131 - 親の願い、子の思い

 心配のあまり村の入り口で待っていそうな者もいたが、せっかくの祭りの時期に大事にすべきでないと互いに諭して親たちは皆、エルヴェイの宿屋で彼らの帰りを待っていた。

 ウォルターが、泣き疲れて眠った下の息子をベッドに寝かしつけて、皆の集う地階の居間――客たちが寛いだり談話するための場所――に戻って来た頃、窓の外を見ていた誰かが

「帰って来た!」

と叫び声を上げた。

 すぐさま扉を開いて、馬から降りた子供達の姿を見つけると親達は皆駆け寄って抱き締め、無事を安堵した後で口々に窘めた。

『黙って居なくなって、危ないことをして、心配させて!』

内容は皆、同じ様なものだった。

 子供達は、親達の怒りながらも涙を堪えるような表情に、また、自分達自身が危険な目に遭ったと感じていたから、素直にその言葉を受け止めていた。

 再会を喜ぶ親子を見届け旅人達は、ろくに感謝の言葉も言わせてくれないまま「馬を休ませてきます」とその場を去って行ってしまった。

 そして、メレディスとは村の入り口で別れた、ランプをたくさん持って来たという息子の話を頷きながら聞いていた時、

「まったく、だから止めなって言ったんだ。どこの馬の骨とも知れない様な野蛮な連中と日々付き合っている家の子と遊ぶなんて!」

穏やかで、和やかなものになりつつあった辺りの雰囲気を、ふとそんな声が切り裂いた。

「戦い方なんて覚えたって、危ないだけじゃないかい。宿屋の子供は旅人と接するから、そんなものに憧れてしまうんだ。でもあんたは、そうじゃない。戦える必要なんてないんだよ」

いつの間にかしんとなった辺りに無遠慮に響いた、息子に言い聞かせる母の言葉。

薄蒼の髪の少年の両腕をしっかりとつかみ、正面から瞳を見据えて女は誰に憚ることもなく続ける。

「わかったね? 今後、関わるんじゃないよ。放浪者にも、あの子達にもね」

「……」

「わかったのかい? ジョーイ!」

「ちょいとさ、あんた」

俯いたまま返事をしない息子に焦れた母親が声をきつくしたのに、思わずイネスは声をかけた。

「そういう話は、余所でやってくれるかい」

「……何故だい?」

問い返した彼女はジョーイと同じ色の髪をきっちりとひっ詰めていて、そのせいか弱気な瞳の息子と違って目尻がつり上がっている。そして、イネスよりもほんの少し年が上なだけなのだが、日々の野良仕事に肌を焼かれ皺深くなり、酷く疲れているように見えた。

「何故、って……あんたんとこの教育方針に口出しするつもりはないけど、ウチの商売を馬鹿にしてくれた上に、我が子を助けてくれた人たちに対して、そういう物言いはないんじゃないかい? 聞いててこっちが気分悪いわ」

だが、そんなものは同情の材料になどなりはしない。言っていいことと悪いことがあるだろうとイネスはふんと鼻を鳴らした。

「いいや、ここで話さないと意味が無いだろう。うちの子を、これ以上野蛮なことに巻き込んでくれるなと言ってるんだよ」

彼女はすっくと立ち上がって息子の肩に荒れた手を置いたまま、更に目を吊り上げて強い語調で言い放つ。

「巻き込む、だって?」

「そうさ。前々から言い聞かせてたんだ。悪い影響しか受けてないんだから、関わらないようにしなって。なのに無理矢理連れ出して巻き込んで、怖い目に遭わせたんだろう、うちの子を」

「そんなことない! ジョーイは、ついてくるって、一緒に行きたいって言ったんだ!」

自分の知る事実と余りに違う物言いに、イネスの息子は拳を握りしめて強く否定する。だが女は、どこか憐れむように笑った後で赤子に言い聞かせる声で言った。

「あのね、ユイン。悪いけど、ジョーイはそんなこと言わないんだよ。危ないと分かっていることを、自分からするもんかい」

「っ!」

「あんた達のような、放浪者に憧れて剣の練習なんかして、自分は戦えるんだ、なんて勘違いしてるような子とは関わりたくないんだよ。分かるかい? さぁ、ジョーイ、帰るよ」

