少女に恋して、勇者

安芸空希

現代:勇者たちの日常(主にラノベ的ギャグ)

第1話 自称、紳士的な集団の主張

 俺は目を疑いたかった。

 けど、正常だったので逸らすしかない。それはもう、全力で見て見ぬふりをする。

 時刻は夜の九時。

 さて、いつものティータイムと洒落こむ……


「あれっ? 芳野よしのさん?」

 妹の声に耳を疑いたかった。

「ほらっ、お兄ちゃん。芳野さんだよ」

 

 タイミングよく現れた妹は口にするだけでなく、わざわざ近づいてきた。

 しかも、無駄に俊敏――パジャマの肩にかけられていたタオルが落下するほどの速度で、キッチンへと逃げようとしていた俺の腕を取った。


 千代見は人の気持ちなどつゆ知らず、

「ほら、ほらっ!」

 と、背けていた現実をつき付ける。


「やっぱ、アキトか……」

 

 テレビ。しかも、ローカルニュースに映っている男は認めたくないが、級友の芳野アキトで間違いないようだ。

 髪は長いくせして、やぼったさの感じられない爽やかな印象。

 背こそ高いものの、隣に立っている女性とさほど変わらぬ繊細さ。

 多くの視線を受けているだろうに、相変わらずな微笑みを浮かべていやがる。


「しかし、いったいなにをやらかしたんだ?」

 いつかやるとは思っていたが。


「へ~、誘拐未遂かぁ」

 我が妹ながら、ちょっと馬鹿っぽい間の伸びた口振り。可愛らしい音色が、信じられない言の葉を奏でた。

 

 誘拐未遂……? って、いきなりそれはレベル高すぎだろ!


「すごいねぇ、お兄ちゃん」


「待て、千代!」

 称賛する妹に、俺は待ったをかける。


「え? 急に大きな声だして、どしたの?」

 

 妹はあどけない瞳をぱちくりとさせ、普通に驚いていた。頭が少しばかり残念なのは知っていたが、ここまで酷かったとは。


「文化系だと思ってたけど、運動神経もいいんだね」

 

 ――感心するところが違うだろ。

 浮かんだ台詞は口にせず、俺は目がしらを押さえる。


「お兄ちゃん? どうしたの?」

 

 馬鹿だけど、優しい。

 素直に心配してくれる妹の頭を、俺は無言で撫でた。

 千代見は理解できずに首をかしげている。少し濡れたおかっぱ。

 いい加減、きちんと乾かす癖をつけさせないと……別の心配も込み上げてくるが、今はあとまわし。


「いや、観察力を鍛えるにはどうしたらいいかと……」

 

 まだ、間に合う。

 ちゃんと、更正させてみせる。


「けど、ドラマみたいだね。誘拐犯から子供を助けるなんて」

「――え?」

 

 俺は手に力をこめ、妹の頭を固定。

 ちらっ、テレビへと視線を移す。


『男子高校生、誘拐犯から少女を守る!』

 

 ……穢れていたのは、どうやら俺のほうだった。


「それでは――」

 

 テレビの中で女性――リポーターが、アキトにマイクを向ける。

 そんな特殊な状況でありながらも、アキトにうろたえた様子は見当たらない。


「いえ、当然のことをしたまでです」

 

 アキトらしからぬ、落ちついた声音と真面目な返答。

 さすがのあいつも、こんな時くらいは他人の目を意識しているのだろうか。


「以前から、危ないと思っていたんです。塾にでも行っているのでしょうが、小学生くらいの小さな子供が、夜分一人で出歩いているなんて」

 

 アキトは酷く真剣に語っていた。

 そのせいか、リポーターも学生に向ける表情から一変する。

 

