第17話 魔物の棲む文化祭

「おぃ、起きろ勇者」

 

 乱暴な声と揺れに、意識が引っ張られる。

 そう、引っ張られる。

 つまり、いい気分ではない。


「朝ー、朝だよ? 朝ごはん食べて学校行くよー」

 

 そして、目を開けて最初に映るのがジジの顔。

 これは最悪だ。


「……んだよ?」

 

 俺は不機嫌さを隠さず、起き上がる。


「なんだよって……、昼休みだぞ?」

「あ……、あぁ、そう」

「親切に教えてやったっつーのに、なんだその態度は。オレは、お前をそんな子に育てた覚えはないぞ!」

「はぁ……育てられた覚えもねぇよ」

「む? 勇者にしては普通のツッコミだな。まだ眠ってんのか?」

「あー……、かもな」

「こういう時は、なにか食えば脳も覚醒するだろう」

 

 そう言って、ジジが俺に手渡してきたのは弁当だった。


「なんで、俺の弁当をお前が持ってんだ?」

「持ってきてやったんだ」

「勝手に人の教室に入るだけじゃなく、鞄まで漁ったのかよ」

「ははは、オレたちの仲じゃないか」

「完全不審者だっての」

「安心しろ。黒髪を二つに縛って、眼鏡かけて、巨乳の委員長キャラみたいな子しか気にしていなかった」

 

 最後の一つはキャラ関係ねぇと思うも、ツッコむ気力が沸かない。


「ってか、芳野たちはいいのか?」

「そう、それだ!」

 

 ジジは人差し指を突きつけてきた。いちいち鬱陶しい。


「お前、閣下になにか言っただろう?」

「なにかって?」

 

 的の射ていない言いがかりに、俺はとぼける。


「あー、そうだな。例えばだが……ピアノ関連かな?」

 

 けど、すぐさま軌道が修正され、あっさりと捕らえられた。


「文化祭で弾いてくれって頼んだだけだよ」

 

 黙っても、嘘吐いても長くなりそうなので白状する。


「あー、なるほど。そういうことか」

「一人でなに納得してんだよ」

「いや、気にするな。お前は悪くないぞ、勇者。だからそんな泣きそうな顔をするな」

「はぁ? ふざけんなよ」

 

 と、言いつつも目がしらに触れ、その温度を確かめる。

 うん、涙は出る気配すらない。

 顔をあげると、ジジが口元を手で覆っていた。にやけ顔が隠し切れていない。


「なんだよ? あいつにピアノってタブーだったのか?」

「いや、そうでもない」

「はぁ? だったらなんだよ」

「少なくともオレは、いい機会だと思っている。だから、そんなに自分を責めるなよ」

 

 ジジはころころと表情を変えていく。

 その口調までもが変化するから、わかりやすく伝わってくる。


「文化祭が楽しみだな」

「……結局、お前らはどうするんだ?」

 

 だから、俺はあからさまな話題の逸らしにも乗っかってやった。


「基本的には、中等部の敷地にいると思うぞ」

「はぁ? なんで?」

「そりゃぁ、触れ合うなら若い子のほうがいいに決まっているからじゃないか!」

 

 さも当然のように言いきったジジに、俺は頭を抱える。

 そして、微かな不安も過る。千代に文化祭の予定を聞いておくべきかもしれない。


「そういう勇者はどうするんだ」

「特に決めてない」

「なら、暇ってことだよな?」

「……そう、だな」

「よしっ! なら朝の六時に学校集合で!」

「――は? ちょっと待てこら……」

「勇者は知らないかもしれないが、文化祭には魔物が棲んでいる」

 

 俺の言葉を遮って吐き出された台詞は、疑問点にかすりもしない。

 それで、どこからツッコンでいいか悩んでいる間にジジのペース。


「どれだけ熟考を重ね、経験を積んでいようともトラブルは起こってしまうんだ」

 

 ジジは演技かかった口調と手振りで、熱弁をふるう。


「そのトラブルにオレたちは駆けつける――すなわち、フラグをたてに行く!」

 

 拳を掲げ、言い切った感まるだしの表情をしているものの、意味がわからない。


「そうっす! 中学生の女の子たちに、頼れる大人の男の魅力を教えてあげるっすよ!」

 

 なのに、沸いて出たねここは見事に乗っかった。


「ジジ、閣下みつかったすよ」

「おぅ、そうか。それじゃ勇者、しばしの別れだ! だが、案ずるな。お前のピンチには、絶対に駆けつけてやるからよ!」

 

 ジジとねここは、爽やか過ぎる笑顔で去っていった。

 俺の返事など、聞く耳も持たずに……溜息。沈黙によく響く。

 久しぶりだ。こんな静かな昼休み。

 つい、いらないことを考えてしまう……退屈。

 中等部なら大丈夫だろうと、気付けば前向きに検討し始めていた。

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