第3話 それぞれの功績
ホームルームが終わり、教室から追い出される男子一同。
「一時間目から体育ってだるいよな」
俺たちは着替えを持って更衣室まで移動する。
「まったくだ。女子がブルマじゃないなんて非常識すぎる」
「ほんと、やる気でないよね」
「そうっすね~」
俺とは別の理由で気のりしない三人。
ブルマなんて、俺たちが小学生になる前に廃れているだろうに。
「そもそも、アキトは少女以外にも興味あるのか?」
「愛でる対象と性欲の対象は別物だよ」
……なんてっ! なんて、迷惑な奴なんだ!
「だが! 童顔であればあるほど良い」
「そこは同意だ」
アキトの傍迷惑な嗜好にジジが乗っかり、ねここも頷きで追従している。
「はぁ……。しかし、面倒だな」
俺はぐるりと見渡して、零す。明らかに注目の対象。
好奇の視線だけでなく、奇異や侮蔑などの好くない感情も存在する。
「生徒会長にでもなって、ブルマ提案でも出してみようか?」
それなのに、アキトは平然としている。
「いいっすね、それ。閣下が会長でおれたちが他の役員になれば、いけるっす!」
ねここも問題ない。
「当然、オレが副会長か」
ジジも絶好調のようだ。
ただ、トラブルにおいては強い味方なので調子が悪いよりはいい。
「となると、勇者が会計で、ねここは書記で間違いないな」
「なんで、俺が会計なんだよ」
「いや、取り立てとか似合うじゃん」
「会計の仕事に取り立てなんてねぇよ!」
釣られてか、俺もついツッコンでしまった。
そんな風にいつものノリで廊下を歩いていると、アキトがつまずいた。
「ぶっ、だっせー」
アキトは踏み堪える反射を抑えつけるようにして、顔面から床にダイブ。
足をかけた生徒は、それを笑った。
「閣下、大丈夫っすか?」
「うん、大丈夫」
打ったのは顔面。
赤くなっているにもかかわらず、アキトは両手を何度も開いたりしている。
「なんだよ?」
俺が動くよりも先に、ジジが相手に詰め寄っていた。
相手は上級生……なら、いいか。
「いや、詫びの一つもないのか?」
「はっ? なにそれ?」
「俺らがやったって言いたいの?」
幼稚な対応。
だけど、ジジはそんな安い挑発に乗ったりはしない。
「おぃ、待てよ」
無視して、背を向けるジジに怒鳴りつける声。
「あんたらはやってないんだろ? だったら用はない、失せろ」
見事な嘲笑。ジジは偽悪的に立ち回り、相手はあっさりと乗った。
「丁度いい、口実だな」
いらぬお節介だろうが、俺も混ぜてもらおう。
「くそが! 調子乗ってんじゃねぇぞ?」
「息が臭い、唾を飛ばすな」
ジジにつまらない脅し文句は効きやしない。
挑発にしたって、実に上手い。
相手は怒りと共に舌打ち。
そして、殴りかかろうと拳を握り締め――それよりも早く、ジジの手が相手の眼前で開かれた。死角から払っただけだが、反射的に相手は目を瞑り、怯む。
その隙をついて、ジジは股間を蹴りあげた。
「げぇっ」
悶絶。股間を押さえた姿はみっともない。
「てめー!」
もう一人がわざわざ声で知らせて、ジジに向かって拳を振り上げてくる。
実にやりやすい。
俺は脇を締め、固めた腕で相手の拳を弾き、懐へと入り込む。
そして、お決まりの必殺技――首刈り。
殴る勢いで相手の首を掴み、そのまま押し倒す。
さすがに抵抗を示していたが、足を払ってやると相手はあっさりと重力に従い、後頭部から床に落ちた。
そうして喉に手をやった状態で、
「殺すぞ?」
耳元でぼそっと呟く。
「んじゃ、保健室行くか」
俺、ジジ、ねここと各自介抱する相手を確保。
さぼる理由を手に入れた。
「そういうわけだから、先生に伝えといてくれ」
立ち会っていたクラスメイトにそう頼んで、俺たちは歩き出す。
勿論、二人の上級生は引きずって。
「勇者ってやることがえぐいよね」
「さぼるためだけに、アレは酷いっす」
批判している割に、二人の足取りは軽やかである。
「ちゃんと加減はしている」
「しないと死ぬよ、アレは。昨夜、やろうとして気付いたけど、コンクリだと本当にやばいね」
「まったくだ。死ぬぞ、アレは……」
ぶっちゃけ、俺もジジもそんなに喧嘩が強いわけではない。単に喧嘩のやり方を知っているだけだ。
「そういえば、ジジと勇者だとどっちが強いっすか?」
「勇者だね」
死角から手を払い、眼前で開いてビビらせる。
人間の反射、心理に訴えるのがジジの技。
「相性が悪すぎる……」