 目上の人に向けるような引き締まった顔で、

「普段からそんなことまで考えているなんて、すごいですね」

 わざとらしさの感じられない賛辞。


「当然です」

 そして、それを受ける真摯な態度。

 続く言葉は――

「なんたって、僕は幼い少女が大好きですから」

 あまりに真剣すぎた。


 今までと比べても、明らかに力強い。

 故に、放送事故と見間違うほどの長い沈黙を生み、


「……えっと、今なんとおっしゃいました?」

 やめればいいのに、リポーターは訊きなおした。


「僕は少女が――幼い女の子が大好きなんです」

 うっとりとするような微笑みを携えて、アキトは言い放った。

「わかりやすく言いますと、ロリコンってことになるんですけど」

 

 それはわかりやす過ぎるぞ、アキト。

 目に見えて、リポーターの人が距離を取った。

 

 その行為に、アキトは悲しげに目を伏せる。

 今までの笑顔と相まって、中々に罪悪感を煽る表情だ。


「誤解があると思うんです。一般の方々が毛嫌いしているロリコンは、ペドフィリア(小児性愛)を指しているのであって、ロリコンとはまったくの別物です。そもそも、何人の方がロリコン――ロリータ・コンプレックスが、ナボコフのベストセラー小説、『ロリータ(Lorita)』に由来した和製英語だと知っているのか……まったくもって嘆かわしい」

 

 あなたは知っていましたか? と、言わんばかりのカメラ目線。

 台詞さえ変えれば、CMに使えそうなくらい完成されていた。

 無駄に整った顔立ちに、歌うような抑揚。決して感情的にならず、諭すかのような口ぶりのせいか、アキトのターンはまだ続くようだ。


「僕たちは『YESロリータ・NOタッチ』の信条の元に、決して少女たちを傷つける真似はしません。遠目から眺めるだけで幸せな、紳士的な集団なんです」

 

 いや? なんか知らんが、その台詞は危うさが増した気がするぞ。

 俺の感想とは裏腹に、アキトは言い切った感丸出しで、リポーターに意見を求めるような眼差しを向けていた。

 可哀想に……わななくだけで、リポーターの口からはなんの言葉も出てこない。


「はっ……ははは」

 

 かろうじて笑顔を貼り付けるも、顔は泣きそうである。助けを請うように遠くを見ているも、カメラが止まる気配はない。

 画面越しでも明らかだというのに、アキトはまったくもって気にしていなかった。最初の位置からだいぶ遠くなったマイクにも、平然と対応している。


「勿論、犯人の気持ちがわからないわけではありませんっ……!」


 そこは神妙に悩まなくてもいいと思う。

 そもそも、わかってやるなよ。

 おかげで俺――いや、視聴者は、お前(ロリコン)をどう見ていいかがわからなくなったぞ。


「なので、親御さんたちはもっと気をつけてください!」

 アキトは熱くなったのか、マイクを奪い取った。

「僕みたいな人種が沢山いることを、理解しなくてはいけない!」

 

 あー、こういうのを百聞は一見に如かずっていうのかな。


「例えば、市民プール。ここに断言しよう! 監視員含め、大人の男はすべからくロリコンかペドフィリアだ! 他にも、噴水のある公園。それに海、川! たまに子供だからといって、女の子でも上半身裸で入らせている親がいるけど、それはあまりに迂闊すぎる!」

 

 この姿を見たら、嫌でも気をつけるだろうな。


「特に! 銭湯などの男湯に幼女を連れて入るお父さん、グッジョブ! ――じゃなくて、それは狼の群れに羊を放つが如し! ……いや、ホモのほうが多い気がするからそうでもないか。女児を見てホクホクしようものなら、ウホッな方々の餌食だしなぁ……」

 

 にしても、相変わらずとばっちりのほうが酷すぎる。

 ロリコンの存在を喚起しながら、真面目に働いている方々及び、銭湯利用者に致命的な毒を振りまきやがって。


「しかし、ロリは許してくれたまえ! 彼らはただ、見守っているだけなんだ。それなのに……くっ! それもこれもペド! 貴様のせいだ! 貴様らのせいで、可愛い女の子に挨拶すらできない世の中になってしまったじゃないか! 声かけ禁止条例だと? ふざけるな……! くそっ、羨ましいぞ昭和世代!」 

