117 - 憧れを糧に

 程無くして、ユーディットに乗り込んできたのは議会員とその部下、それから護衛二名。凡そ戦闘には不向きな恰好のその男はバートラムと名乗り、保護した者達の引き渡しを命じた。レグアラに着くまでに、できるだけの聞き取り調査をしたいのだという。

「冗談言ってくれる。これでもオレ達、かなり危ない目に遭ってんだぜ。やっと安心できたんだ。悪いがそっちの船に行く気はない」

「安全は保証しよう」

「あんたが保証してくれてもなぁ」

尊大で一方的な物言いに、リーはにべもなく言い放った。

「我々は事件解決に必要な証言を得るために、こうやってわざわざ要請に来たのだ。それを受け入れないとは、一体何様のつもりだ!」

彼の横柄ともとれる態度に男は、顔をゆがめ怒りを顕わにした。

 任せておけと彼が言ったため口出しする者はいないが、誰もがハラハラとしながらその様子を見守る。

リーは動じることなく鋭く男を見返し、

「あんたらこそ何者なんだってんだよ。どんな事件だか知ったこっちゃねぇが、人にものを頼むなら、それなりの誠意を見せたらどうなんだ」

「なんだと!? 貴様、我々に向かってそんな口をきいていいと――」

「オレは、メルドギリスの民でもレグアラの民でもない。ただの旅人だ。勘違いして貰っちゃ困る」

侮蔑と嫌悪を隠そうともせずに見下す。

「!」

「オレ達がその地の王や為政者に敬意を払うのは、それが礼儀であると知るからだ。自分自身の良識故だ。それが必要であると、そうすべきだとオレ達自身が思うから行うのであって、一方的に強要される謂れはない」

「貴様……!」

「つーかさ、そもそも海賊討伐に、なんであんたらみたいのが来てんの? 見るからお貴族様なんだけど」

物見遊山にでもきたつもりかと言外に匂わせて、彼は下から上へ男の身なりを確かめ眉をひそめる。機能性の欠片も見えないような、ただ贅を凝らしただけにしか見えないような衣装だ。

「私は、レグアラの政を預かる者。そこに居るブロムダール卿と同じ議会員だ」

恰幅の良い身を反らせて居丈高にふんと鼻を鳴らすバートラム。

「議会員? なんで政治屋が船に乗ってやってくる? しかも何でオレら尋問されなきゃならんの?」

「我々は、お前たちが関わった今回の事件の真相を暴かなければならないのだ」

「ふーん。で、その議会員様がわざわざ来て? 何が知りたいわけ?」

まだこっちの人の方が戦えそうな感じはするけどな、と感想を述べてから、どうしてもと言うなら話してやらないこともないと言わんばかりの態度を示す彼に、男は眉をぴくつかせながら低く答えた。

「……海賊の正体だ」

「海賊の正体? 船を襲って金品を奪う、見目の良い少年少女を攫う、捕まりそうだと分かればなりふり構わず逃げ出す……。海賊は海賊だろ? それ以外の何者か、なんてことがあるのか?」

「……」

答えられず黙り込むバートラムに、リーは更に言葉を重ねる。

「ただの傍迷惑な海賊相手にそこまで執念深く追及する正義感の強さは見上げたもんだと思うが、どっか行っちまったもんの正体なんて知ってどうすんの? 外国にも手配回すってか?」

「それは……。いや、もういい。お前が話さないなら、他の者に聞く」

問い詰めるつもりが、逆に次々疑問をぶつけられ、男は口ごもる。そして諦めたように、少し離れて居る娘たちの方を見た。連れて来い、と部下らに合図したのを見咎めて、彼はそれを制する。

「他の者? あの、捕虜になってたお嬢さん方?」

「そうだ。貴様にその気がないなら仕方なかろう」

高圧的に言った男に、リーは溜息を吐いた。

「船が襲撃を受けて攫われてから今日まで、囚われ恐怖を味わってた彼女たちに一体何を聞くって? しかも、やっと脱出したと思ったら、転覆しかけて海の藻屑になっちまうところだったのを何とか助かったんだぜ? 被害者である彼女達に、せめて憐みとか労わりの気持ちってのがないのか。レグアラは、そんなに民に対して優しくない街なのか」

