第9話 遭遇、エンカウント

 頼まれていたモノを早々に買い終え、俺とつなは寄り道をしていた。


「こらっ、走りまわるな」


 公園に入るなり、走り出したつなに注意をする。

 そして追いつくなり、その頭に手を置く。


「なんか、それやだっ」

 

 つなは不満気に見上げてくるも、俺は離さない。


「動きまわるからだ」

「うー、頭はやだよ」

「なら大人しくしているか?」

「うー、手っ」

 

 つなは小さな掌をこちらに差し出してくる。

 俺はそれを暫く凝視……ってなに、意識してんだか。


「ほらっ」

 

 キャラじゃないけど、いいか。

 ってか千代見を相手に、昔はよくやっていたんだよな。


「えへへ」

 

 その笑顔に妹を思い出そうとするも、上手くいかなかった。

 手の感触も違う。

 俺が大きくなったのもあるが、小さすぎる。

 きっと、簡単に潰せてしまいそうなほど――この手は脆い。


「う? しーくん?」

 

 俺の感情の機微を察したのか、つなは心配そうに見上げる。

 子供のくせして……生意気だ。

 その〝歪さ〟が目に余る。下らない妄想を掻き立てるんだ。


「……なんでもない」

 

 慎重に力を加え、大丈夫だと伝える。

 たぶんきっと、優しく笑えているよな? 


「あっ! クレープ! 」

 つなが指をさした先には、移動式のクレープ屋があった。

 

「食べていくか?」

「わーい! しーくん大好き!」


 こういうところは素直な子供である。

 俺はつなのペースに合わせてゆっくりと歩き――


「うっしゃ! オレ様一番ナンバーワン! 」


 ――忙しない男が走って来て、店頭に並んだ。


「別に競争していないんだけど?」

 加え、もう一人追加。


「その割に閣下も早いっすよ 」

 更に追加。


「……マジか?」

 そいつらは揃ってウチの制服を着ていたので、俺は漏らす。

 このまま回れ右をしたくなるも、つなの喜びようを見る限りそうもいかない。


 俺は気配を消して並び、つなに話かけるていで背中を向ける。

 

「オレ様バナナチョコバナナ。オレ様のチョコっとバナナ? ってオレのバナナはちょこっとじゃねぇ!」

「ジジのバナナは食べたくないなぁ。けど、色々あるんだね。ねここはお好み焼き?」

「なんでこの暑い日に、惣菜系に走るっすか……?」

 

 ……なんだ、このくそ迷惑な奴らは。

 閣下にジジにねここ? 

 いったい誰なんだと思うも、迂闊に確かめようとはしない。


「しーくんは何にする?」

 前の客に釣られてか、つなが訊いてくる。


「何って……?」


 意外にメニューが多かったので、俺はつなを持ち上げて看板を見せてやる。

 

「わー、イチゴがあるイチゴ!」

「この時期は絶対に国産じゃないから、他のにしとけ」

「えー? じゃぁね、じゃぁ……チョコバナナっ! 」


 甲高い子供の声に引かれてか、前に並んでいた三人が一斉に振り返る。


「ふっ……。幼女に食われるのなら、オレ様のバナナも本望だぜ」

「捕まりたいの? 初対面の幼女にそんなこと言うなんてさ。バカなのは知ってたけど、ここまでとは。そういうのは保護者のいない隙に言わないと」

「閣下、それフォローになってないっす。むしろ、犯罪臭が増してるっすよ」


 運よく、つなを抱えていたので俺の顔は隠せていた。

 が、いつまでもこうしているわけにもいかず、俺は恐る恐るつなを下ろす。


「誤解しているようだから言っておくが、オレのは巧妙なひっかけだぜ? この二人が健全な関係性かどうかを確かめたんだ」

「なるほど。昨今のニュースを聞く限り、男子高校生と幼女の組み合わせは危ないという訳だね」

「危ないと思う、その思考が危ないと思うんすけどぉ? 普通に兄妹じゃないっすか?」


 人を目の前にして、三人は好き勝手に喚く。


「つまり、兄弟じゃなかったらアウト、犯罪だな! ……おい、どう見ても似てないと思うんだが?」

「ジジ、失礼だよ。でも、本当に似てないね。まさか、本当に犯罪だったりする?」


 つなの手前、ここまでは聞き流してやったがそろそろ限界だ。


「……てめーら、調子に乗るのも大概にしろよ? 」


 基本的に俺は優しくない。

 売られた喧嘩は買ってやる。


「でもよぉ。このくっそ暑い日に長袖を着せるなんて可哀そうだろ?」

 三人の中で一番チャラい男が言うも、


「てめーのちんけな物差しではかんじゃねぇ 」

 そんな見た目でビビる俺じゃない。


「アキバ君。自分たちのことを全力で棚に上げて言うけど、そーいう態度は子供の前では止めたほうがいいと思うよ」

 芳野の指摘。


「……ごめん、なさい 」

 何も悪くないはずなのに、つなが謝る。

 

