて……おれに手を差し伸べてくれた」


「それは、嬉しかったか?」


「微妙でした。その時は見透かされている気恥ずかしさと反抗心のほうが強かったんで……おれは手を取れなかった」


「……だろうな」


「けど、あの二人にそんなのは関係なかった。『仲間になりたそうにこちらを見ている』その台詞が出た時の決定権はこちらにあるとか言って、強引に輪の中に入れられたんだ」


「なんつー身勝手な」


「そうでもない。無理矢理じゃなかったら、おれは仲間に――『ねここ』になれなかった。変に意地を張って、体裁を気にして……ただの猫田のまま。あとになって仲間に入れてなんて、絶対に言えなかった。自分の感情を――素直に寂しいとか嬉しいとか認められなかった……っす」

 

 納得だ。

 ねここの告白には、共感を覚えた。


「あの二人は、時に強引で特に放任っす。けど、強引な時に限って、良かったって思えるんすよ。なんだかんだで、俺のことをわかってくれているんす。本人たちはレベル不足だからとか言って、はぐらかしていますけどね」

 

 こいつは……頑張っている。

 あいつらと一緒にいるために、努力しているんだ。

 だから、強がる。あんな奴らに屈服しない。


「おれは勇者が羨ましいっす。二人にあんなにも認められて。だから、早く決めて欲しいっす」

 

 決めるってなにを? 

 表情だけで察したのか、ねここは笑って言いやがった。


「おれたちを仲間にするかどうかっす。決定権は勇者にあるんすから」

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