125 - 懐かしい話を、少し(前編)
食事が進み、いい具合に杯を重ね、傍に座っていた者達が時々入れ替わったりしながらも、彼らは談笑を続けていた。
「やっぱり、一緒に飲める相手がいるっていうのは嬉しいよね~」
給仕から受け取った新しいカップをリーに手渡しながら、ロルは気分良く言った。
その言葉に、リーは少し首を傾げる。
「ん? そいや、アレスもアーシャも飲んでねーのな。あれ? セフィは? それ酒じゃないのか?」
「違いますよ」
「なんで? 飲めないことないよな?」
「……以前、誰かさんに飲むなと言われてから、飲まないようにしてるんです」
アーシャが頼んだ野苺の砂糖煮を手渡しながらセフィは答えた。
「あー……そういや、言ったっけ。そんなこと」
そしてリーはカップに口をつけたまま、どこかを見詰め記憶を思い起こそうとする。
「え? セフィって、飲めないわけじゃないの?」
渡されたものを受け取りながら、アーシャはセフィを見詰め意外そうな声を上げた。
「えぇ。まぁ……」
「止められてるのか? なんでだ?」
まだ食うのかよ、とリーにツッコまれながら注文した、香草を効かせた挽肉と野菜を棒状に固めて焼いたものをかじりながらアレスが問うた。
「少しなら問題ないのですが、一定量を超えると、どうしようもなく眠くなってしまって。所構わず眠り込んでしまう様なんです」
「そーそー! そんで、その落ちる前の状態がさ、ヤバいんだわ。エロくて」
「は?」
苦笑したセフィに続けたリーの言葉に、三人はきょとんとする。
「本人にその気は無いらしいんだけどな。色香がハンパなくて、こっちとしては本気で試されてる気分になるわけよ」
「試されてる、って……」
彼の言葉の意を解したロルが訳知り顔で苦笑する。
普段清雅な美しさを身にまとうセフィだが、その美貌に妖艶な色気を加えたとなると、如何な者でも容易く陥落してしまうに違いない。そしてセフィ本人の思惑に関わらず、掻き立てたられた欲情をぶつけようとする者、眠りこけて抵抗できないと知って狼藉を働こうとする者は少なからず存在するはずだ。
「そ。世の中、理性強固な連中ばかりじゃないから。身の安全の為にも、知らないやつの前では飲むなっつったんだよな」
だから、リーの言い分は至極真っ当と言えた。
そんな彼らの思いを知ってか知らずか、
「えー、あたし達、別に知らないやつってわけじゃないじゃない」
出会ったのこそ最近かもしれないが、もう十分気が置けない間柄になってるじゃないかと不満げに頬を膨らませるアーシャ。
「そう、なのですけど……私としては、意識と記憶が曖昧になってしまって、そうなる量というのもよく分かりませんし、醜態をさらして周りの方々に迷惑をかけたくはありませんので」
「ってことは、記憶なくなるまで飲んだことはあるのか?」
「えぇ、まぁ……若気の至りと言いますか……」
少女の指摘に苦笑で応え、いつにないアレスの鋭いツッコミにセフィは言いにくそうに小さく肩を竦めた。
「そうなんだ~手が付けられない様な暴れ方する、とかじゃないならちょっと見てみたい気もするけど」
そしてロルはいつもの面白がるような笑みを浮かべている。
試されている気になってしまう様なセフィと、実際理性を試されている状態のリーというのは、想像するだけで楽しい。
「暴れはしないけど、あれは危険すぎるって、色々とな。――まぁ、この面子なら別にいいかとも思うけどさ」
「そうよね。飲んでもいいのに。危なそうと思ったら止めるよ?」
アーシャは全く邪気のない瞳で真摯に頷く。
「そう言って頂くのはありがたいのですが……そこまでして、どうしても飲みたいというわけではないんです。本当に。今頂いているような飲み物で十分なので」
彼らの気遣いをありがたく思いながらもセフィは、それならばと手出しはしない。そもそも特別美味だと感じ好んで口にしていた訳ではないのが本音なのだ。
「そうなのね。ま、確かにお酒なんて、そんなに好き好んで飲みたいと思う様な美味しいものでもないもんね」
「そうだよなー麦酒は苦いし葡萄酒は渋いし、林檎とかの果実酒ならまだしも、基本的に美味くないもんな」
セフィの言葉に納得した後で、そもそも何故そんな不味いものを飲むのだという様な二人の口ぶりに、ロルとリーは顔を見合わせてくつくつと笑った。
「まぁ、そうなのかもね」
「その内、美味いと思うようになるんじゃね?」
「そういうもんなのか? 二人はいつ頃から美味いと思う様になったんだ?」
リーが、ロルと1つ違いの20歳だと聞いていたからアレスは、ふと聞いてみたくなった。
「それ自体の味としては、まぁ……いつだっけかなぁ?」
