第14話 放課後レースゲーム

 放課後を告げるチャイムが鳴り響く頃には、俺は昇降口にいた。


「やぁ、勇者。今、帰りかい?」

 

 それなのに、どうしてこいつらは先にいるのだろうか?


「しかし早いな。ちゃんとホームルームに出たか?」

 ジジが抜かすも、


「お互い様だろ」

 同類である。


「ははは、つまり出てないのか。まったく、聞き込みどおりだな」

 

 ジジは高らかに笑う。

 わざとらしい動作と表情だが、ここまで豪快だとこっちまで笑えてくる。

 しかし、聞き捨てなら無い一言。


「聞き込み?」

「お前が早退したあとに情報収集してみた。っても、閣下がだけど」

「教室の誰よりも遅く来て、早く帰る。協調性皆無。全校集会の類は、ほとんどサボっている。目つきが悪いだけでも近寄りがたいのに、口と態度も悪く、手も早い。普段はやる気がまったく感じられないのに、喧嘩やイジメなどのトラブルがあると首を突っ込んでくる乱暴者……まっ、大した成果はないけどね」

 

 手帳を開くパントマイムと共に、芳野は説明した。


「中等部から同じ奴らもいるはずなのに、そんだけかよっ!」

 

 ジジが漫才のようにツッこむ。

 ほんとに大したことなくて、俺はほっとしていた。


「それとさっきの答えだが。最近のホームルームは文化祭の話し合いに使われているからな」

 

 つまり、いても意味がないと言いたいのだろう。

 その気持ちはわからないでもない。俺も文化祭の話題になったから、途中で帰らせて貰った。


「そいや、ねここは?」

「うん、彼は比較的真面目だからね」

「そもそも、クラスが違うから知らん」

「あん? そうなのか?」

「閣下はねここと同じだが、オレは違うんだよ」

 

 その割には、仲が良いのが気になった。部活もなにもしていない三人の接点は、何処にあるのだろうかと。


「ああ、オレと閣下は小中が一緒なんだ」

 

 見透かされていた。

 ジジの親切心に、適当な相槌を打つ。


「もうちょいリアクションしろよな」

「寡黙でクールキャラ。新しいね」

「そもそも、寡黙とクールって被ってねぇ?」

「そう? どっちもジジの正反対に位置するってとこは、被ってるかもしれないけど」

「ちげーよ。そういう意味じゃなくて……」

 

 しかしこいつらは、すぐに俺のことなんて放っておいて勝手に盛り上がる。


「おいおい、そんな急ぐなよ」

 

 そのくせ、ペースをあげて一人で帰ろうとすると、止めに入る。

 溜息一つ。諦め? 許容? 見通しがきかない。


「勇者はこのあと、なにか予定あんのか?」

「特にないけど、真っ直ぐ帰る」

「うわぁ、先手を打って来やがった」

「初名ちゃんとは、今日は会わないの?」

「……さぁな」

 

 もし、このまま店にいけば会う可能性はある。かといってそれは絶対ではないので、俺の答えは間違いではない。


「怪しいな」

「うん、怪しい」

 

 だから、勘繰っている二人には悪いが、そう簡単に顔に出やしない。


「暇だし付いていくか」

「うん、勇者をストーキングしよう」

 

 だが、嘘とか真実とかは関係なしに、こいつらは動こうとしていた。


「冗談、だよな?」

 

 俺は引き攣った声で確認を取る。

 二人は申し合わせたようにお互いの顔を見て、にやりとした。

 溜息一つ。

 今度のは諦めでも許容でもない。ただ相手の油断を誘うため――


「ちっ、逃げたぞ閣下」

「追うよ、ジジ」

 

 走りだした俺を追いかけてくる二人。部活にこそ入っていないものの、持久力と純粋な筋力を除けば、俺の運動能力は決して低くない。


「って閣下! お前バテるの早すぎ!」

「僕に構わず、先に行け!」

 

 やけに芝居のかかった口調で芳野が叫ぶ。

 そう、叫ぶ。

 つまり注目を浴びる。

 あんにゃろ……俺まで巻き込みやがって!


「くっ……、閣下! お前の犠牲は無駄にはしない!」


 死んでねぇし、犠牲もなにもないだろ。ただの運動不足だ!

そう、ツッコミたいのを必死で抑え込む。

 ここは俺の通学路。下手な真似して、これ以上奇異の視線を向けられるのはまずい。


「待て! 勇者ぁぁぁぁぁ!」

 

 ジジが叫ぶ。

 そう、叫ぶ。大声で勇者と口走る。

 つまり注目を浴びる。

 

 勇者ってなにかしら。あの子のこと? 高校生にもなって恥ずかしくないのかしら……被害妄想が幻聴となって、俺の心を揺さぶる。


 現実問題、ひそひそとなにかを話しているのは確かだし……恨むぞ、こんちくしょう!

 荒い息使いが、すぐ後ろから聞こえてきた。

 振り向くと、そこにはジジがいた。


「ちっ、脚も早いのかよ!」

 

 俺は地面を蹴ってコースを変える。

 直線では分が悪いと判断した。


「雷の呼吸! 加速装置! リズムに乗るぜ!」

 

 ジジは金魚の糞のように付いてくる。

 無駄にでかい声をあげて……つまり、もう勘弁してくれ。


「ははは!どうした、勇者? おまえの力はこんなものなのか?」

「いいから、お前は少し黙れ!」

「はっ! この程度で逃げおおせる気でいたとは甘い、甘すぎる。おまえの考えはまるでチョコラテだな!」

「聞こえねぇのか……このジジイが!」

「そのネタは悪手だぜ?」

 

 余裕の感じられる返しにイラッ!


「テメー、少しは人の話を聞け!」

「まさか、知らなかったのか? 大魔王からは逃げられないと!」


 噛み合わない会話に俺はキレた。


「上等だ! 引き離してやんよクソがぁっ!」


 無視すればいいのに、俺はできなかった。

 ついつい喧嘩を買ってしまい、同じベクトルで言い返す。


 脚力で負けていても、地の利はこちらにある。

 できるだけ直線を避け、ちょっとした抜け道を選択していけば――


「ちょこまかとおっ! 」


 住宅街には時折り、行き止まりがある。

 他にも私有地となっている道路や袋小路などなど。


「おぃおぃおぃ! この先、行き止まりじゃねぇか! ぬかったか勇者よ!」

 

 ジジの言う通り、行く先には店の外壁があった。

 だが、俺は気にせず駆け走り――壁を蹴り、跳び上がる。


「ちょっ! お前それはないだろう」

「……ざまぁみろ 」


 パルクールにおける、ウォールランからのクライムアップ。

 三メートル程度とはいえ、垂直の壁をよじ登るには技術が必要である。

 披露する機会に恵まれない特技も見せつけることができて、俺は優越感に浸る。


「他人様の敷地に勝手に入り込むなんて、恥をしれ恥を! 勇者らしいと言えば勇者らしいが、現実にやると非常識どころか犯罪だぞ!」


「てめーが常識を説くな!」

 俺はそう残して、ジジとは反対側に飛び降りた。


「待て、勇者! ここはいったい何処なんだぁ!」

 

 ジジの絶叫が聞こえた。

 最後の最後まで、うるさい奴である。


「非常識なのはお前だっての」


 現にここは他人様の敷地ではなく、ウチの店。

 つまり、ジジはゴールまであと一歩のところに来ていたのだった。

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