どうにかして踏み込み、力任せに相手の首を掴み、押し倒す。
肉を切らせて骨を絶つのが、俺の技。
「最初からくらう覚悟だったら、意味ないからねアレは」
むしろ、力は全然入っていないので簡単に入り込めた。
そして、コンクリに落としたのが俺とジジのファーストコンタクト。
「失礼します」
保健室に入り込み、怪我人二人を差し出す。
「喧嘩です。両方悪いです、すいません」
開口一番。ジジは誤魔化しにかかる。
「俺も殴られました」
拳を受けた左腕を晒すも、
「はぁ……、またか」
数多の前科もちの言い分など、保険医は取り合ってくれなかった。
「それで二人は……、後頭部と股間?」
診る前から、怪我の状態まで知られてしまっている。
共に外傷が少なく、股間に至っては恥ずかしくて、自己申告できないだろうと予測しての攻撃。
「二人は、少し休んでいきなさい」
保険医の申し出に、連れてきた二人はベッドのほうへゆっくりと歩いていった。
「あんたら、いつか取り返しの付かないことになるわよ?」
呆れの色が強い忠告。これも何度目だろうか。
保険医は心なしか、一年の時よりもシワが増えている。
少なくとも、髪の結び方は雑。以前は紐やリボン、シュシュなど多用だった髪留めが、最近はバレッタ一択だし、赤茶のカラーも毛先にしか残っていない。
「それと今日はこいつも」
保険医は半信半疑でアキトの症状をうかがい、
「折れてはないし、鼻血もでてない……。念のために、氷水で冷やしとく?」
簡単な氷冷治療をすすめた。
「お願いします」
「それで、あんたら三人はいつまでいるの?」
「取り返しのつかないことになったらと思うと……とても、授業に身が入りません」
ジジはそう誤魔化しにかかるも、
「さぼりです」
「介抱っす」
俺とねここは正直に申告する。
「十文字……、あんた演劇部にでも入ったら?」
保険医はアキトに氷水の入った袋を手渡して、勧める。
「秋葉は料理部ないし英国研究会。芳野は吹奏楽部とか音楽系……」
そして、帰宅部の俺たち一人一人に合った部を的確に述べていく。
「猫田は……漫研?」
「なんか、おれだけ毛色が違うんすけど……?」
「いや、だってあんただけは頼まれて……」
「頼まれて?」
保険医は口元を押さえ、黙秘権を訴える。
とはいえ、それを許すアキトたちではない。
じぃぃぃぃ……と、三人掛かりで舐めまわすような目つき。
「はぁ、仕方ない……」
耐え切れず、溜息。
保険医はわざとらしく手を振ってから、
「色々な先生や生徒から頼まれたのよ」
口を割ってくれた。
「なんでまた?」
「あんたら……日ごろの行い。特に、文化祭を振り返ってみなさいよ」
「え? 文化祭……?」
俺の気持ちが伝染したかのように、ねここ以外の目が泳ぎだす。
特に、騒動という騒動に首を突っ込み、喧嘩を買い占めた俺とジジは気が気でない。
無論、諸悪の根源はアキトだ。
その日、アキトはピアニカを手にマングースの着ぐるみを被っていた。
そんなふざけた格好で、カップルやいい雰囲気になりそうな男女を見つけては、演奏。
それも告白した瞬間など、絶妙なタイミングで――ちゃらり~ん、鼻から牛乳~♪
……純情な青少年を沢山傷つけた。
それだけなら笑い話で済んでいたのだが、アキトはあろうことか、ナンパやカツアゲをしているような連中にも、ちょっかいをかけ始めた。
その手の輩は言うまでもなく気性が粗く、思考は短絡的。
純情少年のように落ち込みはせず、暴力に訴えてきた。
だから仕方なく、俺とジジで叩きのめした。
それを繰り返すこと、数回……俺たちは、あらゆる人間に追われる羽目になった。
ぶちのめした連中は勿論のこと。
教師、生徒会、文化祭実行委員、風紀委員……果ては、一般客や生徒までもが、俺たちの退路を断ちにきた。
騒ぎが大きくなり過ぎたので、学校側が捕り物――文化祭の一イベントとして、処理したのだ。
早い話が、俺たちに報酬(景品)が設けられた。
実際問題、悪いのはアキトだ。
しかし、今なら認められる。
俺とジジが調子に乗り過ぎたせいでもある、と。
悪い癖が出てしまい、つい本気になってしまった。
結果、俺とジジの二人だけは、最後まで逃げ切った。それこそ手段を問わず、文化祭を蹂躙した。
具体的に述べると、変装しまくった。
冷静に振り返ってみると、よく捕まらなかったと思う。
名前も知らない相手に、衣装を貸してくれなど。
