111 - いつかの為に

 作業をする船上からもよく見える船着き場の一角。広場のようになったそこで、イオルズは仲間の皆を集め話をした。

このアジトを放棄して逃げるということを彼が宣言すると、それを覚悟していた者、期待していた者は安堵の表情を見せた。だが、何故戦わずに逃げるのか、という声も其処此処で上がった。何のために今まで備えてきたのか、これまでの犠牲を無駄にするのか、何故無能な議会が存続し、自分たちが惨めに逃走しなければならないのか、と。

するとイオルズは逆に問うた。

「何のために戦う? 恨みを晴らしたいから?」

否と唱える者、応と答える者。彼らを真摯に見つめ、

「勿論、苦難を強いた議会に一矢報いたい気持ちは痛いほどわかる。私自身も強くその思いを持っている。現議会をそのままにしていいとも思っていない。だが、今はその時ではない。戦う道理がないのだ」

イオルズは諭すように話した。

「国は税率を下げ、支援策も打ち出してきている。レグアラの民は、やっと苦難を脱したと感じているだはずだ。

我々は、多くのものを奪い罪を犯し、海賊にまで身を落とした。志がどうであれ、捕えられれば、その罪を問われることとなるだろう。その、海賊が今、議会に戦いを挑むとすれば、正義の在処はどこにある? 民はどちらを善しとする?

今回は、国が行いを改めた。

今は、街は守られた。

我々は、税制の見直しを求めていた。民の平安を求めていた。

それが為されようとするなら、それを認めなければならない。無用な混乱をもたらすべきでない。そしてこれ以上何も、犠牲にすべきではない。街で協力してくれた者、ここに集った心ある者皆、誰もこれ以上、犠牲になるべきではない。

今はとにかく、逃げ延び、生き延びることこそが、大切なのだ。

現議会が存続するなら、メルドギリスによる支配が続くなら、いつかまた、苦難の時代がやってくるかもしれない。今度こそ、戦わなければならない時が来るかもしれない。

だがそれは、今じゃない。

いずれは、メルドギリスの支配から解き放たれることを人々が望むこともあるだろう。

だが、今ではない。

その時に、声を上げることが出来る存在として、必要とされるその時の為に、今は、この地を離れよう。

――既に追手はすぐそこまで来ている。速やかに、静やかに、出航の準備を!」



 海賊たちは実に統率の取れた集団だった。

それまでにもすぐに船を出せるよう準備されていたとはいえ、余りに手際よくに整えられた船を前に、三人は唖然とせざるを得なかった。

「間もなく出航する。さぁ、君たちも船に乗ってくれ」

慌ただしくも整然と、3隻の船に分かれてそれぞれの持ち場につく海賊達。

船着き場に居てそれらを見守っていたアレス、アーシャ、ヘルガに、イオルズが駆け寄って声をかけた。

「でも、あたし達は……」

「ここに残していくわけにはいかない。君たちにとっても、そして私達にとってもあまりに危険だ。一先ずこの船に乗って行って、着いた先で此方方面への船を探して引き返してくるのが、恐らく最も安全だろう」