「勘違いなんかじゃ……!」

「実際、その子達は立派に魔物を倒していたみたいよ」

咄嗟に反発しかけた少年を、別の女声が制した。いつの間にか旅人達が戻ってきていたのだ。

「……何だって?」

ジョーイの母は、途端に険を含んだ視線を彼らに向けて低い声で問う。

その人は、ひるむことなく真っ直ぐにその声と視線を受け止めて、穏やかで柔らかな、それでいて真剣な瞳を女に向けた。

「戦いの跡を見ました。その子達は、自分達自身の力で、メレディスさんのところに辿り着いたのです。村の人達が困っていると知っていたから、自分達でどうにかしようとして……。確かに、危険な行為だったかもしれませんが、彼らの孝行心まで否定しないであげて欲しいのですが」

「孝行心? そんなものがあるなら、親の言うことをちゃんと聞く筈さ。せいぜい、単にちょっと冒険してみたかったってだけなんだろ」

だが女は、苛烈さを収めることはなかった。ふんと鼻を鳴らしてユインを見下し言った後、再度旅人達を睨み付けた。

「立派に魔物を倒した? 冗談じゃない。無事に帰って来たからいいものの、子供を魔物と戦わせるなんて、もっての外だよ。下手に武器を持つから、戦い方なんてものを身に付けようとするから、危ないことをするんじゃないかい。戦える、だなんて煽った張本人にとやかく言われる筋合いはないよ。うちの子は、魔物と戦う必要なんてないんだ」

「たとえ戦い方を知らなくても、子供たちは行ってたと思うぜ」

次に口を開いたのは、黒髪の青年だった。

「戦い方を知らなければ、もっと酷いことになってただろうし。オレ達を嫌うのは勝手だが、宿屋の仕事を、その子を侮辱するのはお門違いってもんだ。それに子供達同士のことに、親が口出しするのは無粋がすぎるんじゃないか?」