「っ……!」

静かな怒りと憤りに満ちた瞳で見つめられ、男は思わず怯む。

「それに、言っておくけどな。そもそもその三人に聞いても無駄だぜ」

「……なんだと」

「ずっと牢に入れられてたんだ。……わかるだろう?」

自分が持つ以上の情報を、彼女らは持っていないと暗に示す。

「乗り慣れたこの船で休ませてやれよ。もしお嬢さん方に苦痛を強いるってんなら、オレは何も喋らねーぜ」

「……」

そこまで言われては、男は何も反論できなかった。

 そうして不承不承ユーディットの船橋室でならば話してもいいというリーの主張を受け入れて、二隻の船の間に渡していた板を外させたのだった。



 同席したヘンルィクが最初にその素性を尋ね、リーは「セフィと同じ施設で育った。今は旅人だ」と答えた。

 身寄りのない幼い子供を預かる施設は各地に設けられ、そのほとんどが教会によって運営されている。それはレグアラにおいても例外ではなく、珍しくもない。そしてそれだけで、二人の親密な間柄と旅人となった経緯を想像するのは容易かった。土地や家族に縛られることのない者達は、職や住処を求めて放浪することが大いにあったからだ。

 そうして彼は問われるままに答えた。

 例え海の上だとはいえ、あれだけの水竜を召喚するのは容易いことではない。それほどの術者が海賊の中にいたとは思えない上に、自分たちにも出来ることではないので、何かもっと別の力が働いたのではないか、と。するとヘンルィクが

「確かに、モイールの村には゛聖なる水の祠゛があるな。アジトの入口はそこから繋がっていると聞いたが……」と打ち合わせた訳ではないが、そう話を引き継いだ。

魔法に造詣が深いわけではないバートラムは、そう言われれば納得する他なく、「そもそもお前は海賊の仲間ではないのか」と鼻息荒く今度は別の話題を向けた。

 それに対して彼は、真と偽を織り交ぜながら尤もらしい話をした。

レグアラに渡りたいと思い乗り込んだ船が海賊船だったことから、この件に関わることとなった、と。 潜んでいたところを見つかり、回復魔法の心得があると言ったら、そのまま治療員として使われていたが逃げ出す機会を窺っていた。

海賊の人数は多く、下っ端の下っ端だった自分には誰が首領かは分からなかった。ただ、偉そうにしてたのは髭面の大男であり、人相描きをするなら協力してもいいとリーは提案した。

 そうやって協力する気がないのではないと示すことで、庇い立てしているのではなく、本当に知らないのだと印象付けることが出来ると彼は知っていた。

 尋問をする気なら、それなりの人物を連れて来ていて然るべきだろうに、議論と交渉が本業であるはずの議会員だが、バートラムは情報を引き出すことは得意ではなかったらしい。

そのような者は連れてきていないということで、結局、ユーディットに乗る兵の中に絵の得意な者が居たためその者に人相描きをさせることとなった。

 そうしてレグアラの港に着くまでにバートラムによる尋問は終了した。

自分の知ることは全て話したから、以降の調査協力はしないと宣言してリーは船を下り、豪奢な馬車に乗り込んだ男を見送った。できるだけの情報提供はしたのだから、それ以上のことは担当の者の仕事だろう? というのが彼の主張であり、ヘンルィクが後のことを引き受け、バートラム卿も渋々承諾したという風であったのだが。

 議会に報告に行くというヘンルィクに諸々のことを任せてやっと、彼らにとっての海賊騒動は落着をみた訳だが、街に降り立つとすぐさま、ロルはアレスを伴い馬を走らせた。

クァルが伝えて来たことによると、エミリア、ヨハンナ、そしてギュンターが何故か街の外に居り、レグアラに向かっているということで、彼女らを迎えに行ったのだ。

「怪我人がいるかもしれないから、本当は回復魔法を使える人に来てもらいたいんだけど」

そう言ったロルだったが、アーシャは水竜を召喚させられたことによる消耗が激しく、またレグアラでの状況を知る二人ともが居なくなっては困るだろうとセフィが残ることとなった。

 リーはおそらく状況を一番よく把握しているため、万が一何かがあった時――例えば、議会員による召喚等――の為の対応として街に居ることが好ましく、必然的に、「おれ、今回何もしてない!」と訴えたアレスが共に行くこととなったのである。