「でもっ」

自分たちはレグアラに、メルドギリスに向かっていたはずだ。

手を貸す、とは言ったが、一緒にこの地を離れるとまでは言っていないし、そのつもりもない。

一体どこへ向かうのかも分からない船に、このまま乗っていく訳にはいかないのだ。

「身勝手な主張で申し訳ないが、聞き入れてくれ。手荒な真似はしたくない」

戸惑い抵抗を見せる三人を彼は厳しい瞳で見つめる。その後ろにはイオルズよりも幅も高さもある男達が数名。

踏みとどまろうとする三人に向かって、男たちが足を踏み出そうとした時、

「悪いが、そいつらはオレが貰い受ける」

背後から声がかかった。

「シン!?」

覆面の男は、三人とイオルズたちの間に割って入って腰の剣に手を置いた。

「……どういうつもりだ?」

「これ以上、遠回りさせられてたまるかってんだよ」

驚き、不審の瞳を向けたイオルズに向かって彼は溜息交じりに呟いた。

「なにを」

「そこのお嬢さんは知らんが、その二人の目的地はレグアラだったはずだ。そして、オレもな」

口を開きかけた男を遮るように今度は鋭く睨み返す。

「そもそも、ジズナクィンに着くまでという契約だ。これ以上付き合う義務はない」

「――そういうわけにもいかない。君達はあまりに知りすぎている。その三人は隠し事が得意なようにも見えない。捕縛されるにしろ、召喚されるにしろ尋問を受けて無事で済むとは――」

「あいつらを丸め込む嘘や出まかせくらい、オレがいくらでも吐いてやるよ。これ以上、巻き込むな。そんな権利はお前にはない」

ぐっと強く剣の柄を握る。今にも抜き放とうという気迫に、イオルズはおろかアレス、アーシャも凍り付いた。

「わ、わ!? 何やってんだよ、お前ら!?」

彼らの様子がおかしいことに気付いたジェイが、そしてトリスタンが慌てた様子で駆け寄って来た。

「どういうことだ、ジェイ。彼の身元は、お前が保証すると――」

「ま、まぁ、そう言ったがな。うん。わかったから刀から手を放せって。リ……シン」

「何がわかっただって!?」

「落ち着けって、イズ。大丈夫だ、悪いようにはしねぇって。ほら、さっさと船乗れよ。お前らも、いいから行け」

声を荒げたイオルズの肩に腕をかけて、宥める様にするトリスタン。その場に居た男たちにも船に乗る様促す。

「スタン、ジェイ、一体どういう」

「悪ぃが説明してる時間はねーんだ」

「だから、何が」

「無事逃げ切れたら、ちゃんと話す。だからさっさと出航しようぜ」

無二の親友たちの思わぬ行動に困惑して抵抗するイオルズを、半ば強引にトリスタンは連れて行く。

「上手くやれよ」

「おうよ。恩に着る。嬢ちゃんたちも、達者でな」

大柄な男はそう言って笑うと彼らに背を向けた。軽く手を振り駆けて行く。

「え、ちょ、どういうこと!?」

「いいから。ほら、お前達もさっさと船に乗れ。地上側入口は塞いでおいたが、向こうに大地魔法の使い手が居ればいずれ破られる。ここに居ても捕まるだけだ」

「でも、どこへ!?」

訳が分からず戸惑う三人。

「外だ。来てるんだろう、迎えの船が」

シンは急かすように彼らをもう一隻の船へと導いた。ジェイとシンが乗って来たという、超小型帆船だ。

「迎えの船?」

「あっ……!!」

陸と海から海賊の討伐部隊がこの場所へ向かってきている。そして、ユーディットに乗りそれを率いているのがヘンルィク=ブロムダール。

メルドギリス兵に捕まるよりも、まずはブロムダール卿らに保護して貰おうというつもりなのだ。

「でも、それはっ!」

彼らの思いを損なうことになってしまうのではないか。

「あの男は心配しすぎなんだよ。オレ達の証言だけでそこを関連付けようとするなら、オレ達がそう証言しなければいいだけだ」

舫い綱を解きながら、覆面の男はしれっと言い切った。

「そもそも、お前達は海賊じゃない。ならず者の海賊に捕まり、船倉に押し込められ牢に入っていただけの捕虜だ。何も見てない聞いてない。違うか?」

「……!!」

「――既に捕まってるってやつらがどう証言してるかは知らないが。取り敢えず、ここに居た海賊たちのことを、お前たちは何処の誰か知らないし、心当たりもない。……まぁ、髭面の大男、くらいに思っておけ。――余計なことは喋るなよ」

 覆面の隙間から見える綺麗な翠緑の瞳が青い光を弾いて煌めいた――。

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