第2話 勇者とその仲間たち

 翌日、登校すると案の定。

 廊下に群がっている生徒たち。濃紺のブレザーに藤色のラインが入った高等部だけでなく、黒のブレザーに赤いラインの入った中等部の生徒までいやがる。


「悪いけど、どいてくれる?」

 

 言葉こそ選んだが、侮蔑の視線。

 注意して、空気の読めない野次馬に道を開けさせる。


「えらい、人気じゃないか」

 

 教室に入ると、大勢の視線などそしらぬ顔でアキトは雑談していた。

 いつも通り、他の皆も揃っている。


「やぁ、勇者か」

 

 こいつに皮肉が通じるわけもなく、アキトは俺を呼んだ。

 俺はコートをロッカーに入れてから、アキトの前――自分の席に着く。


「しかし、すごいな」

 

 おそらく、昨晩のニュースを観たのだろう。

 それでアキトのことが気になったはいいものの、近づくにはためらわれるといったところか。


「遠巻きに見られるってのは、やっぱ気分悪いな」

 俺の感想に、


「ってかなんで、んな注目を浴びてんだ?」

 指定のブレザーの上から、学ランを肩に羽織ったジジがぬかす。

 

 お前自身、充分注目に値すると言ってやりたいが、今更である。

 溜息。廊下に目をやっているジジに一応確認。


「ジジ。昨日のニュース観ていないのか?」


「ふっ、んな暇があるわきゃねぇだろ? エロゲー積んでんのに」

 さも当然のように、長い前髪を弄りながら答えるジジ。


「ねここは?」

 話にならないと、俺はもう一人に訊ねる。

 

 ワカメみたいな髪に、やや褐色の肌。

 中肉中背の上に、どこか間抜け面なので全体的に残念というか、地味なやつ。


「その時間は、ネトゲータイムっす」

 

 俺は大げさに項垂れる。

 こいつらに、まともな答えを求めた俺が馬鹿だった。

 

 その二人は、なんだこいつ? と、俺のことを見ていやがる。

 すごく納得がいかない。


「さすが勇者。僕の雄姿を見ていてくれたんだ?」

 今まで触れて貰えずに寂しかったのか、アキトは嬉しそうだ。

「それに比べてこの二人ときたら、ほんっと酷いよね。せっかく電脳世界でちやほやされていい気分だったのに、台無し。あ、そうそう昨日の件で、仲間が沢山増えたんだ。これで、いつ魔王が現れても大丈夫だね!」


「さいですか」

 俺はほとんど聞き流す。

 通常運転でさえ翻訳が間に合わないのに、三倍速で捲し立てられたらまったくわからない。


「でも、あれは雄姿ではないと思うがな」

「「???」」

 

 話の見えていない二人が申し合わせたように首を傾げるも、共に可愛くない。

 いつまでも目に入れていられなくて、ネタ晴らし。


「あぁ、こいつ昨夜ニュースにでてたんだよ」

「なにをやらかしたんだ、閣下?」

「なにをしたっすか、閣下?」

 

 即答で見事にはもった。

 俺自身、真っ先にそのことを疑ったので苦笑するしかない。


「失敬な。誘拐犯から少女を守っただけだよ」


「まじで? 自作自演じゃなくて?」

 さらりと、ジジが最低の可能性をあげる。


「うん。いつもの可愛い子ウォッチングをしていたらさ、いかにもって容貌の中年が車を指差しながら女の子に話しかけていたからさ」

 

 いつもこいつは、なにをやっているのだろうか? ツッコンだら負けだと思いながらも、気になって仕方がない。


「勇者の技を真似させてもらった」

「なにぃっ! オレのじゃなくて、勇者の技だと?」

 

 何故、そこで対抗心を燃やす?


「ジジの技は、切羽詰まった相手には通用しない場合があるからね」

「くっ……たしかに」

 

 床に片膝をつけ、大げさに落ち込むジジ。

 こんなオーバーアクションにも、すっかり慣れてしまった自分が恨めしい。


「でも閣下って、手を使わないんじゃなかったっすか?」

 

 知らない人が聞いたら、馬鹿にしたねここの発言。

 けど、なんてことはない。

 単にアキトはピアノをやっていたから、手を怪我しないように人一倍気を付けているだけだ。


「ふっ、少女の危機となれば話は別だよ」

 アキトは格好よく前髪をかき上げた。

 

 ムカつくが、結構様になっている。

 中等部で人気だったのも、理解できなくはない。喋ったり、聞いたり、近くで見ない限りは、イケメンに違いないのだから。


「実を言うと、昔のゲームみたいな、お返しイベントを期待していたってのもあるんだけどね」


「お返しイベントって?」

 馴染みのない単語に、俺は説明を求める。


「なんだ、勇者は知らないのか?」

「意外っすね」

 