 道らしい道など無い、ただ、海賊討伐に向かった兵士たちが踏み荒らした跡のある、崖に沿った草地を随分と駆け、まだモイールの村への方が近いだろうという辺りでロルとアレスは彼らに出会った。

 彼らは、白狼レシファートに守られながらレグアラへと向かっていたのだが、その歩みがなかなか進まないのは、ギュンターが自らの馬にもう一人を乗せていたからであった。

酷い怪我を負い、意識を失った若者を乗せて思うように馬が操れず、必然ゆっくりとしか移動できていなかったらしい。

 6月に入り、日は長くなってきているものの、その頃には太陽はもう随分と低い位置まで来ていた。

「このままでは、日暮れまでに街に着けないのではないかと思ってました……」

すぐさま男を一旦下ろすロルを見守りながら、ギュンターは思わずほっとしたが、

「確かにあのままの速度じゃ、ちょっと厳しかったな」

いつになく余裕のない表情で意識の無い男の傷を診るその横顔に緊張を取り戻す。

 応急処置は施しているものの、切り傷や擦り傷、打撲の痕は惨憺たる様で、何より左肩と右脇腹には貫かれる寸前で止まった太い矢が刺さったままだ。

「かなり酷い、ですか……?」

「出血がそこまででもないのがまだ救いだけど、ここでの治療は無理だ」

恐る恐る尋ねた男に、ロルは頷く。

 矢を取り除いて治癒魔法を施さなければならないが、引き抜くにしても押し通すにしても傷口は広がる。もし内臓が傷つけば――治癒魔法を得手としない者が行うには程度が重すぎるのだ。

「やっぱり、セフィに来てもらうべきだった……?」

少し申し訳なさそうにアレスが言う。

 ロルが、回復魔法を使えるが得意ではないと言っていたのは嘘ではない。同じ傷を癒すのであっても、それを得手としているセフィやアーシャとは消耗する魔法力が格段に違うのだ。その上、直せる傷の程度も――負って直後であれば多少上がるが――限られている。

「いや、それは言っても仕方がない。こんなことになってるなんて、思いもしなかったんだから」

ロルは一先ずもう一人の怪我人であるギュンターに治癒魔法を施した。それからできるだけの処置をした男の身を外套で包んでやると馬に跨り、アレスの手を借りて馬上に引き揚げる。

「失礼、お嬢さん方。俺は先に彼を連れて行くから、アレスと、ギュンターと来てくれる?」

無言で見守っていた娘達が、「分かりました」と答えると彼はにこりと微笑んで手綱を握った。

「レシファ、援護を。街が近付いたら適当なトコでセフィに伝えに行って。それじゃ、アレス。後はよろしく!」

言うが早いかロルは馬の腹を蹴った。

 意識の無い大の大人を乗せているのも関わらず、安定感のある走りで見る間に遠ざかっていく。

そして彼を追うように強く風が吹き抜けた。

「……」

「……おれたちも、行こう。暗くなる前に」

それをやや呆然と見送った三人に、アレスが声をかけた。無理もない。ロルは事も無げな様子だったが、アレス自身もあんな風には走れないと思わず少し悔しく思ったのだ。

 ロルにしても、リーにしても、自分には到底敵わない゛出来る男゛振りを遺憾無く発揮していて、アレスはやや引け目を感じてしまっていた。

 海からの風は強く、相変わらずまだ少し冷たい。丈の低い草、藪や茂みが慌ただしくざわめいている。

「ここからは、おれが守るから。……頼りないかもしれないけど」

だがそれは、今の自分にはだと自らに言い聞かせてアレスは馬に跨った。

「そんなことないですよ!」

そんな思いを知ってか知らずかヨハンナが馬を隣に並べ、きらきらとした目で濃紺の髪の少年を見つめる。

「頼りにしてますっ! ね! エミリア様も、ギュンターも、ねっ!」

元気いっぱいにそう宣言して笑う娘に、二人も頷いた。

「……そうだな」

相手を認めて居なければ、任せる、などということは簡単にはできないものだ。

 悔しさや羨望や憧れを糧に、少年は育つもの。自分よりも勝る者を目の当たりにして、挫けたり諦めたりしない者は、いくらでも成長できるのだということを彼は知っているだろうか。

 そう思いながら商家の御者は、照れたように笑った少年の後ろ姿を追ったのだった。

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