第13話 日常の崩壊

 次の日には、普通に登校した。

 俺なんかが早退しても、教室に変化はない。

 

 ただ、委員長が声をかけてくれた。

 そして、俺は素直にお礼が言えた。

 

 そのらしくない態度が皮切りだったように、この日から日常が音を立てて壊れていった。

 崩壊の兆し――


「やあ、勇者。一緒に昼食でもどうだい?」

 

 それは昼休み。

 自分の机で一人、弁当を取り出していたら芳野たちがやってきた。


「あん?」

 勇者? 俺のことか? そういう気持ちを二文字に込めて睨みつける。


「目つき悪いっすね。ほんとに大丈夫っすか?」

「安心しろ。こいつは勇者だから」

「そうそう。それじゃお邪魔します」

 

 俺の同意も得ずに、無人の机とイスを移動し始める。

 心配の言葉はない。

 もう、済んだことというよりも、先日の出来事などなかったようだ。

 だったら、俺から言うべき言葉はない。


「まずは、自己紹介から始めようか?」

 黙々と弁当を食べていたら、芳野がぬかしやがった。


「必要ねぇよ」

「いやいや、相互理解は大事だと思うんだ」

「今、閣下はいいことを言った」

「……勝手にしろ」

 

 上手くあしらう方法がみつからなかったので、渋々付き合う。

 こいつらは俺の恋を笑わなかったんだから、それくらい別にいいだろ。


「誰からやるっすか?」

 

 一人だけ例外もいるが……こいつらの同類なら心配はいらないか。


「閣下こと、僕から始めようか」

 芳野が口火を切り――早くも疑問点が浮上。


「そもそも、その閣下ってなんだよ? デーモン?」

「いやいや、確かに色は白いけど別にそういうんじゃ……」

「じゃぁなんだよ?」

「閣下は閣下だよ」

 

 俺の質問に答えたのは芳野ではなく、茶髪の連れだった。


「だって、こいつ偉そうだろ?」

 

 見た目や名前ではなく、言動から付けたあだ名か。


「わからなくはないが……」

 

 だからといって、閣下はなないだろ、閣下は。

 しかし、誰かにあだ名を付けた経験のない俺には、そのような難癖を付ける真似はできなかった。


「そして、勇者は勇者」

「って、勇者つてやっぱ俺のことなのかよ」

 

 当然だろ? と言わんばかりに三人が頷く。

 どいつもこいつも、俺までふざけた方程式にはめこみやがって……。


「んじゃ、次はオレか。ジジだ」

「ねここっす」

 

 誰一人として、まともな自己紹介をしやがらない。

 結果、呼称は固定される。


「芳野とジジとねここ……ね」

「閣下でいいのに」

 

 一応、こいつだけは苗字を知って……、知っているのがこいつで良かった。

 閣下なんて呼べるかっての。


「それで、俺の勇者ってのはやめろ」


  周囲から向けられている視線が、いつもと違う種類でどうも落ち着かない。


「なんで? 勇者は勇者なのに」

「意味がわかんねぇよ」

「説明するとね」

「しなくていい」

 

 どうせ、つなが出てくるに違いない。

 さすがにこんな場所で、声を大にして説明されたらかなわないので釘をさす。


「なら代案として……そいえば、勇者の下の名前はなんて言うんだい?」

「あん?」

「なにをそんなに怒っているんだい?」

 

 芳野の言う通りである。

 今までの流れと比べたら、至極真っ当。


「……別に」

 

 ただ、俺は自分の名前を言いたくなかった。


「なら、勇者で決定」

 

 黙秘権を行使していると、名誉ある呼称でありながらも、不名誉感が漂うあだ名を付けられてしまった。


「さて、自己紹介も終わったところで……」

「誰一人終わってないと思うが?」

「本題に入ろうか」

 

 俺の言葉は二人の同意に塗りつぶされる。

 というか、本題なんてあったのかよ?


「ちなみに、勇者は文化祭の予定は?」

「文化祭?」

 

 クラスでなにか話し合っているの走っている。

 が、ここんとこホームルームに出ていないので、どう進展しているかは把握していなかった。


「基本的にはクラス単位、部活単位、生徒会などの役員単位で出し物は行われるんだけど……」

 

 反応だけで暇と認定されたようだ。

 間違いではないが、ムッとなる。


「僕たちはクラスからハブられたんで、どうしようか悩んでいるんだ」

 

 中々に悲惨な状況のようだ。クレープ屋の遭遇を踏まえると、部活はやっていないだろうし、役員はあり得ない。


「それで、だ。僕たちでなにかをやらないか?」

「はぁ? どうやって……」

 

