第7話 特別と呼ぶには平凡すぎて

 ――季節は夏。

 俺は進学先に悩んだものの、エスカレーター式に付属の高校に上がっていた。

 結局のところ、誰も知らない高校へ行ったとしても、なにも変わる気がしなかったからだ。

 

 だったら、楽なほうがいい。

 

 受験勉強もしなくて済むし、キャラを改める必要もない。

 顔を合わせたくない先輩がいるものの、帰宅部でなんの役職にもつかなければ、会う心配もないだろう。

 同じ校舎になるとはいえ、三年生と一年生の接点はあまりに少ない。

 

 そんなこんなで、俺は高校生活を怠惰に過ごしていた。

 

 そして今は、保健室に向かっている途中。

 どうしてだって? そりゃぁ、教師に寝るか起きるかはっきりしろと注意され、寝ますって宣言したからだ。


「失礼します」

「お前もか、秋葉」

 

 早くも常連になってしまった。

 先客も見慣れた顔。名前は確か、芳野とかいったっけ? 少し明るい髪に白い肌と、中性的な顔面。

 背は俺と同じくらいに高く、絵に描いたような整った容姿をしている。


「あんたら二人とも、あんまりさぼってると留年するぞ?」

 一緒くたに説教をされるが、


「最低限は出席していますので」

 俺は反論する。


「最低限しかする気がないんでしょ」


「成績はいいから、大丈夫です」

 同じようにアキトも返し、


「いや、そういう問題じゃ……」

  保険医は頭を抱えだす。


「それと、数学の教師が好きじゃないんです」

 悪いと思ったのか、芳野は補足を始めた。

「なんか同じような匂いがするんだけど、絶対に相容れない……そんな感じ」

 

 だが、要領を得ておらず、更に保険医を悩ませる。


「どういう意味?」


「そうですね、わかりやすく言うと……」

 芳野は思案する。


 俺もすることがないので、とりあえず耳を傾ける。


「ロリとペドは似ているものの、決してわかり合えない。それと同じですかね」

 

 なんか、ものすごく時間を無駄に使っている気がしてならなくなってきた。


「芳野……お前な」

 

 保険医も呆れている? 

 いや、この状況に相応しくないどこか真剣な面持ち。


「以前も言ったが、お前のコンプレックスは、そういった嗜好とは違うものだよ」

「つまり、増田先生は真正のペドだと?」

「あの人の趣味嗜好は知らないけど……いやでも、やけに中等部に行きたがるな」


 聞きたくなかったな、それ。

 ますます、数学の授業を受けたくなくなった。次の時間もさぼり決定。


「とにかく、あんたも十文字も自分を偽るのは止めなさい」

「先生って、無駄に鋭い時がありますよね」

「カウンセラーも兼ねてるからね」

 

 二人は不鮮明な会話をしていた。

 俺には関係ないことだ。特にロリコンとか。


「けど、仮面を外してみたらなにもなかった……だとしたら、哀しいじゃないですか? だったら、付けたままで良かったと僕は思います」

「それは十文字であって芳野、お前じゃないだろ?」

「そうでもないですよ」

「こういうのは連鎖するから」

 

 暇だったので、俺はせっせとお茶の準備をする。緑茶しかないのが残念だが、たまには悪くない。


「あ、ありがとう」

「どうも」

 

 三人のお茶をすする音が聞こえる。


「って! なにやってるのよ、秋葉」

 

 期待通りの反応。

 その教師らしくない姿が、俺は結構気に入っていた。


「お茶酌み? さすがにいつもいつも、悪いとは思ってるんで」

「だったら真面目に授業に出なさい」

「興味ないんで」

「そういう問題じゃないでしょう」

「俺にとっては、大事な問題なんですけどね」

 

 退屈は嫌いだ。時間があると、つい考えてしまう。

 特にあの空間では、目に入ってしまう。

 真面目に授業を受けている姿なら、まだいい。

 

 けど、不真面目な態度――楽しそうにお喋りしたり、手紙を渡したり、携帯を弄ったりしている姿はキツイ。


「気楽に生きたいんですよ、俺は」

 

 湯呑みに口をつける。

 湯気が消える様を見届ける。


「なんせ、普通ですから」

 

 本当は気付いている。

 もう、違うと。

 学年が上がる度に俺は孤立していっている。

 小学校の時はまだ輪の中にいた。

 中学の時も、隅にはいれた。

 

 だけど、高校生の今は遠目で眺めているだけ。

 

 自我が芽生え、親とか関係なく、自分の意思で選ぶことが増え続けていくほどに、俺は独りに近づいていっている。

 それは家庭も環境も関係ない。俺、個人がどこかズレているということだろう。

 

 けど、特別と呼ぶには平凡すぎる。

 

 でこぼこだ――丸くも、尖っても、歪んでも、凹んでもいない。

 だから、ぴったりはまる枠組みなんて存在しない。

 どっちつかず。どちらでもそれなりに通用するけど、所詮はそれなりだ。

 仲の良いクラスメイトにはなれても、友達にはなれやしない――


「ふぅ……寝ます」

 

 でもどこかで、いつまでもこのままじゃないだろうって思っている。

 簡単に想像できる未来に、気付かないふりをしている。

 きっといつか、はっきりするだろうって……期待と呼ぶには、おこがましい楽観視。


「ぁ、ちょっと……」

 

 保険医は声だけで静止する。つまり、本気で止めるつもりはないのだろう。

 その気持ちに甘えて、俺は眠りに付いた。

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