 いつの間にか、俺の脚を握っていた。

 それも結構な力で。


「子供は敏感だからね」

「なんかエロいな」

「ははは、そういう意味じゃなくて空気とか感情にってことなんだけど」

「詳しいっすね、閣下」

「これでも、幼稚園の先生を目指しているからね」

「うわぁ、いつか絶対ニュースになるな」

「新聞の一面を飾りそうっすね」

「失敬な」

 

 相手にしたら負けなのだろうか? 

 けど、つなから見れば俺たちはクラスメイトに見えているはず。陽気に話しかけてくる相手を無視するのは、教育上どうなんだ?


 そんなことを考えていると、

「で、そのコはアキバ君の妹? 義妹? 近所の妹分? spれとも、お菓子か何かで釣り上げた子?」

 芳野がほざく。


 先ほどの指摘から常識枠から思いきや、こいつも大概である。 


「……つか、なんで俺の名前を知ってんだよ?」


「だって、よく保健室とか職員室で会うじゃんか 」

 正論だった。


 同じ理由で、俺もこいつが芳野だと知っている。


「……前、進めよ。注文できんぞ 」


 これで数秒は持つ……いや、持たせてどうする? 

 さっさと終わらせないと―


「初名ちゃん?」

「翔子おねーちゃん」

 

 俺が悩んでいると、新たな客がやって来てつなと親し気に話し出す。

 つなに姉はいないから、集団登校か何かで一緒の上級生だろう。

 小学生にしては発育が良いようで、背も胸も中学生の妹より大きい。また、長い髪に涼しげなワンピースと、女性らしい要素に満ちている


「えーと、お兄さんですか?」

 無配慮に見ていると、警戒心の籠った声をかけられた。


「いや、違う……」

 なんて説明したらいいか悩んでいると、


「しーくんはね、しーくんなの!」

 意味の通じない説明をつながしてくれた。


「えっと、お母さんの、せんぱいのー……」

「へー、そうなんだ」

 

 ただ、親しい関係性は伝わったようで警戒を解いてくれた。


「やっぱ、小学生って最高っすね」

 

 微笑ましい空気をぶち壊す発言。

 威嚇も兼ねて前を睨むと、

「え? ……閣下、ジジ?」

 一人しか、目が合わなかった。


「どうしたっすか……?」


 芳野ともう一人は無視して、クレープを受け取っている。

 

「ちょっ! なんでおれが言う時だけ無視するんすか? せっかく、勇気を出して先陣を切ったのに酷いじゃないっすかぁーって、閣下、ジジ!? 先に行かないでくださいよ。おれまだクレープ……」


 高学年の女子に対してはシャレにならないと判断したのか、芳野たちは去って行った。

 取り残された一人もそれを追いかけ、平穏な空気。


「さっきの人たち……しーくんさんのお知り合いですか?」

 

 言葉遣いからして真面目そうなのはわかっていたが、融通の効かないタイプか。


「それに『さん』はいらないだろ」

 

 指摘してやると、

「でも、年上ですし……」

 やけに長い指を絡ませ、恥ずかしそうに俯く。


「別に構わないさ。それと、さっきの三人は知り合いじゃない。名前も、芳野しか知らないし」

「芳野……? 下の名前は知らないんですか?」

「あぁ、知らない」

「そう、ですか……」

 

 やけに残念そうだ。

 まぁ、ませている女の子なら、興味を持っても不思議はないか。

 見た目だけなら、芳野は文句なしのイケメンに違いない。


「で、あんたはどれにする?」

 

 俺は手早く注文を終え、手でメニューを指す。

 伝わらなかったのか、少女はきょとんと首を傾げる。


「奢るよ」

 

 この子のおかげで助かったのだから、これくらいのお礼は当然であろう。


「え? でも……」

「ガキが気にすんな」

 

 口にして、後悔。

 女の子は唇を噛み、


「それじゃチョコバナナ……じゃなくて、季節限定のトロピカルフルーツでお願いします」

 

 拗ねるような物言いで、注文した。

 上級生の女の子をガキ扱いはさすがにまずかったか。

 ちょうど、微妙な年頃。

 それに、この子は背伸びをしたいタイプのようだし……傷つけたかもしれない。

 そんな面倒くさい俺の思考は、あっさりと杞憂に終わった。


「美味しいね、初名ちゃん!」

「うん!」


 所詮は小学生。

 注文したクレープを食べる頃には無邪気に笑っていた。


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