第12話 親子で恋バナ
このあと、俺たちは戻ってきた保険医にこっぴどく怒られた。
といっても、ほとんど芳野が請け負っていたのだが。
俺とあいつ――芳野の連れは、申告せずとも安静を言い渡された。
早い話が、早退した。
「大丈夫、しーくん?」
部屋で寝ていたら母さんが帰ってきた。
「あぁ、ごめん迷惑かけて」
「ほんと、早退とか初めてだよね。遅刻やサボりは多いけど」
「……ほんと、ごめん」
なにが面白いのか、母さんはけらけらと喉を鳴らす。
「どしたの? 今日は素直じゃん。あまのじゃくで負けず嫌いな、しーくんらしくない」
「別に、そんなんじゃ……」
ってか、あまのじゃくで負けず嫌いって……俺はそんな風に認識されていたのか?
「というか、俺は大丈夫だから。戻っていいよ」
「戻るっていっても、お父さんの手伝いしてただけだし。それに、今のしーくんを置いていったら、怒られちゃうよ」
子供みたいな物言い。
そいや、父さんよりは大分年下だもんな。
「父さんが怒ってるとこなんて、見たことないけど」
「あれでも元教師だから、怒るのはお手のものだよ。けど、性格的には向いていないから、怒った後に胃を痛めるけど」
「難儀だなそれ……」
「そのことを皆、知っていたから。お父さんが怒ったら、クラスは物凄く反省していた」
「いい、教師だったんだ」
「本当にいい教師は、教え子に手ださないと思うけどね」
ケロリと母さんは言ってのけた。俺は苦笑するしかない。
「卒業後だから、セーフかもだけど」
「あれ? そうなの?」
初耳だった。ってか、親から聞かされるのは初めて。
俺が知っているのは、両親の友人や親族が笑いながら言っていたことだけ。
教師だった父は、生徒だった母に手を出したと。
それを聞かされた俺は、複雑な気持ちで一杯だった。
相手に悪意がないのは子供ながらにわかっていたけど、納得がいかない。どうしてそんな風に言うんだって、殴りそうになったこともある。
仲の良い両親だったから。素直に尊敬できる、親だったから。
「そう、私が卒業して、専門学校にいって、就職して……三年くらいたった頃かな? テレビでお父さんが出ててね。それも肩書きは教師じゃなくて、彫刻家。それで私は連絡取ったんだ。
ちょうど、ピエスモンテっていう工芸菓子に挑戦しようとしていたからさ。色々と教えて貰おうと思ってね」
母さんは少女のようだった。元々、性格や口調はそれに近いのだが、今は顔つきまでもが幼い。
「それがきっかけでね……でも、私はずっと『先生』って呼んでたから、やっぱりアウトかな?」
思い出とじゃれあっている母さん。今は物凄く楽しそうだけど、当時はどうだったのだろうか?
「やっぱり、周りには色々言われた?」
無意識に漏れ出していた。
「んー、まね。でも、お互い大人だったし……ぁ、お父さんのほうは結構、非難されてたらしいけど。年齢のことだけじゃなくて、仕事のこともあったし。彫刻家としてそれなりに注目されてて、お金はあったんだけど、安定とはいえなかったから」
その話は知っていた。
俺ができたのを機にあっさりと転職。しかも、母さんと同じパティシエを選んだ。
「単に、私の我侭だったんだ。私にとってパティシエは夢だったし、しーくんを産んだあとも続けたかった。けど、この業界って馬鹿みたいに過酷でさ。それでも、やりたいって言ったら、『俺が店を出すから、それまで待て』ってね」
「まったくの素人だったんだろ?」
「でも、器用さとセンスは抜群だったから。それにフランス語もぺらぺらだったし。向こうに勉強しに行く人って結構いるんだけど、ほとんどが言葉を知らないまま行くの。だから、お父さんみたいに会話ができる人って歓迎されたんだって。たとえ、若くない新人だとしてもね」
父さんの友人には、フランス人も何人かいる。毎年一回は必ず、家か店にやってくる。
こんな小さな街まで、わざわざ――
「やっぱり、言葉って大事なんだよ。会話ができないと、技術や知識は身についても気持ちまではわからないからね。お父さんの作るケーキに人の名前のがあるでしょ? あれは、向こうの人たちと会話していたからできることなんだよ。日本でやっていた私には無理。恥ずかしいっていうのもあるけどね、友達とか好きな人をイメージして作るなんて」
しかも、そのデザインがめちゃくちゃ綺麗だったり、可愛かったりするものだから、モデルにされたほうはなんとも言えないだろう。
「だから、しーくんもきちんと会話しなさいよ? 友達とかクラスメイトとか、彼女とか……ね。なにが好きかとかじゃなくて、なぜ好きなのか。そこで共感できれば、趣味嗜好が違う人でも仲良くやっていけるから」
的を射た指摘に息を呑む。家族には話していないのに……偶然か、それとも確信があってのことか。
恐る恐る、母さんと目を合わせてみると満面の笑み――
「きゃー、しーくんと恋バナしちゃった! 千代やお父さんに自慢しちゃおっ」
勘繰るのが馬鹿らしくなるくらい、はしゃぎだした。溜息。感謝を込めて。
「……恋バナじゃないし。あと、千代にだけは言わないでくれ……」
その心配は杞憂で終わった。千代も父さんも心配こそしてくれたが、いつも通り。
ただ、母さんのテンションが割り増しになっていて、早退したにもかかわらず、ゆっくりとは休めなかった。
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