 相変わらず、二人には常識のようだ。

 誰が解説するかを話し合って……アキトか。こほんっとわざわざ咳払いして、


「端的に説明すると、助けて貰ったお礼を後ほどか……」

 

 パァンッと乾いた音。

 とりあえず頭をはたいて、これ以上はいいと目で封じる。


「暴力はよくないよ、勇者」

「てめーの発言よりはマシだ」

「そうかな?」


「さすがの閣下だって今のは冗談だって。本気で期待してるわけねぇだろ?」

 ジジが擁護するも、


「それはどうだろうね」

 アキトは意味深に微笑む。

 

 こいつ本気か? と、いぶかっていると、


「まぁまぁ、ビブラートに包むと某電車の男の話を期待していたってことだ」

 

 ジジがそんなフォローを挟んできた――が、ビブラートってなんだよ? 気のせいだろうが、俺たちの会話を聞いていた一部の男子が揺れた。


「ジジ、もしかしてオブラートっすか?」

「ん? ……あぁ、そうか。気にするな」

 

 どうやら、ただの言い間違いだったようだが……少しは気にしろよ。


「そうそう、そんなことを気にしている暇があるんだったら、もっと僕を褒めてくれ」

 そんなアキトのふざけた要望に、

マーベラス!」

 ジジがいきなり英語で褒め始めた。


 きっといつもの悪い癖だと決めつけて、聞き流す。


「いいな、閣下。おれも閣下みたいになりたいっす」

 ねここもアキトの要望に沿ってか、他の誰も望まないであろう願望を口にした。


「そう? ならさっそく今日の放課後にも、見回りにいこっか」

 

 それに気を良くしたのか、アキトが提案する。

 突拍子がないにもかかわらずジジとねここは刹那の反応で賛同し、

「勿論、勇者も来るよな?」

 俺を巻き込んでくる。


「あん?」

 

 気易く肩を抱いてくるジジに嫌悪感がはしる。

 見た目だけはヤンキーっぽいジジ……知らない奴らからは、いらぬ誤解を招きそうだ。


「勇者がいないと話にならないしね」

 アキトは気色の悪いことに、人の頬に手を添える。


 すぐに振り払うと、一部の女子が舌打ちをするという、軽いホラー現象が起こった。


「そうっすよ、いきましょうよ」

 ねここは普通の誘い文句。


「はぁ、わかった。けど、放課後だけだからな? 夜までは付き合わないぞ」

 

 結局はいつも通りの展開。


「構わないさ。勇者御一行の冒険と行こう」

「頼むから、俺を主犯にしないでくれ……」

「いや、やはり勇者が主役だよ。僕なら絶対そうする」

「俺ならお前を主役にするよ」

「そんなの面白くないだろう?」

「お前のような奴は、観察日記を書くだけでも面白いと思うけどな」

「いやいや、今の時代はおれのような普通っぽいのが主役っすよ」

「はぁ? 主役は当然オレだろ?」

 

 好き勝手に盛り上がっていたが、ジジの参戦に珍しく三人の意見が揃う。


「いや、お前だけはあり得ないから」

「今のご時世じゃ難しいね」

「同人でやるにも危険すぎるっす」

 

 怒涛の非難に対してジジは、

「ホワイ?」

 ネイティブな発音。

 

 それがあまりにうざかったから、突きつけてやる。


「だってお前の台詞って、ほとんどが著作権に引っ掛かりそうだし」

「主役どころか、存在自体消されるんじゃないかな?」

 

 ジジはゲームや漫画、アニメの台詞をそのまま口にすることが多い。

 今のヤンキー風の恰好と言葉遣いも、なにかしらの影響らしく本当に見た目だけである。


「謀ったな!」

 

 予鈴が鳴った瞬間、また意味不明な台詞を口走るジジ。

 ぞろぞろと廊下にむらがっていた野次馬も去っていくというのに、こいつらは意に介さない。


「けど、容姿的にはやっぱ、閣下か勇者か……」

 

 先ほどの続きなのか、ジジがジロジロと俺たちを見比べる。

 予定調和的にスル―され、ねここがぼそぼそと文句を口にしているも、誰も気に留めない。


「しかし、勇者の目つきの悪さは……どちらかというと刺しそうな感じだからなぁ」

「失礼な」

「確かに、一般の目つきの悪いキャラとは違った危うさだよね」

 

 二人が俺の瞳を覗き込んで酷評してくる。


「怖いじゃなくて、危ないだなこれは」

「軽くイッちゃってるよね」

 

 黙っていれば、好き勝手にほざいてくれる。

 二人はあーだこーだと大音声で討論しだし、


「予鈴が鳴ったんですから、席に付いてください」

 

 俺の思惑通り、委員長が注意にやってきた。

 規定のスカート丈にカーディガン、ボタンまできっちり止めたブレザーと、一片の隙もない着こなし。

 一度も染めた経験のないだろう長い髪はきちんと結ばれており、前髪にはヘアピンまで付けられている。


「ちょうどいいとこに!」

 

 しかし、ジジは注意をもろともせず、指を突きつけた。

 委員長は反射的に後ろへと跳び、二つのおさげが流れる。


「い、いきなり指ささないでください!」

 委員長の文句に対して、


「なぁ、委員長。勇者と閣下、どっちが主役に相応しいと思う?」

 ジジは質問する。


 いきなりこいつは、なにを訊いているのだろうか?


