第4話 主役とモブキャラの差異

 保険医の許しを得て、雑談。


「さて、どうしようか? 放課後の段取りでもしておく?」

 アキトが切りだした。


「そうだな。見回りってだけで、場所も決めてねぇしな」

 ジジはそう言うも、


「そんなの、アキトに任せればいいだろ」

 俺にはやる気がない。


「そうだね。この辺り一帯の小中学校の下校時刻は勿論のこと、お気に入りの少女たちの通学路及び行動範囲は把握しているし」


「お前はいったい、なにをしているんだ?」 

 我慢の限界。

 今まで溜めていた疑問が飛び出してしまった。


「未来ある子供たちを見守っているんだよ」

 アキトが言い切り、


「さすが閣下、深いぜ」

 ジジが悪ノリ。


「どっちかというと濃いよ」

 投げやりに俺もツッコミ、


「あのな、勇者。オレたちの言うことなんて大半が冗談なんだから、少しは聞き流せよ」

 ジジが諭すように言う。


「聞き流せるほど、お前の冗談は少なくないんだよ」

「レアリー?」

「そして、アキトのは流せるほど軽くない」

「そうかい?」

 

 お互い、自覚しているのは承知。


「言うなれば、僕はいつでも本気だからね」


 だから、アキトの台詞なんてスル―すればいいだけ。


「量より質か!」 


 ジジも放置プレイで充分。


「寡黙でクールキャラってことかな?」


 そう心がけてはいるものの、

「お前らはギャグキャラだろ」

 ツッコミの性か無視することができなかった。


「むー、ギャグキャラは失礼だよ」

「けど、最近そういう主人公も多いし……キャラ変えするのもありだな」

 

 話があちこち飛び跳ねるも、誰も気にせずに口を休めない。


「……ずるいっす」

 

 その普遍的な空気を、あろうことかねここ如きが変える。

 珍しく会話の流れを止め、吐き出した。


「なんで三人だけ、そんなにキャラが立っているっすか?」

 

 悲痛な響きをはらんでいたものの、

「はぁ?」

 意味がわからん。


「ねここはモブキャラってことかな?」

「サブキャラなのは間違いないが……」

 

 モブキャラってなんだ? と、口を挟む間すら与えてくれず、ねここは訴えだした。


「そんなの嫌っすよ! おれだって大きなことやってみたいっす」

「キャラ付けのために語尾に~っす、を実践しているのは感心だが……リアルだと微妙だな」

「ジジにだけは言われたくないっすよ、それ!」

「あぁ、それって意図的だったのか」

「天然だったら、痛いこと間違いないね」

「ってことは、お前らもか?」

「さぁ、どうだろうね?」

 

 はぐらかすような不敵な笑み。

 ほんと、どこまでが本気かは、未だに計りかねる。


「なんで、皆はそんな特技とか持ってるんすか?」

「そんなに妬むなよ」と、アキト。

「そうだって、嫉むな」追従するジジ。

「そもそも絡むな」俺も流れに乗る。

 

 三者三様のあしらいにも、ねここは珍しく怯まなかった。


「今回は本気なんす。ネタバレ上等の覚悟っす。だから教えて欲しいっす」

 

 どういう覚悟だ、それは? ちょくちょく意味不明な言い回しがあるものの、無暗に訊いたりはしない。

 そんなことしたら、訊いていないことまで力説され、泥沼にはまってしまう。


「そうだね。僕の場合は……」

 

 ねここに応えて、アキトが語り始めた。

 個人的に興味がわいたので、俺も耳を傾ける。


「両親が共に濃いオタクだからね」

「そうなのか?」

「カタカナでアキトって名前を付ける親が、一般人なわけないだろ?」

 

 微妙な説得力である。

 しかもそれだと、ジジにも当てはまってしまう。


「それでゲームの主人公みたいにしようって、色々やらされていたんだ。その中で、たまたまピアノが僕の中でしっくりきてね」

「それで、あの技量か」

 

