第3話「繰り返さる質問」

「先生!先生!先生って彼女いるの?!」


 朝の会が終わった直後の休み時間、俺は早速生徒に捕まってしまい、質問攻めをくらっていた。


「先生!何歳!?」


「先生!どこ住んでんの?!」


 数人の生徒に捕まったが最後、俺が答える前に次の質問がピッチングマシーンの様に、等間隔で投げられる。


 俺にやたらと食い入るように質問しているのは、クラスのお調子者だった男、梅沢うめざわだ。普段から数人とつるみ、自分がクラスの中心人物だと勘違いしていた厄介な奴だ。


 梅沢の他には、男子では入野や番場、女子では林さんと林田さんが俺を囲む様に、俺の逃げ場を奪っていた。このメンバーは俗に言う、“手の掛かる生徒”と呼ばれる様な奴らで、しょっちゅう職員室に呼ばれていた。当時から騒がしいと思っていたが、久しぶりにこいつらの声を聞いて、頭が痛くなった。


「お、さっそく久賀くが先生モテモテじゃないですか〜いいね〜、若いっていいね〜」


 そう言い残して教室を後にした千賀せが先生。俺の事を若いと言っておきながら、あの人も俺と同じで二十代だ。何なら、童顔の千賀先生の方が俺より若く見える。


「ねえ、先生〜」


 しかし、中学生というのは面倒な生き物だ。大学の授業で一通り勉強してきたつもりでいたが、いざ実際の現場に立ってみると机の上では学べない事がこうして学べる。中学生とは、一度標的にしたものは気が済むまで弄り倒すという習性があるようだ。確かに、当時の自分を思い返してみれば、仲のいい面白い友人を弄っていた記憶がある。それは中学生同士だったから楽しかったもので、大人になり思考もだいぶ大人びた今の俺からすると、迷惑でしかない。


「んん〜、彼女か〜、いると思う?」


 適当に誤魔化してその場を去ろうとする。俺が話したいのはお前らではなく、あそこにいる“俺”となんだ。正直、お前らとそんなに仲良かった印象がないから、今更になってこうして話し掛けられても、嬉しくもなんともない。


 本当なら実習生と生徒という立場で、交流を深めていかなければならないのだろうが、生徒が昔の同級生である事から、どうしてもその様に考えられない。なんなら、昔感じていた感情がフツフツと思い出されて、いい気分ではない。


「ちょっと!あんた達いい加減にしなさいよ!先生困ってるでしょ!」


 突如として現れた救いの女神、クラスの誰もが見て見ぬ振りをしている中、学級委員である早見はやみさんが声を上げた。ボブヘアーに黒縁眼鏡と、一見気の強そうに見える彼女だが、学級委員という立場だからこそ、こうして梅沢たちに注意をしている。


「なんだよ、別にいいだろ?俺達はただ、先生に質問してるだけなんだからさ」


 梅沢に「先生」と呼ばれ、鳥肌が立った。


「先生が困ってるでしょ!そんなのも分からないの?」


 大きな瞳で、人一倍眼力の強い早見さんが負けじと対抗する。何と不毛な争いなんだと、感じている自分がいた。


「はいはい、分かったよ。ハヤミンは相変わらず怒りん坊だなぁ」


 そう言えば、早見さんは仲のいい女子から「ハヤミン」と呼ばれていたな。男子で早見さんのことをそう呼んでいたのは、梅沢くらいだった気がする。


「誰のせいよ!てか、次の授業理科室なんだから準備しなさいよ!」


「はいはい、すいませーん。あ、先生後で時間あるとちゃんと答えてくれよ!」


 そう言って梅沢率いる手のかかる生徒達が俺の側から離れていった。気が付けばクラスの他の子は既に移動しており、教室に残っているのは早見さんだけになってしまった。


 


 それにしても、相変わらず二極化したクラスである。このクラスでは発言権のある人はごく一部で、それ以外は影に隠れるが如く、ひっそりと生活をしている。今でこそ教育実習生として人前に立ち、喋れるようになったが、当時の俺は影に隠れる側の生徒であった。それでも、特別不自由な思いをした記憶はない。仲のいい友達とだけいられれば、それで良かったからだ。そんな当時の自分と同じ空間にいることが、未だに信じられない。


「先生、さっきの梅沢って子には気をつけた方がいいですよ。小学校から同じですど、あいつろくな奴じゃないんで」


 理科の準備をし終えた早見さんが、俺に忠告を言い残し教室を出て行った。


 早見さんは梅沢の事をよく思っていない。詳しくは知らないが、小学校の頃に何かがあったらしく、中学校にあがってもその事を許せないらしく、誰よりも梅沢を嫌っている。梅沢も人に好かれるような人間ではないが、早見さんの梅沢に対する嫌悪感は相当なものだった。


 中学生だった時には感じなかった、人間関係がこの立場になるとよく見えてくる事が分かった。



 **********



 月曜日の一時間目に、数学の授業はなく、俺は控え室として用意してくれた二階にある生徒会室で現状を整理していた。


 まず、俺の推理が正しければ、俺が今いる新本西中学校は、俺が3年生として在籍していた当時の新西中である。先生や生徒も当時のままであり、その中には当然のように“俺”も存在している。