彼は、向けられた悪意に対する不快感を隠すことなく言葉を返した。

「……わたしからすれば、そもそも子供に武器を持たせて、魔物と戦わせて平然としてられる神経が信じられないね。そんな人でなしが、何を偉そうに」

「そんな子供子供って……」

侮蔑すら滲ませた女に、金髪タレ目の彼はやや呆れたように溜息を吐いて苦笑する。

「産んだこともない人間に、我が子を思う気持ちなんて、分かるものかい!」

女は言い放った。瞳に涙を浮かべることはなかったが、心が昂ぶって収めることができないのだとその表情が物語っていた。

子供を産むのがそんなにも偉いのかと、言う者は居なかった。それを言うことが、無駄なことだと彼女の形相を見れば分かることだったからだ。

女は、応えない旅人からイネスへと視線を移して言葉を続けた。

「二人も三人も代わりの子供が居る人間に、たった一人の我が子を奪われるかもしれない恐怖が、分かるはずがない!」

ジョーイは一人っ子だ。イネスは、彼女が子を二人亡くしていることを知っていた。一人は生まれる前に、もう一人は、生まれて間もなく。

授かった命を産んでやれなかったこと、守ってやれなかったことを悲しみ、自分を責め、苦悩したことは気の毒だと思う。

だがたとえ子供が何人居ようと愛情は分割されるものではない。

「……」

そう、言いたかったがイネスもまた応えることを止めた。

同じ母親として、傷つけ合うだけの言葉をこれ以上吐き出したくないと、思ったのだ。

 言葉を飲み込んで思わず、息子の肩をぎゅっと握った。すると息子は、

「確かに、おれたちまだ大人じゃないけど! でも、ロルさんはおれたちくらいの時に、もう一人で旅してたって――!」

女があまりにも、ユイン達を何もできない子供だと繰り返したことに反論した。

「あー……まぁ、俺の場合そうする他なかっただけなんだけどね。でも、戦い方を覚えるのには賛成だよ」

思わぬところからの声にやや驚いたような表情をして、名を出された彼が頷いて言ったのに、

「何の為に? 何かがあれば国や教会に救援を求めれば済む話じゃないか」

女は今度はそちらに食って掛かった。

「じゃあ、逆に聞くが一体誰が、万が一の時にこの村の危機を国に、教会に伝える?」

口を開きかけた赤毛の少女を制して黒髪の青年は静かに問い返した。

「駐屯している兵か? 教会の司祭か? どうにか伝えられるとして、救援が駆け付けるまで、どれくらいかかると? その間、誰が村を守るんだ?」

「村を守る? そんな必要――」

何を言っているのだという様な女に、彼の声は徐々に強くなってゆく。

その綺麗な翠緑の瞳が一際鋭く輝いて、他の者の言葉を奪っていた。

「すぐに、駆けつけられるわけじゃない。要請して到着するまでの間、最低限自分達で持ち堪えなければならないんだ」

「そんなことくらい……。村には教会があるし、駐屯してる兵もいるんだ」

「何人? 戦力として十分か? 彼らを信頼しているなら何故、今回の件に関してもそっちを頼らないでオレ達に子供たちを探してくれって言ったんだ?」

「それは、別にわたしが、あんた達に頼んだわけじゃ……」

「誰も、届けなかったのか? 駐屯兵に、今回のことを?」

歯切れ悪く応えた女の言葉に、彼は他の者達に目を遣った。その場を離れる機会を逸していた数組の親子は、或はバツが悪そうに視線をそらし、或は、

「――取り合ってくれなかった。いや、村の中の捜索ならしてもいいが、外までは知らないと……」

「村長か教会に言え、自分達でどうにかしろって言われたよ」

そう不満と不信感を露わに答えた。

「駐屯兵たちは、確かにこの村の守備の為に置かれてるんだろうけど、村の外に出た子供の捜索に割く程の人手は持ち合わせてないし、そもそもそんなことは、彼らの仕事ではない。違うか?」

 "村"の規模で国兵が駐屯しているということ自体が、あまりあることではない。それはつまり、国にとってこの村が要衝であり、守るべき場所であるということ。

 国兵の意味合いや権限、そして課せられた責務はその国によって異なる。

殊メルドギリス国に置いては専守防衛が基本であり、徹底されているようだと旅人達は感じていた。

「もし、村を離れた隙に何かが起これば――もし、その隙に魔物による襲撃を受けるようなことがあったら、彼らは"村を守る"という任務を放棄したとみなされる危険があるからだ。好意や善意で、彼らはここに居るわけじゃない。そういう仕事だからだ」

「だから……だから! 村の外に出て、危険を冒すような真似を、子供達にさせないようにって、言ってるんじゃないかい! 魔物との戦い方なんてものは、覚える必要が無いんだって!」

「村の中が絶対的に安全だと、言いきれるのか?」

「……!」

青年の冷ややかな声と瞳に、女は言葉を失った。

「外へ出て狩れとは言わない。だがな、せめて自分達の身を守ることくらい、できなければならないんじゃないのか。出現する魔物は増えてるんだ。確実に。脅威に対抗する手立てを、身に付けずにいることは愚かだ。

そしてあんたの様な人間が頼りとしている兵士たちもまた、誰かの子であり親であり家族であり親友なんだ。守られることを、自分達の為に他の誰かが命を懸けることを当然と思うのか」

「――何を偉そうに。兵たちは、自分でそういう生き方を選んだんだろう? 民衆の盾となることを望んで力を身に付け、危険に身をおくことを了解しての、役目であり地位じゃないかい。

うちの子には、そんな道は歩ませないね。あんた達みたいな放浪者に、戦いに身を置くような生き方を、誰がさせるものですか。――ただの村人なんだよ、わたしたちは。武器を手に取る理由も、必要もないんだ。そもそも、魔物が村を襲うなんて滅多なことが無い限り起こりっこない。それに、そうだ。いざとなりゃ、教会が守ってくれる。神様が、救って下さるんだから」

「――」

強い瞳で見据え、息吐く間も惜しいとばかりに言いきった女の言葉に、彼は応えるのを止めた。


 放棄している、とリーは思った。

例えば、危機が生じるかもしれないということを、その可能性を考えることを、今のままでこれからも何も変わらないのだと、変わる必要などないのだと、自分の周りの世界が、今後もこのまま揺らぐことなくそのままであり続けるのだと、それでいいのだと、思っているのだ。

 そして、此方の声など全く届いていないのだと知った。

先ほどロルが「そうする他なかった」と言ったにも関わらず、望む望まざるにかかわらず、生きていくために戦う術を身に付けて来た者がいるということを、彼女は知らない、知ろうとしていない。