 俺の賛辞に対して、アキトは物憂げ。

 中空を彷徨う瞳はナニかを捉えているのか、神妙な光を帯びている。


「あの、程度だよ。僕はこれ以上、昇るのを諦めたからね」

 

 聞いた話だが、アキトのピアノの腕は天才的だったらしい。


「上には、上がいるんだ……」

 

 それなのに、文化祭でピアノを弾くのを渋っていた。

 少なくとも、先生では説得しきれなかった。


「つまり、小さい頃からのスパルタっすか」

「スパルタはなかったよ。勝手に脳内変換しないでくれ」 

 

 先ほどの憂いが嘘みたいに、アキトが高らかに笑っていると、


「スパルタはオレだな」

 ジジがねここの妄言に食いついた。


「ジジにそんな設定なんてあったっすか?」

「設定いうな。シリアスな場面だぜ」

 

 だったらまず、その作った言葉遣いと大げさな身振り手振りを止めて欲しいものだ。


「一応、オレの親父は脚本家だからな」

 

 俺は素直に驚く。

 アキトや委員長から聞いたことはあったが、ジジの口から語られるのは初めてだった。

 興味を惹かれ、身を乗り出す。


「そして、お袋はキャバ嬢だった」

 

 そのカミングアウトは余計だ。


「つまりオレは、演じるプロと演じさせるプロの子供」

 

 事実に間違いはないのだろうが、認識には大分ズレがあるようだな。


「これでも天才子役として全国津々浦々、様々な舞台にあがっていたからな」

「まじか?」

「まじっすか?」

 

 俺とねここは、意外な事実に舌をまく。

 確かに委員長は天才子役と称していたが、全国レベルとは思ってもいなかった。アキトは知っていたのか、ただ頷いている。


「それで演じるのは得意なんだよ」

「あれ? もう終わりっすか?」

「これ以上は素面じゃ語れねぇな」

「なら、死ぬ直前までぼこるか?」

 

 死を前にした興奮状態。

 決して、素面とは呼ばないだろう。


「……そういうのは勘弁してくれ」


「ジジも色々あったってことだよ」

 珍しくアキトが気をつかった。

 

 虚をくらい、俺とねここは追及を忘れる。


「それで勇者は?」

 

 その隙に、アキトが俺へとバトンパス。


「親がパティシエなだけだよ」

 

 特に渋る理由も事情もないので、端的に告げる。


「あれ? 元教師の彫刻家じゃなかったけ?」

 

 どうして、知っているんだか……。

 まぁ、俺と同じように先生に聞かされたか、テレビを観たかのどちらかだろう。


「元な。売れなかったらしいから。結婚ってか、俺がデキたのを機に諦めたらしい」

「へ~、立派だね。あっさりと夢を捨てるなんて」

「愛する女を守るため……嫌いじゃないな」

「もしゲームだったら、おれのために夢を捨てたんだってグレたり、塞ぎこんだりするっすよ」

「んなわけあるか」

 

 そもそも彫刻家の親父を知らないので、罪悪感は生まれもしなかった。

 それどころか、パティシエが夢だと思い込んでいたくらいだ。


「んー、全員出たところでわかったのは……結局遺伝? 生まれ育った環境かな」

「それでねここの家は?」

 

 三人の視線がねここを射抜く。ねここは口を震わせてから……、

「サラリーマンっす」

 簡潔に答えた。


「普通の高校生が主人公のエロゲーは腐るほどあるから! そう落ち込むな!」

 

 エロゲーという前提で既に泣きたくなる。


「そうだよ、ねここ」

「閣下……」

「勇者が勇者たる由縁を思いだすんだ!」

「おぃ!」

 

 アキトの励ましで、ねここがみるみると回復していく。


「まだ間に合う。それを放課後探しに行こう」

「閣下!」

 

 目の前で二人が熱い抱擁……はしなかった。二人とも両腕を大きく広げるも、何事もなかったかのようにハイタッチ。

 男同士の抱擁なんて絵的にキツイからよかったけど。

 ただこれで、放課後の見回りが覆ることはなくなってしまっただろう。

 

 そして、俺は思ったよりも早く帰れそうだった。

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