しかも、変装と言えば女装だろ? というジジの持論のせいで、相手は女子……ほんと、よく捕まらなかったものだ。
「今年じゃなくて一年の頃の、ね」
長い沈黙から察したのか、保険医が軌道を修正してくれた。
今度は思案にふけるも(勿論、ねここは除く)、
「常に本能に従っています」と、アキト。
「趣味に爆走してんな」被る形でジジ。
「全員好き勝手やってるよな」
ろくでもない答えしか出てこないなぁ、と思いながらも俺は纏める形で口にした。
「その好き勝手のレベルが高いって、気付いてる?」
保険医の指摘に、俺はジジとアキトを、二人は俺に目をやる。
「十文字は、文化祭の劇をアドリブ合戦に発展させたでしょう?」
しかも、コンクール常連である演劇部の本格的な劇でだ。
「オーソドックスからはかけ離れていたけど、アレはアレで評価高かったらしいわよ」
それも、ぎりぎり破綻しない程度にかき回した。
怪我をした、演劇部員の代役で参加していたくせして。
――オスカーワイルドの幸福な王子。
天使よりも先に、救いの手を差し伸べた人がいたという流れに変えた。
曰く、「こういう王子は天使なんかじゃなくて、人にこそ救われるべきだ」
これを観て、俺の中でのジジの評価は一気に上がった。
「秋葉は、料理部の救世主だし」
文化祭で、料理部はカフェをやることになっていた。
ただ、当日に作るケーキが失敗続きで間に合いそうになく、半ば諦めかけていた。
「誰だケーキ焦がしてる奴は! って、すごい剣幕で怒鳴り込んできたらしいじゃない」
つい、カッとなってしまった。
状況や結果があっという間に頭の中を支配して、いてもたってもいられず、介入。
その時の部員たちは精神的に危ない状況だったのか、冷やかしやお節介もなく、俺の助けを受け入れてくれた。
「それは……」
私的な行動を手放しに褒められても、受け入れ難い。
かといって、あんな舞台裏は告白できやしない。
もがいて、頑張って、でも駄目で……。
それを知られるのが嫌で、努力していた形跡まで消して……。
最初から受け入れているように、振舞っていた……。
――勇者に至るまでの恥ずかしい日々。
俺の青臭い心情には誰も気づかず、保険医は次のターンへと進める。
「そして、芳野は言わずもがな。あんたのピアノはほんとすごい」
展示物が置かれていたホールのBGMとして、アキトはピアノを弾いていた。
曲目がエロゲー関連だったものの、知らない人には心地よい旋律として届き、楽しませていた。
「それで各部の顧問や部長から、勧誘を頼まれてね」
種明かしと共に、保健医は笑った。
「ふ~ん。でも、なんで俺たちと先生が仲良いって認識されてんだろ」
「なによ、常連じゃないあんたたち」
気さくに話しかけてくる保険医に罪悪感。
「でも俺、先生の名前すら知らないし」
俺のカミングアウトに、
「は?」
保健室の温度は、癒しからかけ離れた位置まで下がった。
「勇者よ、それは失礼じゃないか。師井先生だよ」
「いや違うんだけど……」
アキト不正解。
「閣下そりゃ、世界史の教師だ。この人は田中先生だ」
「それは数学の教師」
ジジも不正解。
「三人とも、こんだけお世話になっているのに酷いっす。この人は増田先生っすよ」
「猫田、その間違いだけは許さん」
前二人は口頭注意だったのに、ねここには鉄拳。
ってか、増田なんて先生いたっけ?
「うわぁ、ほんと哀しいわ……」
保険医は全員に一瞥をくれるも、反省しているのはねここだけであった。
「特に秋葉と芳野。あんたらは一年の頃からの常連じゃないの」
「保健室に用があるだけであって、先生には別に用はないですからね」
アキトはさらりと身勝手な申し開き。
「ほんと、この子はああ言えばこう言う……」
保険医は俺に視線を移す。
「だって名札つけてないですし、自己紹介だってして貰った覚えないですから」
「一応、自己紹介は入学式、始業式でやってるんだけど?」
「覚えているわけないじゃないですか」
そもそも、始業式のほうは参加していない。
俺の答えに先生は小さく零して……諦めた。
「もう……、とりあえず。一時間目が終わったら、教室に戻りなさいよ」
「了解です」
いつもながら、俺は代表して答える。
そうして俺たちは堂々と、保健室で雑談を始めるのだった。
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