戦わない選択ができると思っている危機感のなさにを目の当たりにし、途端、熱情が急速に冷めていったのを感じた。

「――そうか。まぁ、好きにすればいいさ。今後この村が、あんたたちがどうなろうとオレの知ったことじゃないからな」

嵐が去った後の様な静寂が心に舞い降りてきたのを感じ、冷たくなった指先を解いて彼は、そう言い放つと踵を返した。

「っ! リー……!」

激しく打ち寄せた波が引いていったかの様に、冷めた物言いをしてその場を立ち去る彼の後にすぐさま続こうとして、セフィは一度振り返った。困った顔のエルヴェイ親子、言葉なく立ち竦むジョーイといまだいきり立ったその母に目礼をして、仲間に目を遣る。

『早く行きなよ』と言われている気がして、セフィは頷き離れていくリーの後を追った。




宿を出、足早にその場を離れてそのままどこかへ行ってしまいそうな彼に駆け寄り腕を掴んだ。

「待って下さい、リー……!」

咄嗟のことで追い縋る格好になってしまい、ふり払われるかと覚悟したが、

「……」

彼は逆に、振り返った勢いのまましがみ付くようにセフィを抱き締めた。

「リー?」

「悪い、セフィ」

どうしたのかと問う様に名を呼びながら応えると、彼の腕にギュッと力がこもる。

「あのまま、あそこに居るのは無理だ」

そう言うと、リーは鼻先をセフィの肩口に埋める。

「無理だ……」

僅かに震えている様な気がして、ハッとなった。

泣いているわけではない。むしろ、堪えようとしているのだ。

叫び出したい思いを、飲み込もうとしているのだ。

悔しい、という気持ちを。

――そう、彼は、戦場を見てきているのだ。

これまで、辺境への遠征や救援策戦に多く参加してきている彼は、助けられなかった村や町を、その目で見てきているのだ。

 一体どれほど悲惨な光景を、その目にしてきたのだろう。

自分の見る悪夢など、所詮夢だ。彼が実際に戦地で見て来た惨状などとは、比べようもないだろう。

――全部を、助けられる訳ではないと。

助けたいと思っていくら手を伸ばしても、心を尽くしても、まるで夢の様にすり抜けて行ってしまうたくさんの命があったことを。

共に戦った仲間を、目の前で失うことすらあったことを。

助けを求める声に応えられないということを、一体どれだけ悔やみ、傷つき、自分自身を責め苦悩したのだろう。

普段彼は、明るくて陽気だから、忘れてしまいそうになる。

旅先、遠征先で見て来た様々な出来事を語って聞かせてくれる時に、言葉を濁すことがあったこと。

そして彼が、とても優しいのだということを、自分は知っているではないか。

教会に寄せられる絶対の信頼と期待。それは、信仰心と呼べるものだ。

そしてその救いの実行者たる彼は、必ずしも応えられる訳ではないという現実を誰よりも知っている。

「……」

彼の苦悩に気付いていても、何の言葉も掛けられない自分が情けなかった。

ただ、縋りつくように強く抱き締める腕に、応えることしかできない。

彼と同じ聖職者という立場でありながら、安穏とただ教えを説いてきただけの自分が酷く恥ずかしく思えた。

自分の無力さを、感じないことはない。だが、聖職者として求められているものに対して鈍感だったのだ。

 本来、信仰とは心の救済であるはずだ。

だが今や教会という組織は、聖職者は、実際的に人々を邪悪から守ることを求められている――

なんて、自分は世間知らずなのだろうか。

「リー……」

彼の心の傷を癒すことなど自分にはできないだろうからせめて、痛みを分けて欲しいと思った。

同じ痛みを、背負わせてほしいと――

伝わる体温や感じる鼓動や呼吸と一緒に、彼の痛みが伝わればいいのに、と心からそう思った。




リーと、そしてセフィが出て行って、辺りにしばし沈黙が漂った。

「――連れ戻してくれたことは感謝してるよ。でもね、あんた達の悪影響を受けたせいで、こんなことになったんだよ。こんな馬鹿な真似、二度としない様しっかり言い聞かせておくれ。少なくともうちの子を、巻き込まないで。あんたのところと違って、わたしには、この子しかいないんだから――行くよ、ジョーイ」