 

 仮面が外れ、正体を現した途端にアキトは強制退場をくらっていた。

 それでも必死に口を動かし、なにかを訴えようとしている。

 ただ、手を使って抵抗していないところをみると、それなりに冷静ではいるようだ。


「聞いていた通りすごいね、芳野さん。お兄ちゃんが近づくなって言っていた意味が、わかったような気がする」

 

 一部始終を見ていながらも、ような気がするか……。まぁ、憧れを抱かれるよりはよっぽどいい。

 これで心配の種が一つ減った。

 ある後輩から、アキトが中等部で人気と聞いた時には、どうしようかと本気で悩んだが……この映像で、少女たちの目も覚めただろう。


「まったくだ。明日は面倒くさくなりそうだ」

 

 アキトが完全に退場すると、謝罪のテロップと犯人の特徴が表示された。

 三〇~四〇代の男性、背は一六〇前後、全体的に黒っぽい服装……どうでもいい情報だと、俺は途中だった紅茶の準備に戻る。

 茶葉を選んでいると、千代が差し出してきた。


「これがいい、アールグレイ」

 

 フレーバーティーか。個人的には、アッサムとかウバの渋みが効いたミルクティーが飲みたかったのだが、仕方ない。


「わかったから、ちゃんと髪かわかしてこい。風邪ひいても知らないぞ?」

「えー」

 

 千代は両手を髪の中に突っ込んで、

「大丈夫だよ」

 無邪気な笑み。

 

 中学三年生。思い出の中のあの人と比べたら、幼すぎる。

 背が低いとか妹とか抜きにしても、意識しがたい……って、俺が言うなって話なんだろうけど。


「用意ができるまで時間かかるから、か・わ・か・せ」

 

 千代の頭をくしゃくしゃにすると、おもいっきり湿っていた。


「わー、わかったよぉ……」

「なら、よろしい」

 

 千代の背中を押して、俺はキッチン。冷凍庫からスコーンを取り出し、アルミホイルに包んでトースターにかける。


「お母さんがいないのに、冷蔵庫の中身が変わらないってすごいよね」

 

 振り返ると、冷蔵庫をあさっている千代の姿。


「お前な……」

 

 俺の言いつけを守ろうとしてか、ごしごしと千代はタオルで髪の毛を撫でていた。


「ドライヤー使え、ドライヤー。それ以前に、床に落ちたタオルで髪を拭くな。女の子だろ?」

「えー、だって廊下寒いもん」

 

 妹は身勝手にぶーたれる。せっかくの忠告に対しても、背中を向けたままま。

 いちいち細かいとか、別に気にしないしー、と聞く耳持たず。


「はい、ジャムとクロテッドクリーム」

 本人は手伝っているつもりなのか、誇らしげな表情で手渡された。


「……ありがとう」

 俺は注意を諦め、素直に受けとるも、


「どういたしまして」

 その返しにイラッ。


「そいやお前、料理覚えるとか言ってなかったか?」


「あー……料理ね」

 千代はあたふたと目を泳がせる。


 つい先日、友達に指摘されたばっかり。

 なんで、男の俺が料理を作っているのだと。

 その子は家事手伝いもきちんとできる上に、そういう教育を受けているのか、千代見を怠慢だと責め、俺を絶賛した。

 

 それが不愉快だったのか、妹はキレ気味に覚える宣言をしたのだが……一度も教えを請うどころか、練習している気配もない。

 

 反応からして忘れていたわけではないみたいだが、

「機会があれば、ね」

 笑って誤魔化しやがった。


「じゃぁ、その機会を待ってるよ」

 仕方なく、俺も誤魔化されてやった。

 

 ちょうど、洋菓子世界大会クープ・ド・モンドの特集が始まる時間だったから――

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