 そこまでは理解出来た。では、俺がここで実習をしている、つまり過去の学校で実習をしているという事は、俺の教育実習における単位は一体どうなる。単位取得には、「3週間実習校に勤務すること」「研究授業を実施すること」の二つが最低でも必要となる。


 まず、どうやって過去の学校に実習に行っていたことを証明すればいい。事前に「実習の記録」という、毎日の実習の成果を記録する冊子はあるものの、過去の日付けでは捏造ではないかと、学務に疑われてもおかしくない。


 仮に「3週間実習校に勤務すること」が証明できたとしても、研究授業はどうすればいい。研究授業には、前もって大学に日程を連絡し、大学の教授に来てもらうことになっている。と言うことは、大学の教授がここに来る際も、タイムスリップしてくることになるのか。普通に考えればそうだが、だとしたら大学にいる時に、実習先でタイムスリップをするという噂の一つでも聞いてもいいと思うのだが、そんな話は一つも聞いていない。


 考えれば考えるほど、幸先が不安な実習である。取り敢えず、俺は本来禁止されている校内での携帯電話を使用を試みた。七年前には存在しない、最新型のスマートフォンを取り出すと、いつものように画面を開く。しかし、ロック画面に表示されているデジタル時計が文字化けを起こし、まともに時刻を読めない。まさかと思いロックを解除し、ホーム画面を開くと、全てのアイコンが文字化けや画像割れを起こしていた。しかし、某大ヒット映画の様に、文字化けした文字が動いて消滅するとかはしなかった。ただ、画面のスライドはできるが、アプリを開くことはおろか、電話をかけることも写真を撮ることも出来ない。


「完全に隔離された世界ってか──」


 外部との連絡を絶たれた、孤独な未来人であることが分かった。


 予想はしていたが、ここまでバグを起こしているとは思わなかった。そもそも、俺という存在自体が、この世界においてはバグなのかも知れない。



 **********



 その後、二時間目から四時間目まで他の三学年のクラスの数学を見学していた。3年生の数学は全て千賀先生が教えており、俺はその為行く教室それぞれで自己紹介をし、質問攻めにあった。とは言っても、久々に会う同級生(中学生であるが)達なので、何だかんだ楽しかった。こいつ変わらねぇな、と考えては、そっかそもそも七年前なんだから当たり前か、と幾度となく自分が過去にいる事を自覚した。


 千賀先生は俺に自己紹介をさせた後、毎時間質問タイムという事で、生徒達に俺に対して質問する時間を五分程与えては、俺の方を見てニヤニヤしていた。大方生徒からのプライベートな質問に対して、俺が返答に困っているのを見て楽しんでいたのだろう。なかなか悪趣味な人だ。


 それにしても、中学生はやたらと同じ質問をしてくる。基本的には、朝の会の後梅沢がしてきたような「彼女いるのか」「歳はいくつなのか」という質問がいの一番で飛んでくる。他に聞く事はないのかと、呆れたりもするが、自分が中学生ならきっと同じ質問をしていただろうと容易に想像ができてしまい、可笑しくも思えた。


「どう?うちの学校の生徒達みんな元気でしょ?」


 四時間目が終わり、千賀先生と二人で職員室に戻っている時にふと聞かれた。そもそも、聞かれなくても当時の3年の雰囲気は何となく覚えているため、どう伝えようか一瞬悩んでしまった。


「そうですね・・・、確かに、どのクラスもみんな発言してますし、元気な子たちですよね」


 まるで定例文かのような返答をする。すると、千賀先生は皮肉っぽく笑うとこう言った。


「確かに、今見てきたクラスは元気のいいクラスって言えるかもな。でも、うちのクラスは果たしてそう言えるかな?」


 さも意味あり気な口調で、しかも俺と目を合わせずに言ったのだ。


 中学生だった当時の記憶では、千賀先生は調子のいいユーモアな先生という印象だった。若い先生だから好き勝手やっている、そんなイメージがあったが、今見せた表情はそんな印象からは程遠い、何かを悩み憂いを帯びた大人の顔をしていた。あの時は、何も考えていない先生だと、勝手に思っていたが実はそうではなかったのかもしれない。

 

「そうだ、この後は給食だから先に2組行っといて」


 そう言われ、ふと給食の存在を思い出した。四時間目が終わった後の楽しみであり、中学校生活でのTOP5に入る楽しみ。そんな給食という昼食の文化を離れて7年が経ち、すっかりその存在を忘れていた。忘れていた楽しみを前にして、少しテンションが上がっているのが分かった。


「そうそう、どの班で食べるのかは久賀先生の自由でいいからね。生徒と交流するいい機会だからか、好きに座っていいよ」


 ここで改めて重要な事を思い出す。給食とは、一人で食べるものではなく、座席で決まった班で食べるものだったのだ。つまり、俺も給食を食べるからには、全部で6班あるクラスのどこかの班に入れてもらわなければならない。しかし、これはチャンスだ。“俺”がいる班に自然と入り込んで、“俺”と仲良くなれれば、俺の過去を思い通り進めることができるかも知れない。こんなチャンスを無碍にする訳にはいかない。こうなれば、何が何でも“俺”がいる班に入ってやる。


 そう思い、俺は更にテンションが上がった。


「給食費の方は、後で払ってもらうからね」


 そこは自腹なのね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの日の青春をあの日の自分と共に さち @sathi-27

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