 個人的なグループでの活動は許されていない。

 例外はあるらしいが、教師、生徒会、文化祭実行委員会の許可が必要不可欠。


「簡単だよ。僕たちで同好会を作る」


「パス」

 一蹴すると、


「ならゲリラ的にやるか?」

 ジジがとんでもない代案を出してきた。


「そもそも、なにかってなにをする気だ?」

 

 協力するにも、目的がわからないとやる気が出ない。

 学生同士で一緒になにかをやり遂げるだけでも充分意味はあるのかもしれないけど、俺には無理だ。


「そりゃぁ、勿論メイド喫茶だな」

 当然のようにジジが抜かすも、


「は? 意味わかんねぇし」


「なら、ツンデレ喫茶っす 」

 ねここの代案は更に意味不明過ぎて、俺は言葉を失う。


「ねここ、それは古い! 時代は従順乙女ってことで、奴隷喫茶を僕は推す!」


 奴隷と乙女は矛盾していると思うのだが、周囲は納得の意をにおわせている。


「……お前ら、面子を少しは考えろよな?」

 俺は我慢しきれず、ツッコむ。


 すると三人は顔を見合わせて、


「つまり、女装! 」とジジ。

「男の娘喫茶! 」次いで芳野。

「LGBT問題を盾に理論武装すればいけそうっすね! 」締めにねここ。


 阿吽の呼吸で同じ着地点に辿り着きやがった。


「……俺はやらないからな、絶対」

「安心しろよ、勇者。元々お前はウエイター候補じゃねぇ。いや、ウエイトレスか」

「あん? どういう意味だよ」

「なぁに、勇者が料理やお菓子作りが得意って聞いてね」

「……誰から聞いた?」

「家庭科の先生。それと、クラスにいる料理部の子たちが話していた」

 

 料理部が? と、思うも心当たりはある。

 ただ、良く言われていることに若干、刺さる。


「オレらは全員、料理はできねぇからな。……いや私たち。僕もありだな」

「ジジ、キャラ付けが相変わらず早いっすよ」

 

 せっかく芳野が真面目に話していても、あとの二人が台無しにしてくれる。


「悪いがパスだ。そもそも許可下りねぇだろ?」

「許可いる?」

「ねぇと教室使えねぇだろ」

「乗っ取る?」

「大問題だ」

「諦めるか」

「そだね」

「そうっすね」

「お前らは、俺をからかっているのか……?」

 

 全員が好き勝手に口を開いて、完結させる。

 巻き込まれたこっちは、たまったもんじゃない。


「なんだ? 勇者やりたかったのか?」

「なら、来年にしよっか?」

「それじゃ、今の内に同好会でも作っておくっす」


「てめーら……」

 ツッコンでもきりがない。

 放置していたら、容赦なく引き込んでくる。

「失せろ!」

 怒鳴ってみせても、やはり二人は動じない。


「閣下、ジジ……どうするっすか?」

「いやぁ、中々に迫力のある声だね。どう思うジジ?」

「意外にツッコミの才能があるんじゃね?」

「だよね? どうも勇者の前だと、いつも以上に頑張っちゃうんだよ」

「わかるわかる」

「お前らは、なにがしたいんだ?」

 

 耐え切れず訊いてしまった。ふざけているのか、それともからかっているのかが、俺には判断つかなかった。


「なにをって、楽しんでいるだけだよ」

「はぁ? つまり、からかってんのか?」

「落ち着け勇者。そうだな、お前は漫画とかゲームは好きか?」

「僕たちは大好きなんだけどね」

「急になんだよ?」

 

 面倒くさそうにジジを見ると、身構えさせる顔つき。

 何故か、真剣に応えないといけないと思った。


「人並みには……好きだが」

「ちなみに、キャラと物語。どっちが先だと思う?」

 

 どっちが先? 鶏と卵と同じで、どっちが先かなんて決められないと思うのだが?


「オレたちは、キャラが先だって思ったんだ」

「というか物語が先だと、どうしようもないしね」

「意味わかんねぇよ」

「大丈夫っすよ勇者。俺もわからないっすから」

 

 ねここも俺と同じ立場っぽいが、頼りないことこの上ない。


「別にからかっても、遊んでるわけでもねぇよ。ただ、楽しんでいるだけだ」

「そうそう、細かいことなんて気にする必要ないよ。楽しければそれでいいでしょ?」

「そうっすね」

 

 二人の弁舌に、ねここは簡単に丸めこまれた。

 疑問点を解決する気を完全に失っている。かくいう俺も、どうでもいいって思い始めていた。


  そのあとは不干渉。

 ぼんやりと、こいつらの話を聞いていた。

 意味不明な言葉が多かったが、楽しそうだった。というか賑やかだった。

 こんなに騒がしい昼休みを過ごしたのは、入学以来初めてだな。

 ふと、そんなどうでもいいことを思った。

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