第10話 再会、今度は戦闘

 人間は忘れやすい生物である。


「よぉ、アキバじゃねぇか」

 

 通学途中。

 発音が某所みたいでイラつくが、呼び止められた。

 振り返るも、顔に覚えはない。


「誰だ?」


「うっわぁ、ひっでー」

 男は声を荒げて、芝居がかった動きで俺を指さす。


 見た目は、いわゆる不良。

 茶色い長髪に、きちんと着れていないシャツ。


「昨日、会っただろ?」

 

 昨日? まともに会ったといえる生徒は……あいつらだけか。


「芳野の連れの一人か」

「やっぱ、閣下がリーダー格に認識されてんのか」

 

 単に、他の奴らの名前を知らないだけなのだが……。


 俺の無言を勘違いして、

「リーダーなんていねぇよ。皆平等で対等だ。てことで自己紹介、ジジだ」

 ハイテンションでまくし立ててきた。


「……っ!?」

 

 こいつ、通りすがる生徒たちの視線など気にも留めていない。

 通学路の真ん中で平然と握手を求めるなんて、どうかしてる。


「うわぁ、シカトすんの?」

 

 相手にしたら駄目だ。

 他の奴らと違って、別の意味で堪える。


「初名ちゃんや翔子ちゃんの前ではあんなに愛想良く笑っていたのに、オレは無視ですか。少女以外は眼中にないってか。ロリコンさんって奴ですかぁ?」

 

 人は忘れやすい生物であると同時に自分勝手である。

 前言撤回。


「黙れよ。殺すぞ?」

 

 関わりたくはないが、馬鹿にされたままじゃ捨て置けない。


「あまり強い言葉をつかうなよ、弱く見えるぞ?」

 

 面倒なことに、相手は動じなかった。

 それどころか、漫画の台詞を真似るくらいの余裕。へらへらとしていた顔つきが一瞬で引き締まり、まるで別人のよう。

 

 互いに視線を交差させ、探り合う。

 

 背は俺より低く、一七〇前後。体格はあちらのほうが引き締まっている。けど、靴の踵を踏んでいるので、機動性はこちらが上のはず。

 

 更に強く睨みつけるも、怯む様子はない。

 

 むしろ、張り詰めていく。

 今までにない展開に、不思議と口元が緩んでしまう。

 

 ――手加減は必要ない!

 

 俺は一気に踏み込んだ。視界に肌色がチラつき、反射的に目を閉じるも止まらない。体が密着。顔面に微かな衝撃があったが、気にせず手を伸ばす。この状態からでは、首は動かせない。

 掴んだ! と思ったら腹部に圧迫感――構わず、押し切る!


「ごほっ……あー、生きてるか?」

 

 支えるどころか、一緒に倒れこんでしまった。

 俺は相手の膝に鳩尾からダイブする形になり、相手は後頭部からアスファルトに落ちた。


「まじで……殺しに……来るやつがいるかよっ……」

 

 意外にも返事があった。

 こちらは嘔吐感が残っているものの、動けないほどではない。立ち上がり、見下ろす。


「なんだ、大丈夫みたいだな」

 俺はつまらない優越感に浸り、嘲笑する。


「んなわけあるか! 腹筋に力入れてなかったら死んでるって、これ……」

 

 どうやら、後頭部からの直接落下は避けていたらしい。

 その代わり、背中を強打したか。

 しかし、あのタイミングで膝蹴りだけでなく防御までするなんて、大した奴である。


「まさか、通学中に男を押し倒す図に遭遇するとはね」

 

 振り向くと芳野がいた。

 更には、更には女子たちが携帯のカメラを向け、無配慮に撮影している。


「けど、今のは本当に危ないように見えたけど……大丈夫?」

 

 どうやら傍目からも危険だったようだ。

 ……俺からすれば、囲っている女子たちの目つきと表情のほうが危ないと思うのだが。


「もしかして、おはようじゃなくておやすみだったりする?」

「おやすみってほどじゃねぇよ。けど、閣下悪い。肩を貸してくれ。膝に矢を受けてしまったようだ」

「なんか余裕じゃない。けど、乗った。まさか、男に肩を貸す日が来るとはね」

「悪い……これ、結構マジだ。背中やら腰が痛くて……まともに歩けそうにねぇぞ。生まれたての小鹿――いや、処女を喪失した生娘並みに足ががくがくしやがる」


 周囲から、怒涛のシャッター音。

 なのに、二人は微塵も気にしていなかった。


「ほら、ぼさっとしてないでアキバ君も肩を貸す」

「あん……?」

 

 こいつも、こんな風に囲まれて晒されているというのに――!

 俺の気にしていないふりとは違う。


「反対側。一人じゃしんどい」

 

 今回はやり過ぎたと思うので、素直に従う。

 遅い歩み。後ろから、沢山の生徒が追い越す。校門までつくと、今まで以上に注目を浴びる。


 ひそひそと声も聞こえる。うるさい……不快だ。


「はぁ、これが女の子だったらなぁ」

「ジジ、それはこっちの台詞」

「ほんと、フラグが立つイベントなのにな~」

「通学路で戦う美少女なんて希少すぎるけどね」

「馬鹿いえ! この場合、重要なのはそこじゃない。貧血でも事故でも苛めでも通り魔でもなんだっていいんだよ。ようは肩を貸せれば……いや、おんぶ? お姫様抱っこか!」

「ジジ、元気だね。一人で歩けるんじゃない?」

 

 それなのに、こいつらは平然としてやがる。

 

 ――周囲に、微塵の興味も持っていなかった。

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