「あんま覚えてないな。つーかアレス、何歳になったんだっけ? 17、だよな?」
問われ頷くアレス。
「17っつったら、その頃には……。オレ、何してたっけ?」
少し考えた後でリーはセフィを向いて尋ねた。セフィは空になった皿を重ねて脇に寄せていた手を止め、
「もうリデンファー資格は取ってましたよね。辺境への遠征によく行くようになった頃ではないですか?」
「そうか。じゃあ、もうケッコー飲んでた?」
「かもしれませんね」
思い出そうと辿る記憶を確認し合うような、リーとセフィの通じ合っている様子を見て、アーシャはぽん、と手を叩いた。
「あ、そっか! 幼馴染ってことはリーって昔のセフィ知ってるのよね?」
そして「あぁ、まぁな」と答えたリーにずいっと詰め寄り
「どんなだったの? やっぱり可愛かった?」
大きな瞳を興味津々と輝かせる。
「いいですよ、そんな話」とセフィは苦笑したが、
「そりゃーもう、すっっげー可愛かった! 少女愛好者でなくてもグラっとくるだろうってくらい、もーめっちゃ可愛かった! 今はすっかり美人だけどな~!」
リーはニヤリと笑ってノリノリで応える。
「やっぱりー! そうよねぇ、いいなぁ、見たかったなぁ!」
幼い頃の彼が、どれだけ可愛らしかったかを嬉々として語り出しそうな二人に、セフィは自分がどうだったかは分かりませんがと前置いて黒髪の彼を見る。
「……そう言うリーの方こそ、可愛らしかったですよ」
「? そーだった?」
「えぇ、とても」
そして楽しげにくすくすと笑う。そんな二人の雰囲気に、アーシャは肘をついた両手で頬を支えて少し悔しそうに、だがどこか夢見る様に唇を尖らせる。
「セフィもリーもだけど、子供時代のみんな、見てみたかったなー!」
「そうだね~」
それに同意してカップに口をつけるロルと、そしてアレスは相変わらず八重歯を覗かせ肉をかじりながら頷く。
「確かに、アーシャが昔からそんなだったのかはちょっと気になるな」
「そんな、ってなによ?」
何気なく発した言葉を聞き咎めてアーシャが声を低くした。
「えっ!? いや、だから、そんな風にこわ……」
何故急に不穏な声になったのか分からないまま、アレスはそれでもモゴモゴと応えようとする。
「強くて可愛かったのかなって! な?」
向けられたアーシャの鋭い瞳に思わず怯んで、いつもの様に掘らなくてもいい墓穴を掘りそうな少年に助け舟を出したのはリーだった。
アレスとアーシャは、決して仲が悪い訳ではない。むしろ歳が近いからだろう、気安い関係の様だ。だがアレスは余りにもまっすぐで、思ったことをそのまま口にしすぎて時々アーシャを怒らせることがあった。
「? あたし、今も全然強くなんてないわよ?」
「いや十分強……」
「まぁまぁまぁ、その辺にしとこうよ。アーシャは、強くなりたいんだもんね」
気の強い姉がいるという環境で育ったためか、勝気な女性にはどうやっても敵わないという意識があるらしいアレスの、素直すぎる発言をロルが苦笑しながら制する。
噛み合っていない会話を眺めているのも悪くはないが、女の子であるアーシャを苛立たせるのはロルにとって本望ではない。
「えぇ、そうよ。力で敵わないっていうのは、分かってるし仕方ないと思うけど、それだけが強さじゃないものね」
ロルの意図した通りアーシャが機嫌を良くして笑顔で宣言すると
「そうですね」とセフィもまた頷いた。
「そーそー」
「そう、だな」
余計なこと言うなよと目で言われ、アレスもまたぶんぶんと首を縦に振る。
「そだね~。あ、子供と言えばなんだけど、ユイン達と随分盛り上がってたよね」
そしてここぞとばかりに無理矢理別の話題を向けたロルに違和感を覚えることなく、アーシャは発言者を見、思い出したように僅かに身を乗り出した。
「! そうなの! あれくらいの年頃って、あんな感じなのかなぁ?」
「何かあったの?」
「うん、というか……フィオナ達にね、誰が恋人なんだって聞かれてさ」
「恋人って? アーシャの?」
「そ。それで、誰とでもないって言ったら、みんなかっこいいのにもったいない! って」
ロルの問いに応えながら、彼女は真っ赤な果汁が染み出す野苺をつつき皆を見渡し笑った。
確かに、すれ違いざまに思わず振り返ってしまいそうな美形や、よく見ると整った顔をした者達が視界を埋めている。
その中でも一際目を引く存在が、
「見慣れない大人が素敵に見えたりするお年頃ですもんね」
元気いっぱいで、少しませたところのある子供達のことを思い出し、微笑みを浮かべた。
「多分そうなんだろうなって思ったわ。で、それなら誰がいいかって聞かれたの」