「あっ……!」

ジョーイの母親は、そう主張すると息子の腕を掴んで踵を返した。

そして一度も振り返ることなく、何度も振り返る息子を窘めながら去って行った。


「……戦えるようになりたいって、強くなりたいって思うことは、悪いこと?」

ぽつり、と少年が呟いた。

「ユイン?」

「おれはこのままずっと一生、ただの村人で、ただの宿屋の息子で、他の何かにはなれないのかな」

「ユインそれは……」

どこか思いつめたような声に、父は言葉を選べずに口ごもる。

「いいんだ、別に。宿の仕事が嫌なわけじゃない。けど、もっと広い世界への憧れとか、強くなりたいって思うのは、悪いことなのかなぁ?」

だが、縋るように父を、母を見上げる瞳には、涙ではなく困惑と憤りが綯交ぜになったような、それでいて澄んだ光が浮かんでいた。

子供だからと誤魔化したり、本当のことから遠ざけるべきではないと、気付かされてウォルターは思わず苦笑する。

「――悪いことなんかじゃない。ただ、おれ達もユインが大事だから、傷ついてほしくない。危険なこと、自分がしたことのないことはしてほしくないと思ってしまうんだ」

「でも、時代が違うよ。今は昔よりずっと魔物が増えてるんだって、みんな言ってる。これからだって、どうなるか分からない。そうだろ?」

子供はいつも、大人が思うよりも敏感に周りの世界を感じ取り、ずっと沢山のことを考え、そしていつの間にか、思いもよらない速さで成長しているものだ。

見上げる息子の言葉と瞳に込められた純粋な力強さに、イネスは真摯に頷いた。

「あぁ、そうさ。その通りだよ。ユイン。だからね、あたしらとしては、早く一人前になって欲しい」

平和な時代なら、争いのない世界なら、ゆっくり大人になればいいよと、言ってやれたのかもしれない。

自分のなりたいものをじっくり考えて、探して、ゆるやかに年を重ねていけばいいよと。

だが、今の世界はそんなにも優しくはない。

時に容赦なく、全てを奪う。

いつまでもそばに居てやることが、いくらそう望んだとしても、出来なくなってしまうかもしれない。

だから、早く大人になれと、一人前になって、自分自身を自分で生かしていけるようになれと、願わずにはいられないのだ。

本当なら、まだまだずっと、自分達の庇護下において甘やかしてやりたいと思う。

だがその反面、それではいけないと彼らは知っていた。

「強くなってほしいと思うよ。自分の身を、しっかりと自分で守れるようにね」

そう微笑む夫婦の言葉には、悲痛なまでの決意すら滲んでいると旅人達は気付いていた。

 生き抜く力を身に付けろと、言えるかどうか。

それは、危機感を持っているかどうかに因るのだろう。

旅人たちと接する機会の多いエルヴェイ夫婦は、世界の情勢や不穏な動きを多く耳にし、そして身を持って感じているに違いない。

それはユインも同じだった。

だからこそ、強くなりたいと彼は望むのだろう。

「……いいの?」

瞳を瞬き問う息子に、夫婦は明るい笑みを向けた。

「良いも悪いも、子供の生き方を親が決めていいもんじゃないだろう。それに大切なものを守るために強くなろうとする息子を、誇りに思いこそすれ否定する気なんてないよ」

「……。うん、おれ、強くなりたい……強く、なれるかなぁ?」

力強い母の言葉に、ほんのすこし不安になったユインは首を傾げる様に旅人達を見た。

「ま、おれも元・ただの村人、だしな」

「あたしもよ」

アレスとアーシャは悪戯っぽく笑う。そして、

「それでさ、ユイン。ジョーイのことなんだけど――」

せっかく仲の良い幼馴染同士が――少なくとも、ジョーイはユインを嫌っては見えなかったから――親の主義によって引き離されてしまうのは、正直残念でならなかった。

だが、なんと言葉をかけていいのか刹那惑ったアーシャに、少年はにこりと笑む。

「うん。大丈夫だよ。ジョーイん家はあんな感じだから、あんまり遊べなくなっちゃうかもしれないしけど、おれがちゃんと強くなって、もし何かの時にはちゃんとジョーイと、それからジョーイのおばさんを守ってあげるんだ。そんで、『ほら、戦えて良かっただろう、おれが、剣を持つ意味はあっただろう』って言ってやるんだっ」

まだ小さな手を力強く握りしめて、得意げに宣言したユイン。

 つられる様に、わたしも、おれもと子供達が駆け寄って来る。

 穢れを知らない様な、夢と希望に満ちたその姿の眩しさに、親達と旅人達は瞳を細める。

力を求めることの意味を、争いの醜さを、汚さを、いつか彼らも知ることになるだろう。けれどまだ今だけは、大切なものを守りたいからというその純粋な思いを見守ってやりたいと、そう願わずにはいられなかった。

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