「秋葉(あきば)君……、どうにかできない?」

 

 脈絡のない切り口はまるで辻斬り。急な質問に慣れていない委員長は俺に助けを求めるも、ジジは容赦なく斬りつける。


「だからさ、どっちが主役に相応しいと思う?」

「主役って一体なんのよ……?」

「なら言い換える! どっちと恋愛したい?」

 

 本人はわかりやすく噛み砕いたつもりなのだろうが、それはもう別の意味だ。


「え……?」

 そのせいか、委員長は本当に困ったように俺を見た。


「馬鹿の言うことだ。聞き流しとけ」

 

 さすがに可哀そうなので、追い返す。

 委員長は相変わらず真面目のようだが、いつブレるかわかったもんじゃない。

 

 現にねここ。

 出会った当初は、まだ真面目だった。


「なんなら、おれもいれていいっすよ?」

 

 なのに、今ではその片鱗も見られない。

 原因は言うまでもなく、アキトとジジの二人だ。


「えっと……そうするね。……ありがとう秋葉君」

 

 委員長はねここの戯言には微塵も耳を貸さないで、去っていった。その背中を見送ることなくジジに目を向けると、


「相変わらず、勇者は酷いなぁ」

 

 何故か、憐れみの視線で迎えられた。

 俺の神経をほどよく、かきむしってくれる。


「あん?」

「ていうか鈍い!」

「なにがだよ?」

 

 睨みつけたところで効果はない。

 アキトは涼しい顔。ねここは恨めしそうな顔。

 ジジに至っては真剣な面持ちで、

「何故だ!」

 叫びだした。


「勇者はナチュラルだからねー」

「それに比べてジジは恰好だけで、口も態度もそんな悪くないっすから」

「だから、一体なんの話だ?」

「くっ、オレの見立ては間違ってはいなかったが、キャラ付けが甘かったか……」

「うん、やはり不良系はモテるみたいだね」

 

 誰一人、俺の質問には答えてくれない。

 好き勝手に口を開いて、楽しんでいる。


「はぁ、好きにしろもう」

 

 だから、俺も気にせずに黙る。

 いつものことだ。騒音は鳴りやまない。

 それでも担任が入って来て、視線で一瞥されると、渋々だが皆席に戻った。

 といっても、ジジはアキトの隣でねここは俺の隣だ。


「あー、連絡事項だが……」

 

 担任は一瞬、俺を――否、後ろにいるアキトを見た。


「皆も知っているだろうが、うちのクラスの芳野が昨夜、誘拐されそうだった少女を一応助けた」

 

 予想通りの話題。

 しかし、言葉も態度も歯切れの悪い。

 

 俺が引っ掛かりを覚えたということは、当事者のアキトだって――


「先生、一応ってなんですか?」

「いや……言い間違いだ、気にするな」

 

 担任は言葉を濁すも、アキトは食ってかかった。


「言い間違いには、潜在意識が表れるって知っていますか?」

 

 落ち着いた発言に、担任はあからさまに不機嫌な顔。退けないと判断したのか、吐き出した。


「だったら言わせて貰うが、夜遅くまで外に出ていたのは褒められることじゃない。それに昨日の発言のせいで、色々と学校側は迷惑を被っているんだ」

 

 大人気ないと思わないでもないが、担任の言い分は間違いではない。


「確かにそうかもしれません。現に僕には前科が……ぁ、間違えた」

 

 一同………………沈黙。

 そこでの言い間違いは、致命的じゃないか?


「今までも警察に職質されたり補導されたりと、学校側に迷惑をかけたことは多々ありますが」

 

 これは自白? 自爆にしては冷静だしな。

 にしても、本当こいつはいつもなにをしてんだか。


「今回は褒められることをしたんですから、ちゃんと褒めてください」

 

 というか、着地点おかしいだろ?


「ぁー……、それじゃ、皆拍手を」

 

 担任は投げやりな態度で手を叩く。申し訳ない程度の喝采。


「ファビラスマックス!」

 

 最早、騒音でしかない奇声と掌の炸裂音をまき散らしながら、周囲を促しにかかるジジ。


「はぁ……」

 

 結果、作為的ではあるが多くの拍手にアキトは誉め称えられた。

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