「誰?」
「そう。恋人にするならね」
「ははっ! そっか。で、誰って答えたんだ?」
リーが面白がるようににやにやと笑いながら先を促した。
ちらと目を遣ったアレスは、驚いたような顔で目を瞬いている。
そしてアーシャは、こっくりと頷き、
「セフィがいいなって言ったの。そうしたら、なんで!? 女同士とかおかしいじゃない! みたいな言われようだったから、一応……訂正はしておいたわ」
「あ、ありがとうございます?」
見つめられ、セフィはやや首を傾げながら咄嗟に礼を述べる。
「うん。でもね、全然信じてくれなくて。仕舞いには本人が言ってるだけじゃないのか、ショーコはあるのかって詰め寄られてさ。思わず証拠は見たことないけどって言っちゃた」
少女は最初わざとらしい溜息を吐いて見せ、それから悪戯っぽく言い切った後でぺろりと舌を出した。
「ショーコ、って……」
「そう、証拠ね。ちょっと気になって証拠って、例えばどんな? って聞いたら、『それくらい分かるでしょう!? 大人なんだから!』 って真っ赤になっちゃったのよね。あの子達」
「あぁ、それでショーコショーコ言ってたのか」
どこか嫌な予感がするという様な表情になってしまったセフィと、愉快気にクスクス笑うアーシャ。それから得心したとばかりにアレスは何度も頷く。
「そうなの。で、リーが幼馴染だから、聞いてみたらって話振ったんだけど……」
「小さい頃一緒に水浴びとかしたことあるけど、全裸ではなかったなぁって」
「え、それはつまり、脱いで見せろって流れだったの?」
「そんな感じだったな」
視線と共に話題を振られたリーもまた人の悪い笑みを浮かべている。
「……嫌ですよ。そんなこと、恥ずかしいですし」
ややげんなりとなってセフィは溜息を吐いた。
「でも、それくらいしなきゃ信じなさそうだったんだもの」
「……」
確かに、男らしい顔でも体つきでもないことは自覚しているが、だからと言って女性らしいとも思わない。フェンサーリルを離れてから、間違われることが妙に増えている気はするが、原因が分からないため改めようもない。とはいえ、誤解され困惑はするものの、何か実害のある深刻な事態になるわけではないので、躍起になって訂正する必要があるのかと言われれば――
「あ、今、そこまでしなきゃならないんだったら、誤解されたままでいいかなーとか思っただろ」
無言になったセフィの表情から何かを読み取ったリーがツッコミを入れる。
「えっ?! い、いえ、そんなことは……」
見透かされていた様な気持ちになって思わず否定しかけたが、彼の指摘があながち間違ってもいないので、セフィは言葉に窮した。
「セフィってば~相互理解することを放棄しちゃだめだよー!……って言いたいところだけど、確かにそこまでする必要はないよね。背丈とか体格見れば華奢ではあるけど、女性じゃないことはわかるし。ま、俺含めアレスもアーシャも最初セフィのこと女性と思ったみたいだったから、えらそーなこと言えないんだろうけどねぇ」
そう言いながらだが、彼も明らかに面白がっていると分かる表情を浮かべている。
それにアーシャが同意して頷き、再度リーを見た。
「確かに。あ、そういえばリーは? 見抜けた?」
「んなわけないじゃん。今よりもっと完全に美少女だったし」
「完全に美少女って」
酒を呷り答えたリーの言葉に、当人除く三人はやっぱりなと納得して笑う。
そして、何を言っても無駄だと悟ったセフィが小さく溜息を吐いた時、何かを思い出したようにアーシャが手を打って声を上げた。
「あっ! あたし、二人の馴れ初め聞きたいんだけど!」
大きな瞳をきらきらと輝かせながらセフィとリーを見詰める。
「馴れ初め?」
「え? 違う?」
唐突な言葉に首を傾げるセフィと、意図が伝わらなかったことに同じく首を傾げたアーシャ。
「どんな感じの出会いだったのかってことか?」
「そうそう。あれ? 言わない? 馴れ初めって」
「少し、言葉の使い方として違う気が……」
疑問符を一杯浮かべた少女に、セフィは微苦笑した。
ロルはその言葉の正しい意味を知る一人だったがあえて口出しをせず、カップに口をつけたままくつくつと笑っている。
「まま、いいんじゃね? 細かいことは気にしないっ! 初めて会った時のこと、だな?」
セフィにとっては当然の主張を敢えて無視してリーは機嫌の良い笑みを浮かべた。
そうしてアーシャとアレス、そしてロルが興味津々な瞳で頷くと、二人の幼馴染同士は一度顔を見合わせてから語り始めた――。
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